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073 僕達の夕食会⑥ 〜亜竜と五種類の野菜のロースト〜



 ★★★



「……悪い子にはお肉少なくしちゃいます――よっ! と」


 『火のマッケイ』と呼ばれる家の女性料理人のパンジーが掛け声を発して、この部屋に運んできたワゴンの上の金属製のカバーを持ち上げる。

 中には何か熱い物が閉じ込められていたようで、元々溜まっていた煙がモワッと広がった。更にカバーの内側にへばりついていた水分が滴《したた》り、ジュージューと音をたてながら蒸気となって上がったせいで、ワゴンの向こう側にいたパンジーの姿をますます隠してしまう。


「わっぷ! パイン〜。ちょっとこの煙、暖炉の煙突にでも流して〜」


「あーハイハイ。了解でーす。――これでいい?」


「ありがとー」


 パインは小声で呪文を唱えながら、円を描くように手をくるりと動かした。その手の動きに合わせて煙が真ん丸くまとまり、パンジーの頭の上より高い位置に浮かぶ。いいな、あれ。何だかまるで雲みたいだ。

 漂う丸い煙は、ふよふよと暖炉の方へ移動していく。パインがまた手を動かすと最初のより小さい煙玉が次々と生まれて、水鳥の親子のように列をなして煙突の向こうへと消えていった。


「まあ、かわいらしい」


 オーキッド嬢の、やや不自然なほど朗《ほが》らかな声が響く中。僕を含めて、着席している面々は煙玉への注目を外さない。

 その脇で、先に排煙の為の魔道具を起動させるべきだったと呆れながらフォローをするセドロにパイン。苦言を呈《てい》するグラスに笑ってごまかすパンジーが、あれやこれやと動いてワゴンの周りを改めて整えていた。

 オーキッド嬢の一声で、僕ら給仕を受ける側は見なかった事に決定。マクローリン公爵家の使用人の兄妹が、同じ風属性魔法の使い手であるパインの真似をして手をくるくると動かしている姿も、見ない見ない。


 ★


「ここまでのお料理はいかがでしたか?」


「すっごくおいしかったで……黒っ!?」


 仕切り直すようにかけられたパンジーの声に、僕は「もう大丈夫なんだな」と思いながらワゴンの方に視線を向けて驚きの声を上げてしまった。さっきまで、煙が次々に上がっている状態だったからスルーしていたけれど。改めて銀色のカバーの中から出てきた物の色に度肝《どぎも》を抜かれる。どれもこれも隙間なく黒いよ!?


 僕の驚きに気を良くしたのか、パンジーがカラカラと笑いながら説明をしてくれた。

 ワゴンの上段に置いてある、一回り小さな木のトレーにのっている五センチ位の厚さの黒いプレート。これは冷えて固まった溶岩を形成して作られた物で、鉄板のように火で熱して使うようだ。

 このプレートの上で食材を焼くとより一層おいしくなるし、冷めにくいように魔法陣を刻んでいる為に保温にも優れ、じっくりと加熱する調理法にも向いているんだって。煙が妙にたくさん上がったのは、風味付けの為に燻煙《くんえん》用のハーブを一緒に閉じ込めておいたから。

 今プレートの上に乗せられているのは、でっかいお肉のカタマリと数種類の付け合わせ用の野菜。見た目が真っ黒なのは、肉汁や水分やおいしさが逃げないように、最初にしっかりと表面を焼いたからみたい。


「お皿に盛り付ける前に、炭化した部分は厚めに取り除くので安心して下さい。お肉もお野菜も一時間以上かけてじっくりと熱を加えているので、甘さなんかも出て美味しいですよー」


 「パチッ!」とウィンクをして締めくくられたパンジーの言葉に、僕の期待はいやが上にも高まる。ああ、楽しみ。早く早く! 食べたいな。


 パンジーとセドロは料理人服の袖を捲《めく》り、それぞれ両手にギチギチと音の鳴る薄黄色の手袋をはめた。

 あの手袋は樹木系の魔物から採取される液体と、スライムの粘液を混ぜ合わせて作られる物なんだよな、確か。水分を弾くし、かぶれも防いで熱さにも強い。熱したビーカーも人肌ほどの体感温度で持てるからって、調薬の時に兄上も使っていた。ナイフが擦《かす》った位では破れないという話だから、料理にも持って来いなんだね。


 二人が手袋を身に付けると、パンジーが目で合図を出した。頷いて応えたグラスとパインは、それぞれワゴンからテーブルを守るように配置につく。準備がすっかり整うと、パンジーとセドロは「失礼します」と声を出してから調理用のナイフを手に取った。

