032 初めての公務
★★★
ローズがリンデンの名実共に妻になり、ほぼ二人きりの休暇を満喫した後、夫婦揃って最初の公務に出るように言い渡された。
(いきなり謝罪ときたもんだ)
ローズは移動の馬車の中で、リンデンとローレルから話を聞いて頭を抱えてしまった。
『愛しのピーチが、悪しきブラックドラゴンの贄として、囚われている』
この情報を聞いたウィロウ、ヴァイン、トランク、リーフの『愉快な逆ハー達』は、互いに協力しあって監視や拘束を振り切り、『ダンソウの谷』のブラックドラゴンの神殿に殴り込みに行ったらしい。当然の如く返り討ちにあって、一人を除いて、『ヒロインんん』の目の前で命を落としたそうだ。
しかも、ウィロウやリーフが監禁先から逃走し、四人で王都を出たのは、ローズとリンデンの結婚式当日。何故、ローズに説明をするのも謝罪をしに行くのも、一ヶ月以上経過した今なのか。ローズは当然の疑問を口にする。すると、二人から意外な言葉が反ってくる。
「生き残った一人の怪我が回復した後で良い、と、シール様から直々のお達しだ」
「『リンちゃんさんはどうぞごゆっくり』と仰って、追加の衣装やアイテムを譲って頂きました」
(!? やはりか、あのマニアックドラゴンめ〜)
ローズは諸々を思い出して、ガックリと肩を落とす。
「まあ、どういう事なのかは、行って見れば解りますよ」
リンデンの言葉の後、馬車の中には沈黙が満ち、『ダンソウの谷』までは誰も一言も発する事なく進んで行った。
★★★
「初めまして。ピーチ・ローリーと申します」
「は?」
ブラックドラゴンの神殿に到着して、応接間に通された面々。公務自体は謝罪と聞いていたが、対面に座ったシールは怒ってなどはなさそうだった。
着席したシール、ローズ、リンデン、ローレルに神殿職員らしき女性がお茶を出す。彼女はシールに促されて自己紹介をして、名乗ったのが『ピーチ・ローリー』。あの『ヒロインんん』と同じ名前である。
彼女は桜色の髪の毛に桃色の瞳を持った、整った顔立ちをした女性だった。『ヒロインんん』が濃い桃色の髪の毛に桜色の瞳をしていたから、配色としては逆である。
印象としては、『ヒロインんん』が「カワイイ☆」なら、目の前の彼女は「清楚で可愛らしい」、『ヒロインんん』が「キャンプファイア」なら、彼女は「カイロ」だろう。なんとなく、ローズはそんな風に感じた。
「彼女こそが本物の、ローリー男爵令嬢のピーチです」
リンデンの言葉に、驚きと混乱の表情を浮かべるローズ。
ピーチ本人や周囲の補足の話を纏めると、次の通りになった。
とある商家出身の平民女性が、ローリー男爵家に使用人として働き始める。女性は当主の“お手付き”となり、正妻に睨まれてほぼ身一つで追い出された。流れ着いた集合住宅で女児を出産。『ピーチ』と名付けた。
(……。ここまでなら、言っては悪いけど“有りがちな話”だよね)
この話に出てきた『ピーチ』こそが、目の前の女性という事なのだろう。
ローリー男爵は、出ていった使用人がいたく気に入っていたらしい。その後の行方を探し出し、子供に対しては腹心の従僕を通じて養育費を払っていた。ただ、母親の方は正妻を恐れて、娘をローリー男爵家の関係者の目に留まらないよう気を付けていた。
そんなある日、名前、性別、年齢、髪と瞳の色が“ピンク”だと聞いていた従僕の前に、一人の女の子が現れて、ローリー男爵宛の言伝てを頼んだ――。
「それが『彼女』です。同じ長屋で産まれ育って、同じ年、同じ名前、よく似た目と髪の色。小さい頃は姉妹だと信じていた事もありました」
ローズはここまで聞いて、ふと疑問に思った。ほぼ同じ時期に似た色を持つ女児が二人産まれた。(だからと言って同じ名前を付けるか?)と気になって周囲に視線を向けると、シールが僅かに顎を引いた。
(『ヒロインんん』の母親に思うところがあって、敢えて同じ名前を付けたと考えた方が妥当か)
「昔は仲が良かったんです。けど家に定期的に出入りする人の事を聞いてきて、ローリー男爵家の人だと彼女が知ると、急に倒れて、三日三晩熱を出して寝込んだんです。起きれるようになってからお見舞いに行くと、急に怒り出して……。それ以来、疎遠になりました」
言いながら俯いて、悲しそうに目に涙を溜める女性。
『なんであんたが、ローリー男爵家の庶子なのよ!』
『なんで私がヒロインじゃないの!?』
『私の方がカワイイし、世界中から称賛され愛されるべきなのよ!』
『そうよ! ゲーム知識のある私こそが、この物語の主人公に相応しいわ』
『あんた、消えて? 今までご苦労様。後は私が上手くやっておいてあげるわ』
そう、理解の出来ない事を一方的に罵られて、大いに困惑したのだろう。
(『ピーチ』と『ローリー男爵』とピンクの髪と瞳で思い出したクチかな?)
