055 僕と兄上は魔力酔い
★★★
兄上と共に何とか王宮内の“気”や“魔力”の調整に一区切りをつけた僕達は、国庫で宝物を返却した後すぐさま移動を開始する。
国庫の前から大広間の近くまでは、裏の使用人通路の更にウラ――主に“影”達が使う地下通路を爆走してきた。さっきと同じく、僕はグラス、兄上はパインにそれぞれ抱きかかえられながら。それが止めとなったのか、飲み過ぎた魔力回復薬がぐるんぐるんとまわって魔力酔いを発症。……う゛ぇ〜。ぎぼちわるい。
「……ちょっ!? お二方とも顔色があり得ない事になってますよ。この後は会場に入って、挨拶の間中立っていてもらう事になります。我々もフォローは致しますし、本当にダメそうな時は椅子を勧めますけれど。これは後々までネチネチと突かれる弱味になりかねませんので、最終手段でお願いします。大丈夫ですか? 今のままじゃ誰もが寄り付きがたいんで、お粉をはたいてお顔を整えますね」
パインがそう声をかけながら、僕と兄上の顔に下地と呼ばれるクリームをテキパキと塗った後、パタパタと粉をはたく。
この地下通路には所々に小部屋や棚なんかがあり、母上の部屋で見たような化粧道具の詰まった箱も、そこから取り出された。今回の僕達のように顔色を良く見せたり、逆に悪く見せて“影”の任務の為に抜け出したりと、ちょっとした変装用に使う物らしく化粧品によくある甘い匂いはほとんどしない。その事もあって、生まれて初めてのお化粧もそんなに抵抗はなかったよ。
いや具合が悪くてされるがままっていうのもあったし、渡された手鏡に映した自分の顔色に「うわっ! 怖っ!」って声をあげたせいもある。何とか見られる顔色にしてもらったから、回復術師団の施設に直行は免れそうだよ。
ただ途中で確認の為に手を止めて、その度にいちいち目を合わせて微笑んでから「キレイだよ」とか言うのはやめて欲しい。これも『パインの普通』なのだろうから、しょうがない。何も言わないけどさ。
パインに口説かれているかのような声をかけられる度に、彼の足を踏み踏みしている兄上を見ながら思う。あ、やっぱり僕も踏んでおこうかな?
髪を結い直している兄上の方を、チラリと見る。パインに施された化粧のおかげもあるけれど、それ以上に回復が僕よりも早い。視線に気が付いた兄上が、僕の方を見て口を開いた。
「気力。と、『世界樹』のおかげ」
その言葉に反応をして、兄上の髪を一つにまとめている『世界樹の髪飾り』の葉っぱが得意気に「ピコッ」と動く。
「ローレル。私達は今日この日の為に猛特訓を繰り返してきた。しかし、予想外に体調を崩す事になってしまっている。もし厳しいようなら潔く辞退しなさい。万が一にも彼女を傷付けたりなんてしでかしたら、許さないよ」
ローズ嬢が初めて参加する舞踏会。アコナイトの兄弟として、彼女のダンスの相手をする可能性は限りなく高いだろうと、地獄のようなシゴキを僕も受けた。兄上の気合いが入り過ぎて、剣の訓練よりもよっぽど苛烈だったよ。
うん。今僕の肩に置かれた兄上の手が、ギリギリと掴んできてイタタタタタ……。『気力』ですか、そうですか。ローズ嬢とダンスをするチャンスをふいにするなんて、兄上にはあり得ない事だろう。
僕はどうだろう、大丈夫かな? 【身体強化】を使おうにも魔力を消費するし、そもそも体内の魔力が乱れているから発動できないかも。何かいいスキルが生えればいいなと思いつつ、とりあえず場内で立って様子をみるしかないよな。
急勾配でしかもかなり横幅の狭い階段を登り、言われるままに暗い通路をあちこち歩くと、兄上と僕に割り振られた控室にたどり着いた。入室は壁からだったけどね。
結界を起動するのと同じような、制限が定められた紋様があったみたいだ。と言うか“影”達はスゴいな。王宮内の表はもちろん、使用人用の通路や地下の事も全部、頭に入っているのかしら。
……そんなミョーに熱心に紋様を見つめないでください、兄上。「コレ、当然外にも出られるよね?」とか聞かないでください、兄上。“影”達の「警戒度を引き上げるぞ」と言わんばかりの鋭い目付きを、きれいに黙殺しないであげてください、兄上。