 そうか。グラスとパインの立ち位置は、万が一の場合に楯になる為かと合点がいく。


 二人はまず野菜から手掛けるようで、おのおの一種類ずつ黒い物体を左手に握ると右手のナイフを動かし始めた。ああ、良かった。黒いのは表層だけだったみたい。パンジーの手には、赤いニンジン。セドロの手には黄色いパプリカがあって、少しずつきれいな姿を現していく。


「ほう……。見事なものだな」


 バーチの口から感嘆の声が上がる。うん。僕もすごいと思う。料理人の見習いにも満たないまだ学生だというセドロだが、ナイフ捌《さば》きのなんと鮮やかな事! セドロが右手に握ったナイフを「スッスッ」と滑らせるだけで、野菜の脱皮があっという間に完了してしまう。

 黄色のパプリカ、真緑の小玉ねぎ、白と黒のマーブル模様のおイモまで下処理を終わらせると、セドロはパンジーの手から途中まで作業を進めていたニンジンを無言のまま奪って、残りを真っ赤に剥《む》き取ってしまった。

 セドロが押してきた方のワゴンの上には、お皿やまな板やキャニスターなどが置かれている。黒い部分を取り除いた野菜をまな板の上に並べると、彼は姉の指示を受ける前に美しく切り揃え始めた。


 パンジーはジトッとした目をセドロに向けながら、空いてしまった左手を寂しそうにグーパーと動かす。少しして諦めたのか。手をフキンで拭《ぬぐ》ってから、その場に屈みこんだ。

 ワゴンの下段から取り出したのは、パンジーの両手よりもやや大きな籠《かご》。中に入っていたのは、これまた目の覚めるような青い色のキノコだ。なんだアレ、すごいな。こんな色のキノコは初めて見たんだけど。

 野菜がなくなった為に、半分ほどの場所が空いた溶岩プレート。そのスペースに、手で細かく裂《さ》いた青いキノコを並べて焼き始めたパンジー。あのキノコは、そこまで長く火を通さないんだね。


 パンジーの作業を興味深く見ていた僕やオーキッド嬢に、笑みを浮かべたシルヴェスター公爵が話しかけてきた。


「あのキノコは『ハーモニー山脈』でも標高が高い位置、木々が生える限界付近でしか採取出来ない貴重な物です。私もこれまで、数える程しか口にした事がない。肉と一緒に噛み締めると油っぽさが若干《じゃっかん》抑えられて、口の中いっぱいに美味しさが広がります。呑み込んだ後に鼻を抜ける香りが特徴的で、例えるとしたら冬の朝の氷の匂いとでも言いましょうか。非常に爽やかな印象を受ける事でしょう。たくさん物を食べても、胃もたれを起こさない効果があるようですよ」


「美味しいんですよー。私も好きです。でも『里』でも頻繁《ひんぱん》に食べられる物じゃなくって。何てったって、取りに行くのがスッゴク大変なんですよー。今焼いているキノコは秋にグラス副頭の奥様が採取して、【アイテムボックス】に保管していたのを分けて頂いた物になりまーす」


 風味付けのハーブや肉と野菜の焦げとも違う匂いが、ほのかに漂ってくる。焼き上がったキノコを手早くまな板に移しながら、入手経路を説明してくれたパンジー。

 彼女の話を聞いたグラスとパインは、二人揃って「ムチャしやがって……」と渋い表情を浮かべた。



 ★★★



 グラスの奥さんは名前をクレマティスと言い、カクタスと正妻の間に生まれた次女で、パインにとっては腹違いの姉にあたるそうな。

 今日の昼に城内を走り回っていた時。賊《ぞく》の襲撃を受けて、人数差的にちょっとピンチだったんだけど。隠し通路から現れたクレマティスと、彼女のお供のサルに助けられたんだよ。僕、体が前屈状態になったまま次々と宙を舞う賊というものを初めて見た。

 【身体強化】よりも防御力を落としてその分だけ攻撃力に振り分けた【剛力無双】というスキルの持ち主で、一応“影”の構成員。結婚前は数ヶ月間だけ王宮勤めをしていたそうだけど、いかんせん素の力が強過ぎて備品を破壊しちゃったらしい。壁ごと。

 カクタスに解雇《クビ》を言い渡される前に自主的に王宮の使用人の職を辞して、グラスの妻になったそうな。今は主に、大自然の中で子供達を育てていると言っていた。

 父上の私室部分で、美しいオレンジ色の体毛を持つサルのマリーゴールドとも一緒に昼食を摂《と》ったのだけれど。マリーゴールドの方が僕よりもテーブルマナーが上手で、完璧と言ってもいいくらいだった。

