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044 僕の、騎士への決意?



 ★★★



 ヘーゼル叔父上は、割りと強引に父上への面会を申し入れた。そして待つように言われた部屋ではなく、父上とカーティス公爵が会食中の食堂の扉の前で立ち止まる。

 返事も聞かないうちから、グラスの持っていたバスケットの中身を三人分に分けて皿に盛り付けるよう指示したり、スープや果実水の手配も頼んでいた。

 王弟で近衛騎士団団長の地位にいる叔父上の言葉だから、使用人達もすぐに動き出すだろう。叔父上の元々の性格もあって、どこか皆「しょうがないな」と微笑ましげな空気の中、父上の返事を待つ。


 結論から言うと、「ヘーゼルに確認したい事があった。呼び出す手間が省けた」との父上の言葉で、僕達も食堂への入室が許可された。

 案内された席に着くと、外で食べる予定だった、肉・チーズ・野菜をふんだんに挟んだパンを盛り付けた皿の他に、ごろごろ野菜とベーコンのスープ、それと果実水が目の前に並ぶ。皿数は少ないけれど、どちらもすごいボリュームに嬉しくなった。


 父上とカーティス公爵の方を見ると、すでにデザートが出されていたので、あまり長い時間の話はできなさそうだ。

 僕の視線をどう受け止めたのか、父上はデザートの器を「食べるか?」と微笑みながら勧めてきた。


「はい!」


 そんなつもりじゃなかったけど、つい喜んで返事をしてしまう。指示を受けた侍従が、父上の手元にあった食器を僕の前に運んで来てくれた。

 大きめな木の葉を模した白っぽいガラスの器の中、ほんのり赤く色付いたシロップと一緒にゆれる果肉。上にちょこんと乗っている飾り付けのハーブの緑がとってもきれい――今日のデザートは桃のコンポートだ、美味しそう!


「では、私の分はリンデン王子に」


 カーティス公爵の分の器が、兄上の前に置かれる。たぶんだけど、昼食がデザートの番になっても、父上達は手を付けないで話をしていたのかな?


「ありがとうございます、カーティス公爵」


 兄上はにっこりと笑顔を浮かべて、公爵へのお礼を口にする。僕の席からは、その後も小さく動かす口と、「――下さい」と言う兄上の言葉が、かすかに聞こえた。……。『お嬢さんも私に下さい』とかじゃないですよね? 兄上。


「して、ヘーゼルの方はどういった用件なのだ」


「ああ、えーっと……」


 父上が僕達の同席について聞いてきた時、叔父上はすでに皿の半分以上を平らげた後だった。

 僕が「いつの間に」と驚いていると、叔父上は手に持っていたパンをいったん置いてから、兄上の方をチラチラと見る。さらに頭をガシガシとかきながら言葉を探し、「あー」とか「うー」とか言いかけては止めるを繰り返した。

 そんな叔父上の様子を目にして「クスリ」と微笑んだ兄上が、手助けの為に口を開く。


「まず、ローレルの件から陛下へお話しましょう。叔父上」


「ああ、そうだな」


 叔父上はお茶をクイッと飲んだあと、軽く咳払いをしてから、父上の方を向いて真剣な表情で話始めた。


「午前中、ローレルに剣の稽古をつけた時に話をしたんだが……。ローレルは騎士に、俺の後継者として鍛える事に決めた」


 アレ? 決まっちゃった。まだちゃんと返事はしていなかったんだけどな。

 叔父上の宣言を受け、父上と公爵は顔を見合わせて、二言《ふたこと》三言《みこと》うなずきながら言葉を交わす。


「まぁ、妥当なところでしょうな。ごく一部に、必ずと言っていいほど難癖《なんくせ》を付けてくる輩が五月蝿《うるさ》いでしょうが」


「いつもの事だ。あの派閥、唯一最大の得意技だな。ただ、向こうに(王子がアコナイト)一人しかいない現状、受け入れるしかあるまい。適度にあしらっておけ」


「ああ。言葉だけを聞いてると甘言《かんげん》なのに、『こちらが譲歩してやっているんだ、感謝しろ!』って態度でな」


「適当に『寛大な処置に感謝します。貴公は素晴らしい方ですね』みたいな事を耳に詰め込んで差し上げたら、どうとでも転がせますよ」


 順に、次期宰相が内定しているカーティス公爵・国王である父上・近衛騎士団団長のヘーゼル叔父上・第一王子リンデン兄上のセリフである。

 ……きっ、きわどいやり取りに、僕は思わずスープの芋を喉に詰まらせるところだった。誰の事をしゃべっているのか、具体的な名前は一切出てないけど、ハデなおじさんがらみの事だとすぐにわかった。

 というか、父上もけっこう言うんだなぁ。兄上の言葉もなかなか酷いと思うけど。四人とも笑顔なのが、とってもとってもコワイよ!


