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なんの技ですか?

早実佳奈(そうじつかな)は平成元年に東京にやってきた20歳女性だ。


九州では珍しい”デザイン科”のある高校を卒業して、ほとんどの同級生がそうするように系列の大学美術科に進むのかと思いきや、、

なぜか1年間、博多の街の居酒屋さんでアルバイトをしてお金を貯めると、単身新幹線に乗って上京。さらに在来線を乗り継ぎ鎌倉まで行った。

鎌倉では人形劇団の美術職にありつき、そこで一年間人形劇の美術を学んだ。

翌年、劇団にさよならをして鎌倉を出ると東京の練馬に移り住んだ。

何か仕事はないものかと当時のアルバイト募集の基本である求人誌をめくり『テレビ美術』というワードに惹かれてこの会社の面接にやって来た。

現在20歳と9ヶ月。


「はい、わかりました。あなたの経歴のお話はそんなところで大丈夫です」

小さな美術工房の社長は44歳(意外と若い社長だなと思った)男性。

履歴書に目を通しながら社長の来海(くるみ)は今”佳奈”が話してくれた”卒業してからこの面接に至るまで”のいきさつを頭で咀嚼(そしゃく)していた。


「その人形劇団では美術を?どんなことをやってたんですか」社長の来海は佳奈の履き古した靴を興味深そうに眺めながらそう聞いた。

「は、はい!そ……そうですね……」

平成元年。スマホなんてものはない時代、ポートフォリオのような物を面接に持って行く人なんてまずいなかった(*ポートフォリオ=自分の制作した物を集めた作品集)。

佳奈は自分がほとんど下働きしかしていなかった人形劇団での作業を3倍くらいの盛り付けをしながら話した。


実は40分前。佳奈が初めて足を踏み入れた全く土地勘のないここ”渋谷”という場所。

迷うといけないと思い、時間に余裕をみて出発してきたせいもあってこの美術工房(もくてきち)にはめちゃくちゃ早く着いてしまった。

なんとなくその辺へんをブラブラしていると、工房を出入りする人が何人かいた。

そしてその全員が就職の面接を受けに来た人だとわかった。

「わぁー、ヤバい!これは倍率が高そう!」


そんなこともあって佳奈は話の盛り付けをもうひと盛りサービスした。


「いつから来られます?」来海は履歴書を机の上に置くと佳奈にそう聞いた。

「すぐにでも!明日からでも大丈夫です!!」これはいける!佳奈の中のもう1人の佳奈は心の中で飛び上がってガッツポーズをしていた。

「じゃあ、明日から!よろしくね!」来海は立ち上がって、佳奈を見送った。


”採用”


「ありがとうございました」頭を下げ佳奈は工房の扉を閉めた。

『SOra工房』色付きのアクリル板をカットしたその文字が扉に貼り付けてあった。

明日からここが私の職場になるんだ。

ドキドキと不安がまとまってやって来て胸が震えた。


渋谷駅までの帰り道は、来た順路通り戻ったつもりだったが、佳奈(かのじょ)はすっかり迷ってセンター街の辺りをぐるぐると回る羽目になった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

次の日、朝の10時前に佳奈は工房前に着いた。出勤時間は一応10時からだ。

隣の一軒家の方だろうか?おばあさんがその辺りを掃き掃除している。

佳奈は工房の鍵を持っていないので入り口前にたたずんで、なんとなくそのおばあさんに「おはようございます」と会釈をした。

おばあさんは彼女の方をちらっと見ると、掃き掃除の手を止めてスススッと佳奈に近づいてきた。

「ねぇ、来海さんにまた”柿の葉茶ぐるぐる”を頼むって伝えておいて」おばあさんはニッコリと笑ってそう言うと再び掃き掃除に戻った。

『柿の葉茶ぐるぐる??』佳奈の頭に”?”が湧いてきた。


「あぁ、今日から来る人?」

道の反対側から若い女性が歩いてきて佳奈を見ながら工房の鍵を開け始めた。

「あ、はい!早実佳奈です。よろしくお願いします」一緒に中に入りながら佳奈は女性に頭を下げた。


「ここに電気のスイッチがあって、わかりづらいでしょ……それでこっちに上がって」女性は本棚の裏にあるスイッチに手を伸ばした。カチッという音とともに工房中の明かりがすべて()いて周りに置いてある材料やら工作機械やらがハッキリと見えるようになった。


