039 俺と兄上と“影”
★★★
いつもなら、もうそろそろ寝る時間だと言うのに、勉強部屋の前に立った兄上と僕。
兄上は護衛の兵士達に廊下での待機を指示してから、部屋の中へと入る。僕は首を傾げながらも、何も言わずに後に続いて扉を閉めた。
さっそく、紙とペンを用意して机に向かい、一心不乱に何かを書き出し始めた兄上。僕はジャマにならないように気を付けながら、近くに椅子を置いて腰掛けて、兄上の手元の紙を覗きこむ。
名前と、年齢・性別・生年月日・種族・髪と瞳の色・両親の名前・所属する孤児院の名前・スキル……。これは、神殿で【鑑定】を受けた内容を書き写して貰える、『オミクジ』だろうか?
兄上は所々で、ペン先をさ迷わせたり上を向いたりと、考え込むような仕草をする。その度に口元に手を当てて、何か? 誰か? に小声で質問をする素振りを見せながら、何枚も書き上げていく。
不意にピタリと手を止めて、扉の方を見て声を掛ける兄上。
「どうぞ、入って」
僕は「え?」と思いながら辺りを見回す。ノックの音も何も、しなかったはずだけど。
すぐに扉が開いて、三十歳位の使用人――黒に近い灰色の髪とサファイアのような青い瞳、父上の侍従の部下で見た事があるような男性――が姿を現し、音も立てずに兄上と僕の近くにやって来た。
「ただ今より、リンデン様、ローレル様にお仕えする事になりました。グラス、とお呼び下さい」
ごく簡単に挨拶をしてから、兄上と僕に頭を下げるグラス。
兄上は『グラス』と名乗った使用人の事を、目を凝らしてじっと見詰めている。明かりの魔道具がチラついたのだろうか? 兄上のライムグリーンの瞳が、ほんの一瞬だけ銀色に光って見えた。
「へえ……。【鑑定】のスキル持ちか。これから宜しくね。さっそくだけどコレ」
今までせっせと書き記していた紙の中から、二枚を取り出して見せる兄上。提示された物に目を通したグラスは、やや驚いた風だ。
「本命はこの二人。特に重要なのは女の子の方だね。ここに書かれている孤児院へ行って、まだ在籍しているようなら身柄を引き取って“影”の方で育成をしてほしい。可能な限り早く、そう……明日の午前中が理想かな」
「目的をお伺いしても宜しいでしょうか?」
「女の子の方は、とある貴族令嬢の護衛と動向の把握。双子の弟の方は、姉の調べた情報をこちらへ知らせる役割。幼少期の経験からか、隠れる事、走る事、それぞれ伸びそうなスキルを持っているからね」
兄上は、グラスの目が納得しているかを確認しながら、さらに他の紙を並べる。
「あとこちらの資料は、二人の確保がダメだった場合の予備の候補。でも磨けば光りそうな人材ばかりだから、“影”の方で育成していけばいいと思うよ。陛下から指揮権の一部は預かったけれど、私の方で新しい人員の為の予算はどうこう出来ないから。『情報』を、今回の件の対価として渡すよ」
「兄上。これは『オミクジ』をどこかから手に入れたのですか?」
「違うよ。孤児院への慰問の時に“視た”んだよ。私が十歳を過ぎてから、行くようになっただろう。この子はローレルと一緒に、木剣で素振りをした男の子だよ。名前に見覚えはないかい?」
「……本当だ。覚えています」
「どうかな? グラス」
僅かに首を傾けて、下から覗きこむように窺う兄上。……その笑顔、ちょっぴりコワイ。
「資料を全部お預かりしても宜しいでしょうか? 上に話を通して、許可が下り次第、速やかに対処を致します」
「頼むよ。ああ、目標となる令嬢の家にも……」
「我々と同じような組織を抱えております。元々の縁がありますので、ご令嬢の件で協力関係を敷くのは、然程難しくはないでしょう」
「期待しているよ。優秀な人材とか要注意人物に関してとか、情報面でだったら私も協力を惜しまないつもりだから、言ってね」
「了解しました」
兄上から紙の束を手渡されたグラスは、姿勢を正して頭を下げた。心なしか、兄上を見る目が変わったような気がする。
「ローレル。遅くなっちゃったから、もう休もうか。いつかまとめて詳しく話すよ」
「はい、兄上」
兄上にそう言われた途端、僕の口から大きなあくびが出た。グラスに付き添われて、僕と兄上はそれぞれの寝室に入る。
半分眠りかけた僕は、プラムに着替えさせてもらってから、倒れるようにベッドに潜り込んだ。
