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精霊と転生娘  作者: hachikun
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結末

 彼女のいた村が異常に気づいたのは翌日だった。

 その、便宜的にシロと呼ばれていた名無しの娘は末席の奴隷だったが、村長宅の長男と次男に目をつけられている事は関係者の多くが知っていた。だから夜伽(よとぎ)に連れていかれたのだろうと不在を誰も気にしなかったためだ。少女自身がそれを嫌がり再三にわたって逃げ回っている事も知られていたが、所詮は奴隷の小娘である。逆らえるわけがないし、性奴隷は侮蔑を受ける立場とはいえ生活の不自由はなくなる。彼女はしばしば食事をとりそこねる事があったので、その方が幸せだろうし、馬鹿な娘じゃないからすぐ慣れてしまうだろうと誰もが考えていた。

 明らかになったのは翌日のこと。シロが戻る気配もないので現場担当が念の為、このまま屋敷に彼女をひきあげるのかどうかの確認をとろうとした事から事態が発覚、脱走だと大騒ぎになった。

 奴隷を多く抱える村にとり、脱走成功者が出るのは大変好ましくない。捜査は村長の息のかかる有力者や外から雇った者たちも加え大規模なものになった。だが当日の夕刻に綿花畑で座り込んでいるのを見たという証言がひとつ得られただけで……その者は実際には少女を突き飛ばして収穫物を奪ったのだが、もちろん彼女はそれを告げなかった。言ったら最後、彼女が脱走の原因に一枚噛んだと思われかねないからだった。彼女は、つまらない事で脱走した少女に内心舌打ちし、野犬か魔物の群れにでも嬲り殺されていればいいのにと本気で願った。たかが綿花をちょっと盗ったくらいで叱責される謂れはないし、その程度で脱走するなんて馬鹿じゃないの、程度にしか考えていなかったのだ。

 結局、7日後に捜索は打ち切られた。誰ともなく「少女が魔物に襲われる悲鳴をきいた」などの証言がわらわらと湧き始めたからだ。これ以上たかが奴隷一匹のために皆の労力を割く必要はないと考えた誰かと、

脱走しようとしても魔物に殺されるだけだという噂をまけば逃げ出す者は最低限にできるだろう、という誰かの思惑の交錯した結果だった。

 そうして、少女ひとりが欠けただけで村は元の生活に戻る、はずだった。

 

 少女がふたりの精霊に連れ去られて十六日ほどが過ぎた日の事だった。

 空は晴れていた。ところどころに薄い雲もあったが陽光を遮るようなものではなく、多くの奴隷たちも畑で汗を流していた。それを監督する者たちも普段通りにのんびりと、あるいは少女を打ち据えていた者は新たな別の嬲る対象に目をつけて……と、客観的にはともかくその村の世界観の中に限定すれば、いつも通りの日常が戻っていた。

「ん?」

 ふたりの村の門番は、唐突に現れたひとりの少女に眉をよせた。

 少女は魔法使い、それも希少と言われる精霊魔法使いの衣装をまとっていた。精霊織りと俗に呼ばれる人の手によらない衣装は不思議な存在感をもって少女を包んでおり、周囲に乗り物も何もないうえ素足なのに汚れてもいない足元など、見ればみるほど非現実の塊だった。

 いや、それ以前に、

 この者は、いつからそこにいた(・・・・・・・・・)

 この村の周囲は一面の畑だ。どの方向から来ようとこの晴天下で「誰にも見られない」なんて事は絶対ありえないはずだった。

 なのにどうして?

