054 僕と兄上と、魔法の後始末
★★★
各国の賓客からの祝辞と贈答品の紹介。更に、王弟夫妻・公爵家当主夫妻・各団長・各大臣……等々、国の中枢を担う人達から祝いの言葉と続く。
途中では事前の打ち合わせ通り、合間あいまに宰相位や一部の大臣職の交代についても告知されて、それぞれ挨拶をしていた。今日はほとんどの貴族家が揃っているから、お知らせにはちょうどいいよね。そこまでを行って、午前のプログラムが終了。
休憩時間中には、貴重品であるキラキラでゴージャスな魔道具の大部分と『世界樹の杖』を控室で返却。それから昼餐の会場に移動……のはずなのだが。僕とグラスとパインと“影”の騎士達は今現在、兄上に王宮内のあちこちを引っ張り回されていた。お腹空いたよ、兄上。
「そうだね。私もお腹ペコペコだよ。でもこれは、今やっておいた方が都合がいいんだ。ローレル。ここ、頼むよ」
兄上が微笑みながら、柱の紋様の一つを指差した。
もう何ヵ所か同じ事をやってきたので、勝手を覚えた僕は一つうなずいて柱の前に立つ。細剣を抜いて、刀身に刻まれている紋を柱の紋様にかざしてから、柄に魔力を流した。するとすぐに空気が揺らぎ、僕達を隔離するような魔力の壁が現れる。
これは賊の捕縛や足止め、貴人の防衛や安全確保の時間稼ぎに使う為の結界だそうだ。城内には似たようなものが、実はいくつもあるらしい。
向かい側の柱の紋様は、手を触れて魔力を流すと結界が起動するタイプって話だ。フォレスト家の魔力を持った者と、禁書庫の入室許可のように陛下に認められた“影”達が動かせるんだって。
今僕が起動させた方の結界は、魔力的・戦略的に重要な場所にのみ設置されていて、他と比べて数段も強固らしい。発動に流し込む魔力の量も、細剣を鍵とした方が少なくて済むって話だ。
――コン!
大広間でもやったように、兄上が床の模様の一点を『世界樹の杖』で叩いた。杖を両手でしっかりと握り、目を閉じて集中する兄上。全身にライムグリーンの色をした魔力を纏い、呼吸をするように魔力を循環させ、王宮内の“場”の調整を行う。
ああ、わざわざ結界を張ったのは邪魔をされたくないからと、きちんと作動するかの点検だって。
「……うっ!」
『世界樹の杖』がひときわ大きく輝いた時に、僕の視界がブレて思わず倒れそうになり、グラスに支えられる。
兄上が今やっている作業は“なかなか”魔力を消耗するが、フォレストの血筋の者から優先的に吸いとられるらしい。今まさにそうだね。僕もだけど、兄上だって倒れそうだもん。
ちなみに祝いの催しの最中に兄上が大広間で発動させた魔法は、“かなり”の魔力を必要としたらしい。兄上が一人・大広間で『世界樹の杖』を用いたとしても、魔力枯渇で昏倒。しかも不発で終わる可能性が高いと、兄上は言う。
じゃあ、さっきのはどうして成功したのか? 『せっかく、たくさんの人がいたのだから』と、参列者達を含めて王宮の敷地内にいた人々から、少しずつ魔力をちょうだいしたってさ。それってどうなの? と思ったけど、元々そういう仕組みなのだそう。
この国・土地に生きるもの達の魔力なんかを活力にした、大地からの収穫を恩恵として受け取る。摂取した恵みを取り込んで活動したのち、魔力やその他の物として放出。再び大地が活力として……。『世界もそうして廻っている』と言われると、すごいんだなぁって思ってしまうね。
以前は王都での収穫祭や新年を祝う行事などで、今日のように大勢の参列者を前に、王自らが行っていたらしい。盛り上がっただろうな、インパクトがあるしね。
参列者達は「凄いものを見て・体験して・興奮したから、後からどっと疲れたのも無理はない」と思うだろう。さっきの僕も、まさにそうだったし。
そうやって疑問を抱かせる事なく魔力を徴集し、なおかつ、王とフォレスト王家に対する尊敬や畏怖の念を高める。……ご先祖様がうまい事やってきたから、今もフォレスト家とフォレスト王国が続いているんだな。
ここ何代かは、術を発動させる王族の魔力量的に厳しいと、行った記録はない。
「大広間の仕掛け自体を、意図的に伝えていなかった節がある」
城内を歩き始めてから大広間の方を振り返り、兄上はそう言葉をもらした。あの“深い森”に対して下手に干渉されたくないからだろうと、僕も兄上も意見を出しあって納得する。
ただ『出来ないからやらない』でいると、王が行う国の守護に必要な儀式に支障が出てしまうのだろう。魔力を用意するのがこれまた大変になるし、受け取れるはずの恩恵が滞ったり、バランスを欠く場合もあるんだって。
総魔力量が昔の人々より減っているのも、「多少なりとも儀式不全が影響を及ぼしているのでは?」との仮説があるらしい。かと思えば兄上やローズ嬢のように、極端に魔法の才が強い者が生まれたり。確かにバランスが悪いのかもって、思っちゃうね。