最後の最後まで……本当に変な日だった、な……オヤス……
★★★
ローレルは焼いた肉を挟んだパンを食べきると、指についたソースをペロリと舐めとって、ペトルとツリーの方を見た。
ペトルは手を拭う為の布をローレルに手渡し、ツリーは空いた皿を下げ始める。
「この双子の姉弟は、兄上がローズ嬢の為に、孤児院から引き取って育成させた“影”の一員だ。兄上の思惑に巻き込まれて、人生が予想だにしない方向へ進まされた二人ともいえよう」
「それはそれは、なんとも言い難いね。……ああ、どこかで見た事があるような、そんな気がしていたけれど。ウチの敷地内で警備の兵達と何度も訓練をしていたよね。こう……もっと小さい頃」
ホーリーは身振り手振りで自分が目撃した子供達の身長を示し、いつ頃の事だったかを話す。ペトルとツリーを実際に引き取ったグラスが頭を下げて、ホーリーの言葉に対して経緯を説明し始める。
「リンデン様が『一刻も早く、令嬢の元へ向かわせて欲しい』と要望していた為に、基礎訓練も十分に行えないまま送り出さねばなりませんでした。『ローズ嬢の護衛』という利害が一致していたので、カーティス公爵家のご好意で、この二人は稽古を付けて頂く事もありました」
「……ひょっとして、君が止めてくれたのかな? 結婚前の離宮滞在中、ローズに【毒耐性】スキルを付けさせようとした計画を」
「左様でございます」
ペトルはきれいな礼でもって、ホーリーの視線に答えた。
「カーティス公爵家の皆様が離宮に持ち込まれた毒の数々ですが、実行に移される直前に、瓶そのものが摩り替えられていたり、中身の匂いが異質な状態に変化しておりました。妃殿下に万が一の事があってはならないと、中止を進言致しました」
「某侯爵一派が大体片付いたから大丈夫だろうと、正直、高を括っていた事は否めないな」
ホーリーは小さく首を振ってから、ワインを一口だけコクリと呑み込む。それから僅かな時間、目を閉じて迷うような素振りを見せた後、ゆっくりと息を吐き出してから小声で切り出し始めた。
「今この面々の前だからこそ言うけど、これは……カーティス公爵家の落ち度だよ。魔力暴走を恐れて、訓練に本腰を入れられなかった。各種【耐性】スキルは、王族籍に入っている成人の中でローズが一番低いだろう。その事がこの先、リンデン達の足を引っ張るかもしれない」
「兄上は全てを承知の上で、ローズ嬢を妻にした。今となってはそれが全てだ」
ローレルはホーリーの言葉に対して、きっぱりと言い切る。「だから気にするな」というわけではない。「清濁を併せ呑んで、二人を支えていこう」と、呼び掛ける意味でホーリーの目を見詰める。
ローレルと目を合わせたホーリーは「フッ……」と微笑んで、「ああ、結局は今まで通りだね」と応えるように頷いた。
どちらともなく杯を掲げ、揃ってワインを呑み干すローレルとホーリー。
二人のやり取りを見ていたツリーは、これまで飲み物の手配を仕切っていたグラスに代わり、前に歩み出て空になった杯を受け取った。
「畏れながら。妃殿下の御身は、私と姉とで命に代えてもお守り致します」
弟の決意の言葉に続くように、動き出したのはペトル。お代わりのワインを注いだ杯をグラスから受け取り、テーブルの上へと置いてからローレルとホーリーに向かって口を開く。
「私達姉弟は“影”の中でも、その為だけに存在すると言っても過言ではありません。妃殿下の御身が健やかであり、猶且つ、皇太子殿下の手中にいらっしゃるのであれば、王宮の……いえ、国の平和はある程度保証される事でしょう」
ペトルの言葉を聞き終えた後、半眼で天井を見上げるローレル。
「兄上なら義姉上の為、実際にやりかねん。かつては『アコナイトでも別に構わない』と言っていた皇太子の地位に、自らつくように動いたのも、元はといえばローズ嬢を手に入れる為だったからな」
ホーリーは苦笑を漏らしてから、グラス達の方に身を乗り出すようにして話し始めた。
「妹とリンデンが無事に結婚できたご祝儀として、この二人に何か褒美となるような物を与えたいと思うんだけど、構わないかい?」
ホーリーの提案を聞いてきょとんとしてしまったペトルとツリーを見ながら、上司としての対応をするグラス。
「カーティス公爵家の次期当主の方が、こう言っておいでです。希望があるのなら申してみなさい」
