045 僕と兄上と、殺意と桃
「彼の令嬢の婚約者は、もうすでに内定している。相手はお前の弟だ。知らないとは言わせないぞ! ソレはこれ以上育ててはいけないモノだ。悪い事は言わない。忘れるんだ、リンデン。――陛下。リンデンには今すぐにでも、他の令嬢を婚約者として……」
叔父上が最後まで言葉をつむぎ出す前、その変化は劇的に起こった。
まず、部屋の温度が一気に下がったような、ゾッとするほどの冷気が背中をかけ上がる。気のせいかもしれないけど、僕は空気がピシリと凍りついたように感じた。
叔父上はわずかに腰をかがめて、剣の柄に手をかける。カクタスが父上をかばうように、音もなく前に出た。壁際に控えていた、“影”の構成員や協力者である近衛騎士や使用人達が兄上を取り囲み、一番近くにいたグラスが、ガシリとつかむように兄上の両肩に手を置く。
グラスは、利き手の爪先を兄上の首筋に食い込むほどに当てながら、低い低い声で兄上に語りかけた。
「陛下の御前です。お控え下さい」
「……殺気の扱い方って難しいね。私の狙いは叔父上だけだったのに」
兄上は、見ている者の心臓をキュッと苦しくさせてしまうような、いっそ麗しい微笑みを、部屋にいる全員に向けて浮かべる。口では「叔父上だけ」と言ったけれど、「ローズ嬢との仲に余計な介入をする者は、誰であろうと容赦しない」と、言葉にする事なく宣言したかのようだった。
取り囲まれて、半ば身柄を抑えられているに等しいという、異常な事態だというのに、動じる様子も見せずに叔父上へ視線を向ける兄上。その態度と挑むような目に、叔父上は心底うんざりしたような表情になる。それに対して兄上は少しだけ眉を動かして、僕の方を振り向いた。
「ごめんね、怖がらせちゃったね。ローレル……」
尻すぼみになる声を不思議に思い、僕は兄上の視線の先を探る。兄上は僕の右手に注目しているようで、僕がとっさにデザート用のナイフを構えていた姿を見て、ふわりと笑った。
とたんに、部屋の空気がゆるんで呼吸がしやすくなる。僕は食堂の誰よりも大きく、「はー……」と息を吐き出した。
それが合図になったかのように、みんな、元の位置に戻っていった。兄上に注意を払い続けてはいるようだけどね。
「本当にごめんね、ローレル。でも、きちんと修行をしている成果が見られて、嬉しくなったよ」
兄上の笑顔に毒気を抜かれて、叔父上は剣から手を離し、僕はデザート用のナイフをテーブルの上に戻した。ほとんど無意識にとった行動だっただけに、僕自身がびっくりしている。
「申し訳ございません。取り乱してしまいました、陛下。次からはもっと器用にやります」
「……そうしてくれ」
父上は呆れたような表情を浮かべ、首を振って兄上を許した。
「〜〜リンデン! 妙な誤魔化しはなしだ。国難に発展するかもしれない憂い事を看過できない。お前には別の婚約者を……」
叔父上はまたもや最後までしゃべる事ができず、再び剣の柄を握りしめた。
「こんな感じ?」
「ええ、流石です」
「リンデン様は呑み込みが早いですな」
先ほどの父上への言葉どおり、兄上は叔父上にだけ殺気を向けたようだ。そして“影”達に成果を確認して、グラスとカクタスから順に合格点をもらえたみたい。
「だ・か・ら! お前はドコへいくつもりなんだ、リンデン」
叔父上は兄上からの殺気を振りきるように、大げさに体を動かしてドカリと椅子に腰かけた。
「別に鍛えるのが悪いとは言わないが、他にもやりようはあるだろう。何故、正道から外れようとする? 一体全体、どうしてそんな風に育っちゃったワケ!? 『首』だとか何とか、叔父さんはリンデンの思想が恐ろしいよ」
