最終話
こちらは『最終話』です。
連載中の話はまだこちらまで至ってはおりません。これをお読みになるのは控えて頂ければ幸いです。
もし、連載の途中で『不可抗力』により投稿が途絶えてしまった時の保険として
この『最終話』を予め投稿させていただきました。
ご了承のほど、なにとぞよろしくお願いいたします。
それは節分の日のことだった。陽が沈んだ後も空はまだ薄っすらと橙から紫へと段階的な色調に染まり、気の早い星々はすでにその光を輝かせ始めている。あちらこちらの家々から「鬼は外、福は内」と声が飛び交う中を鬼が足早に進んで行き、目当ての家の前に辿り着くと戸に手をかけ、がらりと開けた。
部屋の中央にはハルアキがあぐら座で居て、その姿はまるでオニの来訪を待ちかねていた様で、左の手には立派な一振りの日本刀へと姿を変えた『おにぎり』を杖か旗印のように立てて持ち、ざんばら髪に頬はすっかりとこけてはいたが眼光はギラギラと鋭く、真っすぐにオニを睨みつけていた。
「立派に育ったようだな」
部屋に上がるとオニはおにぎりをまじまじと見つめた。
「そこまで育つのに妖を何匹斬った?」
「さあな。いちいち数えてたらキリがねえ」
「そうか……まあいい。おや、そこに居るのがヨウキか。そんなに怖がらんでも取って喰いはせんぞ」
部屋の隅ではヨウキがオニに尻を向け、頭を両の手で抱え体を丸くして震えていた。オニの言葉にびくりとし、一層震えを大きくする。
「あいつのことは放っておいてやってくれ。それよりも、オニよ。お前に聞きたいことがあるんだが」
「なんだ改まって」
オニはハルアキの前に腰を下ろし、同じようにあぐら座となった。
「一年前の……そう、丁度一年前のあの日だが」
「ふむ、わしが初めてお主に会った日だな。それがどうした?」
「お前、実は俺を殺しに来たんだろう?」
二人は黙ったままお互いの目を睨み合った。互いに相手の目の奥に潜む心の正体を探ろうとしていた。どれだけの時間が経っただろうか、先に口を開いたのはオニだった。
「……お主……なんでそう思った?」
「化け物どもを片っ端から斬り殺し、おにぎりが姿を変えていくにつれ、俺はおにぎりを抜かなくとも化け物の姿を見られるようになっていった」
「おにぎりが吸った妖の気がお主の身体にも染みていったのだろうな」
「だろうな。そしてついこの間の事なんだが」
「ふむ」
「商店街を歩いていると鬼を見かけた。一瞬、またお前がこの辺りをうろついているのかと思い声をかけようとしたが、すぐにお前とは違う、別の鬼だと気がついた。背が少し低く細身だったな。その鬼はきょろきょろと辺りを窺っていたかと思うと豆腐屋の中へ入っていった」
「豆腐屋へか。それでどうした」
「おかしな様子ではあったが、その時はさほど気にもしなかった。なんせ、鬼などよりももっと奇怪で面妖な連中と何度もやり合ってきたわけだしな。次の日のことだ、件の豆腐屋の前を通りかかると異変に気がついた。いつもは開け放たれている表の戸はすべて閉ざされている。不思議に思い近づいてみると戸には『忌中』の札が貼ってあった」
「…………」
「そこに居合わせた人に尋ねてみると、豆腐屋の主人は昨晩急に亡くなったというじゃないか。そこで俺は前日の鬼の姿を思い出し、ある結論にたどり着いたってわけだ。あの鬼が、豆腐屋に入っていった鬼の野郎が主人を殺したんだろう、ってな。となると去年のあの日にお前がうちに来た理由も自ずと分かるって寸法だが。……違うか?」
オニは目を閉じ黙って話を聞いていたが、やがてゆっくりと目を開けると落ち着いた声で言った。
「そうか……見てしまったのか」
「ああ、この目でしっかりとな」
