051 僕と、アコナイトの宣言
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いよいよ、父上の誕生祝いの催しが始まろうとしていた。兄上に続いて入場した大広間には、それは見事な“森”が広がっている。僕はその光景を、一歩足を進めるごとに視線を走らせて確かめた。
床や壁には様々な種類の茶色が素材を活かした形や着色された形で使われていて、これは大地と木の幹。
白い雲の浮かぶ青い空の天井画と金のシャンデリアは、天空と太陽と木洩れ日。
僕達の後に入場してくる王と妃、またすでに会場内で待機している武官・文官・(魔術)師官・使用人達はそれぞれの職と位によって定められた緑色の衣装を身に纏っていて、これは強すぎる日差しや雨などの苦難から民を包み込むように守る木々の葉。
参列者の中で、王宮での特定の職に就いていない貴族家の男達は、限りなく黒に近い緑色の生地で仕立てた礼服を着用し、『王家と国を陰ながら支える』意思を身をもって示している。
パートナーとなる婦人や婚約者や令嬢達は、それら緑と茶色に反発するかのように各種色鮮やかなドレス姿。かつて訪れた友好国の使者が、「まるで木々の合間から顔をのぞかせている花々のようで、対比が美しい」と言ったとか言わないとか。
フォレスト王国の色――緑色と茶色――が何よりも現れた場所。いや、王家主宰の公式行事の会場がこういう配色だからこそ、王都もあの二系統の色が多用されたのだろう。
大広間の一番奥の数段高い位置、会場全体を見渡せるように父上・王妃・母上が席に着く。その背後には、ヘーゼル叔父上をはじめとした複数の近衛騎士達が警固をしている。
これまでの公式行事では僕達三人の王子も“王の庇護下にある”として、父上達に並んで席が設けられていたが、今回は少し違う。陛下に向かい合うようにして礼を取り、兄上・僕・アコナイトの順番で祝いの言葉を述べた。何歳になったらこれを行うとは特に決まっていないけど、公の場で陛下と対面し、言葉を交わしあって初めて、王の子は第一の臣下と見なされるんだって。
ちなみにフォレスト王国では王と“王の妻”は、ほぼ同格とされている。いや、妻達の間で身分や立場の違いは細かくあるけれど。
戦争などがあった時に先頭を切って現地に駆けていく脳筋王が度々出た為に、『王が政治の中枢から離れた際は、王の妻が宰相等と協力して留守を預かる』と明文化されたようだ。あえて“王妃”と限定して明記しなかったのは、その時々で色々あったからだろうな。今みたいにね。
陛下は成長した我が子の寿に喜び、臣下として歓迎の上で相応しい役割を与える。……さぁ、いよいよだ! ああ、何だかやっぱり緊張してきた。どうか、かまずに宣誓できますよーに!!
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代々の皇太子に引き継がれているという――片面には鏡、もう片方の面には玉がはめ込まれているらしい――メダルを心臓の上に押し当てたアコナイトが、大きな声でろうろうと宣言する。
「私の片方の目は国の行く末を見つめ、もう片方の目は民の為に慈悲の涙を流す。私の片方の手は国の敵を打ち払い、もう片方の手は民に差し伸べられる。私の口は古の呪文を唱え、国土に幸いを呼び込む。私の全ては、ただ国の為に在る。――皇太子の大任、慎んでお受けいたします」
会場となっている大広間中に響き渡る声で堂々と言い切ったアコナイトに、生母である王妃は誇らしげな顔をした。
日頃から不遜なくらい自信家だから、よく似合っていると言えなくもない。何か「ついていけば間違いない」と、思わせつつ引っ張ってくれるようなモノがある。本当に中身が伴っていれば、言うことなしなんだろうけど。
陛下はそんなアコナイトの立派な成長ぶりを誉めた上で、ローズ嬢との婚約が正式に結ばれた事を宣告し、更なる精進を促した。
カーティス公爵の後ろに控えていたローズ嬢は、公爵よりも一歩前に出るとドレスを摘まんで礼をする。アコナイトとの婚約が整ったので王家側の人間に準じて扱われる為に、彼女は緑色のドレス姿だ。
ローズ嬢の華やかな紅髪と八歳という年齢の兼ね合いから選ばれたのであろう色は、濃い目だけど明るい緑。名前の由来は鳥だっけ? 石だっけ? ピーコックグリーンかマラカイトグリーンって色だよな、あれ。それはいい。そこまではいいんだ。襟元・袖口・裾などにあしらわれているのは空色の糸で編まれたレースや刺繍。皆はきっと、「アコナイトの瞳の色を意識したのだろう」と判断するに違いない。
――ああ、『仕立屋』とはこの事だったんだな。やりやがっちゃったんですね、兄上。
パインに、カーティス公爵家が利用する仕立屋に取り入らせて――たぶん、おそらく、ゼッタイ女性達――デザインに口出ししたんだろうな。パートナーや婚約者の髪や瞳の色を、ドレスだったり宝石で合わせるのはよくやる事ですもんね。
ローズ嬢のドレスの空色は、兄上にとっては自身の髪色なのだろう。所有欲を主張できて嬉しいですか、兄上? ……うっわ! ものスゴくイイ笑顔で振り向かれた。もー、兄上の目が口以上に語っているよ。「私のローズはかわいいだろう?」と。
この場にいる大半の人々はローズ嬢の姿を初めて目にした為、一斉に注目が集まったのだろう。ローズ嬢の頬が朱に染まり、ほんのわずかに身をすくめてしまったようだ。
