072 僕達の夕食会⑤ 〜料理人の挨拶〜
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『学術のシルヴェスター』との呼び名があるらしい公爵から、夕食会の席で古い古いこの世界の歴史を聞いている僕達。少しずつ時代が下がり、兄上や僕の祖先の頃の話になった。
始祖となった人物が『白の精霊』に目を掛けられてこの地を守っていたので、ひいてはその血筋であるフォレスト家の者が王となり建国したのだという話は、兄上とホーリーと一緒に受けた授業で僕も習った事がある。ただその話の中には、エルフの「エ」の字も出てこなかったよ。
というのも、茶系統の髪色に緑色系統の瞳で【身体強化】に秀でているのがフォレスト家の血筋の特徴である。【身体強化】のスキル持ちの多くに共通している事と言えば、騎士や戦士に向いているガッチリとした非常に恵まれた体格に成長するという事だ。
今日、何度か足を運んだ国庫のそば。ギャラリーに飾られた、歴代の王族の肖像画を横目に見たのを思い出しても……。「脳筋王がいっぱい」という感想しか涌いてこなかったな。うん。
大多数のフォレスト家の血筋の者達を見て、「エルフだ」と結びつけられる人はまずいないだろう。あの絵の人物達が「エルフだ」と言われたら、イメージの破壊力が高過ぎる。本物のエルフさん達に泣かれるんじゃないかな? 会った事はないけどさ。
僕はチラリと兄上の方に目を向ける。午前の陛下の誕生祝いの催しの前に、盛装した兄上を「本の挿し絵で見たエルフのようだ」と思ったけれど。シルヴェスター公爵の話ではご先祖様にエルフの血が流れているようだし、あながち的外れな感想でもなかったようだ。
小さい頃は華奢な兄上を心配して、ヘーゼル叔父上が事あるごとに「食え食え」言って食事やお菓子を与えていたけれど。兄上の線の細さは、結局ほとんど変わってないもんな。魔法の使い手は消耗が激しいから、太りにくいとも言われているけどね。
そんな事をつらつらと考えていると。僕とオーキッド嬢の頭をなでてくれていたシルヴェスター公爵はなでるのを止め、ワインの入った盃を手に取って微笑むと更に詳しく語り始める。
『白の精霊』より『ハーモニー大樹海』への居住を許されたフォレスト家の始祖は、指定されたエリアで一人で生活を始めたそうだ。寂しくないのかな? って僕は思ったけれど。元々森との縁が深い種族であった事と、遠く離れた出身地から今のフォレスト王国まではたった一人きりで旅を続けてきた事から、特に問題はなかったみたい。
ただご先祖様は暮らし始めてからさほど時間をおかずに、『白の精霊』のお役目の補助を担うようになったんだって。そのせいで炊事・洗濯・掃除や採取・狩猟といった、生活に必要な時間を確保するのが難しくなったらしい。
すぐに『白の精霊殿』より、身の回りの世話をする職員の派遣を決定。ただ距離や道のり、出没する魔物の強さがネックとなって「通いで」というのは現実的ではなかったみたい。
そこで、関係者達で色々と協議をした結果。良い土地を見繕って、新たな『白の精霊殿』の分殿を建立。魔物の現界を抑える結界を張って、フォレストの始祖と支える者達の為の、小さな村を造る事になったんだって。
最も高い山は一万メートル越え。平均しても三千メートル級の山々が連なると言われる『ハーモニー山脈』は、『白の精霊』の住まいという事もあり、魔力が非常に濃密で出没する魔物も桁違いに強い。
更に、海抜二千メートル近い高地という過酷な立地で住環境を整えなくちゃいけなくて。当時の殿の職員さん達は、とっても苦労をしたようだ。
まず空気が薄い。そう言われても、僕は最初ちっともピンとこなかったけど。
「個人差は多々ありますが。簡単に言うと、適応できるスキルが生えるまで、常に呼吸が苦しいと思って下さい」
グラスにそう言われたので、僕はとりあえずは頷いた。
他にも。王都と比べものにならないくらい、寒いし雪はたくさん降るし。分殿にある転移魔法陣でしか行き来ができない、陸の孤島だそうな。
また周りの魔力濃度が地上とは違うので勝手が異なり、魔法の発動や制御にも一苦労。石工・大工・農夫・料理人・鍛冶師・護衛・使用人・回復術師などなど……。ざっと思い付くだけでも、これだけの役割を担える人々が必要で。当然の事ながら、家族も含めて精鋭を選りすぐって送り出したんだって。
「本来であれば何処の国にも属さない『ハーモニー山脈』の山間に存在するその集落は、決して地図に記載される事はなく。今も暮らす者達によって、ひっそりと守り続けられているようですよ。出入りを許された者は、その隠れ里の事をこう言います。『風の里』。或いは――『“影”の里』と」