「言うだけ言ってごらんよ。叶えられる要望なら応えるから。君達二人には、これから先も大切な妹が世話になるのだろうし」
「わ……私は、以前妃殿下が離宮の使用人達に振る舞われた『ワグリの砂糖漬』を、ま、また食べたいです。今まで生きてきた中で、一番美味しい食べ物だと思います!」
ペトルは両手をグッと握って力説した。普段身に纏っている緊張感のようなものは鳴りを潜めて、甘いものに目がない、年相応の女性らしさが現れている。
「ああ、あれね。私の両親も気に入った様子だったよ」
「国王陛下夫妻も関心を持っておられた。兄上は『ワグリ』の原木を入手して、王領での試験栽培を指示していたな。砂糖漬を作る職人を招くか、留学生を送り出すかで迷っているところだ」
「ウチの領でも栽培を検討しているよ。私も個人的に、東の大陸の食文化に興味を持ったし」
「そうか。なら兄上から協力要請があるやもしれん」
「カーティス公爵領は食糧生産量は勿論の事、食品加工技術に関しても誇れる高さを持っている。栽培・製造・販売と、初期に独占してブランドが確立できればウチにとっても利になるから、協力するのも吝かではないね。ローズの好む味の製品を造り上げて、王家に献上すれば……」
「兄上は文句など言うまいよ。栽培や製造を担ってもらえるのなら、出来上がるまでの間の輸入に傾注するだろう」
「いつ、とは確実には言えないけれど、妹を通じて離宮にも差し入れる事になるだろうから、その時を待っていてほしい」
「ハ、ハイ! ありがとうございます!」
ホーリーの言葉に、頬を赤く染め上げて、相好を崩しながら元気良く返事をするペトル。傍らで成り行きを聞いていたツリーは、色気より食い気な双子の姉を、残念なモノを見る目で一瞥した後、ホーリーの方を向いた。
ツリーの視線を受けて、ホーリーは笑顔で頷いて言葉を促す。
「私は、メイプル嬢との結婚を望みます」
「メイプル?」
「義姉上が嫁ぐ時にも連れてきた、侍女の事か」
「はい。そのメイプル嬢です」
「知り合い……なのかい?」
「はい! 以前、市でゴロツキに絡まれているところを助けてから、何度かデートを……痛ッ! 何するんだよペトル」
「『何するんだ』じゃないわよ! あんたね、私が天井裏に挟まってじっとしてなきゃいけなかった時に、随分といい御身分じゃないの」
「俺だって、ホラ、あれだよ。護衛の一環と言えなくもないよ、うん。お付きの使用人を籠絡して、手駒にする輩だっているし?」
「他ならぬあんたがそうなんじゃないの!? デートは仕事だったって、メイプルさんに言ってやろ」
「ちょっ……! 俺、彼女とは本気で――」
「失礼します」
低レベルな、素の姉弟ゲンカを始めたペトルとツリー。グラスはローレルとホーリーに深々と頭を下げた後、素早くペトルとツリーの首筋に手刀を添えた。
取っ組み合う寸前だった二人は、即座に姿勢を正してガバッと頭を下げた。
「「申し訳ございませんでした!!」」
ローレルとホーリーは、二人の謝罪を受けてそれぞれ苦笑いをする。
ローレルは自分と兄弟達――リンデン、アコナイト、年の離れた妹――の、どの関係にも当て嵌まらないペトルとツリーのやり取りを少々羨ましく思い、眩しそうに見詰めた。
ホーリーはというと、同じ姉と弟の双子だというのに、上手く関係を築く事の出来なかったローズとウィロウを思い浮かべて、悔恨の念がより強く表情に出ていた。
「今夜だけだよ、ここまで無礼講なのは」
少しだけ目を閉じて、気持ちを切り替えて微笑んだホーリーは、そう言うと三人の使用人達にウインクをした。
「皇太子妃付きとして、離宮に勤められているという事は、メイプル嬢は……」
「子爵家の出身だよ。確か三女だったはず。君は?」
「伯爵家の血筋らしいです。一応」
「生後間もなく孤児院に預けられていたようですが、父親は先代のオニール伯爵。母親は――今はもう貴族家として存在していない――男爵家出身の女性です」
「先代オニール伯爵って、あの……?」
「王家で把握しているだけでも二十人以上の子供がいる、あの、先代オニール伯爵だ。正式な妻はたった一人。その正妻との間に産まれた唯一の男子が、成人と同時にオニール伯爵家を継いだ。愛人と腹違いの兄弟姉妹を増やし続けられては困ると、先代は辺境に押し込められた形だな」
