062 僕と、肖像画の王女
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ずーっと長い時間話をしていたから、一旦休憩を入れる事になった。僕はお手洗いに行った後、グラスに淹れてもらったお茶で喉を潤しながら部屋の中を見回す。
バーチは、マクローリン公爵家の護衛の男へ傍に来るように指示してから
「第一王子・リンデン様に関しては下手に触れてはならない。そう父上に報告し、組織にも通達しろ。『おキレーなだけ』だの額面通りに受け取ると、痛い目に遭うだけじゃ済まない。滅ぼしにかかってくるぞ」
と、彼にしてはワルい笑みを浮かべて伝言を頼んでいた。
「わあ……。何て危険人物扱い」
「正当な評価だと思いますけどね。リンデン様は実力も人物も、低く見積もってよいお方ではございません」
僕の呟きに、テーブルの上の空いた器を片付けながらグラスが答える。うん。僕もグラスの言葉に異論はないよ。だって兄上だもん。
護衛が伝達の為に部屋の扉へ向かおうとしたタイミングで、パインを従えた兄上が戻ってきた。
兄上は出ていこうとするマクローリンの護衛を見ると、「まだ部屋に留まるように」という風に手で制してからバーチの元へと歩いていく。
「この後の予定は? 私は夕食に誘われたのです。『皆様も是非に』と、シルヴェスター公爵が」
バーチは兄上の提案を耳にすると、「ほう……」と声を漏らす。それから控えていた男の方に向き直ると、口を開いた。
「この後のスケジュールはどうなっていたかな?」
「お誘いは幾つもございますが、全て保留にしてあります」
「悪いが、全部断りの連絡をしておいてくれ。今日はローレル王子達と語り合う事を優先する予定だったから、問題はあるまい。――オーキッド」
護衛の男は一礼すると、バーチの指令を実行に移す為に部屋を後にする。おお! 初めて声を聞いたよ。見た目の年齢よりも、渋めでかっこいいね。
彼と入れ替わるように部屋に戻ってきたオーキッド嬢とメイドは、バーチに呼び掛けられて近付いていく。どうやらオーキッド嬢も、一緒の夕食に異存はないようだ。
僕の隣に座り、グラスの用意したお茶に口を付けようとしていた兄上に、思った事を聞いてみる。
「夕食は僕もですか? 兄上」
「ああ。というか、メインで招待をされているのはローレルなんだよ」
「え! 僕がですか?」
……な、何で今日に限って僕ばっかり!? こんな事は今まで一度もなかったから、思いっきり目を見開いて兄上の方を見てしまった。
「ゴメンね、言ってなかったか。ローレルへのお誘いを預かった公爵の従者が来てね。私やマクローリン家の方々が一緒だと話をしたら、『是非、同席を』と」
兄上はそう話をした後、大きく息を吐き出してからお茶を飲む。
「さすがにお疲れなのでは? ご主人様。今日はもうお休みになられた方が……」
パインは兄上の傍らに跪くと、甘いお菓子の器を並べながら窺うように声をかけた。
「相手が相手だからね。この機会を逃すと、次はいつになるのやら」
勧められた物の中から、果実の砂糖漬けを指でつまみつつ答える兄上。やっぱり、赤と黄色の実だけを選ぶんですね。
「私も同感です。噂によるとシルヴェスター公爵は、春になる前に領地へ完全に移住すると言っていたようだ。任務で国外へ再び移動をする前に、一度はお訪ねしたいと思っていた。この夕食会は挨拶をするまたとないチャンスだろう」
先程と同じように、向かい側のソファーに腰掛けるバーチとオーキッド嬢。二人は、メイドから淹れてもらったお茶で休息をとるようだ。
シルヴェスター公爵って、あの家族に不幸が続いたっていう今の宰相の事だよね。もう間もなくしたら、カーティス公爵に位を譲ってしまう予定の。
午前中に陛下へ祝いの言葉を述べた時、僕は久しぶりに姿を見たけど。一瞬誰だかわからなかったくらい、人相が変わっちゃってたんだよな。……はて? 僕に何の用があるというのだろうか。正直これまでの面識は、ほとんどないに等しいのだけど。
この後の予定が決まったので、あまりダラダラと時間をかけてもいられない。
僕達は一杯のお茶を飲み干すと立ち上がり、再び部屋の奥へと移動する。そう。今度は布で覆われた四角の正体を暴くのだ!