禁書庫でそういった記録を目にして、「どうにか良い方にもっていきたかった」と前から手立てを探っていた兄上。
そうしたら、初めて持つ事を許された『世界樹の杖』が、たまたま仕掛けの事を教えた。都合が良いことに、今日が王家主宰の公式行事で、場所もドンピシャである。
「大広間に大勢の生け贄……いや参列者もいるし、利用……じゃなくて協力してもらわないテはないよね」
そう兄上が口にすると、『世界樹の杖』の双葉が「ピコっ!」って動いたよ。……あの場で入れ知恵されて、兄上もノリノリでやっちゃったんですね。で、大広間にだけ大量の“気”を注ぎ込んだ状態だとバランスが悪いから、今は城内のあちこちを巡って調整作業を行っていると。
兄上が「今やっておいた方が都合がいい」と言うのも、今日は普段より人がいるから。こうしている間も少しずつ、魔力をいただいているらしいのだ。頭数が多い方が一人あたりの負担が少ないとはいえ、容赦ない。
「効果が王国内限定だったら、私ももう少し別の形をとるよ。ただこの魔力調整は結果的に、中央大陸・南西部に波及するんだよ。むしろ王国貴族にばかり、負担を強いる事じゃない。まあ、とは言いつつも、恩恵はフォレスト王国を中心に強く与えられるんだけどね。お越し頂いた賓客の方々の協力は、食糧取り引きの面でお返しする事になるだろうし」
兄上は急遽、魔力回復薬の原材料としても使われるハーブのブレンドティーを振る舞うように指示した。魔力の無断徴集がバレないように、あえて一般的ではない材料を指定して。
中央大陸内には自生してない品種で、割りと貴重な薬草らしい。完全に予定外の持ち出しだから、許可や予算や在庫が……ってなるところだったけど。
温室の使用許可をもぎ取ってからの兄上が、コツコツと育成・乾燥・保存していたストックを放出する事で対応ができるって。何から何まですごいな兄上は。どこまで見通していたのだろうか?
「……ローレル、もういいよ」
さすがに疲れきった声で、兄上が話しかけてきた。
僕はグラスのサポートを受けながら、細剣の剣先を柱の紋様の前で軽く振って結界を解く。
「ローレル様、こちらを」
すぐにグラスは魔力回復薬のビンの封を開けて、僕の手に握らせてくれた。
「ご主人様も、二本くらい飲んでおきましょう。顔色が凄いことになってますよ。はい、アーン……」
パインも同じように開封した薬を右手に持つと、左手で兄上の顎を少し上向け、唇にビンを近づけて口の中に流しこもうとする。
「……ふつうに飲ませてくれ。頼むから……」
「え!? 私の普通は『口移し』となりますが」
「……」
疲れて普段通りの相手もしたくなさそうな兄上は、半眼でパインをにらみつけた。「宜しいので? やっときますか?」などと呟くパインに、せめてもの抵抗とばかりに兄上が彼の片足を踏みつける。
「それは『パインの普通』であって、『世間一般の普通』ではない。今はお二方共に大変お疲れです。粛々と世話をしなさい、パイン」
「はい。グラス副頭」
その場に座り込んでしまいそうなくらいぐったりとした僕と兄上は、それぞれグラスとパインに支えられながら、魔力回復薬をグッと飲み干す。
パインのノリについていくの、今はしんどい。というか『パインの普通』は、かなり特殊だと思うよ。
このままでいくと、一日に飲む魔力回復薬の本数が最高の数になりそうだ。これは仕方がない。兄上が意図して、すぐそばにいる僕から優先的に魔力を吸い上げるようにしているから。じゃないと、大勢の賓客と共に昼餐会の会場にいる父上や叔父上達が、皆の見ている前で倒れる事になってしまう。
もしもそうなったら、毒か病か暗殺かと取り沙汰されたり、健康問題からの譲位論や内乱、下手をすれば他国から戦争をふっかけられるかもしれない。それがマズイ事は、僕だってちゃんとわかってるよ。
表向きは、大きな魔法を発動させたせいで魔力枯渇を起こし、休息が必要な兄上。それと普段から仲が良くてベッタリな僕が、心配して付き添うからと昼餐会を欠席。という事にしているから、人目につかない裏方で何度となく倒れかけても問題はない。うん。
ハデなおじさんやアコナイトに、「おお、何と貧弱な」とか「陛下にたいしてぶれいであろう」などと扱き下ろされたって、兄上の評価を再び下げてもらえるだろうし。かえって都合がいいのかも。
ただ、問題があるとすれば……
「お腹が空いて、力が出ない」
「私もだよ。次が陛下の私室部分で、最後に国庫の手前で終わりになる。あとちょっとだから、一緒に頑張ろう。ローレル」
グラスにもたれ掛かったままの僕の呟きに、同じくパインから介助を受けている兄上が、いつもよりだいぶ力なく答える。
「陛下の私室部分への立ち入りには、カクタスが案内として付きます。元々の防衛設備も整っておりますし、手勢も増える事になりますから。一度休憩に致しましょう」