昨日は面接だった事もありちゃんと隅々までは見ることができなかったので『ここはこうなってるのか』などという発見もあった。


「こっちこっち」女性は工房の奥にある一段上がった部屋の中から佳奈に手招きをした。

周りの物にぶつからないようにサササと移動すると、佳奈は30㎝くらいの段を上がろうとした、が、女性の靴が足元に脱いであったので

「ここは土足禁止ですか?」と聞いた。

「そうなんだよね、この部屋だけ土禁なの」女性は荷物を下ろし、自分のロッカーを開いて作業着を取り出していた。

「失礼しまーす」なんとなく佳奈はそう言って靴を脱いで上がった。

「汚れてもいい服持ってきた?」女性は着替えながらそう聞いてくる。

「はい!面接でそう言われていたので」佳奈は背中に背負ってきたバックパックを下ろして中から”つなぎ”を引っ張り出した。

女性は元々着ていた服の上にダブッとした作業着を羽織っただけなので大丈夫だが、佳奈は今着ている服を脱いで”つなぎ”に着替えようとしていた。

それを見て女性は部屋を出て行く時に引き戸を閉めて佳奈が外から見えないようにしてくれた。


工房の中をサッと掃除しながら「私は伴君香(ばんきみか)よろしくね!」女性は名前を名乗った。

「よろしくお願いします!」

そんな事をしていると、工房の扉が開いて来海が入ってきた。

「あぁ!…………えーっと」社長は佳奈の顔を見るなり悩ましい顔をしだした。

「佳奈さんですよ!早実佳奈さん!」思い出せない来海に向かって君香が笑いながら言った。

「あー、、ごめんね、人の名前って覚えられなくて」来海は頭を掻きながらそう言い訳をした。


「君ちゃん、車持ってくるから工具だけ揃えておいてくれない?」来海は君香にそう言うと、また表に出て行った。


君香はでっかい工具箱を作業台の上にデン!と乗せると必要な物をその中に詰め込んでいった。

「あ、そういえば佳奈ちゃんも行くのかな?今日これから作業でテレビ局に行くんだけど」

君香はプライヤーを手に持ちながらそう言った。

「そうなんですね、社長さんは何も言ってなかったですが」佳奈がそう言うと

「”社長”?ははは、来海さんを社長って呼ぶ人なんて誰もいないよ。ふふふ」君香は笑った。


ピーピーピー。大きなトラックがバックする時の笛のような音が近づいてきた。

工房の前の道にトヨタ車『クイックデリバリー』が横付けされる。

サイドブレーキがギギギギと引かれると車は停まり、来海が運転席から顔を出した。

「行こうか!」来海(かれ)がそう言うと「佳奈ちゃんはどうするんですか?」君香が工具箱を両手で抱えながらそう言った。

「そっか、1人で留守番もあれだから一緒に行くか」来海は運転席と助手席の間に折りたたまれている補助椅子を引っ張り出して、その周りを急いで片付け始めた。

「はぁ、、」佳奈は初日の慌ただしさにすでに飲み込まれていた。


クイックデリバリーは後ろに大きな荷物を積み込める可愛いトラックだ。来海たちはこの車の事を『タートル』という愛称で呼んでいた。昔の漫画に出てくる宇宙船の名前だ。

タートルに乗り込むためには、よいしょと少し段差を登るようにして入らなくてはならなかった「そこの手すりに手をかけて」君香が佳奈の後ろから教えてあげる。

ステップに足を乗せて、手すりを握りながら身体を持ち上げてようやくタートルのコクピットにインした。

運転席と助手席の間。その狭い補助席に佳奈は腰を下ろした。

目の前の広いフロントガラスから外を見ると結構高さがあり道路を見下ろすような感じになった。


「忘れ物はないよね」来海がそう言うと君香は「はい!たぶん」と返事をした。

「よーし、じゃあ行くよー」独特のエンジン音を響かせながらタートルは国道へと進んだ。


「今日はね、富士山テレビに行って着ぐるみのメンテナンスをするんだ」来海はハンドルを握りながら佳奈に説明する。

「富士山テレビの局内に番組キャラクターを展示してるエリアがあってね、機械仕掛けで動くんだけどそれの直し」助手席の君香がパンをかじりながらそう教えてくれた。


それほど道幅が広くない国道を進んでいくと、道の左側にたくさん路駐(ろちゅう)の車があるところに差し掛かった。

その時、来海が突然左手を前にかざし人差し指を立てて、何やら空中に文字のようなものをきった。

佳奈はその不思議な素ぶりが気になって、つい聞いてしまった「今のは、なんの技ですか?」

それを見て君香が笑った。

来海も少し微笑みながら「ははは、えーっと、、まぁ、信じてもらえなくてもぜんぜんいいんだけど。今、この先の路駐している車の間から人が出てきそうだったから、その、、出てこないようにね」

来海の言ってることは全くわからなかったのだがその後に君香が

「魔法が使えるのよ、来海さんは」と言った。

「魔法?」

タートルが路駐の車たちの横を通りすぎる時、佳奈は見た。

車の隙間から飛び出そうとする男の子の前に何か白い塊がフワッと現れたのを

「魔……法??」

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