叔父上は頭をかきながら、兄上に矢継ぎ早に言葉をかけた。僕も聞いてみたかった質問に、兄上がなんて答えるのか気になって、気持ち前のめりになりながら耳をすます。
「そんなモノ、生まれる前から暗殺対象だったから。としか言いようがないですね」
兄上は、さも何でもない事のように、さらりと重たい内容を告げた。
叔父上を中心に、みんなの顔がくもっていくのも気にせず、優雅にお茶のカップを傾けてから、また口を開く兄上。
「王子の成長に少なからず影響を与える教育係や乳母や側付きが、『第一王子と言えども、正妃の子ではないから不要』と消しにかかって来るんですよ。王子とは、王族とは――そう、重んじられる者ではないのだと、学び取りでもしなきゃ、やってられないでしょう。『首』だの何だのは、この身の不遇を納得させる為の方便ですよ。身も心も傾けて、攻撃を躱して躱して躱しているうちに、すっかり性根もひん曲がった第一王子が出来上がりましたとさ。――裏の戦い方を修業しているのは、相手の手の内に合わせた結果ですよ。どうせ反撃するのなら同じメに遭わせて殺りたいと、思い付いて行動してもおかしくはないでしょう」
「そんなのはお前だけだ、リンデン」
「それは否定しませんね」
呆れ果てたようにため息をついた叔父上に、兄上は苦笑いを浮かべて言葉を返した。
「あー……。前に陛下が『リンデンには爵位を与える可能性がある』って、ちょっとだけ口にしていたが。いっそのこと、今からどこかの家に婿に……」
「ヘーゼル叔父上」
僕は、懲りずに他の令嬢を勧めようとする叔父上の言葉を、邪魔するように声をかける。「このままでは叔父上が、兄上に敵性認定されてしまう!」とキケンに感じたからだ。
叔父上の意見は、きっと間違ってない。恋人や権力の座をめぐって争い、自分自身だけでなく、国をも滅ぼしてしまったような男の物語を、僕はいくつも読んだ。それを避けるために、兄上にあきらめさせようというのは、わかる。だけど……
「兄上の初恋は、確かに珍しいカタチだと思います。でも、兄上自身は道理にはずれた行いはしない……はずです? ぼ、僕は信じています! 少なくとも、彼女が心の底から婚約者との結婚を望んだ場合は、その事を受け入れてあきらめましょう。ね! 兄上」
……叔父上を説得するつもりが、途中から兄上へ言い聞かせる言葉になってしまった。いや、それはしょうがない。僕にとっては兄上の方が、コワくて上手で、要注意人物なのだから。
「……そうだね。彼女自身の意思を蔑ろにする気持ちはないよ。彼女の気持ちだけは、何よりも尊重しよう。それは私自身に誓うよ。――ヘーゼル叔父上。カーティス公爵、陛下にもお伺いしたいのですが。私に婚約者を定めるとして、どちらの令嬢をお考えなのでしょうか?」
「それは――。それは……」
叔父上も公爵も父上も、難しい顔をして考えこんでしまった。
兄上はそんな三人の様子を見ながら、デザートのシロップをスプーンでかき混ぜてから、一口分だけ口に運ぶ。僕も、デザート用のナイフとフォークを手に取って、桃のコンポートを切り分けて食べ始めるとしよう。
「いくつかクリアしなければならない条件があるでしょう。まず、王位継承の後ろ楯になりそうな、高位貴族家の令嬢は駄目です。また、第一王子という立場を考えると、あまり爵位の低すぎる相手もあれこれと言われる元ですから、避けた方が無難でしょう。更に、私自身、日々危険を掻い潜って生き延びている状態です。私との婚約は、そのとばっちりを受けるのと同義でしょうね。全く力が無ければ、徒に犠牲となるだけですよ。家として対抗手段を持っているというと、高位貴族家か、あちらに警戒を抱かせる貴族家ばかり。では、令嬢個人に能力を求めますか? 武門系の伯爵家なら、幾人か候補者を見繕う事ができそうです。が!」
