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052 僕とフォレスト家と、約束の森



 ★★★



 陛下の誕生祝いの催しを行っている大広間は、不測の事態を避ける為に窓などは閉ざされている。更に“森”の雰囲気を効果的に表す目的で、ぶ厚いタペストリーが掛けられている箇所もあるくらいだ。だから強い魔力を帯びていない、魔法によって生み出されたのではない天然の風が吹くはずがない。ない、はずなのに……。


 霧のようなものがすぐさま晴れて、まず始めに届いた変化は香りだった。前髪を躍らせている風によって運ばれたのは、たくさんの種類が入り交じっているせいで複雑なハーモニーを奏でている――木や草といった植物類や、ツンとくるカビの匂いがする朽葉くちはや土などの――森の空気。


「ここは、どこなの?」


 あちこちから聞こえる「チチチ……」「ギー、ギー」という正体不明の鳴き声に、ビクリと肩を震わせていちいち怯えた様子をみせる王妃が言葉を発した。それは会場の大多数の声を代弁するかのように響く。

 ……ここが、どこかだって? わからないの? ここは――。どうして僕は、この場所を、空気を、知っているのだろうか?


「なんだこれは! どうして!?」


 アコナイトの困惑した声が聞こえたので振り向くと、弟はぽろぽろと泣いていた。僕と同じように胸元を押さえながら。そして彼を見ていた僕の手の甲に、雫がポタリと落ちて初めて気が付く。


「え、なんで……」


 僕もアコナイトと同じくらい涙を流していたのだ。頬をつたう涙を訳がわからないままにゴシゴシと拭いつつ、再び弟の方に目を向ける。

 僕よりもだいぶ混乱しているアコナイトは、普段の飾り立てた偉そうな空気がどんどん溶けてなくなっているようで、いつもより年相応に幼く見えた。「大丈夫。怖くないよ、ここは――」と、弟に声をかけて安心させなきゃいけないような、そんな衝動にかられて僕は一歩前に足を踏み出す。


「わっ! あっぶな……え?」


 特に意識もせず大広間の真っ平らな床だと思いこんでいた僕は、地面の倒木に足をとられてしまい、転びそうになったのをすんでのところで踏みとどまる。朽ち木と降り積もった落ち葉でなだらかに波打つ大地に、改めてさっきまでいた大広間ではない事を認識した。


 僕は、踏みしめるとカサカサと音をたてる地面に注意を払いながら、その場でゆっくりと一周してみる。泣きっぱなしのアコナイト、どうしたらいいのかわからなくて立ち尽くす参列者達、周囲に警戒の視線を配る緑衣の者達。

 兄上は大地に『世界樹の杖』を突き立てて、何かに集中するように目を閉じたまま。その額には、プツプツと玉のような汗が浮かび始めている。

 正面に視線を戻す。まず目に入ったのは、椅子に座ったままでアコナイトが泣き止まない様子にただオロオロとするばかりの王妃。辺りを見回して、冷静に状況を見極めようとしている母上とはかなり対照的だな。

 父上とヘーゼル叔父上も胸に手を当てていたが、僕やアコナイトのように泣いてはいなかった。その落ち着いた様子から、父上達はこの場所がどこなのか心当たりがあるように思える。

 ……あ、今気が付いた。陛下ちちうえが手でトントンと叩いている王座の肘掛け。兄上が魔法を発動する前までは、金色に輝いていたはずなのに。

 僕は視線を動かして、王座の全体を改めて観察する。背もたれは茶色の布張りで脚などは金色であったのが、全て白い石造りの物に変わっている。

 ふと父上と目が合うと、僕の内側から確信が言葉となって沸き上がってきた。


『あれこそが、真の継承者の座である。この場こそが、フォレストの血脈と魔力の約束の地である』


 ――と。



 ★★★



 不意に、上の方から「バッサ、バッサ」と音がしたので、見上げて僕は固まった。城の大広間ではないと、もうとっくにわかっていたはずなのに。天井もシャンデリアも、あるはずの物がそこにはなくてやっぱりビビる。

 王宮の吹き抜けよりも背の高い木々は生い茂る枝や葉のせいで薄暗く、正確な大きさは掴めなかった。いや本当に、これはどれだけ深い森なのだろうか? シャンデリアではこうも上手くいかない木洩れ日の中に、舞い飛ぶ何かの影が見えてさっきの音が段々と近づいてくる。

 叔父上をはじめとした警固の者達が武器を構えているのを横目に、僕も腰にいた細剣の柄に手をかけて、いつでも動けるように気を引き締めた。


「ひゃっ!?」


 いつか聞いた事があるような可愛らしい声がしたので、彼女の方に目を向ける。魔法の発動や制御を補助する腕輪を露出させる為に、手袋を外したばかりのローズ嬢。ちょうどそのタイミングで、彼女の左手首の腕輪に一羽の鳥が降り立ったようだ。

 全身は磨き上げたミスリル銀のように光輝いていて、目とくちばしと足は金に近い黄色。姿形はオウムみたいでやたらと立派な尾羽まで含めると、ローズ嬢の上半身くらいの大きさがある。


『ヨォォォーー』


 独特の鳴き声を上げて、「バッサ! バッサ!」と羽ばたく鳥。最大まで広げられた羽は、ローズ嬢をすっぽりと包みこめそうなほどだ。これは魔物? 敵なのだろうか? 僕は一体どうしたら……


