流れ星
高地の草原を羊飼いの親子と一匹の犬と、そしてたくさんの羊たちが移動していた。お日さまは山の向こうに隠れようとして、その反対側の空は深い紺色へと変わっていき、気の早い星はもう輝き始めていた。父親はシルエットとなった峰とその向こうで燃え上がるように真っ赤な光を放っているお日さまを名残り惜しそうに眺めながら言った。
「さあ、日が暮れるぞ。すぐに真っ暗になっちまう。その前に小屋までたどり着かんと」
「はい、父さん。さあ、おまえたちも急いでおくれよ」息子は最後尾でもたもたとしている羊たちをけしかけながら答えた。見上げると夜空はもう真上にまで達しようとしていた。すると、頭の真上の空の頂点の辺りから放射状に流れ星が現れた。それは数え切れないほど沢山の流れ星で、夜空を見慣れた羊飼いの息子にも初めて目にする光景だった。
「わあ、すごいや。ほら父さんもごらんよ。こんなにたくさんの流れ星なんてオイラ初めてだ」
「ほう、これは凄いな。俺も長いことこの仕事をやってきたが、こんなのは初めて見た。そうだ、なにか願い事をしてみるか。これだけの流れ星だ、叶うかもしれんぞ」
「そうだねえ。なにをお願いしようかな。父さんはなにを願うの?」
「俺か。俺はこの前盗まれた羊が返ってくるように願うかな。どこのどいつかしらんが、ひとの羊をごっそりと盗んでいきおって、考えただけでもむかむかする。どうかあの羊たちが無事に返ってきますように」
流れ星はまだ勢いを衰えさせることもなく、長い尾を引きながら夜空を滑り落ちるように流れていった。息子はなにをお願いしようかなあ、と考えながらそれを見上げていた。
航空宇宙局の管制室は蜂の巣をつついたような大騒ぎだった。怒号が飛び交い、あちらからこちらへと走り回る職員たち。誰もが必死の形相で事を収めるべく奮闘していたが、どうやら勝ち目のない賭けになりそうな気配が漂い始めていた。そこへ政府の高官がやって来て責任者を呼びつけた。
「いったいどうなっているんだ? 状況を説明してくれ」
大声で喚き散らすように説明を求める高官に、責任者はそれどころではないといった態度を露骨に表わして言った。
「とにかく時間との勝負なんです。申しわけありませんが悠長にお相手をさせていただく余裕はないのです。そちらでしばらくお待ちください」
「いやいや、私としてもこのプロジェクトには深く関わっているのだ。待っていろと言われてはいそうですかというわけにはいかんのだよ。簡単でいいから状況を教えてくれないか?」
その目の奥にはどうあっても引かないという決意が秘められていた。責任者は部下数人に早口で指示をだすと、高官の肩を掴み手近なモニターまで連れて行った。
「これが現状です。ステーションの今の姿です。ごらんのとおり、ばらばらとなってもはや形を留めてはいません。全体が細かい破片となり、宇宙の塵となって地球に降り注ぐのも時間の問題でしょう」
「これは……ひどいな」高官は息を呑んだ。「で、乗組員たちは? 無事なのか?」
「はい。クルーは全員すでに帰還船に乗って地球に向かっています。バイタルもすべて正常です」
「そうか、それは不幸中の幸いだな。……それにしても、いったいなにがあったんだ? 隕石でもぶつかったのか?」
「それが謎なんです。隕石やデブリはすべて把握していましたが、ぶつかるような位置には存在していませんでした。予測不能な事態でした。なにが衝突したのか調査していますが、いまのところ手掛かりはなにもつかめておらず、まったくの謎です」
責任者は深くため息をついた。高官はモニターを見つめながら呟いた。
「巨費を投じたプロジェクトがいまや流れ星となってしまったか……」
宇宙船のブリッジに手下が駈け込んで来て叫ぶように言った。
「親方ぁ! やっぱりダメです。ダメージが大きすぎて航行を続けることは無理なようです。どうしやしょう、親方ぁ」
親方と呼ばれた人物、この船の艦長は腕組みをしたまま目を閉じてむううと唸った。艦長といってもこの船には駈け込んで来た手下と彼のふたりしか乗ってはいない。かれらは宇宙を股にかけ、星から星へと盗みを働く宇宙海賊であった。とはいうものの、海賊というほど勇ましいものではなく、どちらかといえばこそ泥といったほうが相応しい連中であった。せこい海賊ではあったがこの船の性能は素晴らしく、とくにステルス性は宇宙広しといえどもこの船に敵うものはないと自他ともに認めるほどのものであった。誰にも見つかることなくこっそりと星を訪れると、そこの産物を頂戴し、またこっそりと星を離れ仲買人に届けるのが彼らのビジネススタイルだった。
彼らはこの青く、水だらけの星でいつものように盗みを働いた。めえめえと鳴くもこもこした変な生き物を見つけ船の貨物室へと詰め込んだ。そしていつものように華麗に飛び立ちこの星を後にしようとした、そのとき、船を軌道上に浮かぶ巨大な構造物に真正面からぶつけてしまったのだ。艦長は、きっとあのめえめえと鳴く不思議な生き物がとてつもなく臭くて、頭がくらくらとしてしまったからだと自分に言い訳をした。
「ねえ、親方ぁ。このままじゃ落ちちゃいますよ。逃げましょうよ、親方ぁ」
手下は足踏みをしながら半べそをかいていた。艦長は、くわっと目を見開くと決断を下した。
「ちくしょう! しかたがない、船を捨てるぞ。小型脱出艇に乗れ。こんなところはさっさとおさらばだ!」
船はステルスを解き、ティアドロップ型の美しい姿を露わにした。その先端部から小さな光が飛び出したかと思うと、流れ星のように尾を引きながら宇宙の闇の中へと飛び去っていった。残された船は海底へと沈んでいくかのように、青い星へとゆっくり、ゆっくりと下りていった。
羊飼いの少年は夜空を見上げていた。闇はすっかりと辺りを包み込み、流れ星は止まることなく天頂から降り注いでいた。少年はやっと願いが決まって、顔の前で手を組むとそれを唱えた。
「オイラは知らない所に行きたいな。行ったことのない街、海の向こうの外国にも行ってみたい。そうだ、この夜空に浮かぶ星を巡ってみるのも楽しいかも知れないな。お願いです、どうかオイラに旅をするための素敵な船を下さい。どんな遠くまでもあっという間に行けてしまうとびっきりの船を」




