近い距離をより近付けて(百合。幼馴染。女子高生。朱良と千廣)
こちら(https://ncode.syosetu.com/n9047lt/90/)の二人のお話。
最後の風紀委員の仕事……引継ぎを終え、帰って来たら。
玄関の前に、客が居た。
「あ」
「遅かったな」
隣家の朱良……すでに制服から部屋着のジャージに着替えている……だった。
「何してるんだ、そんなところで」
私の家は共働きのため、今、家に人は居ない。こいつはそのことを知っている。
「お前待ってた」
「私を?」
と言いながら、そりゃそうだろうなと思う。
親に用があるなら、親が帰って来そうな時間に来るだろうし。そもそもそういう用事自体、親同士で済ませそうな気がする。
木枯らしが吹いた。私も朱良も身を竦める。
制服の私よりも、薄着の彼女の方が寒そうだった。
私はため息を吐き、鞄から鍵を取り出した。
「用があるなら、メッセで言え。そしたら、帰る時間を教えたのに」
こんな寒い中、外で待たなくてもいい。
そう呟けば、
「待ちきれなかっただけだよ」
腕をさすりながら、奴がそう言う。
「はあ?」
聞き返せば、チッと舌打ちが返って来た。帰れ、と言おうと思ったが、また身震い様を見せられ、グッと堪える。
「とりあえず、上がれ」
「ん」
意外と素直に入って来た朱良が「お邪魔します」と律儀に言った。
そして、手洗いうがいのために洗面所へ向かう私とは別に、奴は、すたすたと私の部屋へ直行する。
慣れた流れだった。
「で?」
私が手洗いうがいを済ませ自室に戻ると、朱良はいつも通りベッドに腰かけていた。
勝手にと言うべきか、ご丁寧にと言うべきか、主より先に部屋の暖房を付けて。
「お祝い」
私の問いに、彼女はこちらへ向かって何かを投げて来た。
私は慌ててそれを受け取る。
「あっぶな」
受け取ったものは、小さな包みだった。
「そんな危ないモンは入ってないって」
彼女はそう笑うが、包みは何か固い感触をしている。……顔に当たったら、絶対痛かった。
「いったい何を」
「まあ開けてみ」
にやにやした笑みに、正直嫌な予感しかしないが、それでも黙って開けてみる。
ビビッてると思われるのが癪だから、というわけでは決して無い。……無いはずだ。
「あ」
しかし包みを開けて出て来たのは、そう悪いものでは無かった。
綺麗な、深緑のバレッタ。
飾り気は無いが、静かな森のような、美しい色合いをしている。
「これ」
「さっきも言ったけど、お祝い。風紀委員引退おめでとう」
彼女の顔を、まじまじと見た。
その顔には、普段通りの何処か気怠い様子があるだけで、冗談を言っている気配は無い。
と同時に、義理でやっているという雰囲気も無かった。
「ありが、とう……?」
「引退したんだから、もう髪、好きに伸ばせるだろ」
ベッドから立ち上がった彼女が、私の傍に来る。そして、私の髪をひと房摘まんだ。短髪だから、本当にひと摘み。くすんだ金の髪。父方の血が由縁の色。
「この髪色に似合うもんにした」
「!」
間近で覗き込むように言われ、胸がドキリと飛び跳ねた。
……最近は、いつもそうだ。こいつに近付かれると、触れられると、心臓が勝手に騒ぎ出す。
「で、でもいきなり伸ばし始めるのも」
どうなのだろう、と誤魔化すように呟いた。視線を逸らして。
「じゃあこう言えば良い」
けれど、彼女はより私に身を寄せて来る。心臓が、また大きく高く鳴る。
「『恋人に伸ばせと言われてるので』って」
耳元で囁かれた言葉に、
「!?」
バッとそこを押さえた。
顔が熱い。心臓が煩い。
近い。いや。
それだけじゃなくて。
「こ、こい……っ」
こいびと。恋人。
そう言ったのか、こいつは?
「『好きです、付き合って下さい』って言った方が、真面目なお前好みか?」
私の目を覗き込みながら、悪戯っぽく笑って言う。
「わ、私が了承すると思って」
「好きだろ?」
しかし、その眼差しは何処までも真っ直ぐで……真剣に、私だけを見ていた。
「お前、私のこと、好きだろ?」
「そ、れは……」
「このままキスされて嫌じゃなかったら、確実に好きだろうけど」
朱良の手が、私の頬に添えられる。
「覚悟を決める為にも、試してみるか?」
「……それは……」
彼女が、近付いて来る。
心臓の早鐘が、許容範囲を超えたスピードになって。
思わず、彼女の肩を押した。
「じゅ、じゅんばん……っ」
ひっくり返った声が、勝手に言う。
「じゅんばんが、あるから。こんなすぐは」
相変わらず、鼓動が早い。けれど、嫌な気持ちはちっとも湧かない。寧ろ……と考え、先程から熱い頬が、更に熱くなってしまう。
「ちがう……」
「……そっか」
くつくつと笑い、朱良が身を引いた。
「告白のあとすぐキスは、生真面目なお前には早かったか」
「ば、馬鹿にしてるのか」
「可愛い、とも思ってるよ」
「その言い方だと馬鹿にもしてることになるが!?」
「良いだろ、可愛けりゃ」
「良くない」
笑い続ける朱良に、熱い頬のまま文句を重ねる。
そのまま、いつもの言い合いになっていくけれど。
二人の距離は、ずっと近いままだった。
END.