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僕と兄上は、シルヴェスター公爵の『“影”の里』の言葉を聞いて反射的に、グラスやパインの方に視線を向ける。グラスはわずかにあごを引き、パインは肩の高さに上げた手を軽く振った。その合図に合わせて「フワリ」と空気が動き、パインの張った風属性の結界が解かれたのがわかる。
そして僕が「あれ、いいの?」と思う間もなく、扉が開いて料理人の格好をした男女が入ってきた。
それぞれ一台ずつワゴンを押しながら、テーブルの近くまでやってきた料理人達。
先にワゴンを止めて頭を下げたのは、二十代なかば頃の女性。彼女にならうようにワゴンを止めるとやや大げさに頭を下げた男の方は、十代のなかばくらいかな? 兄上とそう年の変わらない、まだ少年って感じ。彼は、すごく緊張しているように見える。
二人共に暖かみのあるオレンジの髪色と、透き通るような碧眼だ。微妙に濃淡の異なる二人がそれぞれ動くと、何て言うか、「暖炉の中の炎みたい」とかついついそんな事を考えてしまった。
僕が二人を見ているのを彼女達も気付いたようで、そばかすのある頬に笑みを浮かべてこたえてくれる。
「おや。更なる本家の子供達の登場とは丁度よい。今から、詳しい話をしようと思っていたところですよ」
持ち上げた銀の盃を料理人の女性の方に指し示して語りかけた公爵は、ワインを呑み下すと「ニッコリ」と笑った。
作業の為に、ワゴンの上段に置かれている銀色のカバーを外そうとしたタイミングで声をかけられた女性は、「え〜?」と声にならない声を上げてからパインの方を見る。
視線を受けたパインはというと、苦笑いを浮かべつつ手を振って、再び声を盗み聞かれない為の風の結界を張った。……おや。何だか二人の間に気安い空気が流れているな。一体どういう関係なのだろうか?
「もー。本家の子供だからって、どうかしたんですか? おじ様。というかこの夕食会は、そうそうたるお歴々の集まりなんですから。こちらとしては粛々と給仕をして、あくまでもメーンディッシュの背景に徹しようと心掛けていたというのに。おじ様が変な事を言い出すから台無しじゃないですか。もー……」
おじ様? 今現在はまだ宰相の位に就いているシルヴェスター公爵の事をずいぶん親しげに呼び、なおかつかなり砕けた口調で喋り出した彼女に、僕はビックリしてしまう。
彼女の近くにいた少年は青い顔をして、「姉さん!」と小さく咎めるように声をかけた。
「おやおや、粛々などと。元からそれ程に堅苦しい食事会ではないので。そのような配慮は不要というものですよ。貴女の方こそ。この顔ぶれの中であえて、見習いにも満たない弟君を助手として伴い入室してきたくらいですから。何か企みがあるのではないですか?」
「えー? 企むという程の事ではないですよ。単なる顔みせですってば。後々になって弟の事を、『あれ? 彼の事はいつかどこかで見たなー?』ってリンデン王子に思って頂けたら、いいかなーってくらいで」
彼女の口から「リンデン王子」の名が出たので、兄上が片眉を上げる。二人に視線を向けて目を細めるが、それはほんの一瞬の事だった。兄上は大きく息を吐き出すと、少年の方を見てから口を開く。
「名は?」
……どうにも兄上はお疲れのようで。自分自身で【鑑定】をする気力が、今はもはやないみたい。
兄上の問いかけに少年は「はっ!」と小気味好い返事をすると、ワゴンより前の位置に出てきた。
足を肩幅に開いて立つと背筋を伸ばし、胸の辺りで両手の平、続いて両手の甲を見せると、最後に両手を重ねて心臓の上に押し当てる。
「セドロ・マッケイと申します。今現在、国立シード学園 王宮使用人育成コース・料理人専攻科に所属。秋頃に十五歳になり、成人として正式に構成員となりました。在学中の“影”として、リンデン王子がご入学後はサポートさせて頂く事となりますので、宜しくお願い致します」
セドロと名乗った彼はやや緊張した面持ちながらも、主に兄上に対してしっかりと挨拶をした。
その内容を聞いて、僕は「なるほどな〜」って思う。学園の先輩にあたるわけだ。おまけに“影”として兄上の護衛とか世話役として関わるのなら、こんな機会に顔を合わせる事になってもいいのかもしれない。
……挨拶の前の“振り”みたいな動きは、何なのだろうか? 僕は初めて見たのだけれど。なんかイミがあるのかしら?
