030 前日まで
★★★
『ガンバン』での友好式典から数日が経過し、ローズ達は漸く王都への帰路へとついた。
王都では魔物討伐の成功と両国の友好を祝して、王城までのパレードが行われた。
目玉は変異種オーガの巨大な魔石や、それらを討ち取ったローズと支えたリンデン。将来、国の守護の一翼を担うローレル第二王子と、婚約発表をしたばかりのフェザー王国の王女。また、二組の男女よりやや控えめに参列していたが、隣国の王子と高位貴族家の令嬢が二人で白馬に乗っている姿に、王都の民は溜め息を溢した。
一行は、沿道の民の歓声に応えながら王城へ向かい、王城でも各種の式典や催し物が行われる事になった。
ローズが参加した式典や行事は、その内のごく一部。それ以外の時はというと、離宮の一つでの軟禁だった。
(書類地獄……再び……)
しかも今回は、騎士団団長や魔術師団団長といった管理職が少ない。リンデンとローレルは王子としての公務、回復術師や近衛騎士としての務めもあった。
更に、炎の魔法と火属性魔石との関わり、今までに無かった『花火』の魔法など、ローズ自身に関わる報告も多々あった為、学園に行けず、家にも戻れない日々が続いた。
学園の方は、座学の単位は取得済み。実技は、魔物討伐と遠征の事後処理を行っている事を王宮が保証した為に単位取得と同義と見做し、卒業式典に参加するだけで良いと、有り難くて涙が出るコメントを頂いた。
(おかげで、『学生だから』の逃げが通用しない。最初の内は、リリー様達も手伝ってくれたけど、最近は皆様学園でそれもない)
(何故か離宮内に出入り出来て、今も手伝ってくれる女性冒険者のペトルさんと、彼女の弟さんとは仲良くなったけど)
(だけど最近は……)
「お寂しいのですか?」
離宮での軟禁生活にも付き合ってくれているメイプルが、休憩の為のお茶を差し出しながらローズに声を掛ける。
ローズは手を止めて、カップの中でゆらゆらと揺れるお茶に目を向ける。
フェザー王国の使節団が帰国の途につき、無事に国境を越えたとの知らせを、まるで待ち構えていたかのように、王都には鐘が鳴り響いた。
ローズは離宮の一室で、かつての婚約者の訃報を聞いた。経緯や詳細が気になったが、訊ねるよりも前に「変死の疑い有り」と騎士や兵士達に警備を強化されて、そのまま一切の関わりを許されなかった。
ローズが離宮に入ってから三ヶ月程が経ち、お妃教育の他、最近は魔術師団の書類や、リンデンやホーリーの仕事に関する書類も手掛けていた。
外部から許可を得て、面会に訪れてくれるのは両親と兄のホーリーくらいだ。アコナイトの死に生母である王妃や王妃の実家に関わりがあり、幾つもの貴族家が処分されている。と、家族からそれとなく匂わせる程度の情報だけがもたらされた。
喪に服する為、年末年始の多くの行事が自粛された。であるのに、いやだから反って多忙であるのか、ローズはリンデンと一ヶ月近く顔を合わせていなかった。王都とセレステブルー湖程の距離が離れていないのにも関わらず、だ。
「少しね。以前、お忙しいであろう時期にお痩せになられたから、気になるわ」
ローズはお茶に口をつける。添えられたのは、ローズが「大好き!」だと喋った和栗や豆の砂糖づけ。現在はドラゴン達経由でしか入手困難な輸入品で、ローズの為にリンデンが骨を折って手に入れてくれたのだろう事は推察出来た。
(寂しくないと言えばウソ。蚊帳の外状態なのもぶっちゃけ気に食わないし)
(こうも外部との接触を絶たれると、私の方が悪いみたいじゃない。ヤンデレ系監禁エンドじゃあるまいし)
ローズが脳内でぶつぶつ言いながらも、砂糖づけを口に運んで顔を綻ばせる様子を、メイプルはニコニコと見ていた。
ローズには秘されているが、夜這い目的で離宮に侵入しようとしたリンデンが撮み出された回数は、両手両足の指の数を優に越える。また、城内を出入りしている謎の冒険者――リンデンがローズの動向把握と警備の為に、態々“影”に育成させた女性間者だ――が、最近では離宮のメイドの任に就き、ローズの一日をリンデンに報告している。
自分から振った話題とはいえ、先程のローズの言葉を耳にしたら、リンデンがおイタをしに離宮に近付くのは確実だろう。注意喚起をして、これからの喧騒と攻防に備えなければとメイプルは思った。
