059 僕と兄上と、公爵家の兄妹
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将来アコナイトを支える世代の為の舞踏会が、お開きになった後。社交界デビューをすでに済ませた人達は、大広間へと流れるようだった。
まだ未成年の僕達三人の王子は、部屋へ下がってよいという話である。兄上くらいの年齢に達していたら、賓客の対応へあたってもいいとは思うのだけど。そこは、ホラ。ハデなおじさんが筆頭に「ぬけがけ禁止」ってうるさかったみたい。いやぬけがけって、兄上はそもそも第一王子だよ。
魔力枯渇、魔力酔い共に深刻な状態は脱していたけれど、いろいろあって疲れていたから素直に休む事にした兄上と僕。陛下の誕生を祝う催しは、明日もイベントがめじろ押しなのだ。
部屋に戻るまでの間に僕・兄上・グラス・パインと今日の事を話していると、急に面会の申し入れがあり、兄上の意向で受ける事になった。
話の内容に関わる為、先方から指定された部屋へと移動する。そこは王宮内でもやや外れにある……っていうか、昼間にもやってきた国庫の近く。王族の肖像画がずらりと飾られた、ギャラリーのそばの応接室だった。
僕も何度か入った事があるけれど、部屋の中も王家所有の絵や美術品だらけなんだ。見て楽しんだり、語り合ったり。買い付けとか商談を行ったりもするんだって。
グラスの取り次ぎの後で兄上と共に応接室に入る。中に足を踏み入れると、頭を下げて出迎えてくれた一組の男女がまず目に飛び込んできた。若い。し、幼い。あれ? この人達って確か……。
兄上が声をかけた後に顔を上げた二人を見て、僕は彼らの素姓を改めて思い浮かべる。
男の方は、黒に近い濃い紫色の髪に焦げ茶の瞳。王宮に仕官している証として、今日は緑色の服を着用している。騎士に比べたら細いけれど文官にしたらよほど鍛えているよな、という印象を受ける体つき。
フォレスト王国の外交は、彼の家なくては始まらないと言われている。マクローリン公爵家の嫡男、バーチ・マクローリン。 十四歳で国立シード学園に入学するも、通ったのは一年だけ。家の方針と当人の希望で、後は一年ごとに他国の学園へ次々と留学したらしい。
今は十九歳。留学中に築いた人脈を活かしつつ、すでに外交官として活動を始めている。午前中マクローリン公爵夫妻と共に陛下へ挨拶をしていた時、そういった内容も含めて簡単なやり取りをしていた。
「今この場で、外務大臣職を譲ってもいい」
などと、現職の外務大臣であり父親でもあるマクローリン公爵が、太鼓判を押すくらい優秀な人物のようだ。
外務大臣の交代については今すぐではない、冗談だろう。「優秀な次代が育っているから安心して下さい、陛下」と明るい材料を提供するつもりで、公爵は朗らかに笑いながら口にしていた。
そして、その名にふさわしいピンク色がかった淡い紫のドレスを身に付けた少女。肩にかかるよりも長いゆるく垂らした薄紫色の髪に、隣に立つ男と同じく焦げ茶色の瞳。第二会場で挨拶を済ませていた、バーチ・マクローリンの妹のオーキッド・マクローリン嬢である。
三人の王子の中で唯一、僕とだけダンスを踊った。その後で、
「これほどのダンスの腕前でしたら、どこの催しへ参加しても問題ないですわ。ローレル王子は努力をいとわない方のようで、私も安心いたしました」
そう言って、まるで先生のように誉めてくれたんだ。……オーキッド嬢は、アコナイトやローズ嬢と同じく現在八歳。なんと言うか、かなり大人びている。下手をすると、僕よりも心の成長は上かもしれない。家族と共に国内外を行ったり来たりしているらしいし、そのせいかもな。
そんな、フォレスト王国にとって重要な役割を担う公爵家の兄妹は、「ご足労頂いた事に感謝します」とか何とか言いながら、改めて挨拶をしてくれた。麗しい笑顔で。それはもう貴族の鑑のような、完璧笑顔である。
……えっと、あの〜。気のせいだったらゴメンなさい。何でそんなに警戒心むき出しなのかしら? いやむしろ怒りに近い? ものすっっっごい笑顔なんだけど、なんでこんなに責められている気分になるの!?