 すごくお利口さんで、グラスとクレマティスの間に生まれた子供達のオシメを替えたりとか、子守りもしてくれたんだって。


 クレマティスはパッと見筋肉がついているようには思えなくて、父親であるカクタスに似て細身で小柄。鍛えて引き締まった体躯《たいく》のグラスと並んで立つ姿は、とってもお似合いだった。

 中身は、まあ……。熊が出た時に無手《むて》だったからその辺に生えている木を根こそぎ引っこ抜いてぶん回して、それで倒すかと思いきや木はあくまでも目くらましで接近して腹パン一発で仕留めたとか何とか。そんな内容の事を楽しげに語るタイプ。

 話を聞いていても、状況がイマイチ読めなかった僕だけど。グラスの奥さんと子供達は『ハーモニー山脈』にある『“影”の里』に普段はいるんだなって、この夕食会でようやくうっすらと掴めてきた。

 今回のように国を挙げての公式行事の場合は人手がいくらあっても足りないから、裏で遊撃として待機しているんだってさ。


 ……そういえば、兄上がグラスの長男に興味を持っていたな。残念ながら、【鑑定】のスキル持ちではなかったようだけど。その代わりと言っていいのか。【魔眼】という、これまた珍しい系統のスキルを持って生まれたらしい。

 グラスの説明によると長男が持つスキルの効果は、主に二つ。一つは、魔力の流れを眼で“視る”事ができる。

 もう一つは眼で視認できる範囲に限り、両手で持てるくらいの物に干渉が可能。これは、テーブルの端にあるコップを手元に引き寄せたりとか。転んでしまった人の頭部をとっさの機転で支えて重症を負うのを防いだりのような、そんな風な使い方をしているんだって。

 ローズ嬢と同い年だって話だし、将来的には学友として護衛に就かされる事になるのかもね。


 ★


 僕がグラスの家族について思いを馳《は》せている間にも、『火のマッケイ』姉弟は着々と作業を進めていった。

 パンジーはまず大きなお肉のカタマリを包丁で二つに切り分けると、片方の黒い部分を厚めに取り除いていく。外からの見た目はあんなに真っ黒だったのに、内側は生肉のように色鮮やかだ。あ、でも熱は通っているみたい。温められた脂《あぶら》が溶けて、じんわりとにじみ出ていた。


 ……食べるのが大好きで食いしん坊な僕だから、自分でも今お肉を食い入るように見つめている自覚はある。でも多分、僕よりもはるかに熱心に魅入《みい》っているのは『彼』だろう。でも僕と『彼』は一見似ているようでいて、その実、大きな隔たりが存在する。それは視線を向ける先。僕が内側にあった色鮮やかなお肉を見ているのに対して、『彼』はその外側。恐らくはゴミとして捨てられてしまうんじゃないかと思う、肉や野菜の黒い部分に注目をしているようだ。

 ……えっと。もはや炭だよ。焦げた食べ物は、体に良くないって聞いた事があるし。いくら【退廃系味覚】のスキル持ちだからって、やめといた方が……。え? 今更? まるで、「こんな上等な生ゴミは滅多にお目にかかれない」って言っているかのような『彼』の目は……。キラッキラッしているなぁ、オイ。うん、まあ、そうかもね。それで生き延びてきたんだもんね。

 ちなみに僕も『彼』も、互いに一切口を開いていない。でも食べる事が大好きな者同士、確実に通じ合うモノがあったらしい。「……後で分けてもらえるといいね」という、僕の目での語りかけに対して。『彼』はニッコリと笑って、大きく頷いたのだった。



 ★★★



 付け合わせ用の野菜の飾り切りを終えて、まな板の上にキッチリと並べたセドロ。彼は手をフキンで拭うと、次にガラスのキャニスターに手を伸ばす。

 あれは前に、回復術師団で似たような物を見た事があるな。片方の中身はおそらく、乾燥させたハーブ類だろう。魔法陣を刻み込んだミスリル銀のプレートが蓋と底に仕込んであって、魔力が抜けていくのを防いだまま保存が可能なんだよな、あの容器って。

 もう一つあるキャニスターには、僕の握りこぶし大くらいの水晶の原石に似た物がゴロゴロと収納されている。ピンクや青や焦げ茶色。他にも虹色にキラキラと輝く物もあって、とってもキレイ。あれは確か……そう。岩塩っていう、山などで採取できる塩の一種だ。


 セドロはその場にしゃがむと、ワゴンの下段を覗きこむ。「ゴトリ」と音を立てて上段に置いたのは、重厚な感じの乳鉢だった。重さや色合いからいって、天然の石を削って作った物っぽい。