 冷静に考えれば、精霊魔法使いならそのくらい不思議じゃないと思ったかもしれない。だが突然の事に動転した門番たちはたちまち警戒した。不審なものや危険なものが現れた時のセオリーとして、ひとりが即座に背後の鐘を蹴りつける。のどかな田舎とはいえ大型動物や魔獣の出現は時々あったから、見張りにつくような者は反射的にそれを行うよう習慣づけられていたからだった。

 派手な金属音が鳴り響き、その音から南門の鐘と気づいた男たちが南門に殺到しはじめるのに大した時間はかからなかった。

「……」

 そのあいだ、少女は静かに微笑みながらじっと待っていた。

 村には魔法の心得のある者は誰もいなかったが、少女の異様な気配くらいは感じ取れた。それは少女の強大な魔力に精霊のそれがまじり、色づいたための事だった。そういう気配を発する魔法使いは大抵が精霊魔法の使い手だと言われていたので、彼らは少女を力ある精霊魔法使いだろうと認識はしたのだが、まとう雰囲気があまりにも異様なので近づく事も声をかける事もできずにいた。

 艶かしい、少女らしからぬ輝きを放つ瞳と唇に、何人かの男は息をのんだ。

 まとっている衣装はローブに似たものでありプロポーションを強調するようなものではない。だがそれにも関わらず、男たちは少女の首から下がなんとなく想像できるような気がしていた。そこにあるのはおそらくこの世ならざる蠱惑の肢体であると、漠然とだが確信していた。

「ん?シロ、まさかシロか?」

「!?」

 男たちの背後にいた少年が、何かに気づいたように声を荒げた。

「シロ?わたしの事?」

 不思議そうに首をかしげる少女。

 だが男たちも、そして少年も少女の言葉なんて全く聞いていなかった。そういえばと少女の顔を見、半月ほど前にいなくなった奴隷娘の面影を重ねる。覚えている者は「そういえば」などと顔を見合わせた。

 しかし誰も足を踏み出そうとしない。確かに知っている少女によく似ているが、村では見た事もない精霊魔法使いの装束姿と、あつらえたようにそれが似合っている少女の姿に気圧され、近づく事ができなかったからだ。

 その沈黙を破ったのは、またしてもさきほどの少年。 

「何やってんだおまえ!ふざけんなこっち来い!」

 つかつかと皆をかきわけて踏み出し、少女の腕を捕まえようとした。が、

「うわっ!」

 突然に少女のまわりで光の膜がきらめいてたかと思うと、少年は背後の男たちに向けて突き飛ばされた。

「ば、馬鹿野郎なにしやがるっ!」

 少年は気づいていない、少女が手も触れていない事に。むしろ周りがあわてた。

「いけねえ坊ちゃん魔法だ!近づいちゃダメです!」

「な、ま、魔法?」

 呆然としたように少女を見て、

「ふざけんな!シロだぞ?あいつ魔法なんか使えるわけ……あ、そういう事か」

 なるほどと納得したようにポンと手を叩く。

「そうか、そのへんな衣装のせいか!なるほどなぁ。どこで手に入れたか知らないが、へぇ。やるじゃないかシロのくせに!」

 くっくっと下劣な笑いを浮かべると、改めて少女に向けて足を踏み出した。

 だが、やはり進めない。

「あつっ!こらシロてめえ!何妨害してやがる!自分が何やってるのかわかってんのか!?」

 少年は村長の息子のひとり。彼が言うように少女がシロならばご主人様という事になる。

 だが、少女は小さく首をかしげた。

「わたしはナツメ、異界渡(いかいわた)りのナツメ。精霊術師よ。シロって誰のこと?」

「異界…!?」

 周囲にざわめきが起きた。

 そのざわめきを何故か目を細めてみた少女……ナツメは、小さく微笑んで言った。

「警告にきました。村の皆さん」

「警告?」

 門番のひとりがつぶやくと、ナツメはその門番を見て小さく頷いた。

「今夜にも、この村を大型魔獣の群れが襲います。全ては蹂躙されて何も残りません。今なら身一つで近郊の村に避難できるでしょう。お急ぎなさい」

「はぁ?」

 背後にざわめきが広がったが、少年は逆に眉をよせた。

「は、ふざけてんのかシロ!てめえ、どこまでご主人様をコケにすりゃ気がすむんだ?ああ?」

「信じるかどうかは、あなたたちの」

 あなたたちの自由とナツメは言おうとしたのだが、激怒した少年の声がそれを遮った。

「このへんはなぁ、向こう半径半行程(はんリーグ)に渡って大型魔獣なんて1頭もいやしねえんだよ!ンな事も知らねえのかこの間抜け!仮にそれを抜けたとしても、まわりは平原だらけだ!大型魔獣の群れなんていたら遥か彼方からでもわからぁ。フカシこいてんじゃねえぞ馬鹿野郎!」