僕が背中に感じる貴族達の空気は――「自分の娘こそが未来の王妃になるべきなのに」「危険はもうない? ハッ! どうだか」「あら……フン! 覇気のない娘だこと」「まあ、カーティス公爵家の令嬢だからな」――好意的なものは少ないように感じる。それがいいのか悪いのか、何とも言えないところだけど。
会場全体が広いので、適度な距離を取っている僕達三人の王子。ローズ嬢の顔見せで少し雰囲気が乱れた中で、僕の両サイドの兄上とアコナイトがそれぞれ嗤う気配がした。
アコナイトはおそらく、「俺様より注目が集まるのは許せない。が、歓迎されていないようだぞ。良かったな、ローズ」的な気持ちだろう。
兄上の方は「やはりこの婚約は間違いなのだ。弟が彼女に相応しくないのは大半の貴族の思うところだろう。――いい。それでいい。彼女を妻とするのは他でもないこの私なのだから」みたいな余裕からかな? 見ている先が真逆な事は確かだろう。
……なんか、今僕がいるこの場所はスゴく居心地が悪い。何で僕、兄上とアコナイトの間に生まれてきちゃったのだろうか? 助けを求める為に父上を見上げると、僕と目を合わせてからゆっくりと目を閉じた。「わかっているぞ。お前にも苦労をかけるな、ローレル」と言われているみたいで、ちょっとだけ安心して気分が上向きになる。
陛下が再び目を開けてカーティス公爵達の方へ視線を向けると、ローズ嬢が公爵の後ろに下がった。それが合図になって、次なるプログラムを楽しみに待とうという空気に会場内が切り替わる。えっと、次は……。あ、僕だったね。
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「私の剣は、陛下と王家を守る為にある! 私は将来、近衛騎士団の団長となる事を目指し、身命を賭して訓練を積み重ねます。遠くないこの未来に国そのものとして生きる陛下の為、我が身を楯として捧げましょう」
僕の番になったので、控室でヘーゼル叔父上から託された剣を掲げて宣誓をした。……大丈夫? かんでない? 大丈夫?? チラリと叔父上に視線を向ければ、ほんのちょっとだけ微笑んでくれた。父上も母上も僕のこのドキドキを察してくれたようで、僕を安心させる為にか「フッ」と一瞬だけ空気を緩めてくれる。……良かった。大丈夫、ちゃんと言えたっぽい。あー、キンチョーしたよー!
さて、陛下から僕にも「将来を楽しみにしている。がんばれ」みたいな言葉をもらう。ここまでは予定通り進んできた。
フォレスト王国のこれまでの歴史の中で一つの例外もなく、王の子の中から皇太子と近衛騎士団団長が出ている。よってこの二つの位に限っては宣誓の言葉も動作もほとんど完成していて、僕は一連の流れを叔父上に丸暗記させられたんだ。アコナイトの方もそうだろう。皆は僕達がどれだけ堂々とした所作で言い切れるかで、将来性なんかを見るらしい。
では兄上の場合はどうかというと。たまにしか生まれない魔法に秀でた王の子は、その得意な魔法で軽くデモンストレーションを行った後で、どう生きて行くのかを主張。兄上だったら「回復術師団で活動します」とかね。この会場で何度かリハーサルを行ったっていうし。兄上だもん、特に心配は……。
「――へぇ、そうなんだ」
決して大きな声ではないけれど、ややもすれば場違いな兄上の呟きが耳に飛び込んできた。『世界樹の杖』の双葉をなでている兄上の唇は、この場には不釣り合いに弧を描いている。あ、兄上?
段取りでは一歩前に出るはずの兄上が、何かを探るように後ろ向きに歩き出した事で、ヘーゼル叔父上や警備の者達に緊張感が広がる。
兄上は何歩かウロウロとさ迷った後、一つのシャンデリアの真下で足を止めた。
「……ここ? ああ、そう言われれば確かにあるね」
あるって何が? 兄上の言葉に耳を傾けてキョロキョロと見てみる。……初めて気が付いたけど、兄上が今いる場所だけ床の模様もシャンデリアの形も他のとは違うな。
――コン!
兄上が『世界樹の杖』で床を軽く叩くと、ライムグリーンの色をした魔力が杖を通じて流れていき、魔法陣が輝き始める。光の奔流が大広間全体の床の模様に沿って走り、あちこちでざわめきが起こった。
会場の騒ぎなど全く意に介していない兄上は、更に『世界樹の杖』を高く掲げる。双葉がピコピコと動いたかと思えば、シャンデリアを灯している魔力を集めはじめているようだ。少しずつ暗くなっていく場内に、女性達の悲鳴がちらほらと上がる。得体の知れない事態の連続。さすがに警備の騎士や兵士達が兄上へ向かって歩き出そうとした、その時。
――ダンッ!!
兄上が『世界樹の杖』をしたたかに打ち付けて、魔法を発動させた。僕の周り全てが霧のようなものに包まれたと思った次の瞬間には、その霧も晴れていく。吹くはずのない風によって。
「え?」
視界が開けると、世界が変わっていた。
読んで下さって、ありがとうございます。
涼しくて過ごしやすい気候っていいですね。体調も回復して落ち着いてます。
調子良すぎて他の作品の企画書とか書いたりなんかして……。いやいやなんと、待って下さる方々がいるというのに、登場人物や設定決めに時間を割いたとかそんな。「パのつく名前のホスト系チャラ男」のスピンオフなんて……ねぇ?
『ローレルの視点から』をもう少し進めたら、始まる。かも? 少なくとも陛下の誕生祝いイベントが完了後ですね。
今話の出だし、というか祝いの催しのオープニングは最終的に5回? 6回? くらい書き直しました。そんなに難しい訳でも凝りに凝った訳でもないのに。不思議です。
ローレルが建てたフラグを即・回収したリンデンの引きで、次話に続く。