 調薬をする前の兄上や兄上の師匠のように、乾いた布で乳鉢と乳棒を軽く拭くセドロ。準備を整えると乾燥ハーブを一種類ずつすり潰して、それぞれが混ざらないように小さな器に入れていく。

 一通りハーブを細かくし終えると、今度は下ろし金を取り出してキラキラと美しい岩塩を削り始めた。そしてやはりハーブと同じように、色別に小さな器に移していく。

 大体同じタイミングで肉の下処理を終えたらしいパンジーは、「小匙《こさじ》一杯」やら「一つまみ」などと種類ごとに分量の指示を出して、セドロにハーブソルトを作らせる。また、口の中に入れるとピリ辛の刺激を受けるハーブの粉末を受けとると、肉の両面にパラパラと振りかけてからなじませるように表面を軽く押した。


「本日のメインとなるお肉は、『ダンソウの谷』より陛下の誕生祝いに提供された亜竜となります。伝統の『モグラ叩き猟』で討伐されたそーでーす」


 【生活魔法】で手袋をきれいにしてから、付け合わせの野菜のいくつかにハーブをまぶしたりと手を動かしつつ、パンジーは食材の解説をし始める。


 『ダンソウの谷』に巣くっているのは土属性に特化した亜竜で、羽はなく、基本的に地中で過ごす魔物らしい。後で読んだ物の本には『土を掘り続けなきゃ死ぬ病に冒されている』みたいな、やや大げさな書かれ方をしていた。自分が掘り進めた穴はやはり土属性魔法で固めるようだし、単体ではそこまでの害はないらしいね。地中にいる分には、わざわざ潜っていってまで退治する事はないみたい。

 ただ他の亜竜と地中でバッタリ出くわした時は、自分が掘った以外のトンネルを互いに壊し合う性質から大ゲンカになるようだ。その争いをあまりに放置し過ぎると、土砂崩れを引き起こす事もある。なのでケンカに夢中になった亜竜達が、うっかりと谷の地表に出てきて「あっ、ヤベッ!」と固まったのを見つけた場合。『ダンソウの谷の神殿』職員や関係者が、総出で亜竜を滅多打ちにして倒すそうな。

 脂と魔力がのっていて、とろける旨《うま》さなんだって!

 一般的に、魔力の多い食べ物の方がおいしいし保存がきく。よって普段『ダンソウの谷』の亜竜は干し肉なんかに加工して販売し、併設の孤児院の運営費なんかに充《あ》てられているようだ。食べると一時的に力が強くなるとかで、王国の騎士団や冒険者ギルドから引きも切らずに買い取りを持ち掛けられているってさ。


 黒い部分を残した方の肉のカタマリをいったん大きな皿に移すと、溶岩のプレートに手をかざすパンジー。魔力を熱へと変換しているのか、彼女の手の周りがゆらゆらと揺れ動いて見えた。『火のマッケイ』って言われるくらいだから。パンジーやセドロは、やはり火属性魔力の使い手なんだろうな、きっと。

 プレートがほんの一瞬だけ灼熱の色を帯びると、すぐにまた黒い色に戻る。その様子に満足気に頷いたパンジーは、テーブルの方を向いて言葉を発した。左手には、形成済みの赤身のお肉をひとまとめに置いた金属製のトレーを持っている。


「これから表面を軽く炙《あぶ》って、お肉に焼き色を付けていきます。肉自体は一度熱を通しているのでサッとですが、中までしっかり焼いてほしいとか好みがありましたら仰《おっしゃ》って下さいねー」


 パンジーの声がけに、真っ先に反応したのはオーキッド嬢だ。彼女は「焼き加減はお任せするが、肉は少なめでいい」と要望を口にする。

 対するパンジーはその注文をあらかじめ心得ていたようで、他のお肉の半分の大きさの物を彼女用だと示した。「まぁ」と小さく呟いたオーキッド嬢はパンジーの気配りに安心したようで、ニッコリと微笑んで一つ頷いてみせる。

 僕も、火加減はお任せでもっと量が欲しいとお願いすると。パンジーは「おかわりはその都度焼き上げて、アツアツのお肉を提供しますよー」と笑顔で答えてくれた。


 他の申し出が無いのを確認すると、パンジーとセドロは溶岩プレートの上で手を動かして、温度や魔力量について言葉を交わし合う。次にパンジーの指示で、プレートの上に脂肪から精製した竜脂をのせて伸ばすセドロ。


