063 僕と、肖像画の公女
★★★
次は真ん中の一番小さな四角で、マクローリン家のメイドが一人で布を外した。
「――ふっ! ふふふふふふ……」
現れた絵を見た瞬間に、僕は吹き出してそのまま笑ってしまう。
画面はやや薄暗い室内で、勉強机に向かう女の子が一人。まだ短いターコイズブルーの髪の毛はクリクリと丸まった癖っ毛で、僕と同じフォレストグリーンの瞳をもっている。彼女は顔の半分もあるぶ厚い本を前に、まるで親の敵でも相手にするような険しい顔をしていた。
ああ。そんなにまで眉間にシワを寄せちゃって。何てかわいいんだろう!
「何だか小さい時の僕みたい」
「みたいじゃなくて。まさにこんな顔をしていたよ、ローレル」
僕の感想に、兄上が穏やかな声で答えてくれる。背後にいた兄上の顔を見ようと僕が振り返った時、コクリとうなずくグラスの姿も確認できた。あ、やっぱり? グラスの目から見てもこんな風に勉強ギライに映ってたんだね。
「こちらはフォレスト王国から見て北北西にある、カナル公国の第二公女・ドリス様です。カナル公国は、我が国の北方に位置する『ハーモニー山脈』の雪解け水が豊富に流れる土地柄で、河川と湿地の国とも言われていますね。そのせいかわかりませんが、水属性魔法の使い手が比較的多いようです」
バーチの説明に僕は「ふーん」とうなずく。このターコイズブルーの髪色からいって、この子も水属性魔法の使い手になるのかもしれない。
「目の色が僕と似ていますね」
フォレストグリーンの瞳で勉強が苦手という共通点に、だんだんと親近感が涌いてくる。
僕がそう感じていると、バーチは左手を口元にあててちょっと困ったような笑顔になった。
「あ、あー。いえ、私の母は直接お目通りがかなったのですが。公女本人はこの絵よりもかなり明るい緑、どちらかと言えば黄色に近い瞳だったそうです。その……この絵はローレル王子の事を色々と調べてから描かれたようでして。瞳の色を似せたり、勉強が苦手なところをアピールしたり。ローレル王子に選んでもらう為の、まさにお見合い肖像画なのです」
「……」
僕はドリス公女の絵を一度見てからスワン王女の絵に目をやり、もう一度公女の絵に視線を戻す。なるほど。趣向の凝らし方と一口にいっても色々なんだな。
勉強になったのはいいけど。なんかこう、フェザー王国のと比べるとモヤモヤとしたモノを抱くのはどうしてだろうか。
「先程も述べました通り。カナル公国は水資源が豊富ではありますが、裏を返せば生活に適した土地や農地の確保に苦労が絶えないのです。ここ何年かは水害続きのようですし、フォレスト王国の食料支援を得る為に、今回の縁組みを本気で狙ってきていますよ」
「絵が小さいのに、本気?」
いや、大きさが全てではないけれど。隣のフェザー王国の絵と並んでいるのを見ると、どうしても、こう……。何ていうか、何かが引っかかるんだよなぁ。
僕がそんな風に考えていると、「よく気が付いたね、ローレル」と言うように僕の頭を兄上がなでた。
「カナル公国の経済状況はいかがなのですか? 私はこの絵を見て、大きさと絵の具の質からいっても、フォレスト王国が背負うには少々荷が勝ち過ぎる印象を受けました。マクローリンの目から見た意見はどうなのでしょう?」
「……いや、驚きました。リンデン王子。まさかそこまでのご慧眼をお持ちとは。さすが、才媛と名高いアザレア様のご子息でいらっしゃいますね。おっしゃる通りです。水害が多発して幾つもの村や町が壊滅したり、食料が不足して難民の流出が加速。公国は衰退の一途です。正直、現在の状況ではローレル王子との婚約も推奨できません。何らかの支援は必要ですし、陛下にもその旨はお伝えしていますが……」
「もちろん。支援を行わないよりはマシだけど、単に焼け石に水となっても、ね。抜本的な改革でもない限りはジリ貧なのでは?」
兄上の指摘から、バーチと二人でどんどん難しい話になっていく。うん。何だかさっき感じたモヤモヤの正体に近付いていくような感じ。
単なる思い付きだったのだろうけど。兄上は言葉をつむぎながら、「コツン」とカナル公国からの肖像画の額縁を爪先で弾く。軽くね。見ていたけど、本当に軽くだったよ。そうしたら「ポロポロ」と、たて続けにナニかが落ちた。
『……』
部屋の中の全員が無言のまま、その正体を確認する為に床を見下ろす。兄上に弾かれた額縁の金色の一部。それから、ドリス公女の瞳のフォレストグリーン色がかたっぽ、落ちた。あっさりと。ああ、確かに。ドリス公女は、ほんのちょっとだけ緑がかった黄色の目だね。
「まあ、その。カナル公国は立地上、湿度が大変高いので劣化しやすいらしいです。何もかもが」
何とも言えない気まずい空気の中、何故かバーチがフォローの言葉を発する。
剥がれ落ちた色の欠片を丁寧に拾ったグラスは、至近距離で絵を横から見始めた。
「おそらく、瞳に重ね塗りされたフォレストグリーンの色だけ、絵の具の種類が異なるのでしょう。もう片方の目も、真横から見ると若干浮いているのがわかるので、剥がれるのも時間の問題ですよ」
