表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
71/89

070 僕達の夕食会③ 〜カーティス・ブランド野菜のスープ〜



 ★★★



「僕の読んだ物語とは、だいぶ違っているね」


 スープをひとさじぶんコクリと飲み込んでから、僕は思った事を呟いた。

 加熱したおイモとネギを裏ごししてブイヨンやミルクでのばしながら煮込み、味を整えて仕上げに生クリームを少量たらしたこのスープ。使われた材料はなんと『スープ専用のイモ』として、カーティス公爵領で新たに開発された物なんだって! おイモのほっくりとした風味とまるでクリのような甘さが、とろみのあるスープに凝縮ぎょうしゅくされていてすごくおいしい。

 カーティス公爵領の一部の農村では今、調理方法別に適した作物を開発するのがブームのようだ。地域おこしの一環や他との差別化、ブランド野菜とかそういう話を後でホーリーから耳にしたよ。


「先ほども申しましたでしょう。各国の絵本や物語を読み比べていると。小さな子供向けによりシンプルにまとめられた物や、残酷ざんこくな描写が一切取り払われた物。また王様はえらいから王様は正しいと、ラストが権力者側に都合よく書きかえられた物も読みましたわ。逆に教訓を強くうながすためにでしょうけど、最初から最後までおどろおどろしい絵と語り口の本もありましたわね」


「妹に言われて私も興味を持ちましてね。古い版の本を集めてみたのですよ。とある商業が盛んな都市で、そういった古い本や外国に伝わる物語こそが正しいものだとうたって次々に復刻して販売。あの手この手で買わせようとしていたので、ちょうどいいと。時代や地域によって、一部の内容を削られたり別の要素を盛り込まれたり。そういった幾つもの物語の中から共通項を抽出して纏めたものが、今さっき妹の語った話になります」


 ずっとしゃべってくれていたオーキッド嬢とバーチは、ここでようやくスプーンを手に取ってスープを口に運んだ。二人揃って顔をほころばせた事から、味をお気に召したみたい。

 二人がスープを楽しんでいる間、僕や兄上は配られたパンに手を伸ばす。直前に軽くあぶられたパンはカリッとしていて、バターを塗るとトロリと染み込む。口に入れて噛みしめるとバターの塩気がジュワっと広がって、小麦粉のいい香りが鼻を抜けた。……うーん。今日はパンもバターも一味違う。おいしいね。あっという間に一つ食べ終わっちゃった。ああやっぱり、今日は本当にイロイロと消耗したのだろう。さっきあんなにお菓子を食べたのに、まだまだ食べられそうだもん。


 シルヴェスター公爵家の使用人によって注がれたワインをかたむけた公爵は、ニッコリと笑って口を開く。


「素晴らしい。いや是非ともお二人のコレクションを拝見したいですな。他の大陸の物などは、私でもさすがに手に入りにくい。領地に戻った暁には、領都の図書館の拡充かくじゅうも計画しております。マクローリンの“隊”に依頼をすれば、仕入れてきてもらえるのでしょうか?」


 公爵の言葉を聞いたバーチの肩がかすかに揺れて、スプーンを持つ手が止まる。それから、ゆっくり大きく一度だけスープをかき混ぜると、ややうつむいてポツリと呟いた。


「……そこまで情報を把握できていて。どうして……」


 バーチはわずかに眉間にシワを寄せスプーンから手を離すと、銀のさかずきに手を伸ばして中のワインをあおる。その姿が僕には何だか、いたたまれなさやる瀬のなさを丸ごと呑み込んだように思えた。


 何かを振り払うように首を動かしてから、杯をテーブルに置いたバーチ。その「コトリ」という小さな音を耳にして、壁際に控えていたマクローリン公爵家の護衛の男が、主であるバーチをうかがうように首を傾げた。

 僕が「ん? 彼は何を?」と思って見ていると。護衛の妹のメイドが、首を「ぶんぶん!」と横に振ってワインボトルの前に立ちはだかる。え゛? もしや、ワインの封を彼が開けても味を変えちゃうの? 【舌への暴虐】風に? やめてソレやめて、事故の元だから。グラスとパインとオーキッド嬢も、動きを止めて色を失なっちゃってるよ。

 バーチが手で制したので、護衛は素直に元の姿勢に戻る。ああ良かった、ひとまずは安心。あれかな? バーチは何かあると気付け薬代わりに、護衛の男の手ずからの飲食物を口にするのかしら?