「この二人が城内に出入りする為に、神殿で両親まで記載された『オミクジ』の発行を受けた後、当代のオニール伯爵に身元の保証をして頂きました。既に確認されていた二十人以外の妹弟の登場に、頭を抱えていましたね」
「だろうねぇ……。一応貴族の出であるなら、そこまで難しくはないかな。勿論、すぐにという訳にはいかないよ。家同士の話し合いも必要だし、メイプルとツリー、二人の主は皇太子夫妻になるのだからそちらにも話を通さないと。まあ、まずメイプルの了承を得て二人の意志が固まっているのなら、私に出来る範囲で協力しよう」
「はい。ありがとうございます」
ローズ付きの侍女と、リンデン直属とも言える配下の縁組みなら、『少なくともリンデンは反対しないだろう』と、この部屋にいる全員が考える。
ローレルとホーリーは、何となく目を見交わしてワインを口にした。
「ワインとおつまみを、追加でご用意致しましょうか?」
「頼む。今夜はとことんまで呑むつもりだ。三人も交代で休憩を取ってくれて構わないから」
「畏まりました」
グラスが指示を出して、ペトルとツリーが空いた皿を載せたワゴンを押して退室し、追加の品々の手配の為に動き出していく。
「ホーリーが自慢するだけあって、カーティス公爵領のワインも美味いな」
「光栄でございます、ローレル王子。ま、今夜は特別だから。より一層美味しく感じるのかもね」
ホーリーの笑みに、ローレルも頷いて応える。二人共【酒精耐性】のレベルが高過ぎて、実は殆ど酒に酔う事が出来ないのだが、それでも心地好い気分になり、話が弾んでいくのだった。
読んで下さって、ありがとうございます。
・『オミクジ』→おみくじ(ステータス鑑定を転記した書類の通称)
元日本人の転生ドラゴンが命名。最初期は『吉凶』も記載していたが、現実になる為シャレにならないと即行で廃止。名前だけが残った。
通常は【鑑定】を受けるのも『オミクジ』の発行も、それぞれ有料(お賽銭)。開示情報、記載情報は任意で選択可能。
生後百日・一・三・五・七・十五(成人)歳の時は、一度だけ無料で【鑑定】を受けられる。未成年の内は良心的な料金設定。
平民は十歳になる前に働き始める子も多く、向き・不向きの傾向を把握する為に、親方や雇用主が料金を負担してマメに【鑑定】を受けさせる場合がある。
就職・転職はスキルで判断される事があり、提出は任意だが、『オミクジ』を出した方が有利。就労後にスキルが増えた場合は再提出をして、配置がえや、給料がアップする事も。雇用主からは履歴書がわりに重宝される。
王族・貴族が関わる格式高い職場では、身元保証の意味でも就労希望者は自主的に提出する。
王族籍・貴族籍への登録、名簿への記載は、生後百日・一歳・三歳に発行のいずれかの物を添えて王宮へ届け出る。(乳幼児の死亡率が高い為、登録の届け出は三歳までに、各家当主の任意で行われる)
市民登録には役所への提出が必須。
作中に触れた『両親の情報まで記載』の場合は、神殿への特別の申請と追加料金が必要。
※神殿が戸籍登録や住民情報の管理を行っているわけではない。徴税・徴兵に関わる訳でもないので。データの蓄積はあるが、国政とは距離をおいている。あくまでも発行のみ。
・『ワグリ』→和栗
・『ワグリの砂糖漬』→
栗甘納豆
日本ではデパ地下等で販売されている、なかなか高級なお菓子。美味。家庭用(自分用)には『壊れ栗甘納豆』がオススメ。甘いものが得意な方、アレルギーのない方はお試しあれ。
再び酒呑みながらダベる回。手書きでの初稿、携帯ポチポチの次稿の段階では会話続きで見辛かった。
気を抜くと『地の文』が戯曲の『ト書き』になるため、意識をしっかり持って描写を書き足すと、アラ不思議。
……なんか今話、そこはかとなく“腐臭”がしなくもない。
作者は、BL好きというワケではありません。
ローレルとホーリーも、そちらのシュミはない……ハズ。
バレンタインのネタでもありません。偶然です。やるのならローズとリンデンが出ないと。……って、また『ジャンル:恋愛』がいなくなってる。この先出てきます! 砂吐かすくらい大活躍(の予定)です! 今は稽古中なんです。
でも、妄想はご自由にどうぞ。おまかせします。