「固い。固いわよ、セドロ。まさか『姿勢』をやるなんて。――あ。『姿勢』というのはですね。“影”の正式な礼? 礼拝? っと言っても頭は下げないから、ちょっと違うか。まぁいわば挨拶のようなもので。こう……手には武器の類いは持っていませんよーって見せてから、心臓に両手を当てて。『フォレスト王家への忠誠は、命を掛けてのものです』と示す行為です。普段は省略っていうか、ほとんど行いません。やるとしたら敵地への突入作戦前とか、命懸けの任務の前に覚悟を決めるとか。そんな時くらいですよ」
僕のギモンが表情に出ていたのか。ガチガチなセドロを解きほぐそうと話始めた彼女は、途中からテーブルの方を向くと、『姿勢』と呼ばれるものについて実演を交えて解説をしてくれた。
そんな彼女に対してセドロは、
「いいじゃないか、姉さん。正式な作法なんだろう。“影”となった最初の目通りに、陛下の御前でも行ったのだし」
と、ワゴンの向こうに戻って姉に小さく耳打ちをする。
弟の抗議を受けた彼女はというと、「ん〜?」というような表情を浮かべてから腰に手を当てて、嘆息をもらした。
「それは私も構成員となった最初の挨拶で、『姿勢』を示したけど。忠誠を捧げたのはあくまでも陛下だからよ。リンデン王子は――どうなのかしら?」
そこまでを口にして言葉を切ると、セドロの姉は第一王子に対して人となりを見極めんとキラキラと挑むような瞳を向ける。
「だって。場合によっては、敵対か排除をしなくちゃいけないんだもの」
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夕食会が行われている最中の部屋は、水を打ったように静かになった。まるで「失敗しちゃった料理は処分しなくちゃ。当たり前でしょ?」とでも言うようにあっけらかんと、第一王子である兄上をどうにかするつもりでいる彼女の言葉は、鋭く響いて余韻を残す。
……え? 敵対? 排除? 彼女は、刺客か何かなの?
「本日。婚約が発表となった、皇太子殿下とカーティス公爵家のご令嬢ですが。ご成婚後は慣例通りに、離宮の一つに居を構えられる事となるでしょう。今はまだ料理人として未熟な私ですが、十年後でしたらそこそこの線はいってると思うんですよ。てな訳で、離宮の料理長の座を狙ってるんですけどねー。んで! お世継ぎが生まれる云々の責任って、皇太子殿下夫妻の身の回りの世話をする使用人や料理人にもかかってくるんですよー、コレが。ぶっちゃけて言ってしまうと。ジャマしてくれそうじゃないですかー、リンデン王子って」
『ああ……』
兄上を「排除しちゃうゾ。ジャマするんならね」と口にした彼女の、動機や事情に皆が納得をしたのか。僕を含めて複数の声が重なった。うん。なら仕方ないか、だって兄上だし……?
