061 僕と家族の肖像画
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バーチの本題に入る為、彼に促されて皆で部屋の奥へと移動した。国庫やギャラリーに近いこの部屋は、奥の半分ほどが絵を飾るのに適した作りになっている。
まず目がいったのは、右側の壁に掛けられた三つの四角。今は布で覆われているが、場所と形状から何らかの絵画だろうとあたりをつける。額縁に施された装飾らしき凹凸も見えるしね。
それから、奥の壁一面に飾られた十数枚の人物画。パッと見た感じだが古い物から新しい物へ、左から右へと順に並んでいるようだ。
僕達は、一番左端の絵から順番に目を向けていく――。
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兄上を自身の膝の上に立たせつつ、長椅子に腰掛ける父上。その隣には、幼子を横抱きにした母上が座っている。
まだ伸びきっていない、ほわほわと遊んでいるようなレンガ色の髪の子供は、グイッと体をひねって後ろを向き、フォレストグリーンの瞳を大きく見開いていた。まるで、今絵を見ている僕に驚いたように。
これは僕が、一才になるかならないかの頃だろう。左の親指を口にくわえたままなのが、ちょっと恥ずかしい……。
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一枚目の絵と同じ部屋の同じ長椅子に、くつろいだ様子で座っている母上。その膝を枕にして寝転がる僕は、「きみは、だあれ?」と目で問いかけてくる。
この絵を描いた見慣れぬ画家を不審に思っていたのだろう。たぶん。
兄上は母上の隣に座り、身を乗り出して僕の頭をなでている。母上と一緒に。
僕と兄上の体つきから考えると、僕が三才くらいの時だろうか? この頃からなでられ癖があったのかな、僕の頭は。
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部屋は同じだが、一人掛け用の椅子にそれぞれ腰掛けているのは父上と王妃。
父上の傍らの一歩下がった位置に、装飾を最低限に抑えた王妃と比べて控えめのドレスを身に纏った母上が立っていて、その両腕に僕を抱きかかえている。
僕は父上を挟んだ向こう側にいる、王妃が抱っこした紫碧色の髪の赤ん坊が気になっているようだ。思いっきり横を向いているな。
母上の足元に立っている兄上は背伸びをして、僕に「前を見るように」注意を促している風だ。そんな瞬間を切り取った一場面。
アコナイトと初めて対面した頃なら、僕は三才か四才ってところだろう。
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次はもう一枚、母上と兄上と僕の三人の絵。母上から庭園で花冠の作り方を教わった時の物だ。僕は悪戦苦闘した後に結局うまくできなくて、絡まった花を膝の上に撒き散らしながら母上の手元をお手本として覗きこんでいる。
とっくの昔に完成させた兄上は穏やかな微笑みを浮かべて、母上の背後から花のネックレスを飾り着けていた。
僕がこの日に何とか完成させた花冠は、あちこち飛び出て輪もガタガタだったけれど。母上はとっても喜んでくれたし、僕も兄上も母上と一緒にいられる事が嬉しくて楽しくて、いっぱいいっぱい笑っていた。そんな情景が、昨日の事のように思い出される一枚。
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その隣に上下で飾られた絵は、どちらも母上と僕。二枚とも緑色の服を着用している事から、公式行事の前の控室かな? この頃はタイクツなこの時間が大キライで、僕の顔はどちらもむくれていた。
上の絵は、母上が僕の頭をなでてご機嫌をとっている。
下の絵は僕の前にお菓子を並べる作戦のようだ。お菓子を気にしつつ、そっぽを向く僕。母上は「もう、知りませんよ」と言っているように、澄ました顔でお茶のカップを傾けている。
服のデザインが違うから、描かれた時期は異なるはず。だけどコミカルな連作みたいで面白い。
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次の絵は兄上と僕。ちょうど勉強に本腰をいれ始めた頃だろう。勉強部屋で本を読んでいる。
眉間にシワを寄せる僕に、穏やかな微笑みを浮かべて口を開いている兄上。何か教えてくれているんだろう。
この光景は今でも変わらずに、しょっちゅう見られるはずたよ。……やっぱり僕は頭をなでられているな。
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父上と僕の二人だけの絵は、父上が三十歳になった記念に作画された物だ。王子一人ずつと、それぞれ描くという話だったな。
緑色の“王の子”用の衣装を身に付けた僕は、ここにきてようやく真面目にキリリと引き締まった表情。これは僕が九歳の時。
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以降は兄上と僕の二人の絵が主で何枚か。屋内だったり屋外だったり、使用人や騎士が背後にいたりいなかったり。……グラスは一緒に描かれる事を、やんわりと拒否していたんだよな。やっぱり“影”だから?