(随分とまあ、堂々とした“ヒロイン乗っ取り”だ事)
(そうか。目の前の彼女こそが『真性・ヒロイン』なのか。これからは『ピーチ(真)』と心の中で呼ぼう)
ローリー男爵に言付けた内容は、『お父様のお役に立ちたいから、図書館で勉強をしたいです。入館の費用を工面して欲しいです』。
この言葉に感動したローリー男爵は費用を用立てて、自らも図書館へ足を運んだ。そこで出会ったピンクの髪と瞳を持つ少女――『ヒロインんん』が立場を乗っ取った瞬間である。
乙女ゲームの内容を知っているくらいだ。『ヒロインんん』はある程度の年齢に達していて、おそらくは元・日本人で、読み書きや計算、図書館の本を読むのに不自由しない知恵は備わっている。
この世界、一般社会の中では破格な存在だ。ローリー男爵は娘の活用方法を模索し、差し当り、自身の経営する商会で働かせようと考えた。だが、その話に待ったを掛けたのは『ヒロインんん』だ。
前世の知識や経験でも活用したのか、彼女は敢えてライバルの商会に入り込み、ローリー男爵側に有利になるように、内側から切り崩し始めた。
また、酒場の店員をしていた美貌の母親をも手駒として活用し、数年間、言い寄ってくる男達を手玉に取りつつ、情報入手やコネを作る。『ヒロインんん』なりに、将来、『女王』として君臨した際に、役立つとでも考えたのだろうか。隣国の宝飾品が好きな貴族のネタや、盗品の密輸を成功させる商人のツテなどはこの頃得たのだろう。
いよいよゲーム開始の時期が近付いてはいたが、『ヒロインんん』も『ピーチ(真)』も、光属性回復魔法は使えなかったそうだ。
ゲームではヒロインの説明に「珍しい光属性回復魔法の使い手」とあったが、この世界では瘴気の封印や中和の為に、『光属性魔力』はドラゴンや高位の精霊達に管理されていた。その為に使える人間は少なく、その使える人間も、幼少時から神殿に入る事が多かった。
図書館の文献で、その事実を知った『ヒロインんん』は激怒。万が一を考えて、『私のお情けで生かされている、ヒロインのなり損ない』を連れて、『私から不当に奪われている光属性魔力を取り戻す』為に、封印の要石を破壊。光属性の魔力と魔法知識をその身に取り込んだのだ。
「一昨年の春の事です。何年かぶりに彼女が突然現れて。働いていたお店の帰り、知らない男の人達に無理矢理馬車に乗せられて、この『ダンソウの谷』に連れてこられたのです。何を聞いても、一切説明をしてくれませんでした。無言のまま神殿内部を突き進み、一つの石碑の前で立ち止まり、古い杖を二人で一緒に握って、石碑を叩くように強要されました」
「魔法の効果を一時的に打ち消す特殊な魔道具でした。アーティファクト級だった為に、要石の破壊も可能となりました。二人の女性に取り込まれた光属性魔力は、回収しなけれはなりません。私はドラゴンの姿で追い掛けました」
「私……走り出した彼女に手を引かれて、引き摺られるように足を動かしました。だけど、目の前にブラックドラゴン――シール様が降り立った時、彼女に突き飛ばされたのです。体を打ち付けて、それがドラゴンの鋭いキバだとわかった時、あまりの恐怖に気を失ってしまいました」
「封印を放置出来ませんでした。一人だけでも確保した事を幸いに、彼女の意識のない内に、可能な限り魔力を抜き出しましたね」
「全部を一度に取り出してしまうと、私の命はないと言われました」
『ピーチ(真)』は、首と両手に付けられたリングを見せる。
「足首にも付けられています。これを通じて魔力を戻すのだそうです。私は、気を失っている間に大部分を取り出されたので幸いでした。日常は問題なく生活出来るからです」
「他の大陸の封印と同期して、魔力を取り戻しています。年に一度くらいですね」
「……何ていうか、とにかく痛くて辛いんです。生皮を剥がされるようなかんじで」
『ピーチ(真)』の言葉を聞いて、ローズ達は盛大に顔をしかめてしまう。
(アイタタタタタ……。聞いただけでいらん事想像しちまった。あれ? じゃあ)
「『彼女』は?」
ローズは両腕を摩りながら考え始め、つい声に出してしまっていた。
「この神殿内の一室にいます。同じようにリングを取り付けて、常に一定の量の魔力を抜き出しています」
「私には彼女の症状がよくわかります。要石を破壊してしまった為に、光属性の回復魔法が使えるようになったのですが、使ってしまったらその分を戻さなくてはならないのです。常に力が抜けて、ただ寝ているだけでも、体がしんどくて辛いんです」
「ローレル王子が以前、『神殿から抜け出す心配がない』と仰っていたのはその事ですか?」
「ああ。殆ど意識が朦朧とした状態で、力なく横たわっていた。生きている限り一生続くらしい」
「いいえ? 封印の状態に合わせて生かし続けるのですよ。リングが付けられている限り、神殿からは出られません。外せないし、切り落とす訳にもいかないでしょう。もし、自ら命を絶とうとした場合は、肉体も魂も全てを純粋な魔力に変換して一時的に貯蔵した後に瘴気を封印。手間暇がものすごくかかるし、決してラクになれるわけではないので、よく加減をして差し上げないとね?」
ローズとローレルの遣り取りに対して、シールは悪い笑みを浮かべたのだった。