「確かにあの日、この家へやって来たのは偶然ではない。あれは嘘だ。その事は謝ろう」
おにぎりを掴むハルアキの左手に力が入る。
「だが、お主を殺すために来たのではない。それは本当だ」
「なら、なんで来た。何しに来た」
「わしはお主を迎えに来たのだ」
「迎えに⁉」
ハルアキは驚きを隠しきれず怒鳴るように声を張る。
「ああ、迎えに来た。お主はあの日死んでいたはずなのだ。わしはその魂をあの世へ導くために訪れたのだ。ところがやって来てみるとお主はピンピンとしているじゃないか。驚いてしまい、とっさに嘘で取り繕った」
「死んでいたはずって……どういうことだ?」
「わしにも分からんが……そういえばお主、豆を食っていたな」
「……ああ、食ってたな。豆まきの豆だ」
「あれのせいかも知れんなあ。豆で少し寿命が延びたのかも知れん。本当は、あの時すでにぽっくりと逝っていたはずなのは確かだった」
ハルアキは部屋で一人息絶えている姿を想像しぶるっと身を震わせた。
「それにな、わしが驚いたのはそれだけではない。お主、わしの姿が見えていただろう」
「そういえばそうだな。あの時はまだおにぎりも無かった」
「血脈のせいかのう。お主とよく似た名を持つ知り合いが居ったが、お主の祖先かも知れんな。その陰陽の素養が今際の際になって垣間見えたのかも知れん。読み方は違うが字は一緒だ」
「俺の……先祖。知り合いだったのか?」
「ああ、遥か昔にだがな。そういった事があり、わしは、もしかしたらお主がおにぎりによって生きながらえるのではと考えたというわけだ。目論見は見事に的中したがな」
「というと、俺はおにぎりによって、化け物の命を吸うことで生きながらえているということか?」
「ひとことでいえば、そうだな」
「これからも化け物を殺し続けないと俺の命は……」
「そういうことだ。なに、心配するな。妖どもはいたる所に腐るほどいる」
ハルアキは深くため息をついた。
「それにしても、オニよ」
「なんだ?」
「鬼のくせに『おにぎり』なんて、鬼を斬るなんて妙な名の刀を持っていたもんだな」
「ああ? ああ、そうか。わっはっは」
「なんだよ。何がおかしい」
「いや、すまんすまん。そうか、お主、おにぎりをそう思っていたのか」
「え? 違うのか」
「違う違う。その刀の由緒だがな、そもそもは大昔、そうだな丁度お主の祖先が活躍していた時代の話だ。都に狐の妖が現れてな。それが帝や豪族に取り憑いては悪事を働いておった。そこで、ある武士が退治すべく戦ったのだ。戦いは長きに渡り、ついには武士の刀がぽきりと根元から折れてしまった。あわやこれまでという時に懐から小刀が落ちた。その小刀は神が鍛えた物とも仏から授けられた物とも言われているが詳しいところはわしも知らない。武士がその小刀を抜き天に掲げると、刀身から眩いばかりの光が溢れ、狐は怯んで逃げ出そうとした。そこを逃がしてなるものかと九つある尾の一つをむんずと掴みえいとばかりに切り落とした。尾の一つを失った狐は妖力の大半を失い、必死で逃げ去った後もう都に現れることは無くなったと言われている。狐を見事に退治した武士はその小刀を『尾握り』と名付けたうえで天上に奉納するために海に沈めた。以上がおにぎりの物語だ」
「尾握り、か」
「そうだ。おっと、もうこんな時間か。そろそろ暇をするとしよう」
オニはすっくと立ち上がった。
「オニよ」
「ん、なんだ?」
「ありがとな」
「ああ、お主も元気でな。せいぜい生きながらえろよ」
オニはわっはっはと高らかに笑いながら、やって来たときのようにがらりと戸を開けると足早に夜の闇の中へと去って行ってしまった。