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「お願いをして、ローレル王子を描いた絵を全て飾って頂きました」
全員が絵を一通り確認した頃を見計らって、バーチが話を始める。
「これで全部?」
モデルになっておいて何だけど、その事をほとんど覚えておらず、また気にした事もなかった僕。特に絵や美術品にキョーミはなかったし、今この場で初めて目にした絵もチラホラある。
「父上と二人だけで描かれた絵と、アコナイトと王妃も一緒の絵は、それぞれ一枚ずつなんだ…」
「ええ。少ないですね。ローレル王子がモデルの絵そのものが少ない」
「そうなの?」
「はい。過去に王子が十人以上いた時代があり、その場合、下の王子になるほど描かれる機会が少なかったりしたようですが。ローレル王子の今の年齢でこの枚数は、第二王子というお立場では歴代過去最少になります」
……何かそう言われると、その事が悪いみたいじゃない?
「何より致命的なのは――」
ちょっ……『致命的』!? そこまで言う? そんな何か責められるような事なの!?
「ローレル王子お一人で描かれた肖像画が、唯の一枚も無い事です」
「あ」
バーチに指摘され、僕は改めて絵をぐるりと見渡す。本当だ、今気が付いたよ。確かに一枚もないね。
「えっと……それのどこがマズイの?」
僕がこう言って首を傾げると、マクローリン兄妹は揃って、「不出来なコドモを生温かい目で見守る」笑顔を向けてきた。
目は口ほどに物を言う二人の態度に、僕は内心でダラダラと冷や汗を流し始める。すると、すぐ近くから「クスリ」という笑い声が響いた。
「いや、描こうとした事はあったんだよ。この母上とローレルの二枚の絵や、こっちの私と一緒の絵なんかは、元々ローレルが一人でモデルとなるはずだったんだ。だけど小さい頃のローレルは、本当にじっとしているという事ができなくてね。仕方なく、母上や私がローレルを抑え込む役を買って出たんだよ」
「そうだったんですね。母上や兄上と一緒にいられて、僕は嬉しかったけどな」
この言葉を聞いた兄上は「クスクス」と笑いながら、僕を背後から抱き締めて頭をなで始める。うん。兄上には、なで癖があるね。
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「ローレル王子は近衛騎士団団長に就任する者の条件について、聞いていますか?」
僕と兄上が兄弟で仲良くしていると。対抗するわけではないだろうが、オーキッド嬢の頭をなでながらバーチが問いかけてくる。
年齢よりも大人びているオーキッド嬢は、最初こそ「子供扱いしないで下さいまし」と言いたげに戸惑っていた。けれどバーチからなでられているうちに、次第に嬉しそうなとろける笑顔になっていく。
そうしていると年相応で、とってもかわいいと思うよ。
「はい。ヘーゼル叔父上から聞きました。兄弟か、もしくは息子か。王に近い血縁から選ばれて、同盟国や友好国の王女を娶ると」
「そうです。陛下にとって信頼できる楯である事が第一です。フォレスト王国は王と“王の妻”は、ほぼ同格。次に成人年齢に達した皇太子と近衛騎士団長と宰相が、それぞれの役割を担いつつ、万が一の際には王の代行者として行政を預かると明文化されています。とは言っても近衛騎士団長は王と共に行動し、歴代『防衛とは敵将の首を獲る事だ!』と本気で宣うような方々ばかりですから。要は、王の兄弟や子供達の中でも、地位や発言力が高い方だと言う事です。――ちなみに。そういった近衛騎士団長を登用する王は、やはり似たような性格をお持ちの場合が多いようです。兄弟・親子で護衛を置き去りにしつつ、競いあうように戦場を駆け回り戦果を上げる。王宮への凱旋後は二人揃って、ほうぼうから説教を受けるまでが慣例ですから。ローレル王子もそのおつもりで」
「え……っと……」
