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五話

「————て。私ってばまた、クロって言っちゃってる……」


 当の本人は全く気にした様子はなかったけれど、寝ぼけていたとはいえ、今の私はクロード・アルセラートの事をクロと呼ぶのは些かどころか、かなりまずい。

 ただ、私に向けて来ていた彼の笑みというものは、短いようで長かった昔の頃の付き合いの中でも見たこともない屈託のない笑みだった。

 正真正銘の笑顔ってやつだった。


「早いところ、そこは直さなくちゃいけないってのに」


 私の中でクロがクロである限り、その癖はちょっとやそっとの事で抜ける事はないだろうけれど、立場上、そこはどうにかしなくてはいけない部分だった。


 とはいえ、である。


「……にしても、そもそも、なんで私が側仕えに選ばれるんだ。百歩譲ってパーティーに顔を見せてたならまだしも、私あれすっぽかしたんだけど」


 面倒臭いから。


 という理由一つでものの見事にすっぽかしてやった。勿論、両親には体調がちょっと悪かったとか嘘を吐きはしたけれど、しかしだから余計に分からない。


 先日のパーティーをすっぽかした私がどうして側仕えをしろって言われる羽目になったのか、皆目見当がつかなかった。


「……それともアレか。あの時の相談で返した言葉がまずかったりしたかなあ」


 でも、私がした返答は紛れもない本心だった。

 あまり長い付き合いではなかったけど、アンナ・クロイツならそんな感じの事を言ってただろうなってクロ自身も分かってるだろうし、だからこそ、余計に身に覚えがなくて疑問符が際限なく浮かび上がる。


「ともかく、あまり待たせるのも悪いしさっさと着替えておこっか」


 上体を起こし、ベッドから立ち上がる。

 そして向かう場所はクローゼット。


 扉を開けるとそこには、側仕えをしろと言われた際、領地に帰る気満々だった私の逃げ道を悉く封殺してくれた姉がどっさりと用意してくれた服を見繕いながら着替えてゆく。


 言い訳に、服がないから取り敢えずお家に帰らせて。という私の発言を見越して服をどっさり買っておくあたり、流石は今生の姉とさえ言えた。


 そして、適当に手に取った服を腕に乗せて、一応と部屋のドアの鍵を閉めに向かい、ガチャリ。

 と、音を響かせた後、その場に立ち尽くした。


「……拒否権は殆ど無かったようなものだったとはいえ、本当にこれでいいのかな」


 ほんの少し前まで見ていた夢のせいか。

 そんな感想が私の口から溢れ出る。



 元々、私はクロに負い目があった。

 それは紛れもない真実である。

 ただ、同時に、今生まで積極的に関わる必要はないと私は判断していた。


 クロード・アルセラートは、国王陛下として今を生きている。

 いつまでも、私の記憶の中の幼い少年————クロというわけじゃない。


 クロはちゃんと今を生きていた。

 ならば、アンナ・クロイツとしてやれる事はやったと捉えて良い筈だ。

 そして、一目見る事だって出来た。


 クロの人生はクロのもの。

 一度不測の事態に見舞われたとはいえ、いつまでも保護者面をして関わろうとすべきではない。

 だから、私とクロはあれで本当にさようなら————する筈だったんだけれども。


「側仕え、ねえ……」


 クロの側にいたくない。

 と思ってるわけではない。


 これは単に、己が側に居ていいのかどうか。

 という感情面の問題だった。


 そして、内心がはっきりとしないまま、私は着替えを済ませる。

 あの時、庭園の側で投げかけられたクロからの悩みの内容と、当時の彼の顔を思い浮かべ、関わる気はない、と思ってはいるんだけどあの顔見ちゃうと放ってはおけないんだよなあ。


