071 僕達の夕食会④ 〜“タイ”をバターソースで〜
★★★
シルヴェスター公爵の話に耳を傾けている間に、魚料理の皿が目の前に置かれる。海に出没する魚型の魔物の、バターソースがけだ。
切り身とかじゃなく、ほぐした身の一片で皿の半分以上が埋まってしまうのだから、元はどれだけ大きな魔物なのだろうか? 表面が真珠のように輝く白身の魚は、それだけできれい。ん。臭みを取るハーブと一緒に下茹でされているから、魚自体の味はさっぱりとしている。コクのあるバターソースで、プリプリの身が楽しめるね。彩りに添えられた緑色の葉野菜で包んで食べても、シャクシャクという歯ごたえがアクセントになっていい感じ。
「さて。長きに渡る苦難の年月をドラゴンの庇護の元に堪え忍んだヒト達は、魔力の頒布異常の治まりと共にその数を増やしていきます。今のフォレスト王国の領土となっている地域は、他の国々よりもドラゴンが守護する殿が多かったので、その頃から人口も多く開墾の速度も早かったようですな。王都の『白の精霊殿』は遥か昔から今の位置に存在し、『ハーモニー山脈』及び『ハーモニー大樹海』への立ち入りを制限された人々は、当然の事ながら北方を避けて開拓をしていく事になりました。水・獲物・農地を求めて少しずつ居住範囲を広げていくのですが、まだまだ強い魔物がたくさんいて彼らの活動を阻みます。そしていつの頃からかドラゴン達によって広められた物語をヒントに、精霊達に助力を求める行為が世界的に流行したようで。この時代の主流は個人個人が精霊と契約し、魔法の補助などの面で力を貸してもらおうというもの。今の【精霊使い】と大体は同じです。また残念ながらと言うべきなのか、現代では失伝してしまっておりますが。子々孫々まで精霊に加護をしてもらう契約の方法も、かつては存在したと。この個人ではなく血筋と契約した者達の子孫は今でもそれなりの数が存在し、この家系を【精霊憑き】と呼ぶ事があります」
時おりワインを口に含みながらも、スラスラと淀みなく語っていたシルヴェスター公爵。そこまでを口にして言葉を切ると、顔を上げてパインの方に視線を向けた。んん? パインに何かあるのだろうか?
僕が辺りを見回すと、バーチも食事の手を止めてパインを見ている。あ、マクローリンの護衛の彼もだ。こうなると必然的に、部屋の中の皆がパインに注目をする事になる。
見られているパインはというと、いつもの不敵な笑みではなく大いに戸惑った表情を浮かべていた。それから公爵とバーチの順に顔を向けて、普段よりいくぶん力なく語りだす。
「よく――。いえ、当然ご存知でしたよね。私の母方が闇属性の【精霊憑き】です。十全に精霊の力を扱う事が出来れば、確かに強力だとは思いますが。少なくとも【精霊使い】の素養がなければ、ただただ振り回されるだけですよ。私の同腹の兄が、メインが“闇”でサブが“風”――いえ、“風”の方は取って付けたくらいのほんのオマケです。幼少の頃は全然コントロールが出来なくて、精霊に翻弄されてばかりいました。闇属性は、ヒトの精神や心と呼ばれるものに作用を及ぼします。本人は一切望んでいないのにも関わらず、ヒトやモノのありとあらゆる“声”を聞かされる事態に陥って。一番近くにいた私の目から見ても、兄の辛苦は相当なものですよ」
パインはお兄さんの事をだいぶ心配しているのか、眉を曇らせて佇んでいる。……うん、いや、ちょっと気になる要素が出てきたな。僕は兄上の方をチラチラと見ながら、パインに質問をぶつけてみる事にした。
「えっと。パインのお兄さんも、ひょっとして人の心が読めるの?」
僕からの問いかけを耳にしたパインは、反射的に兄上の方を見て一つうなずく。