「……くっ! 陛下。御前失礼します!!」


 羽ばたきの向こう側からローズ嬢の鋭い声が聞こえるのと同時に、鳥が彼女の左手ごと炎に包まれた。


「ローズ!?」


 彼女の一番近くにいたカーティス公爵の叫び声や男達の驚きの声、女性達の悲鳴がそこかしこで上がる。


「問題ありません、お父様。私自身の火は平気なのです」


 僕や兄上やホーリー、魔術師団団長は以前にも何度となく見ていたから、慌てなくて済んでいるけど。彼女自身の気丈な声が届くまでは、やっぱりドキドキして心臓に悪い。


「どう? まだ……」


 ローズ嬢が炎の威力をもう一段強める。と、そこで焼かれているはずの鳥が羽ばたきをして炎を散らしたかと思うと、再び一塊にまとめ、更にエサをついばむようにして飲み込んでしまった。

 冠羽の一部が赤く変化した鳥は、小首を傾げて片足を上げてローズ嬢へ一声かける。


『ヨッ!』


 何となく「ごっつぁんです!」と声をかけられたような、どことなくバカにされたような気になる鳴き声に、ローズ嬢は「ムッ!」とした顔になった。

 もっと大きな魔法を浴びせる為にか、鳥とにらみあったまま人気ひとけのない方へジリジリと移動を始めるローズ嬢。止めるべきなんだろうか? あの表情になった彼女は、魔力が枯渇するまで模擬戦を止めなかったからな。


「――だめだよ。それ以上は許さないから」


 ローズ嬢と鳥の攻防に待ったをかけたのは、いつの間にか目を開けていた兄上の、ひっくぅーい声だった。ローズ嬢へまとわりつく鳥への嫉妬だな、うん。


 兄上は『世界樹の杖』を、止まり木のように横に構えた。すると鳥はどういう訳か、素直に兄上の元へ飛んできて杖に止まる。

 この隙に、ローズ嬢はカーティス公爵に手を引かれて、怪我がないか確かめられているようだ。「問題ない」と言うように首を振り、父親である公爵に寄り添い肩をトントンと叩かれている様子と表情を見る限り、ローズ嬢は大丈夫そうだな。


「パイン、何か果物でも持ってきて欲しい」


「はっ!」


 大広間では壁際に控えていたパインが、兄上の指示を受けてキビキビと動き出す。あ。会場内にあった料理や飲み物の乗ったテーブルも、この場にあるのか。本当に、一体全体どーなっているのだろうか?


 パインは落ち葉で定かじゃない地面の凹凸に足をとられる事などなく、軽快な身のこなしで兄上の元へ駆け付けた。手に持っているのは色ガラスの美しい宝石箱で、パインがその蓋を開けると、中には季節外れのはずなのに大粒のジュエルベリーがキラキラと輝いている。中に入れた物の時の流れが経過しない、【アイテムボックス】持ちの商人から仕入れたって話だよな。


 兄上は数粒のジュエルベリーを手にすると、鳥のくちばしへと持っていく。次々と兄上の手からベリーをついばむ鳥。……何か、手馴れているな。元々人に飼われているのか、それともさっき一言で兄上に“屈服させられた”のか。後者だったらどうしよう?

 一箱の量がそれほど多くはなかったからか、鳥はすぐにジュエルベリーを食べきったようだ。再び「バッサ! バッサ!」と羽ばたくとくちばしで身繕いをして、銀色に輝く羽を一枚くわえて兄上の手の上に落とす。


「いいの? そう。では陛下へのお祝いとして預かっておくね」


『ヨォッ!』


 一声鳴いた鳥は『世界樹の杖』から飛び立つと、辺りを旋回してから上空へと飛び去っていく。


『ヨォォォーー』


 鳥の影も鳴き声も遠ざかっていくのを、誰もが皆空を見上げて見送った。


 ――トン!


 まるでそのタイミングを狙ったかのように、兄上は『世界樹の杖』で大地を突く。一瞬だけ魔法陣が光輝き、すぐさま収束して霧散する。


『あっ!』『ああ……』『おお……』


 参列者達が次々と感嘆の声を上げる中、風の吹き抜ける空も、柔らかい大地も、生命力に溢れた森の空気も一瞬で姿を消した。後に残されたのは元の大広間――あの深い森の“場”に憧れて、このような装飾にしたのだろうと思われる人工の“森”に戻った。

 これまでに類を見ない文字通りの“魔法”に、参列者は皆一様に辺りを見回したり、周囲の人々と興奮した様子で語り合っている。


「パイン。この羽を陛下の元へ」


 兄上はパインに銀色の羽を託すと、元の、僕の並びの位置まで戻ってきた。

 羽を差し出されたパインは一礼して受け取ると壁際に沿って進み、カクタスを経由して父上の手元に渡るように動く。


「アレが人に懐くとは知らなかったな」


 受け取った羽をめつすがめつ見ている父上の呟きが、ポツリと聞こえた。声量からいってもかろうじて僕達に聞かせる為ぐらいだろう。

 やはり、父上はあの深い森も銀色の鳥の事も知っているんだな。そしてそれがフォレスト家に大いに関わる事は、何となく僕でもわかった。……いつか、もっとちゃんと知る事ができるのだろうか?





 読んで下さって、ありがとうございます。


 ローズが割りと好戦的? ムキになりやすい感じですね。まだ、子供だからでしょうか。


 というか、あれ? 実は王妃様、初めてのセリフだったりするのかな。ローレルの視点からだと接点がほぼないので、アザレアよりも影が薄い(笑)



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