058 僕と、ローズ嬢とリンデン
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僕とパインは「ヒュッ」と息を呑み、ホーリーやグラスでさえも体が一瞬固まったようになる。……い、一体何が起こったんだ? 兄上は今何と口にした? 「勘違いをしている」とか言ったか? 彼女に向かって! 兄上がローズ嬢に対してあんな態度をとるなんて。どうしてしまったんですか!? 兄上!
いつの間にか取り巻きと合流していたアコナイトは、そのうちの一人、銀髪の男の子に耳打ちされて「ハッ!」と鼻で笑い飛ばす。また会場内のあちこちから、令嬢達の「クスクス」という嘲笑が聞こえてきた。
ただでさえ固かったローズ嬢のダンスは、笑い声に追い詰められるように一層の強張りを増してしまう。このままでは完全に彼女の足が止まり、兄上を巻き込んで転倒してしまうかもしれない。
兄上はこちらから見てもわかるくらい強くローズ嬢の腰を抱き、彼女の小さな体を引き寄せた。ほぼ抱き締めていると言っていいくらいくっつき、かなり強引にターンをする事で彼女の意識をダンスに引き戻す。
えっと、今の接触はアリ? それともナシ? ホーリーはジト目で兄上をにらみ、グラスやパインは半眼だ。……どちらかというと、ややアウトです。理由によっては吊し上げですから。覚悟してくださいね、兄上。
「いいですか? よく聞いて下さいね、ローズ嬢。貴女は殿下の婚約者となりました。その立場からどうしても注目が集まります。粗を探そうという者も、中にはいるでしょう。厳しい目で見られるのは当然です。貴女の両肩には、求められる振舞いや果たすべき義務が、大きくかかっているのですから。カーティス公爵家でも、よく言い聞かされたのではないですか?」
「はい、もちろん。父も母も『王家の為に全身全霊を傾けて努力をし、求められる務めを果たせ』と」
「それです。ローズ嬢はその事を忘れて勘違いをしている。貴女は、陛下の・王家の・国の・民の為に動かなくてはならない。だけど今のローズ嬢は、それを忘れて自分の事ばかり考えているようだ。魔力を抑え込むように、自分を小さく纏めようと却って自分に囚われている。もう恐れは必要ありません。貴女は十分に修行を積み重ねました。共に魔法の修練をした兄弟子として貴女の努力と才覚を認め、【魔力制御】【魔力操作】のスキルも高レベルに達し、何ら問題もない事を保証しましょう。魔術師団団長や陛下も、貴女が大丈夫だと認めたからこその婚約なのですよ。ローズ嬢。私も――」
兄上の話をやや俯きがちに聞いていたローズ嬢は、優しく名前を呼ばれた事に顔を上げて、兄上と見つめあった。
「私も、陛下や国の為にこの身を捧げて生きていきます。貴女は一人じゃありません。互いに協力しあえる同士です。もう、一人で思い詰めなくてもよいのですよ。――意識を切り替えなさい。公人として振舞うのです。顔を上げて、常に笑みを浮かべなさい。貴女ならそれができます。いいですね? ローズ嬢」
「……」
ローズ嬢は兄上の話を聞くごとに強い光を瞳に宿し、表情は真剣なものになっていく。また緊張で固かった体は気がつけばほぐれていて、ごくごく自然にステップを踏んでいる。
ホーリーと一緒に、ものすごくたくさんダンスの特訓をしたと聞いた。それこそ意識せずとも、音楽に合わせて踊れるくらいに。もうとっくにできるようになっているのに、兄上の言うとおり、意識が魔力(自分)に向いてしまうのが問題だったんだ。
正直、まだ八歳であるローズ嬢に求めるレベルとしては酷な気がするけど。彼女の足取りが、むしろ軽くなっているからいいのかもしれない。
演奏が終わりに差し掛かる。兄上のリードでターンをしたローズ嬢のドレスの裾がふくらんでから、余韻を楽しむようにフワリと落ちた。
「はい。ご指摘くださって感謝いたします。リンデン王子」
兄上に対してローズ嬢は、背筋をピンと伸ばしてしっかりと意思のこもった笑みを向ける。たった一曲の兄上とのダンスで、まるで憑き物が落ちたかのように緊張が拭い去られていた。何だかローズ嬢が一回り大きな存在になったような、そんな気がする。固く覆われた殻が取り払われて、大きく深呼吸できたみたいにね。
兄上とローズ嬢は互いに礼をして、ダンスフロアを後にしようと移動する。ん? 兄上が何かに気付いたように一瞬だけ止まったが、何だったんだろうか?