「お部屋に着きましたら、ひとっ走りして食事を調達してきます。あんまり所在不明の状態も本日は問題なので、移動だけでも急ぎましょうね。というワケでご主人様。失礼します」
グラスに続いて提案をしてきたパインは、「失礼します」のかけ声の後、サッと兄上を横抱きにして歩き出す。
「ローレル様も、参りましょう」
僕は、そう声をかけてくれたグラスによって抱きかかえられて運ばれていく。
今が会食中で、使用人達も大勢が給仕にかり出されているからだろう。人通りが極端に少なくて良かったよ。僕と兄上が二人揃って、こんな所でこんな姿を見られたら何事かと思われちゃう。
ぼんやりユラユラと、心地よく揺られているのがよくなかった。疲れているアタマで考えた事なんて、口にするべきじゃなかった。
ただグラスより小柄で、筋肉もあまりついていないように見えるパインが、僕より大きい兄上を平然と抱えて歩いているから、何となくその事を聞いてみたんだ。ほら、なんかのスキルかな? もしくは負担がかからないコツでもあるのかと思って。
「スキル……。【身体強化】系統は特にないですね。コツは、いつもベッドの上までのエスコートを完璧にこなしているからでしょうか?」
……ああ、聞くんじゃなかった。ばかばか、僕のばか。
僕が心の中で思いっきり後悔していると、疲れきった兄上の声が届く。
「……私は男だよ。パイン」
「は? いえいえ、ご主人様。私のエスコートは、男も女もどちらもイケますが」
それって、どういうイミなのだろうか?
「知らなくていいよ、ローレル。私も心底知りたくない」
「ご安心下さいませ。お二方にナニかをする事はございません。私の意思では。上からの指示がありましたら、また別ですけれど」
「ビミョーに安心出来ない言い方をするね、パイン」
たまらず、僕はツッコミを入れた。
「上の命令に従うのも我々(“影”)の役目ですから。ただ、考えてもみて下さい。陛下やカクタスが何をどうしたらお二方に対して、私に色事の系統の任務を与えるのか。可能性としては、ご主人様に(ローズ嬢を)諦めさせる為、他(の令嬢)を宛がう……とかでしたでしょうね」
「懲りないな。徹底的に争うよ、私は」
兄上の殺気のこもった声が、パインの背中の向こうから響く。やっぱり、いつもより弱っているな。迫力が足りない。
「可能性として、でしたでしょうね。と言ったじゃないですか。凍結ですよ、今のところは」
「破棄しろ。永遠にだ」
「リンデン王子次第ですよ。以前におっしゃっていた願望リストを、万が一にも実行に移すようでしたら、手を打たない訳には参りませんので。正直、本当に上からそのテの命令が下っても、私めでは有効な手立てが思いつかないんで。自重して下さいませね、ご主人サマ?」
「……愛でるだけだよ。今はね」
僕とグラスは互いに目を合わせた後にうなずいて、揃って兄上達の方を見た。パインには頑張って欲しい。兄上は、心を入れ換えるぐらいして……
「ムリだよ。出来ない相談だ、ローレル」
あ、ハイ。やっぱダメか。だって兄上だもんね。
★
そんな話をしながら移動中。暗殺か誘拐か国宝強奪かわからないけれど、出てきた賊を“影”達が返り討ちにする姿を見守ったりしつつ、目的地に到着。
たどり着いた陛下の寝室を含む居住区には、すでにカクタスの手配によって昼餐会の物とほぼ同じ食事が用意されていた。カクタスの有能ぶりに、僕は思わず泣きそうになったよ。
また時間があまりないからという理由で、普段ならまずもってあり得ないのだけれど、“影”達と一緒にテーブルを囲む。
父上が許可を出したんだって。もちろん、皆が皆「本当にいいのか?」と確認をしたよ。特に、爵位持ちではない騎士達がしつこいくらいにね。訓練所や食堂ならともかく、場所が場所だもん。
最終的には、カクタスが『頭領としての命令』で押しきった。僕と兄上にも、「午後の舞踏会には必ず参加するように」と陛下から言葉があったようだし。遠慮しあっている時間も今は惜しい。
ここぞとばかりに兄上があれこれと質問をするから、いろんな話を聞く事ができた。ワイワイとした食事はいつもと違うトクベツな感じで、とっても楽しかったな。
直前まで渋っていた護衛達も、いざ同席して食事を摂ろうと決めたら、しっかりモリモリと食べきっていた。有事に備えて、食べられる時に食べるのも騎士として大事なんだね。
祝いの昼餐だけあって、いつもより豪勢なごちそうだったんだけど。あまりにお腹が空きすぎて味わう余裕もなくガッツいてたら、あっという間になくなっちゃった。更にその後も立て続けに飲んだ魔力回復薬のせいで、結局のところ「甘かった」と味が上書きされてしまったよ。
また別の機会に、ちゃんとゆっくりごちそうが食べたいなと思いながら、僕は兄上を手伝って結界を起動させるのだった。
読んで下さって、ありがとうございます。
ちょっとした説明回でしたので、伝聞調な地の文が多くなりました。