「……そうね」

 ふふ、とナツメは笑った。それは先刻の微笑みと違い、普通に人間臭い……どこか暗さを秘めた笑いだった。

「警告は以上です。わたしは旅の途中ゆえ、これにて失礼いたします。では」

 そこまで言うとナツメは一瞬言葉を切り、

「……」

 ぼそっと何か異国語のような言葉をつぶやくと小さくお辞儀をし、くるりと踵をかえした。

「まてコラ!奴隷の分際でどこに行……く……」

 行くつもりだ、と続けようとした少年の声が小さくすぼんだ。

 なぜなら歩き去るナツメの姿が幻のようにゆらぎ、そして消えてしまったからだ。……そう、まるでいっときの白昼夢のように。

「……」

 唖然とした面々の中で、意味のない誰かの声が小さく響いた。

 ふうっと、一陣の風が吹き抜けた。



 ◆◆◆◆◆



「うぇぇぇぇ、き、ききききき緊張しました!」

「うふふ、ごくろうさま」

 だんだん村が遠くなってきて、ようやく肩の力が抜けた。

 精霊術により姿が見えないのはわかっているんだけど、こっちからはバッチリ見えているわけで心臓に悪いことこのうえない。へろへろになりそうなわたしは左右を風の精霊様と水の精霊様に挟まれ、ほとんど謎の宇宙人状態だった。いや、この世界にいるかどうか知らないけどさ、宇宙人。

「それにしても」

「なぁに?」

「足の感触が不思議です。ちゃんと土を踏んでるのにちっとも痛くならないの」

 ここしばらく、まともに歩くどころか幽閉状態に近かったからなぁ。こんな砂利道を素足だと痛くて仕方ないはずなのに。

「風の防御が常にかかっているからな。見えない靴を履いているようなものだと思えばいい」

「おー」

 土の感触だけはちゃんと伝わってくるのがなんとも。

「でも、あれでみんなわかってくれるのかな?逃げ切れない子とか出るんじゃないかなぁ?」

「そうだな。知らせないよりは全然違うのは間違いないが、どちらにしろゼロというわけにはいかないだろうな」

 風の精霊様が当然のように返してくる。

「だがナツメ、今彼らを助けるのはまさに愚の骨頂だぞ?話した通り」

「はい。わかってます」

 襲ってくる魔獣たちは本物だ。

 西方で教会が大聖堂をたてるため、大森林で討伐戦をやったらしい。森ひとつ焼き払って大聖堂をたて町を作るという非常識さにも耳を疑ったが、教会にとって自然界なんてのは神が人間のために用意したものという認識でしかないから、そんなものなのだ。たまに自然の保護を訴えるものもいるらしいが、その者たちにしても人間上位の上から目線なのは少しも変わらず、精霊様たちも不愉快な思いをした事が何度となくあるらしい。

 話を戻そう。

 ところが、彼らの予想以上に大量かつ強力な魔獣がいたために殲滅するどころか自分たちが全滅させられそうになったらしい。で、幻を使って魔獣たちの何割かを人口の少ない東の平原に誘導したのだという。勢いのついた彼らは人間の早飛脚ほどのスピードで東に進んでしまっているのだという。

 風の精たちからその『風のうわさ』を受け取ったのが昨日の朝。

 進行方向にある村に教会からの知らせはない。どうやら途中に存在し巻き込まれる小村たちには何も知らせてないらしい。どうせ全滅するだろうと考え、大聖堂建設のための尊い犠牲と慰霊祭をすればいいだろうというのが言い分なんだという。

 むちゃくちゃだ。中世のキリスト教かよ!