「こちらに飾って頂いたのは、先方の国々よりお預かりした肖像画になります。フォレスト王国との国交をより確かなものにしたいと望む、ローレル王子の婚約者候補に名乗りを上げた方々が描かれていますよ」
うん。その正体はあっさりとバラされた。それはいい。僕にだって予想できたくらいだもん。ただ、ただね。一つだけどうしても言いたい事があるんだケド。
「えっと……。この三枚の絵の、大きさの違いは一体?」
「それは見てのお楽しみ、というものです。それぞれ趣向を凝らしていて、なかなか興味深いですよ」
バーチがさも楽しそうに、ウィンクまでしながら僕に話をしてくれた。
趣向ねぇ……。三枚の四角と一言でいうと簡単なのだが、右側のはやたらと横に大きい。この部屋の両開きの扉よりもずっとだ。僕の唯一の、王妃とアコナイトと一緒の絵画並みにある。
真ん中のは、僕が両手で抱えれば持てちゃうくらいで小さい。僕の描かれた十数枚の絵と合わせても、一番小さい。この落差は何なのだろうか?
最後の左側は他の二つの中間くらいで、縦にやや長いかな。はてさて、どんな絵が見られるのかな?
僕のお見合い候補というけど、兄上みたいに一目で恋におちちゃうなんて事もあるか……? なんてね。
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右側の一番大きな物から見るようで、四角の両側にグラスとパインが立つと、二人がかりで被せてあった布を取り払った。
「おお……!」
ようやくあらわになった絵に描かれているのは、おそらく十人の女性達。……うん。誰? どの人? わからん。僕一人の肖像画を用意しろって言われた意味は、よくわかったよ。
バーチに聞くのは簡単だけど、どうせなら当ててやろうと絵をじっくり見始めた僕。まず目が惹き付けられたのは、中央の椅子に腰掛けている女性が抱いた幼子。
白に近い金髪――いや、マクローリン公爵家の使用人達に比べたらプラチナのような輝きがある――に水面のような碧眼。何故かはわからないが、まだ赤ちゃんと言ってもいいくらいの子供の姿に、つい目がいってしまう。僕は首を傾げながら原因を探るべく、絵の全体に目を通す事にした。
椅子に座っているのは、中央の親子らしき人物だけ。他は三才くらいから、おそらくは五十歳は越えていそうな女性までが、中央の親子を取り巻くように年齢順に描かれている。
……あ、そうか。中央の幼子だけが、ライトで照らされているように明るい色調で。他の女性達は言っては悪いけど、くすんだように暗い絵の具が使われているのか。
身に付けている服の色も、幼子だけがまばゆいばかりの純白。他の女性達はクリーム色や灰色がかった白だ。あー、スゴいなこれ。こういう表現をすると、中央の人物にいやでも目がいくのか。
僕があちこちに目をさ迷わせつつも、とりあえずは落ち着いた頃。その様子を見計らったバーチが、中央の親子を示しながら口を開く。
「椅子に腰掛けていらっしゃるのが、西隣のフェザー王国の王妃陛下でございます。抱かれている幼子が第一王女のスワン様で、ローレル王子の婚約者候補ですね。この絵が描かれたのは、ちょうど一才になったばかりの頃だという話です」
……どうしろと? え? 一才の赤ちゃんとの結婚を考えろって、一体どうすればいいの??
僕が「?」でアタマを一杯にしていると。落ち着かせようと優しく頭をなで始めた兄上が、「クスリ」と笑ってから感想を述べた。
「確かに。これは面白い趣向ですね」
「でしょう? 私も同感です。ローレル王子。この絵に描かれている女性達は皆、多かれ少なかれスワン王女の血縁となる方々だそうです。瞳や髪の色合いがどことなく似通っているのが、わかりますか? この絵では一才のスワン王女も、『周りの女性達のように成長していくのではないか』そう予想できるように配慮されているのです」
兄上の感嘆の声に気を良くしたような、バーチの解説がつらつらと続く。僕は彼の言葉を聞いて、改めて絵をまじまじと見てみた。
「はー……。この絵にそんなイミが。確かに、姉妹とか従姉妹とか親子とか祖母とか言われても納得するくらい、それぞれ似ていますね」
「ちなみに。スワン王女以外の方々にはきちんとお相手がいるそうですから。あしからず」
さっきの僕と兄上の肖像画の話じゃないけど、「他の女性達は選べませんよ」と笑いながらオーキッド嬢は口にする。
僕はチラリと、部屋の奥に飾られている『僕と兄上の肖像画』に目を向けた。うーん。確かに兄上にも同じように目がいってしまって、僕のお見合い肖像画には向かないのか。
いや、それにしても。絵や美術品に興味がなかった僕だけど。こうも目を引き付けられる作品に、こんなにも様々な工夫が施されているなんて、ちょっと感動してしまった。こっちの方面も少しは勉強しようかしら。少なくともこれから描いてもらう事になる僕のお見合い肖像画に、ちょっとくらい相手をうならせる仕掛けが入れられたらいいな。