二人が僕達の方に戻ってきた。兄上に一方的に言われていたローズ嬢の事を、アコナイトが殊更「ニヤニヤ」とイヤらしい笑みで出迎える。
弟の態度が視界に入り、僕は何度目かのため息をこらえる。……アコナイト。兄上は確かに、厳しい言葉をほぼ一方的に喋っていたよ。でもその外側から見えた事実よりも、話していた内容やメッセージの方に意識を向けてごらん。これからのキミに必要な事だよ。ねぇ、気付いてる? 兄上は、『仕えられたり捧げられたりする側』の中に皇太子殿下を“あえて”含めていないんだよ。兄上の意向がイミするところを考えると、僕はちょっと将来が不安でこわくなるんだけど。アコナイトは、どうだい?
僕の気持ちなんて知るよしもない弟は、ローズ嬢へニヤついた顔で迫る。彼女はほんのちょっとだけ怯んだ後で、微笑みを浮かべて受け流していた。……ローズ嬢! 強くなって、何だか嬉しいよ。
「ローレル」
兄上はアコナイトへの黙殺続行で、ローズ嬢との次のダンスを僕へ勧めてきた。
弟はローズ嬢の反応が気に入らないらしく、面白くなさそうに「フン!」とそっぽを向く。が、その視線の先にいた兄上が微笑むと、あっという間に機嫌を直した。あれ、弟って案外チョロい? 兄上にだけ反応するのも、よくわかんないけどさ。
僕は兄上から託されたローズ嬢の手を取ってダンスへ誘い、二人でフロアへ移動した。おぉ? ちょっ、また二人きりって止めて欲しいんだけど。体調も魔力もだいぶ回復してきたとはいえ、全員に注目された上でダンスも会話もとかは、さすがに自信がないよ!?
兄上やホーリーに必死に助けを求めると、ホーリーがさっきまで話をしていた令嬢をダンスに誘ってフロアへやって来た。その為に、他にも何組かのペアが出てきて皆で踊り始める。ああ良かった。ほっとしちゃったよ。
★
「先ほどは兄上に何を言われたのですか? 少し難しい顔をしていましたね」
ローズ嬢と踊り始めて大丈夫そうだと感じた僕は、「内容までは知りませんよ」という風を装って、彼女へ話しかけた。僕の質問に、ローズ嬢は苦笑まじりに言葉を返してくれる。
「そうですね。先生のように、いえ、それ以上に厳しい指摘をいただきました。目が覚めるような思いです。これからどのようなふるまっていけばよいのか、とまどっていた私に心がまえを示してくださったのだと思います」
「そうですか」
「はい。陛下の、王家の、国の、民の為に行動をしていくのだと。リンデン王子は、お互いに協力しあえる同士だとおっしゃってくださいました」
「僕もです。僕も陛下に剣を捧げました。兄上達とフォレスト王国を支えていきたいと思います。もちろん。ローズ嬢とも協力してです」
「はい。心強いお言葉、ありがとうございます。ローレル王子」
そんな感じで、僕とローズ嬢のダンスは和やかに終わった。兄上ほど上手にリードしきれるか自信がなかった僕だけど、ローズ嬢のダンスそのものに何の問題もなかったから、楽しく踊る事ができたよ。うん。ふらつかなかったし、足も踏まなかったしね。
チラリと視線を向けると、兄上は僕に「合格だ」と言わんばかりにうなずいた。……っと。僕とローズ嬢より先に戻ったホーリーに、兄上が何かを話しかけているな。身振り手振りからすると、服の襟に何か付いてるみたいな感じ?
ホーリーが僕達の前にやって来て、ローズ嬢の手を取った。今度は兄妹で踊るのか。ん? ローズ嬢の襟元に――おそらくは縫いつけられているのであろう。空色と緑色のレースや布で作られたコサージュの一つ――何かが引っ掛かっていたみたい。それを取ったホーリーが、丁寧にハンカチに包んでポケットへとしまった。
何だあれ? ハート型の葉っぱ? 僕は首をかしげて兄上を見るが、兄上はただ意味深にいい笑みを浮かべるだけだった。
ちなみに、後日ホーリーにあの葉の事を聞いてみたところ。ホーリーは何だか酸っぱい物を食べたような表情になってから
「詳しい者に聞いたところ、リンデン(菩提樹)の葉だと教えてもらいました」
と、答えてくれた。……そっか、それでか。兄上は色々と知っているようだけど、口を開かなかった。ただあの時近くにいたパインが、兄上の呟きを覚えていて教えてくれたんだ。
「あの鳥め。なかなか粋な事をしてくれるじゃないか」
兄上はそう言っていたらしい。あの銀色の鳥が「バッサバッサ」と羽ばたいた時にくっついたって事かな? ローズ嬢にリンデン(菩提樹)の葉を? 偶然……にしては出来過ぎで、不思議な事もあるもんだ。機会があったらあの鳥に聞いてみたい気もするけれど、答えてくれるかな?