彼らの纏う空気に居心地の悪さを感じて、内心でダラダラと汗を流す僕。隣にいた兄上は僕とは違いそんなに気にした様子でなく、「フッ」と微笑んでから口を開いた。
「参ったな。そんなに警戒されるとは思わなかった。まず、私の用件から済ませてしまいましょうか。でないと、とてもじゃないが本題の話に入れなさそうだ」
そう言ってから兄上がソファーへの着席を促したので、兄上の隣に僕が、向かい側にバーチとオーキッド嬢が腰掛ける。
すると、ここで使用人達にも動きがあり、マクローリン兄妹以外の見慣れぬ人物にも目がいった。壁際に控えていたのは、バーチの髪色に近い濃い紫の衣装を身に付けたメイドと護衛。
二人はそろって白っぽい金の髪に明るい緑の瞳、フォレスト王国の王宮内ではほとんど見かける事のない褐色の肌だ。あの肌の色は南の大陸の人達に多い特徴なんだよな、確か。海を渡って交易をしている国の使者がたまーに来て、僕はその時くらいしかお目にかかった事がない。似通った顔立ちに年頃から、おそらくは兄妹かなと、僕はあたりをつける。
紫の制服を着たメイドがお茶を淹れる為に動こうとしたのだが、グラスが手で制して、グラス・パイン・メイドの三人で目を見交わす。最終的にお茶を用意する権利を勝ち取ったのはパインで、メイドはまた壁際に戻った。
僕と兄上が、彼女らを観察していた一部始終を見ていたのだろう。バーチが説明をしてくれる。
「彼らは我がマクローリン家の使用人です。元々は南の大陸の出身で、能力の高さを買って雇い入れました。――リンデン王子とローレル王子の従者と同じく、様々な働きをしてくれますよ」
グラスとパインに視線を向けて「同じく、様々な働きをしてくれますよ」という言い回しを意味ありげに強調してしゃべるバーチ。彼の言葉に、メイドと護衛の二人が王家にとっての“影”のような存在だと想像できた。規模の大小はあれど、高位だったり有能だったりする貴族家はそういう組織を少なからず持っていると聞いた事がある。
兄上が目で合図をすると、パインはわずかにあごをひいてから手を振った。部屋の中の空気が動いて、風の結界が張られたのがわかる。
パインが何をしたのか、彼も気が付いたのだろう。バーチが、壁際に控えていた公爵家の使用人達に視線を向けてうなずく。それを受けて、メイドと護衛もそれぞれ手を振って室内に風を吹かせた。なるほど。あの二人も風属性の使い手で、結界を張ってナイショ話をするのに適した人材という事か。
パインによって配られたお茶に視線を向けていた兄上が、問題ないというようにわずかにうなずいてから口をつけた。それが合図となって、僕とマクローリン兄妹もしばしの間お茶を楽しむ。
うん。すっきりとしていて飲みやすい。同じ茶葉でもグラスとパインが淹れると、それぞれ味が違うのだ。
グラスのは何というか、お茶の葉の良いところを最大限に引き出した深い味わい。
パインの場合は、香り高くて味は軽やか。……パインの日頃の言動を写したような味だなと、僕は密かに思っている。
この時、隣に座っている兄上の方から「クスリ」という笑い声が聞こえてきた。例によって例のごとく、僕の心を読んだのだろう。
「フフッ……。――いや、失礼」
突然兄上が笑いだした事でマクローリン兄妹は訝しげな空気になり、ややもすれば攻撃的とも感じられた過剰な身構えは多少和らいだ。表情は最初からずーっと笑顔のままだけどね。二人共すごいな。徹底していて、尊敬しちゃう。僕ももう少し彼らを見習うべきなんだろうな。
「コホン。えー、改めて今日こうした場を設けられて嬉しく思う。特にオーキッド嬢。貴女とはどうしても話をしておきたかった」
兄上がそう言うと、名指しされた彼女は麗しの笑みをますます深めた。……コワイ。正直かなり怖い。でも、何だか見た事があるような笑顔だな。
「以前から何度となく面談を打診していたが、フォレスト王国内にいなかったりと、なかなかお会いする機会に恵まれなかった。避けられているのだな、と自覚はありましたよ。近い将来皇太子になると目されていたアコナイトの、婚約者候補・筆頭の令嬢が、側室腹の第一王子に何だか知らないがやたらとしつこく『会いたい』と求められる。どんな面倒事が持ち込まれるのか、私が貴女の立場でも警戒心を剥き出しにするでしょう。そう。まさに今の二人みたいにね。――オーキッド嬢。私は貴女に婚約の申し込みを……」
え? 何度も面談の打診をしていた事にも驚いたけど。こ……婚約!? あああ兄上、一体全体なんだってそんな話に!