全ては結婚まで清い身でいてもらう為。最初はグリム侯爵や一派がヤケを起こさないかを備えての事だったが、いつまで経っても警固を緩められないのは、リンデン自身が招いた事だ。
一連の行動をハレあたりが知ったら『ザンネン王子』と宣うた事だろう。
その後も結局、結婚式の為に仕立屋や準備をする人々、王城で国王陛下夫妻とお会いする機会はあっても、リンデンの姿は見る事さえ無かった。
(はっきり言って異常。ホントに結婚するのかさえ、疑問に思えるレベル)
ローズが、自分のこの先の人生に訝しさを覚えている間に、国立シード学園の卒業式を迎えた。
例年より規模を縮小された卒業式後の舞踏会で、婚約のアピールも兼ねてエスコートしてくれるリンデンと、久しぶりに再会した。
やけにギラついた瞳と、片腕ずつローレルとホーリーにがっしりと捕まえられている姿を見て、ローズは、これまでの疑問が一気に氷解したのを感じた。
(……現状把握。ゲームでは断罪イベント真っ盛りだったはずなんだけどな)
ローズが、リンデンの手を取るのを躊躇ったのは仕方ないといえよう。ゲームでは悪役令嬢を引っ立てる為に配置されていた騎士や兵士達は、第一王子の暴走に備えての熱視線を送るという、ある種異様な雰囲気の中、舞踏会は開催された。
ローズとリンデンは、卒業式から半月後に結婚式を挙げる予定である。一年喪に服すという話もあったが、国の内憂を忘却の彼方に追い遣り、国内外に王家の磐石さを明るい話題として提供する為、リンデンが相当動いたのだった。
ローズはリンデンと再会したのも束の間、喜びの感情が沸き上がるのよりも前に、結婚式の後まで“待て”を実行させるのに苦労させられるのであった。
★★★
学園の卒業式後は数ヶ月振りに実家であるカーティス公爵家に戻り、家族水入らずの時間を過ごした。
いよいよ、明日が結婚式――ローズが部屋でしみじみ考えていると、予め約束を取り付けていた友人が訪ねて来た。
「ようこそお越し下さいましたわ、オーキッド様」
「ご機嫌よう、ローズ様。本日はお会い出来て嬉しいわ。いよいよ明日ですわね」
「そうなのですけれど、今一実感が涌かなくて」
ローズは、オーキッドを応接室の一つで出迎えて、午後のお茶を楽しんだ。他愛ない話や学園の思い出、世情の事――翌日のパレードに向けて王都はお祭り騒ぎだそうだ。
「明日は気候にも恵まれるようで、良かったですわ」
「本当ですわね。先日から漸く暖かい日が増えてきて。もう一ヶ月先の方が、屋外でのパレードも良かったでしょうに。リンデン王子は余程お式を急ぎたかったのでしょうね」
「マア、ホホホ……」
ローズは扇子で口元を覆う。乾いた笑いしか出てこない。
オーキッドはそんなローズを見て、周囲に誰もいないのを確認して、頬をほんのりと赤く染めて、ローズに「ここだけのお話ですけれど」と小声で話始める。
「ローズ様はリンデン王子に、今でも大変愛されておいでですわ。来賓として王城に滞在中のファルコン王子に伺ったのですけれど。リンデン王子は昨年とてもお忙しく活動されていて、その報奨として一ヶ月程の休暇を陛下に願い出て、陛下に許されたそうです」
「休暇ですか」
ローズが「それは良い事ですね。リンデン王子もお体を休める必要があるでしょう」とか何とかなセリフを続ける前に、オーキッドは爆弾を落とした。
「休暇は結婚式の翌日からだそうですわ。誰にもジャマをされずに、ローズ様と睦まじくお過ごしになる予定だと、ファルコン王子に語ったそうです」
(なん……だと……。ナニソレ、コワイ)
ローズが言葉も無く固まっていると、オーキッドは少しだけ困った様な表情で微笑み掛ける。
「私が本日、ローズ様にお会いしに来たのもお別れの挨拶の為です。ファルコン王子の帰国に合わせて、フェザー王国へ赴く事になりました。半年か、一年か、あちらの王宮で過ごしてから、結婚する事になりますわ。今日、ゆっくりお話出来て本当に良かったです。ローズ様、どうか末長くお幸せに」
「オーキッド様……。ありがとうございます。明日、式の後にブーケをお渡し致しますわ」
「ブーケ?」
「……ドラゴン様達が仰っていたのです。花嫁のブーケを受けとると、次に幸せな花嫁になるそうです」
「まあ! 素敵!! そうお聞きしたら、是非ともローズ様からブーケを受け取りたいですわ」
ローズとオーキッドはそれから二、三言葉を交わした後、ハグをして別れを惜しみ、オーキッドはカーティス公爵家を辞したのだった。