いやいや、今の段階からそう言われてもどうしろと! え゛。もう脳筋王の呪いに感染済みなの、僕は? ちょっと兄上。「諦めなさい」となだめるような優しい手つきで、僕の頭をなでるのヤメテ。
「あ、そういえば気になっていたんですけど。どうして他国の王女を娶るのが、近衛騎士団団長なんですか? 国同士をもっと仲良くする為なら、普通は国王に嫁ぐんじゃ……」
話題を変えたかったわけではないけど、話をしている内容が近かったから質問してみた。外務の事ならマクローリンに聞け! ってね。
「フォレスト王国を除く他の国々なら、それが一般的ですね。ただ我が国は、食料の輸出に関して大きな力を持っています。輸入をしている複数の国々からしてみれば、どこか一ヶ国だけが王女を差し出して、その分の便宜をはかってもらうなんて事は避けたい。かといって全ての国々から妻を迎えるほどの、宗主国というわけでありません。近衛騎士団長の妻となるのは、ある意味で苦肉の策ですね。王女の生国で飢饉や自然災害が起こった場合は、支援をお願いしやすい。ですが、争乱が起こった時に兵力を貸すほどの義理ではない。下手に王の妻にして他国の戦争に首を突っ込まれるくらいなら、食料を生産していてほしいというのが関係各国の本音です。まぁ、フォレスト王国は立地的に、兵力が国境を越えるのも難しいのですが。――もし、我が国の国王に他国の王女が嫁ぐとしたら。すでに行われた食料支援に対する礼として。言い方は悪いですが貢物扱いです。王の妻の中でも、地位は決して高くなれません。せいぜい婚礼の支度金代わりに、追加支援が得られるかどうかですね。別の見方をすると、王女を差し出す事が相手国にとって最上の手段となりうる。この余地を残しているとも言えます」
バーチの説明に、僕は「ふんふん」とうなずく。さすが、スラスラ出てくるね。
僕がフォレスト王国周辺の事情について、話を興味深く聞いていると。その事に気を良くしたのか、オーキッド嬢が広げた扇子でパタパタあおぎながら、更に説明をしてくれる。
「どの国が王女と、我が国の近衛騎士団団長を縁組させるのか。これは同盟国・友好国の中で持回りみたいになっておりますわ。暗黙の了解がありまして、一つの国が続けて婚姻を結ぶ事はございませんの。ですので、ヘーゼル団長の奥様の生国の王女が、ローレル王子と結婚をする可能性はほとんどないですわね」
「へー……」
「ローレル。何だか他人事みたいな返事をしているけど。君自身の結婚についてなんだよ、わかっているかい?」
兄上はどこか気のない相槌を打った僕の頭をポンポンと叩きながら、問いかけるような声をだした。
「うん。うん。ん?」
アレ? ケッコン? ボクノ?
全然ピンときていない僕が、首を傾けて皆の顔を見回すと。「大丈夫かしら、コノコ?」とか「お気を確かに。私がついてますから!」みたいな視線で迎えられた。
「結婚、する。僕が。誰と?」
イマイチ要領を得ない態度の僕に、兄上は額に手をあてて熱を計り、バーチは労しそうに頭をなでて、オーキッド嬢は扇子であおいで心地よい風を届けてくる。えっと、皆さん、ありがとうございます。
「『誰と』ですか。そう問われましても、まだ決まっておりません。次の近衛騎士団団長にローレル王子が内定したと、陛下が公の場でお認めになりましたのが今日ですもの」
あ、そうか。閉じた扇の先をあごにあてながら優しく語りかけてくれたオーキッド嬢の言葉に、僕もだんだんと落ち着いて、ゆるゆると事態が呑み込めてきた。
バーチが僕の正面に回り、僕の目を確かめながら言葉をつむぐ。
「ですので、肖像画を。先方の国々と見合い話を進める為に、必要なのです。至急、お一人で描かれた物を複数枚用意して頂きたい。宜しいですね? ローレル王子」
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……お見合い肖像画。これまた、僕のこれまでの人生に存在すらしなかった物だな。僕はもう一度、壁に飾られた絵を見回してから口を開く。