 だから、わたしが警告した。

 警告のタイミングを測ったのは風の精霊様。村ごと移動する時間はないが、身一つで逃げる事なら可能なくらいのタイミングで伝えなさいと強く勧められたんだ。理由は簡単。

 親のない子を村長預かりという形で無償労働させ、村の共有奴隷のように扱う。それは大災害の復興時などに一時的に認められる事があっても平素続ける事はこの国でも違法。村という閉鎖社会を使って運営されていたそれは村の中でしか当然通用しない。他の村は今まで見てみぬふりをしていたそうだけど、さすがに自分たちの村で同じ事を始められたら迷惑どころじゃすまないわけで、問題を避けるためにただちに通報。村長たちを国の査問にかけ奴隷にされていた人たちは開放するだろうと。

「もう君とはなんの関係もない場所だが、それでも生まれ育った場所だし憎からぬ人だっていないわけではないだろう。だからお別れがてら君自身で警告する事を薦めたわけだが」

「はい」

「で、ナツメ。ちゃんとお別れはしたの?」

「はい。さようならを言いました」

「?」

「日本語の別れの言葉です。たぶん誰も理解してくれなかったでしょうけど」

「……そう」

「水の精霊様?」

「なんでもないわ。ふふ、よく頑張ったわね」

「いえ、その……どうも」

 子供のように頭をなでられた。

 どうやら、わたしの日本語の挨拶の意味……別れを告げたい人が誰もいなかった事を理解し、しかも悲しんでくれたらしい。

 こういう気遣いは水の精霊様のほうが得意なのよね。やはり属性による特徴なのかな?

「さて、できればのんびりと徒歩も悪くないのだが、忘れられた神殿までとりあえず飛ぶか。このあたりをのんびり進んでいたら魔獣の先遣隊が来てしまうかもしれない」

「そうね。行きましょうナツメ?さ、飛んでごらんなさい」

「はい、お姉様方(ファティミラーナ)。……風よ、わが翼となれ」



 ◆◆◆◆◆



 ソルティアッガ地方の歴史の中でも暗黒時代と言われる唯一神教団支配下時代であるが、いくつかのきらめく希望も記録として残されている。有名なところでは唯一神教団を打ち倒し排除に成功した英雄ファルガが知られているが、戦いにはほとんど顔を出さないが民間伝承ではおなじみの存在として、自ら異界渡りを自称した精霊母ナツメ・ナガサカの事も忘れてはならないだろう。

 界渡りとして小さな村に生まれたと言われる彼女だが、風精霊アルコと水精霊メルサの手により唯一教団から逃れた彼女は同精霊たちと純潔の契約を結び半精霊の精霊魔術師となった。彼女は戦いが壊滅的に苦手であり戦役ではほとんど役たたずであったのだが、元々強かった魔力は半精霊となり修行を重ねるたびにおそろしいほどに濃厚かつ強大になっていき、彼女のそばにいるだけで癒しがかかるようにまでなってしまった。戦役には参戦していないが医療部隊の知り合いに引きこまれ戦争中は同部隊のマスコット状態になっており、彼女のいる部隊を守るとなれば兵士たちは進んで命をかけたという。ついた2つ名は「心優しき小さな巨人」。その名が示す通り子供のように小柄だったという。

 後に彼女は正式にこの二精霊の手引きと精霊王の導きにより人を捨て、空前絶後の界渡り精霊となったというが、以降は人間界の足あとが途絶えてしまうので詳しい事はわかっていない。ただ人を捨てた事で現在も生存しているとも言われており、異界渡りの者が精霊魔法の習得を試みるなら、一度は尋ねるべき存在であるとされている。


(おわり)


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