「読めるというか、どちらかというと聞かされる……いやむしろ押し付けられるといった感じですけどね。闇の精霊はイタズラ好きですし、割りと頻繁にヒトを欺きます。目の前の当人の口から語られる建前と、心の中の本音。また周囲の人々からの評価や噂といった、時として根も葉もないウソ。更に部屋の中にある幾つもの調度品や、家・屋敷そのもの。屋外だったら草木や虫などの――ハッキリ言って今全然関係ないだろ。むしろ知りたくなかったよ――と文句をつけたくなるような“声”を全部いっぺんに寄越してくるんです。私も子供の頃に兄の補助を受けて、大分セーブされた兄の世界の一端を体感させてもらいました。部屋の床が『隅の埃が不快である!』と怒鳴り声を上げたので掃除をしようと向かったら、『イヤよイヤ! 捨てちゃイヤよ、パイン』と色っぽい埃の声が聞こえたりとか。夕食の皿の肉に『食べるの? ねぇ、食べるの?』と、抑揚のない叫び声を上げられたりもしましたね。まぁ、食べましたけど。ひと噛みするごとにアタマの中に響く、肉の断末魔の悲鳴ごと飲み込みましたよ。いっそ清々しいくらいに、味なんて感じませんでしたけれどね」
『……』
イ、イヤすぎるんだけど、ソレ。僕もだけど、皆で一斉に皿の上の料理を見てしまったよ。まだ手を付けていない部分の魚の身を、行儀が悪いと知りつつもついついナイフでツンツンしてしまった僕。
そうしたらその間にパインが傍らにやって来ていたようで、僕の手元をしげしげと覗きこんでいた。驚いて彼の方を見ると、パインは右の耳を親指と人差し指で摘まんだりなでたりしている。
あれ? 今になって初めて気が付いたけれど、パインは右の耳の目立たない所にピアスを着けているようだ。……珍しいな、イロイロな意味で。
まず王宮の使用人は原則、装飾品の着用は禁じられていると聞いたよ。城内の備品を傷付けてしまったりとか、うっかり飲食物に混入してしまったら大問題になりかねないからね。さっきのパインだって、指輪を普段から指にはめていなかったし。それにほんの小さな装飾品でも、実はものすごい魔道具の可能性だってある。【アイテムボックス】とかだったりした場合、武器や毒を取り出して暗殺に用いるとかね。
うーん……。前にパインからチラッと聞いた「ホスト系チャラ男」だったら規則に抗って、もっと目立つように堂々と身につけても良さそうなのに。キャラクター的にさ。
でも実際のところ。陛下の侍従を勤めるカクタスの息子であるパインは、チャラかったり軽そうだったりするのは表層だけで。何と言うか……内にある陛下・王族・王家・国に対する忠義や忠誠は、ものすごく深いように感じる。下手をすると“影”の頭領であるカクタス並みか、いやそれ以上かもしれない。
……だから。周囲や使用人の監督者に、目くじらを立てられるほど大きいわけでもなく。全く気付かれないかと問われると首を横に振るだろう、極小というわけでもない装飾品をこっそりと着用しているパインに。違和感とまでは言わないけれど、何だか気になるものを僕が覚えたのは確かだ。
僕の魚料理の皿をじっと見つめていたパインはピアスから手を離すと、口元に手をあてて「つーか、何でフルフルさんの口調なんだよ」とかブツブツと呟きながら苦笑いを浮かべる。誰? フルフルさんって? ヒトの名前?
ここでようやく、僕を含めた部屋の全員に見つめられていた事に気が付いたパイン。ちょっとだけ目を見開いてからバツの悪い表情になって、やや歯切れ悪く語りだす。
「あー、えー。ちなみにローレル王子のお皿の魚は――」
「え!? しゃべるの? 聞こえるの? 何て言ってるの!?」
「調理方法が気に入らないみたいです。『こぉんなんじゃアテクシの魅力がちぃーっとも伝わらないじゃない。んっもうぉう、プンプン!』と言っているように聞こえますけど……」
!? な、なんかヤだな。主にパインの口調とか作った科が。ああもう。とっさに口から出ちゃってたけど、聞くんじゃなかったよ。もうこの魚、イロイロなイミで食べづらい。
ふと「クックック……」と忍び笑うような声が聞こえたのでそちらを向くと、バーチが腹を押さえて俯いていた。かなりツボだったらしく、時おり咳き込みながらも笑い続けている。ん? 今「似てる」とか呟いたのもバーチか?