指折り数えて条件をあげていく兄上。最後の最後で強く言葉を止めて、僕の方を見た。父上も叔父上も公爵も、苦渋に満ちた表情で僕を見つめている。
……えっと、桃おいしいです。
「武門系伯爵家なら、騎士団への入団を目指すほど戦闘力を鍛える令嬢は、確かにおりますな。総じてそういう家は、親も兄弟も能力が高い」
やや顔をうつむかせて、低い声でたんたんと事実を述べるカーティス公爵。
公爵の言葉にうなずきながら耳を傾けていた叔父上が、困った顔で僕の方を見ながら、続いてしゃべり出す。
「ああ。騎士団でも近衛騎士団でも出世して、上層部を占める家になる。仮に、ローレルが近衛騎士団団長、リンデンの婚家から騎士団団長が出るなんて事態になったら……」
「ありとあらゆる難癖――『王位簒奪を企てているに違いない。危険ですぞ、殿下!』とかなんとか言いがかりの果てに、ありもしない罪を着せて私とローレルを処刑。晴れて軍事力も独占入手? そんな口実を与える為の婚約なんて、私には今すぐ必要なものだとは到底思えません。後、可能性の一つとしては――。私を国外に婿入りさせるお考えは、ございますでしょうか? 陛下」
「ない。リンデン程の魔法の才を手放すなど、愚拙の極みだ。フォレスト王国内で、民の為にその才智を発揮せよ」
「畏まりました。――で。さて、どうしましょうか? どうすればいいと思いますか? 叔父上」
「リンデン、お前も難儀だね。保留だ、保留!」
兄上は部屋のほぼ全員を見回したあと、微笑んで、上目遣いで叔父上に問いかけた。
叔父上はジトっとした目で兄上をにらみながら、やけくそ気味に答える。それから両腕を後頭部にまわして上体を反らし、天井に目を向けた。脳内で貴族名簿でもめくり始めたのか、小声でぶつぶつと呟き始める。
父上はカップのお茶を飲み干すと、カクタスにおかわりを求めてから口を開いた。
「リンデンの件はともかく、ローレルの事に関しては、発表の時期についてヘーゼルの意見も聞きたい」
「陛下と、シルヴェスター公爵とも話し合っておりますが。半年後の陛下の誕生祝いの催しで、宰相位の交代について明言しようと調整中です。宰相の役割に関しての引き継ぎと、私の後任人事の調整に、どうしてもそれくらいの時間がかかりそうなもので」
「アコナイトの皇太子への指名。カーティス公爵家の令嬢との婚約発表も、半年後の催しで行うつもりでいる」
「なら、ローレルの近衛騎士団入りに関しても、併せてやってしまおう。この際だ。三人の王子達の立場を、明確にしてしまった方がいいだろうな」
叔父上はそう言ってから、答えをうながすように兄上へ視線を向けた。
デザートの桃を食べきって、口元をナプキンでぬぐった兄上は、叔父上達の方を見回してから言葉をつむぐ。
「私は回復術師団への所属を目指します。ローレルの件に関しても含めて、根回しをどうかお願いします」
「半年あれば、リンデンの婚約の件も何とかなるか……? 叔父さんの方で、ちょっと検討してみるから」
「……。そうですね。幸いにも、時間はまだまだありますから」
兄上はにっこりと、いい笑顔を叔父上へ向けた。何か考えがある時によく浮かべる表情に、僕とグラスは互いに視線を交わす。なにかを狙っていると、警戒していた方がいい。
父上の次の予定がせまっていると、急に参加する事になったこの日の昼食会は、結局ここまででお開きとなった。
父上達と話し合いを続ける叔父上を残して、僕と兄上とグラスは食堂をあとにしたのだった。
読んで下さって、ありがとうございます。
次回は半年後の催しを予定。
やっと時が動きます。久しぶりに女性が出ます。
お楽しみに。