「パンジー。引きなさい。言葉遣いも。この場に相応しいものに改めるよう。弁えなさい」
低く穏やかではあるが有無を言わせないグラスの声音は、僕の混乱しかかったアタマも鎮めてくれる。
パンジーとその名を呼ばれた料理人の彼女はグラスに向かって肩をすくめてから、兄上に対してなおも挑発するように、「ニンマリ」とした笑みを浮かべた。
「パンジー・マッケイ。セドロ・マッケイ。……マッケイ。『火のマッケイ』本家の者達か」
一方で、仮の敵対宣言を受けた兄上はというと。唇に指先をあてて何かを考えるような仕草をしながら、押し殺したような声で言葉を発する。
「表の四家。それと裏を取り仕切る第五の家。――“影”の指揮権の承認・移譲を握る者達。……仕方がないか」
納得。というよりはムリヤリ呑み込んだ風の兄上。その様子を目にした僕は、また何か新しい言葉が出てきた事に正直げんなりしてきた。だって『火の〜』ってゼッタイ他にもあるでしょ! 後、四つ? それとも、五つ? それくらい予想できるんだらから、僕にだってね。
「そーでーす。婿を取る形で結婚しているので、私は今もマッケイ伯爵家のパンジーですよー。フォレスト王国の厨房業界では、『火のマッケイ』の名は絶大ですから。何ていったって『料理人ギルド』の総元締めですし。――言葉遣いは。まーいいじゃないですかー、グラス副頭。リンデン王子もローレル王子も、これくらいじゃ目くじらなんて立てないでしょ。だって、パインがオッケーなくらいなんですよ。あ、私はですねー。パインとほぼ同期で、学友でもあったんでーす」
「「ああ……」」
パンジーの言葉に、兄上と二人で頷きながら声を洩らす。パインとパンジーの気安い空気というか、ノリが似ているような気がしたけど。その理由がよくよく分かった。
「おお。納得の声。『パインと同期だから』で、通じる物わかりの良さ。リンデン王子もローレル王子も、お二方共に素晴らしい。おおよそこの半年間で、すっかり受け入れられたみたいだし。良かったわねー、パイン。お姉さん嬉しいわー」
「……ここで私を引き合いに出さないで頂きたい。私はヤる時はヤる男ですよ。マダム・パンジー?」
「まぁ! 酷いわ、パイン。私とあなたの仲なのに、そんな他人行儀な態度で接するなんて!」
……何だか知らないが。部屋の中の大多数を置いてきぼりに、二人の小芝居が始まった。「ヨヨヨ……」と、あからさまなウソ泣きをするパンジー。そばへと近付いていって彼女のあごに手を添えるパインは、“釣り”の最中に見せたようなセリフ回しで言葉をつむぐ。
「ああ、すまない。辛い想いをさせたのなら謝ろう。パンジー。キミには涙は似合わないよ」
「離して! 今まで何人も啼かせてきた手で、触れられたくなんかないわ! ――あ。正味な話。延べ何人くらいイカせているの? 男女別で」
「男女別? えーっと……。あー、最近【詳細鑑定】受けに『白の精霊殿』に行ってないから。どーだったかなー……」
「ダメじゃない、パイン。カラダが資本でしょ。そんなんじゃプロ意識に欠けるわよ」
「へーい。すんません」
パインとパンジーの短かったお芝居と、すぐさま移った気安い素のやり取り。
気が付けば、僕の口からポロリと言葉がこぼれ落ちていた。
「えっと……。仲良し? てか同類?」
……拍手でもすれば良かったかしら? ツッコミを入れたい事柄は、他にも盛りだくさんあったけれど。今の僕はもう頭がいっぱいいっぱいで、細かい事はなおざりにしつつあるよ。主に「パインにとってのフツーの事とか」は、特にそうだね。
「んっまあ〜! このオトコと同類なんて。心外ですわ、ローレル王子。そんな、パインに対して失礼な事を言い出す悪い子には、お肉少なくしちゃいます――よっ!」
パンジーは両手で自分の頬を挟み、「イヤイヤ」と言うかのように体を揺らして声を上げる。え? 「パインと一緒にされたくない」ならわかるけれども、「パインに対して失礼」って?
そう、僕がギモンに思っていると。彼女はこれまで何度か手をかけようとしていたが、結局は手付かずのままだったワゴンの上の銀色のカバーを勢いよく取り外す。
その直後。パンジーの姿は、もうもうと立ちこめる煙の向こうに消えるのだった。
読んで下さって、ありがとうございます。
投稿が遅くなりました事を、お詫び致します。今話は難産でした。というか、入れなければならない要素を取りこぼすと、面白いようにペンが止まる。
間が空いたけれど、作者は生きてます。
新キャラクターが増えたのはいいですが、会場にいる半数以上のメンバーが空気に(涙)
20170610
『003話 乙女ゲーム《ソレ》の名は』
後半部分。特にゲーム情報に関しまして、大幅に加筆修正を行いました。元の倍以上の文字数に……。
ついでに『002話』も。若干ですが修正しています。
20170624
『004 出会い頭に破綻』
を、大幅改稿バージョンに差し替えました。初投稿時が三千字〜。書き直したものは一万文字を軽く越えてます。
なんという事でしょう。元の約三倍くらいの分量になるなんて。もはや原型をとどめてないんじゃなかろうか。いや、そんな事はない。はずだ。
後だしじゃんけんならぬ、後張り伏線がいっぱい。……それってどうよ?
宜しければご一読を。