この空気はどう収拾をつければいいのだろうと悩んで、僕は助けを求めるように兄上やグラスの方を見た。兄上は自身の皿を熱心に見ながらも、しきりと首をひねっているな。どうやら魚の“声”は聞こえないらしい。
半眼になっていたグラスは僕からの視線に気が付くと、パインに向けて睨め付けるような目で合図を出した。
「あー。先程の言葉は精霊達がからかって“声”を作っていて、ほとんどが嘘ですね。通常ではまず得る事がかなわない、有益な情報をキャッチする可能性もあるにはありますけれど。闇の精霊はそういうものほど巧みに隠します。とにかく聞こえる“声”が膨大になり過ぎるので、普段の私は精霊との関わりを遠ざけていますね。正直悔しい思いもあります。コレのせいで、父のように精密と言われる程の情報収集が出来ない。遮断の為の風の結界を張るのが、せいぜいの自分が。あ。この耳に着けているのは、精霊に関しての補助の魔道具でもあるんですよ。頭領や陛下には、特別に装備の許可を頂いております。これがないと、時として日常生活に支障をきたすレベルなので。私のサブとなる“闇”の属性魔力は心や精神に力を及ぼし、最後の一線を越えるのは逆に許してくれないんですけれど。同じように“声”に取り囲まれた場合、人によっては発狂してもおかしくはないでしょうね。――ローレル王子。変な事を申しましたのを謝罪致します。美味しいと思って食べてあげて下さい。それが一番ですよ」
「うん。わかったよ、パイン」
えっと『アテクシ』さん。いやそれとも『フルフル』さん? 僕はアナタをおいしくいただきますね。
パインの話の間、手が止まっていた皆だけれど。僕が食事を再開したのをきっかけに、揃って手を動かし始めた。ほどなくして魚料理を食べ終わったので、順に皿が下げられていく。
僕は使用人達が動き回る気配を感じつつ、再びパインの右耳に視線を向けた。今の今までは気が付かなかったのに、説明を受けた後だからだろうか。たまにちょっとだけ、光が反射するのを目にするようになった。ひょっとしたら【認識阻害】が、ピアス自体に付いているのかもしれない。いやでもそれって、どんだけ高度な魔道具なのかって話だよね。
パインのピアスは薄く剥がれる雲母のような。白っぽい、何かのうろこのようにも見えるけど。一体何の素材でできているんだろうか? 兄上なら【鑑定】できるかなって思って視線を向けると、目をつむって俯いている姿が目に入った。あれ、兄上。ひょっとして寝てる? いや。そばを通ったグラスの気配に目を開けたから、起きてはいるか。かろうじてって感じではあるけれどね。
やっぱりだいぶお疲れだな。うーん。兄上が、食事の途中で寝落ちしちゃったらどうしよう?
魚料理の次は、口直しの為のシャーベットが配られた。ちょっと酸味のある柑橘類のミックスに、ハーブも加えられているのかな? 食べるとスースーして、口の中がさっぱりするね。
その冷たさと、ほどよい刺激が良かったのか。兄上の目が、さっきより大きくパッチリと開く。うん、確かに。眠気覚ましにもちょうどよい味付けなのかも。
僕が兄上の様子にほっとしていると。隣でも「フッ」と笑うような気配がしたので、そちらの方へ振り向く。シルヴェスター公爵とオーキッド嬢と顔を見合わせると何となくおかしくなって笑顔になり、三人揃ってシャーベットの最後のひと匙を口に入れたのだった。
★★★
皆がシャーベットを食べ終えると、グラス達が器を下げ始めたのだが。これまでよりもわさわさと動きがあって、何だか落ち着かない感じがする。いよいよメーンともいうべき肉料理だしね。今日これまでのお皿はどれもおいしかったし、僕もとっても楽しみ。一体何のお肉を使うのかな?