「えっと……。今ある物じゃダメなんですか? この、一番最近描かれた、剣の訓練の後に兄上と木陰で休憩をとっている絵とか。表情とか自分でも気に入っているんですけど」
一番右端の絵を指し示しながら、僕はマクローリン兄妹に提案してみた。するとオーキッド嬢の方が呆れた笑顔になり、扇子を「パチリ」と鳴らしてからしゃべりだす。
「悪くはないですわ。お二人共に自然体で、ローレル王子の笑顔もとても魅力的ですもの。ただ、考えてみてくださいませ。もし万が一、先方の王女様がこの絵を見て『第一王子の方がいい』などとおっしゃいましたら……」
「とてつもなくメンドクサイ事になります!!」
僕は背後にいる兄上の、肩に置かれた手と纏う空気の圧力が「グッ」と増す前に、目を「カッ!」と見開いて反射的に答えていた。
オーキッド嬢は僕の目を覚ましたような発言に、「よく気が付きました」と誉めるような笑顔になる。
「こちらをお見合い用の絵としてお送りしてしまったら、『第一王子リンデン様も候補だ』と解釈される可能性がでてきます。先方から付け入られる隙を、むざむざと与える事になりますわね。その上で実際に申し込まれてしまいますと、お断りするのは難しいですわよ。元々、友好的な関係を築いている国同士ですもの」
「正直、現段階でも頭が痛い。『最上級の回復魔法を復活させる』と陛下の御前で宣言した事といい、それが可能なのではないかと思わせる魔法の才の片鱗を示した事といい。リンデン王子自らが『婚約話を持ち込まないで頂きたい』と主張しなかったら、どうなっていたか。今頃は私も、『第一王子と我が国の王女との婚姻を是非に!』という嘆願と接待の嵐だった事だろう」
バーチは「やれやれ、困ったものだ」という風に語りつつも、最後には「さて、如何致しますか?」と問うような笑顔を僕の後ろへ向けた。
「潰して下さい。全て。無理を通そうというのなら、私はその国に対して便宜をはかる事はしない。一切ね。もし何らかの手段で、不必要に近付こうとするならば……」
僕の肩に置かれたままの、兄上の手に力が籠る。イタタタタタ……。ちょっ、兄上ー! 痛いってば!!
僕が兄上に抗議の声を上げようとしたところ、急に肩がラクになった。見ると、パインが兄上の手を離してくれたようだ。た、助かったぁ。
「ご安心下さいませ。不埒な輩を“釣り”上げて“お料理”するのは、僕の得意ワザですから。私が何に代えましてもお守り致しますよ、ご主人サマ」
不敵な笑顔で話しかけてきたパインに、僕の背後の兄上が「フッ」と笑う気配がする。あー、今の兄上は何かワルい笑みを浮かべていそうだな。
兄上とパインのやり取りに、何だか困った笑顔のバーチが口を挟んだ。
「他国の間者に対してあまりに過激な事をしてしまうと、いらない緊張を生んでしまうんだけどな。どうか、ほどほどのところで」
「できない相談です。我々(“影”)が最優先すべきはあくまでも、王家と国の守りと陛下の意に敵う行動。網にかかった者に関してどのように処分すべきか。要望だけを一方的に聞く事はしません。そちらが力を貸して下さると言うのなら、事前に教える事も吝かではないですが」
「リンデン王子の件に関しては、マクローリンも一枚噛みましょう。背後にフォレスト王国以外の者が存在するようだったら、もちろん協力は惜しみません。連絡方法はいつもの通りに」
「ええ」
これまで静かに控えていたグラスが、“影”の副頭領としての顔を見せる。一歩も引かず、いや慣れたようにサクサクと笑顔で交渉していくバーチは、本当に優秀な人物のようだ。
読んで下さって、ありがとうございます。
ローレルが「えっと」と言いまくった回。プラス、バーチの長ゼリフ&説明回。
肖像画に描かれたものについて何となく触れただけで、だいぶ文字数を持っていかれた。部屋の壁紙や長椅子に張られた布の色の描写とか、入れようと思えば入れられたけど。それやったらクドイ。あと間違いなく、画面は緑色と茶色だらけ。
予定では『布で覆われた三つの四角』までいくはずだったのにな……。