陛下の誕生祝いの場での予定外な発言といい、一筋縄ではいかない兄上をこれからもフォローしなくてはいけないパインが、両手で顔を覆ってうなだれちゃったじゃないですか。グラスや騎士達が労るようにパインの肩に手を置くから、僕も背中をポンポンと叩いた。……僕と一緒になって背中に手をあててますけど、それってきっと追い討ちを掛けてますよ、兄上。
★★★
控室からは「もうすっかり回復しました。問題ないですよ」と印象付ける為に堂々と移動して、僕と兄上とグラスとパインは舞踏会が始まったばかりの大広間に滑り込んだ。
中央で手を取り合って踊っているのは、一組の男女。本日の主役である陛下と、今のパートナーは王妃である。二曲目が始まったばかりだから、本当にギリギリだったな。
僕と兄上が会場入りしたのに気付いたのだろう父上が、こちらに視線を向けた。兄上も僕も、ほんの少しだけ頭を下げて無事を知らせる。……うん。父上も顔色が良くないな。何だか悪い事をしてしまった気がする。
体調が優れなさそうな陛下を気遣わしげな表情で見上げている王妃にも、ゴメンなさい、心の中でだけでも謝っておくね。
ちなみに、後でこの日の話をしたのだけれど。父上や叔父上達は昼餐会の時に、ワインの代わりに銀の盃に注がれた魔力回復薬を飲み続けたんだって。
「事前に説明くらいして欲しかった。予想もしていなかったから、最初は吹き出すところだったよ」
と、叔父上の一人に、兄上と一緒にジト目で怒られたよ。この叔父上は兄上と僕に続いて、魔力を絞りとられていたんだ。途中からは異変に気が付いて、自ら積極的に魔力回復薬をがぶ飲みしたって苦笑い。
ううっ、すみません。ほら、ちゃんと謝ってよ兄上も。せーの! 「美味しいご飯が甘くなってしまって、ゴメンなさい」……って、あれ? 何で笑ってるの、違うの? 兄上と叔父上に「ローレルはまだそのままでいい」とか言われちゃった僕。だって、せっかくのごちそうだったんだよ。
★
王妃と二曲、母上と一曲踊った陛下達は、場を他の貴族達に譲り別会場へ移動する。この後は侯爵家から順に祝いの言葉をもらったり、「アコナイトを支えて欲しい」などの言葉をかけたりする予定なんだって。休憩はもちろん挟むらしいけど、父上達はとっても大変だと思う。
すでに挨拶を済ませた者達や、まだ順番が回ってきていない者達の為には、様々な用途の場所が開放されていた。メインはもちろん、この大広間での舞踏会だけれどね。今は各国からの賓客を中心にしたペアが踊り始めている。
美しい緑の葉を一年中楽しむ事のできる庭園に面した部屋では、派閥ごとにお酒やお茶を口にしながらの会合。
婦人や令嬢達向けの部屋には、目印のように温室で育てられた花をふんだんに飾っているようだ。
更に日頃は王都にいない者達が、ここぞとばかりに込み入った話をする用の個室も準備されている。
後は――
「ローレル。私達も第二会場へ行こうか」
「はい。兄上」
大広間を後にする陛下の姿を見送ってから、兄上が口を開く。
今日は他にもう一つ、舞踏会の別会場が用意されていた。
第一会場のファーストダンスを踊ったのが陛下で、大広間が大人達の為の舞踏会・会場だとすると。もう片方の第二会場は子供達――より正確に言えば、皇太子となったアコナイトを支える世代の為の舞踏会だ。
今日の催しの主役は陛下だ。それは間違いない。ただ本日より皇太子となったアコナイトは、もう一人の主役と言ってもいいくらいだ。
アコナイトの地位を盤石とする為に、今日だけでも様々なお膳立てが整えられている。普段なら招待する事のない年齢の子供達が、公式行事に参加しているのもその為だ。
下は五歳くらいから、上は国立シード学園在学中の十八歳まで。公の職や任に就いていない貴族の子弟達が、第二会場に集っている。
午前中の催しも、貴重な魔道具を通じて見ていたはずだ。滅多な事では使われない特別な魔道具をあえて用いたのも、堂々と宣言したアコナイトと、(資産を含めた)力を持つ王家を尊敬してもらう為なんだろうな。