公爵がこの夕食会の為に手配をしたのだろう、とっておきらしいワイン。シルヴェスターの男性使用人によって呈示されたボトルのラベル。それを確認したバーチは、ちょっぴり寂しそうな表情を浮かべてからうなずいていた。おそらくだけど。バーチとシルヴェスター公爵の息子達に何らかの縁のある年代か、産地のワインなのかもしれない。
「さてさて、話を元に戻しましょう。精霊が血筋と契約をする方法が知られ始めた頃。その精霊との契約や付き合い方に関して、右に出る者はいないと言われる種族が脚光を浴びる事となりました。森の民との別名があるエルフです。彼らは普段、自分達の集落から出てくることは少ないですが。交易を通じて多少なりとも外部との付き合いを持ち、精霊に関してのアドバイスを他の種族の者達に授けてくれたりもしたようですな。今のフォレスト王国の領土を訪れた者の一人が『白の精霊』様の目に留まり、フォレスト王国・王都の『白の精霊殿』の北、『ハーモニー大樹海』の裾野となる森への居住を許可されました。その方こそが、今のフォレスト王へと続く者。フォレスト家の始祖となった存在です」
シルヴェスター公爵の言葉に、僕は「え!?」と内心で声を上げる。えっと……まって。だって、それじゃあ僕達のご先祖様って――
「「エルフ?」」
僕と兄上はほとんど同時に声を発したので、「ハッ!」となって互いに顔を見合わせる。ただ僕が「え!? そうなの? 僕知らなかったよ〜」みたいなトーンなのに対して。兄上は「それは真の事なのですか!?」と、怪訝そうな様子が前面に押し出されていた。
公爵は僕、それから兄上の順に視線を向けて「ニコリ」と微笑みを浮かべると、おもむろに口を開く。
「何か、合点の行かない事でもありましたかな? リンデン王子」
「……。禁書庫の資料を、私はそれなりに読みあさったのですが。フォレストの始祖がエルフだと、はっきり断言した記述はなかったように思います。建国より以前、それこそお伽噺や神話のように語られる頃の話です。エルフ・ハーフエルフ・ハイエルフの単語が散見される古い言葉の手記で、解読には苦労させられました。始祖がエルフだとすると、私が読解を間違ったのか……。また読み直さないといけないな」
兄上は口元に手を当てて、ブツブツと呟きながら考えに没頭し始める。そんな兄上の様子を目にした公爵は、杯のワインを口にしてから声をかけてきた。
「いえ。リンデン王子。それにローレル王子も。私は先ほど『フォレスト家の始祖がエルフだ』とは、一言も口にしていませんよ」
「「え!?」」
僕と兄上の声が再び重なる。二人揃ってパチパチとまばたきをした後、兄上は上を見上げて考え事をし始めた。たぶん、さっきの公爵の言葉を反芻しているのだろう。僕も思い出してみようかな。えっと、確か……
「そうですね。『始祖がエルフ』だとは、シルヴェスター公爵も直接断言をしてはいませんね」
兄上の言葉に、僕もコクコクとうなずいた。何だか勘違いをしてしまうような、いや実際に勘違いをしてしまったややこしい話の進め方に、僕と兄上はついジトっとした目を公爵へ向けてしまう。そんな視線を物ともしない公爵は、「フフン」と笑みをより一層深めた。
「先祖がドラゴンより聞き出した真実を、私はもちろん手記を通じて知っております。ただこの件に関しては、私の口から真相を明かすのは控えておきましょう。――リンデン王子。貴方様はいずれ、『白の精霊』様より始祖に関しての情報を開示される事になります。その資格を、正統なる『祭祀継承権』をお持ちでいらっしゃる。禁書庫の古い資料を読み直すのは継承を済ませてからの方がよいと、老婆心ながら申し上げておきましょう」
「――あ! そういう事か。資格無き者は読み解けないように、阻害されているのか。私のあの苦労って一体……」
兄上は「はー……」と息を大きく吐き出すと、ガックリと項垂れてしまう。そんな兄上を公爵はニコニコ顔で、バーチはつと目を細めてそれぞれ観察するように見つめる。
グラス達使用人は、「聞かなかった事にします」と取り澄ました風に黙々と仕事を続けていた。置いていかれた僕とオーキッド嬢は、互いにチラリと視線を向けあってから揃って首を傾げてしまう。
「ローレル王子。オーキッド嬢も。そのように拗ねた表情をなさらなくてもよい。今日この夕食会に参加し重要な言葉を耳にした事こそが、詳細を知る資格を持ち合わせているという事です。いずれ陛下やマクローリン公爵より、しっかりと説明がなされる事でしょう」
シルヴェスター公爵は、そう穏やかに語りかけてくれる。そうしてそれから、僕とオーキッド嬢の頭を優しい手つきでなでてくれたのだった。
読んで下さって、ありがとうございます。
作中で『雲母』と書きましたが、ローレルは鉱石とかにあまり興味はないと思います。回復術師団の長老術師の部屋あたりで見かけた事があって、面白くて遊んだから印象に残っていた、くらいでしょう。