その言葉を聞いて、真っ先に動いたのはオーキッド嬢だ。絵に近づくとサッと扇子を開いて、一度だけ強めにあおぐ。え? すぐさまやっちゃうの? まぁ僕もちょっと興味があったけど。
「っ! ――オーキッド!!」
扇子をあおぐ事によって発生した風というごくごく微風なのにも関わらず、またまたあっさり「ポロリ」と落ちた。
止める間もなく行動を起こした妹に、慌てたバーチが身を乗り出して、フォレストグリーンの色の欠片を受け止めようとする。あ。だけど何て事だろう。彼の手の中でボロボロに砕けてしまったではないか。
バーチは「ははは……」と気まずく笑い一つ息を吐いた後、マクローリン家のメイドが広げたハンカチに色の欠片を預けた。
彼女はグラスからも金やフォレストグリーンの色を回収すると、元の壁際の位置に控える。ほんの少しだけ首を左右に振っているけれど、わかるよ。僕もたぶん、おんなじ気持ち。
「ええ……。カナル公国も当然、問題解決の重要性は承知しています。今は二つの案で国が割れていますよ。一つは『人工的にダンジョンを製作』して、環境から何から大公家で管理してしまおうというもの。もう一つは『水属性を司るドラゴン様を招聘』して、治水を行ってもらおうという案です」
バーチの言葉に、僕は「へー」って思うばかり。ダンジョンとかドラゴンとか、どうやって用意するんだろうか? 河川と湿地の国と言われているカナル公国を、どれだけ変えられるのかな? 国一つ、まるごとだったらすごいね。
そんなギモンに答えるかのように、考えを纏める為にか僕の頭をぽんぽんと優しく叩く兄上の声が響く。
「その二つの案はどちらも『白の精霊』にお伺いを立てて、なおかつ、色好い返事をもらえなければ意味をなさないのでは? しかも割れている?」
「そうです。公国内では貴族や領主達が二派に分かれて、少しでも自分の利を得ようと互いに足を引っ張りあっている状況だと。意見の纏まる兆しさえ見えずにいるそうです。そうこうしている間にも、国土と人民が次々と水に呑み込まれているというのに。しかもカナル大公は『ローレル王子との縁談が成立すれば、助けてもらえばよい』と、そればかりだそうで」
バーチの言葉に、兄上は背後から僕をギュッと抱きしめて、低い声で喋り始めた。
「……。グラス。無いとは思うけど、カナル公国の小手先の接待で、大事なローレルの結婚を売り飛ばしたりしないように見張って。具体的な例を挙げるとしたら『口だけ侯爵』あたり」
「はっ。グリム侯爵に関しては常に監視をしております。ただ……」
グラスが言い淀むと、兄上やマクローリン兄妹が視線を向けて続きを促す。ちょっとだけ迷うような素振りを見せたグラスは、困惑の表情を浮かべて現状を説明した。
「さほど問題にはならないかもしれません。少なくとも、王都内で我々(“影”)が把握していたカナル公国の諜報員は全員、フォレスト王国への亡命を希望している有り様だと聞いています」
その報告を受けた兄上とバーチは、口元をひくつかせた笑顔のまま黙ってしまう。そこに、開いていた扇子を「パチン!」と閉じたオーキッド嬢の言葉が響く。
「末期ですわねー。……あら、戻って来たのね。ちょうどいいわ、真ん中の絵は片付けてしまって。縁談の話ごと、叩き返す事になるでしょう。一方的にあてにされるだけのはしごは、外してしまわなければね。――国内の意見を統一するとか、何よりもまず先に『白の精霊』様に相談をするとか。自分達の力でできることは、最大限やっていただきませんと。複数の国が共に沈む事態になりかねませんわ」
彼女の言葉に振り返ると、マクローリン家の護衛の男が部屋に入ってきたところだった。
彼は短く「はっ」と答えた後に、絵をさっさと壁から外してしまう。グラスとパインも協力して、きっちりと布で包んでいく。この時ちょうどいいとばかりに、色の欠片を紛れ混ませる事を忘れないメイド。うん。返却の為の搬送中に剥がれちゃったんだよね。いやぁ。皆で一丸となって、てきぱきと働く様は見ていてとても気持ちがいいなぁ。
……カナル公国との婚約話を叩き返すって、オーキッド嬢が口にしてしまったけれど。誰も何も言い出さないところをみると、皆同じ意見なんだね。ああ、当然だけど僕もだよ。
ドリス公女の、この先の命運が気にならないと言えばウソになる。
だけど、兄上は言っていた。「為政者とは。その両肩にのし掛かる責務は、決して軽くはない」のだと。上に立つ者に恵まれないと国が沈むという事を、この先おそらく目の当たりにしていく事になるのだろう。
読んで下さって、ありがとうございます。
ローレルがお見合いに意外と前向き。そんなところにさされる水。『演出アリ・修正済み』のお見合い肖像画という洗礼を喰らいました。
少年・ローレルはまた一つ、大人になっていくに違いない。
ローレルが主人公の男性向けラノベなら、ドリス公女は『年下属性の亡命系・押し掛け嫁』なんて展開もあるんだろうけど。
カナル公国はフォレスト王国とは国境を接していないので、支援も難民受け入れも間接的。直接対応はどちらかというとフェザー王国で、マクローリン一族がフォレスト王の名代で協力して事にあたります。