 一連のやり取りを、シルヴェスター公爵は不思議そうな顔をして見ているけど。あれです。世の中知らない方がいい事もあると思うよ、僕は。


 バーチが杯のワインを呑み干したので、シルヴェスター公爵家の男性使用人がそばに行ってワインを注ぐ。その際、彼は


「私どもの力が及ばず、申し訳ありません」


 と、小さく言葉にした。……ふむ。今この場にいる事といい、さっき口にした内容といい。シルヴェスターの使用人の男性は、父上にとってカクタス(“影”の頭領)のような存在なのだろうと僕は思った。

 頭を上げたバーチはちょっぴり泣き出しそうな顔になって、ワインを注いだ使用人と公爵の顔を見てから、首を大きく横に振る。まるで「今更、蒸し返しても仕方のない事。責めているわけではありません」とでも言うように。それからワインを一口含むと笑顔を浮かべ、兄上と僕の順に視線をよこしてから口を開く。


「フォレスト王家・直属の諜報ちょうほう組織は“影”と言われています。我がマクローリン家の場合は“隊”と呼んでいますね。構成員の大部分が諸外国でそれぞれ生活し、情勢などを把握する情報屋なのが大きな特徴とでも言いましょうか。そしてこれは、ここ数年というごくごく最近の話なのですが。余所者よそものを嫌うコミュニティーに接触するきっかけとして、『すべての まりょくを ほしがった 王さま』の話を調査している学者だ、もしくは物書きだと名乗らせています。きっかけはオーキッドの為に、古い本を探すように指示を出した事なんですが。これが不思議と、単なる冒険者や行商人より受け入れられ易かったのですよ。この世界に強い魔物が蔓延はびこるきっかけになった話だと主に子供達に言って聞かせる為、絵本をはじめ吟遊詩人の朗読や地域の祭りでの芝居など、大抵のヒトが一度は目や耳にした事があるからなのでしょう。中には一族や一家の口伝くでんのような場合もあります。会話の糸口として物語に関しての話題を振って、話を聞かせてもらった礼に酒をご馳走する。“隊”の面々は優秀ですから。一度でもそのような状況に持っていければ、後はするりと相手のふところに入り込む。いつの間にかごくごく自然に世間話をするようになっていて、時に重要な話を拾ったり、信用を得て別のターゲットへの面会を取り付けてもらったりと。様々な状況へと有効活用をしていますね」


 ……ほうほう。なかなか策士である。“影”っていうとグラスやパインのように王宮勤めの使用人だったり、騎士や兵士の中でも陛下への忠誠があつい信用のおける家臣というイメージしか僕は持っていないから。他の家の組織の場合を初めて聞いた。色々と違いがあるようで、おもしろいね。“隊”はさすが、『外交のマクローリン』と言ったところだろうか。

 さっきのバーチが公爵達に言いたかったのは、「最近の“隊”のやり口を把握していた程なのに、どうしてシルヴェスター公爵の家族を守れなかったのか」とかそんな感じかな? 兄上の動向をきちんと調べている事といい、全くの無力だったり無能って事はないと思うんだよね。


 スープを飲み終えてスプーンを置いたバーチを見ていた公爵は、笑顔を浮かべると依頼を出した。


「では改めて、本の仕入れをお願いしたい。シルヴェスター領の図書館で買い入れましょう」


「一冊ずつで宜しいのでしょうか? シード学園の分は入手致しますか?」


「いやいや。あの学園はとっくの昔にシルヴェスターの手を離れました。――ああでも纏めて寄贈をすれば、興味を持つ学生も現れるだろうか? うーん……。では古い本は難しいでしょうから、諸外国で出版された手に入れ易い物を学園の分もお願いするとしましょう」


「わかりました。準備をして、領都のシルヴェスター公爵家の本邸宛に目録を送らせます」


 二人の会話に僕は首をひねる。シード学園って国立ってくらいだから、王家が最初に始めたんじゃないの?

 僕の様子に気付いた公爵が、僕の顔をのぞきこんでニコリと笑う。何だかちょっと楽しそうだな。


「ローレル。大昔には確かに、フォレスト家も王都に学園を創設したけれども。『学術のシルヴェスター』が運営していた学園には、遠く及ばなかったみたいなんだ。優秀な学生には、卒業後に王宮でその力を発揮してもらいたいからね。昔の王家がシルヴェスター公爵家と交渉した結果、シード学園を現在の位置に移転してもらったんだよ」


 そう兄上は僕に丁寧に教えてくれた。まただ。『学術のシルヴェスター』。僕今日この言い方を初めて聞いたんだけど。



 ★★★



 手に持った杯をゆるく揺らし、ワインの香りを楽しんだ公爵は満足気な笑みを浮かべながらしゃべりだす。


「シルヴェスターの血筋とでも言いましょうか。特徴として知的好奇心が強い者が多いようです。先祖にあたる幾人もの人物が、ドラゴン達に直接話を伺いに行って作成した手記が残されておりますよ。それらによると先程オーキッド嬢やバーチ殿が話をしてくれた物語は、おおむね実際にあった事のようです」


 この言葉に僕はもちろん兄上達も目を見開いて驚きをあらわにし、皆で揃って固まってしまった。あの『すべての まりょくを ほしがった 王さま』の話が単なる作り話じゃないだって!?