 僕は、二人のボソボソとした小声での会話に耳を澄ませる。

 いかに王宮料理人と言えど、亜竜を調理する機会はそんなにひんぱんにはやってこない。あのナイフ捌《さば》きのように、自室で反復練習というわけにもいかないだろう。材料の入手が難しいのだから。

 またさっきのように、温度や魔力など気を付けるべき点は多々あるが。先輩や上司の間近で技術を盗み見られるようになるのも、おそらくは何年も先の話であろう。

 王宮の総料理長から亜竜の調理を任されたパンジーが、この技術をモノにするチャンスを掴めと、弟に発破《はっぱ》を掛ける。料理人の先輩としての姉の一挙一動を見逃すまいと、セドロは緊張の面持ちでワゴンの傍《かたわ》らに立った。


 ――ッジュッ! ジュー……


 トングを使って、人数分のお肉を溶岩プレートの上にのせていくパンジー。肉を並べていた金属製のトレーをセドロに預けるのと同時に、焦げ茶色の塩の容器を受け取る。彼女はすぐに、やや高い位置から肉の片面に塩を振りかけ始めた。


 さっきまでの軽い調子はすっかり鳴りをひそめ、パンジーは真剣に亜竜と向き合っている。

 セドロへの指導は、そのまま僕達の解説になった。あの焦げ茶色の塩は土属性の魔力を帯びていて、同じく土属性の食材とは相性が抜群にいいとか。溶岩プレートに魔力を流すタイミングや量なんかで、焼き上がりに差が出る。……などなど。

 パンジーは肉をひっくり返して、もう片方の面にも焼き色を付け始める。端から徐々に茶色に染まっていく部分と、中心の赤身の色との対比が美しい……というよりは、ものすごくおいしそう! よくよく考えてみれば。こんなに間近で料理をしてもらって食事をするって、僕も滅多にない事かも。


「セドロ、皿……」


「はい」


 亜竜のローストから視線を外さないままの、パンジーの呟き。それに返事をしたセドロと、グラスやパインも動き出す。

 セドロが押して入室してきた方の、ワゴンの上にあったお皿。正直、ワゴンの上段にスペースが十分にあるとは言い難い。それでも空いている場所に、乾拭《からぶ》きした三枚の皿を並べるグラス。

 セドロはすぐさま、飾り切りを済ませていた付け合わせ用の野菜を盛り付けて、更にハーブソルトを適量入れた小ぶりの平皿を添える。後はお肉をのせるだけとなった皿の用意が整うと、その内の二枚をパインが持ち上げた。すかさず空いたスペースへ、グラスによってやはり乾拭きした皿が置かれ、他のと同じように野菜が盛り付けられる。


 ここまでかかった時間はわずかで、三人の連携も見事だとは思うけど。中でもセドロの迷いのない鮮やかな手つきに、僕はついつい見惚《みほ》れてしまう。

 亜竜の扱いを除いて一から十まで指示を出すわけではないパンジーが、助手として、まだ見習い未満だというセドロを連れてきた理由や信頼がよく分かる。兄上との顔あわせも、もちろんあるだろうけれど。やはり人となりや実力が伴ってなければ、今夜この夕食会に参加するチャンスもなかっただろうね。


 焼き上がったお肉が、パンジーの手によって順にお皿に盛り付けられていく。

 パインが兄上とバーチの元へ。グラスが僕・シルヴェスター公爵・オーキッド嬢の前に肉料理の皿を配膳する。

 一拍おいて、パンジーが朗らかに言葉を発した。


「お待たせ致しました。本日のメイン、『亜竜と五種類の野菜のロースト』となります。どうぞ、お召し上がり下さいませ」


 この挨拶をきっかけに、僕はナイフとフォークを手に取って……固まった。あれ、ソースどこ? ないの?





 読んで下さって、ありがとうございます。



 さて、長くなってきた『僕達の夕食会〜』ですが。まだまだ終わりそうにない記念として(?)、割烹用SSを書いてみました。初めての試みとなります。


 思い付いたから書いた。後悔はしていない。ついでに言えば「そんなのいいから本編早よ書け」という訴えも受け付けない(キリッ


 ヤマなしタニなしオチなしエロなし、な『らめぇ系』だよ。

 本編で出そうにない、マクローリン公爵家の使用人兄妹の名前が明らかに!?


 興味をお持ちの方は、活動報告をぜひご一読下さいませ。



※ 20170724 追記


 活動報告に上げたSS、物語のラストの方に脱字がありました。


誤:フォレスト王国・某所の喧騒《けんそう》中で


正:フォレスト王国・某所の喧騒《けんそう》の中で


 この場でお詫びします。

 とりあえず一ヶ所。他にはないといいなぁ。




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