 今さらながら心配になった僕は、グラスを見た後、父上の侍従の一人に視線を向ける。 エメラルドグリーンの髪色に、それよりも濃い緑の瞳を持つ五十過ぎの熟練の侍従は、呼び名をカクタスと言う。“影”達の頭領だと知ったのは、割りと最近の話だ。細身でどちらかというと小柄。優秀な使用人の鑑《かがみ》のように、極力存在感を消して静かに父上の側に控える彼の、“裏の顔”を知って驚いた。

 ――フワリ。と、窓も開いてない部屋なのに、風が吹いて僕の耳元の髪の毛がゆれる。


『この部屋全体を風の結界で覆っております。また、警備や給仕の人員も特別に選んだ者だけです。今この会食の場での遣り取りが、こちらの不利になる形で外部に漏れる事はございません。ご安心下さい、ローレル様』


 離れた位置にいるカクタスの小さな声が、僕の耳に届いた。卓越《たくえつ》した風属性魔法の使い手で、情報管理――収集と、場合によっては陛下の意に添うかたちに改変しての拡散。真偽と重要度の見極めに優れ、適切に人員を采配する――に、その実力をフル活用しているらしい。という事を僕自身も今、身を以《もっ》て学んだ。


「ローレルの方はどうなのだ? 異存はないのか?」


 公爵達と言葉を交わし合っていた父上が、僕の目をまっすぐに見つめながら問いかけてきた。僕は、叔父上からついさっき聞かされたばかりの、近衛騎士の心得を思い出しながら、兄上の方にチラリと目を向ける。

 近衛騎士団は『王家の砦であり、国王陛下の盾である』と。僕は――。僕は、いつまでもただ兄上に守られているばかりの今を、善《よ》しとはしない。


「はい。私は騎士になります。そしていつの日か、兄弟達のお守《も》りを……」


 ん? 「守護を」って言うつもりが、何か思いっきり口がすべったような……。なんか、兄上やアコナイトへ「お守《も》り」って言うと、「守る」ってイミではないような、そんな気がしてならない。


 父上・公爵・兄上の口から、「クックックッ……」と押し殺したような笑い声がもれている。

 叔父上・カクタス・グラス達は、心なしか「あ〜あ、言っちゃった」みたいな同情的な視線で僕を見ていた。


「ロ……ローレル。……ゴホッ! 大変だと思うけどがんばって。期待しているよ」


 笑いの壺にハマったらしい兄上が、咳きこみながら声をかけてきた。「大変だと思う」って、主に誰の事だと思っているんですか、兄上。自分で言っていたら世話がないですよ、兄上。……どうしよう。やらかしちゃったかな、僕?

 うやむやにごまかすように、僕は両手でパンをつかんで、思いきりかぶりついた。


 僕がパンを食べ始めたのをきっかけに、わずかの間だけ会話が途切れたので、僕と兄上と叔父上は食事に集中する。スープが冷めちゃうし、パンも乾いちゃうからね。


 あらかた食事が終わって、僕と兄上のデザート以外の食器が下げられた。父上とカーティス公爵の分も含めて、あらためて全員分のお茶が配られたところで、叔父上が重い口を開く。


「ローレルの件は、まぁ追々詰めていくからいいとして、だ。リンデンの……。リンデンの恋愛感情に不穏なものを感じ、危殆《きたい》に瀕《ひん》する前に手を打つべきだと私は愚考致します。陛下」


 言葉の前半と後半で、口調と立場をやや変えて報告をする叔父上。

 僕はつい反射的に「兄上はもう……」と口を挟もうとして、なんとか思い止まった。危ない危ない。まだ「手遅れで打つ手がない」と口にして認めてしまうには……早いんだろうか? それとも、“もう”遅いんだろうか?


「『危殆に瀕する』などと、穏やかではないな。具体的にはどういう事なのだ?」


「えーっと……寝顔と、フロと……だから、夜這い? 願望って言うよりは……計画を練っていたような……」


 叔父上は両腕を組んで下を向き、アノ時の兄上を思い出しながらぶつぶつと言葉を口にする。

 父上は兄上の事を、『頭の痛いのをこらえるように』にらむ。カーティス公爵は『いい度胸だな、この若造が!』と、より凄《すご》みのある表情で兄上をねめつけた。

 兄上は、最初こそ目を泳がせたけど、すぐに「えへっ!」って口にするかのように笑って、この場にいる大人達に対して言い訳を試みる。


「まあまあ。未熟な子供の『妄想を書き連ねたポエム』のようなものだと笑い流して……」


「いや! お前のアレはそんなかわいいモノじゃなかったぞ!? ……ゴホン。まぁ、そういう年頃なんだろうし、今まで令嬢達に興味が無いよう振舞っている姿しか見た事がなかったから、異性に対しての積極性があったのは嬉しいぞ。うん。ただ、犯罪に走る前に手を打つべきだと叔父さんは思う。――陛下。リンデンの想う女性の家次第ですが、きちんと婚……約……を」


 叔父上は不自然に言葉を切った。父上が言葉の途中で眉をくもらせてカーティス公爵の方を見て、公爵は額にしわを寄せて深く息を吐き出したからだ。


「まさか……」


 叔父上の疑念《ぎねん》に、父上達は口を開かない。ゆっくり視線を向けてきた叔父上に、兄上は笑みを深めて、僕はカーティス公爵を見てから肯定するようにうなずいた。

 兄上と僕の様子で、『リンデンが想いを寄せる令嬢がどこの家の誰か』を確信した叔父上は、目を見張って弾かれたように立ち上がったあと、声高《こわだか》に叫んだ。




 読んで下さって、ありがとうございます。



 良かった。リンデンを軸にすると進む進む。ペンが。

 ストーリーが動くのは……いつだ?



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