 シルヴェスター公爵は更に続けてくれた。当時から『白の精霊殿』のように、ドラゴンが管理をする施設は世界中のあちこちにあったのだけれど。それらは世情せじょうの流れに逆らうように、極端な魔道具化には走らなかったらしい。その為に人気がなく、人々は滅多な事では寄り付かなかったそうだ。

 また大昔は魔物がいたとしてもそこまで強くはなく、更に野性動物と同じような増え方しかしなかったので、個体数もさほど多くはなかったのだろう。特定のダンジョンを除いては今のように、理不尽にも突如として魔物が涌いて出る事もなかったわけだ。よってわざわざ手間をかけて、人々の暮らす土地を結界で守る必要はない。


「他の世界とを近付ける魔道具が発動して、異変が地上を中心に猛威もういを振るった後。総人口はかなり減少してしまいました。生き残ったのは物語のように、コアを確保済みの一部のダンジョンの住人達。それと各地に点在する『白の精霊殿』や神殿の職員、また併設された孤児院の子供達くらいだったそうです。異変が起こり始めた初期にホワイトドラゴン達が『白の精霊殿』や神殿への避難を呼び掛けても、生活が不便になる事を嫌がった人々が多く、避難先はダンジョンの方に集中したようで。徐々に魔道具が動かなくなっていった頃には、凶悪な魔物達が殿への道に立ち塞がり移動もままならぬ状況となってしまい、もはや後の祭りであったと。それが一度目の滅びです。地上の殿と地下のダンジョン都市はそれぞれで復興の道を歩み、長い年月の中でそれなりに人口は回復したようなのですが……」


 公爵はそこで言葉を切ると、唇を湿らせるようにワインを口に含んだ。それから語るべき内容を考える為にか、苦悩するように目をきつく閉じる。

 彼のただならぬ様子に、部屋の中が「シン」と静まりかえってしまった。僕は思わず兄上達の方を見るけれど、誰も心当たりはないらしく首を小さく横に振る。

 しばらくして。公爵は目を再び開くと、苦しい気持ちが共に混ざっているかのようにポツリポツリと語りだした。


 ドラゴン達の弁だと『魔道具による人工的な異変』とは全くの無関係に、『数千年に一度の周期で魔力の頒布はんぷ異常が起こる』らしい。普段は広く行き渡っている魔力が、急激に濃くなったり薄くなったり。所によってはそこにいる生き物や精霊達の魔力が吸い尽くされる、“マイナスの場”もあったようだ。

 この現象は自然に発生し、『白の精霊殿』や神殿で結界を張って何とかギリギリ集落を維持する事は出来ても、根本こんぽんから阻止する手立てはないのだという。


「過去に人工的に手を加えたダンジョンのコア。世代を経て、ただその恩恵を享受きょうじゅするだけになっていた地下都市の住人達は、次に起きた魔力異常に対応する策を持ち合わせておりませんでした。魔力濃度が高くなる分にはいいのです。コアに蓄えられるのですから。それとは逆に、魔力が枯渇した場合にはどうにもなりません。ダンジョンが休眠し、食用の作物の育成が不可能になったりしますし、更には異なる世界からの魔物の現界げんかいを許す事になります。そうしてそれが、二度目の滅びとなりました」


 魔力の頒布異常は高濃度になったり低濃度になったり、まるで波のように世界を襲うそうだ。これはこの世界の過去に何度も発生していて、何と数百年に渡って続くんだって。この時はドラゴン達でさえ、自分の管轄かんかつする殿を守るので精一杯。その他の地は天災地変に見舞われて、地形から環境から激変したようなのだ。

 この時期に自然発生した魔力異常で良かった点といえば。一つは、ドラゴンでさえ討伐に手こずるほどの魔物は大部分がその姿を消した事。もう一つはすでに近付いてしまっていた異なる世界とがやや離れ、魔物の現界が以前よりは少なくなった事。更に付け加えるのなら、大型だったり強すぎる個体は滅多な事では現界しなくなった事だろうか。


「今の我々に繋がるヒト達は、この二度目の滅びを生き残った者です。彼らは魔物が減った為に地上での勢力圏を広げる事に成功し、今日こんにちの国の元となる集落や家を築いていきました」


 公爵は更に言葉をつなげる。『すべての まりょくを ほしがった 王さま』の物語は、この二度目の魔力異常が終息した後から広く普及したのだと。一度目と二度目の異変を、人々にはあえて混同するように仕向けているらしい。

 ドラゴンでさえ防ぎきれない『数千年に一度の魔力の頒布異常』に恐れをなして、自棄ヤケをおこした人々がその営みを止めてしまわないように、と。





 読んで下さって、ありがとうございます。


 キャラクターの名前は英語での統一を心掛けていますが、コースの流れはフランス風? 多分。

 料理はてけとう(笑) 今話の一皿は『じゃがいもの冷製スープ』に近いですが、微妙に外しています。

 設定的にフォレスト王国は食糧が豊かですが、地球と同じような食文化が発展しているわけではありません。何せ魔物の肉とかあるし。おまけに【舌への暴虐】とか謎スキルが溢れる世界ですから。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