 小さくひとりごちながら、結局、己の考えがはっきりしないまま私は部屋を後にした。




「そうだ、ヨシュア。お前に頼みがある」

「私に頼み、ですか」

「なに、そんなに難しい話じゃない。ただ、口裏を少し、合わせて欲しいというだけだ」

「口裏……ですか」


 アンナの私室を訪ねていたクロードは、執務室に戻るや否や、普段通り政務をこなしていたモノクルを付けた青年、ヨシュアに向かってそう言い放っていた。


「ちょっとした嘘に、お前は肯定してくれればそれだけでいい。勿論、お前が懸念するような嘘ではない。花を手入れする人間がいないとか、そんな小さな嘘だからな」


 手入れする人間がいないというのはある意味事実ではあった。

 ただそれは、クロードが自分で手入れをすると言って聞かないだけであり、手入れする人間は探せばいるというのが紛れもない事実である。


「……と言いますと、フェデリカ家のご令嬢の事、でしょうか」

「まぁな」

「随分と入れ込まれているようですが……」

「悩みをな、一つ聞いてもらった。ただそれだけではあるんだが、あいつと話していると何故か昔に戻ったような気になれてな」


 いつもとは打って変わって穏やかな表情を見せるクロードを前に、ヨシュアは口籠る。

 彼の側仕えを始めてから早、十年近く経つヨシュアであったが、そんな表情は見た事もなかったから。


「勿論、強制はしてないさ。フェデリカ卿には、あくまで、頼み込んだだけだ」


 勅命だなんだと無理矢理引き離すような真似はしていないから安心しろと言葉が付け加えられる。


 ただ、流石にヨシュアもそこまでしているとは露程も思っておらず、「そうですか」と一言で済ませた。

 やがてそこで会話は途絶え、数十秒程の沈黙を挟んだ後。


「知ってるか、ヨシュア。どれだけ悔いて、どれだけ後悔しようとも、人ってやつは夢を見るんだ」

「……それが、どうかいたしましたか?」


 人は夢を見る。

 それは至極当然なものである。

 どこにも可笑しさはなんてものは存在していない。だから、ヨシュアはそれが何なのだと問う。


「後悔だらけの夢だけなら良いんだがな、時折あるんだ。俺が望んでいた幸せな夢ってやつが、本当に、時折。夢ってやつが、俺に希望を持たせてくるんだ。アンナさん(、、、、、)の言葉のように、訴えかけてくるんだよ。この夢のような、いつか今よりも幸せだと思える日が来るかもしれない、とな」


 それが嫌いだった。

 それが何より腹立たしかった。


 そんな未来は来ないと分かっているのに、夢はさも、そんな未来があるかもしれないと俺の願望通りのユメを見せてくる。

 そして、それを心待ちにしている自分すらいた事を自覚して、様々な感情がぐるぐる繰り越し、繰り返し。


 本当に、堪ったものではなかったとクロードは口にする。


 けれど。


「だが、どうにもそれは本当だったらしい」


 己の唯一無二の恩人の言葉。

 しかし、どうしてもクロードはそれだけは信じられなかった。


「俺の世界は最悪なものだと、そう思ってたんだが、どうにも捨てたものではないらしい」


 少なくとも、薄暗い色で覆われていた筈の彼の世界は、以前よりもずっと明るく彩られていた。

 表情だけでなく、それは声音からも一目瞭然であった。


「なあ、ヨシュア」

「はい。陛下。なんでしょうか」


 今日は随分と、名を呼ばれる日だ。

 そんな事を思いながら、ヨシュアもまた笑む。


 クロードの境遇。

 これまでの生き様。

 側仕えとして生きてきた彼だからこそ、その全てをヨシュアは目にしていた。

 故に、そんな彼が、彼なりの幸せを見つけたのだと言わんばかりに目を輝かせている光景を前に、喜ばずにはいられなくて。


「恩を返したいやつがいるんだが……どうやって恩を返したものか分からなくてな。時折で構わないんだが、相談に乗ってはくれないか」


 政務とは全く関係のない相談だったからだろう。こうして一言断りを入れるクロードの態度から、ヨシュアは気を回し、あえて誰の事かは考えず、余程相手の事が大事なのだろうと思いつつ、


「ええ。私でよければ、喜んで」


 一切の迷いなく、返事をしていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 連載版があるというなら、読むしかないでしょ。 (あくまで個人の意見です) 続きが楽しみですね!
[一言] 最初から連載で書いててもいいのでは… 先が気になるので溜まったら読みに来ます。
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