★
さらに、後になってホーリーが教えてくれたんだけど。この時のリンデン(菩提樹)の葉を使って栞を作ったローズ嬢。ずっとずっと長い間、愛用し続けたみたい。
「あの日のご指摘を忘れないようにする為の、お守りです」
ローズ嬢はホーリーにそう言ったらしいけど。果たして、それだけだったのかな……?
ちなみにホーリーからは「リンデンの耳に、この内容は絶対に入れるな」と念を押された。うん、まあ、賢明な判断だね。知ったらまちがいなく暴走するもの。だって兄上なんだから。
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ローズ嬢と一曲だけ踊った僕は、また武門系貴族の子弟達との会話に戻ったり、令嬢達とも挨拶をして何曲かダンスをした。ペアを組んだ相手は、パインやグラスにこっそりと勧められた令嬢だけだったけどね。
魔力酔いのせいでふらつくんじゃないかって、最初こそ自信が持てなかった僕だけど、皆からは口々に「ダンスがお上手ですね」と誉められた。いやぁ、兄上のシゴキのおかげです。
そうこうしている内に日が傾き始め、第二会場の舞踏会は早々にお開きとなった。小さい子達はお疲れ気味だし、完全に日が暮れるととても寒いから、その前に家族や使用人に手を引かれて帰宅していく。
アコナイトも、すでにまぶたが垂れ下がっていて、立ったまま寝るのも時間の問題だ。……って、何でそんな苦笑気味なんですか? 兄上。
「んー、飲み物がちょっとね」
「飲み物? ……あ!」
ひょっとして、アコナイトだけ魔力回復薬を飲んでないからああなっているのかな。
王宮内の“気”の調整を行っている間。アコナイトや小さな子供からは魔力を徴集しないように意識をしたけれど、全くゼロというわけにはいかなかったらしい。今は緩やかに魔力枯渇状態で、それが原因でおねむのようだ。うん、まぁ、アコナイトの場合は静かでいいよね。
数人の使用人や護衛に支えられながら部屋に戻るアコナイト。同じく眠そうにしているローズ嬢と双子の弟のウィロウを支えたホーリーを見送って、僕と兄上は第二会場を後にした。
他にもたくさん眠りに落ちそうな子供達がいましたよね、兄上。
「皆楽しそうに踊っていたから。疲れてしまったんだろうね」
えっと、たぶんそれもあるでしょうが。目を逸らさずに言ってください、兄上。
「……次からはもっと器用にやるよ」
「ぜひともそうして下さいませ、ご主人様」
いつかどこかで聞いたセリフですね、兄上。
部屋に戻りながら、僕と兄上とグラスとパインは今日の事を振り返りながら話をする。
「そう言えば、パイン。あの時なんて言っていたの? ほら、殿下が兄上にダンスを勧めた時」
僕がそう質問をすれば、パインはピタリと動きを止めてからキョロキョロと辺りを見回し、手を何度も振った。パインの手が動く度に吹く風が髪を揺らす。何をしているのさ、パイン。
「そこまで結界を重ね掛けする必要はないでしょう。落ち着きなさい、パイン」
「はっ! 申し訳ありません、グラス副頭。いやもうつい……。ごごごごご主人サマに向かってあんな事言えるなんて。ムリ! 俺にはぜっっったいにっ、ムリ!! ドラゴンにケンカ売るのと同等だろうが!? 逆のイミで尊敬します。全く憧れないし、お仕えも……。――私は、現段階であの方に忠誠を誓う事はありません」
「そうですか。パインの意見は受けておきましょう」
話の途中から雰囲気の変わったパインとグラスのやり取りに、兄上と顔を見合せた。“影”にも何やら色々とあるのかしら?
今日はもう休もうとしていた兄上と僕だけど、急遽面会の申し入れがきた。それが僕に用事がある人達で、かつ兄上の待ち人らしく予定を変更して移動する。
たどり着いた部屋で待っていたのは、一組の男女。大変麗しい、貴族の鑑のような笑顔で出迎えてくれた。……えっと、あの〜。気のせいだったらゴメンなさい。何でそんなに警戒心むき出しなんですか? 怒ってるよね、ものすごく。いや、ものすっっごい笑顔なんだけど、なんでこんなに責められている気分になるの? 僕何かした!? え、あ、ああ。悪いのは、兄上の方?
読んで下さって、ありがとうございます。
『陛下の誕生祝いの催し・午後・舞踏会』の模様をお届けしました。
少しずつ人間関係が浮き彫りになりつつあります。 アコナイトがコドモ過ぎて、その姿に触れたローレルの内面の成長につながっていくのかな?