兄上の言いかけた内容に、オーキッド嬢とバーチの二人はますますイイ笑みになる。あ、ああ、そうか。二人がまるで怒っているような空気を発していたのは兄上に対してで、恐れていたのは第一王子との婚約話か。
んー、マクローリン公爵家にとって利があるかないかって話だよな。兄上を担ぎ上げて王座に据えてオイシイか。
外交のマクローリンって言われるくらいの一族だけど、そう言われるようになった所以は、常に国内外を飛び回っていてじっとしていられないからだとか何とか。何度となくフォレスト王家と婚姻を結んでいるし、脳筋王の呪いに感染済みなのかもしれない。
まぁつまり、兄上の後ろ楯になって内政に縛られる気持ちは少ないと、そうみてもいいかな。内乱になるかもしれないと、わかっていたら余計にね。
ああ、いや。兄上が個人的にものすごくどうしようもなく救いも見いだせないほどに、オーキッド嬢に嫌われている可能性も……。
僕がそんな風に考えていると。オーキッド嬢から目を逸らす事なく笑顔合戦を繰り広げていた兄上が、「ニュッ」と手を伸ばして無言のまま僕の髪をワシャワシャといじくりまわしてきた。
「貴女へのお話は、婚約の申し入れなどではありません、オーキッド嬢。マクローリン公爵家の令嬢が担うべきものを、私は十分に理解しています。フォレスト王家に王女が一人もいない現状、いっそうね」
「あら」
兄上の言葉にオーキッド嬢は、警戒も怒りも責めたてる空気も消して「パッ」と軽やかな笑顔になる。
「まぁ、フフ……。ご理解いただけているようで、ほっとしましたわ。他国の王族との結婚は外交にとって大事な手段。王家につぐ公爵家として、外交のマクローリンとして、私の婚約は政治のお話になりますの。こう見えても私、すでに友好国・同盟国の王子殿下から何人も求婚されていますのよ」
「ええ。もちろん、それらの話は全て把握していますよ、オーキッド嬢」
彼女の笑顔に微笑みでもって応戦した兄上に、マクローリン兄妹は「おや?」という雰囲気になった。何というか「あれ? 第一王子ってこんなんだっけ?」とか考えていそうな感じ。笑顔は笑顔のままなのだけれど、どことなくこれまでより無防備だ。
その隙を見逃さなかった兄上は、虚に乗じて本題を切り出す。
「私は貴女にお願いがあるのです。――カーティス公爵家の令嬢について」
「……今日、初めてお姿を拝見しましたわ。カーティス公爵婦人によく似て、とってもお美しい方でしたわね」
「見目麗しいだけではないよ。ツバキ……いや、カーティス婦人譲りの度胸もある。あの炎の魔法には驚かされた。オーキッドと同い年であれ程の魔法の使い手。将来は王妃となり、国母として跡継ぎを生むのであれば脅威だと、陛下の祝いに訪れた使節団は感じた事だろう。ローズ嬢の存在自体が、今後の国防に関わってくるかもしれない。アコナイト皇太子殿下とのご婚約は申し分のない縁組みだ。陛下のご英断を、私は支持しておりますよ。もちろん、同じ判断でいらっしゃいますよね、リンデン王子?」
兄上の口から出た「カーティス公爵家の令嬢」の言葉に、話の方向が読めなかった風のオーキッド嬢は、当たり障りのない言葉を返す。対して、バーチはもう一歩二歩踏み込んだ言葉で、兄上を揺さぶるようなそぶりをみせた。……ところで、さっき言いかけた『ツバキ』って、ナニ?
「ええ。私もローズ嬢と王族の婚姻は、絶対に必要な事だと認識しています。ただ、物わかりの悪いのがチラホラといまして。彼女がいらない苦労をしそうなのが、到底許せそうにないんですよ、私は。――オーキッド嬢」
「はい」
「ローズ嬢の兄弟子としてお願いします。どうか、彼女と友達になってください」
……そうきたか。
読んで下さって、ありがとうございます。
本編でも活躍の、オーキッド嬢が登場しました。ゲームの悪役令嬢としては、二番手なお方。
『ガンバン』の某夜の、リンデンとオーキッドの笑いあいの際。「この二人は初めて会った時からこうだった」みたいな一文を入れるか迷って、結局いれなかった。
当時は『ローレルの視点から』という過去編を書く予定がなかったので、いらない伏線扱いでボツに。
リンデンとオーキッド、二人の関係はこんな感じ。次のお話も併せて察して頂けたらと思います。




