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3. メリットがあることは、正当化の証明ではない

 物事を評価するとき、多くの人は「メリットがあるかどうか」を重視する。


 それ自体は間違っていない。


 メリットがまったくない政策や事業であれば、そもそも検討する価値が低いからである。発電事業であれば、どれだけ電力を生み出せるのか、どれだけ費用を抑えられるのか、どれだけ環境負荷を減らせるのかは、当然見るべき項目である。


 しかし、ここで一つ大きな落とし穴がある。


 それは、メリットが存在することと、その事業を正当化できることは別だという点である。


 これはメガソーラー問題を考えるうえで、最も重要な前提の一つである。


 太陽光発電には、たしかにメリットがある。発電時に二酸化炭素をほとんど排出しない。燃料を燃やす必要がない。設置後は日射があれば発電する。燃料輸入に頼らず、一定量の電力を作ることができる。屋根上や既開発地に設置する場合には、空間の有効活用にもなり得る。


 これらの利点は否定する必要がない。


 むしろ、正しく認めるべきである。


 太陽光発電に利点があることを無理に否定すれば、批判そのものが雑になる。事実として存在するメリットを認めない批判は、反対のための反対に見えやすい。


 しかし、そこで議論を止めてはいけない。

 問題は、そのメリットが、デメリットを上回るかどうかである。


 さらに言えば、そのデメリットが一時的なものなのか、長期的なものなのか。可逆的なのか、不可逆的なのか。特定の事業者だけが負担するのか、地域社会や将来世代に押し出されるのか。そこまで見なければならない。


 たとえば、ある事業に「電気を生み出せる」というメリットがあるとする。


 それは確かに利点である。


 しかし、そのために山林を切り開く必要があるならどうか。


 斜面を造成し、雨水の流れを変え、土砂災害リスクを高める可能性があるならどうか。


 景観を壊し、生態系を分断し、地域住民に不安を与えるならどうか。


 設置後に草刈り、清掃、点検、修理、盗難対策、災害復旧、廃棄処理が必要になるならどうか。


 二十年後、三十年後に事業者が撤退し、撤去費用や廃棄物だけが地域に残る可能性があるならどうか。


 この場合、「電気を生み出せる」というメリットだけでは足りない。


 その電気は、背負う負担に見合うものなのかを問わなければならない。


 ここで重要なのは、メリットとデメリットが同じ性質ではないということである。


 メガソーラーのメリットは、比較的数値化しやすい。


 発電容量、年間発電量、売電収入、二酸化炭素削減量、投資回収期間。これらは数字として示しやすい。企業の資料や行政の説明でも扱いやすい。


 一方で、デメリットは数値化しにくいものが多い。


 森林が持っていた保水力。

 地域の景観。

 住民の不安。

 災害時の復旧負担。

 将来の廃棄リスク。

 盗難対策の社会的コスト。

 供給網依存による安全保障上の弱さ。

 事業者撤退後の管理責任。

 土地が元に戻らないことによる長期的損失。


 これらは、簡単には数字にできない。


 だからこそ、軽視されやすい。


 しかし、数値化しにくいから重要でないわけではない。


 むしろ、数値化しにくいリスクほど、後から大きな問題として現れることがある。


 メガソーラー推進論でよく見られる弱点は、数値化しやすいメリットだけを前面に出し、数値化しにくい負担を脇へ追いやることである。


「これだけ発電できます」

「これだけCO₂を削減できます」

「これだけ再エネ比率が上がります」

「地域に収入が入ります」

「企業の脱炭素に貢献します」


 これらは、すべてメリット側の説明である。


 しかし、それだけでは不十分である。


 本来は、同時にこう問う必要がある。


 その発電量は、山林を削るだけの価値があるのか。


 そのCO₂削減量は、森林機能の喪失や土地改変を正当化できるのか。


 その収入は、災害時のリスクや将来の撤去費用まで含めても地域にとって利益なのか。


 その企業の脱炭素実績は、地域住民や将来世代の負担と釣り合うのか。


 その再エネ比率の上昇は、安定供給や安全保障の観点から見ても合理的なのか。


 ここまで問わなければ、評価としては片手落ちである。


「メリットがある」という言葉は、しばしば議論を止めるために使われる。


 たしかにメリットがある。

 だから進めるべきだ。

 反対するのはおかしい。

 時代に逆行している。

 環境を考えていない。

 このような流れである。

 しかし、これは論理として粗い。


 メリットがあることは、検討の入口であって、結論ではない。


 メリットがあるからこそ、次にデメリットと比較しなければならない。


 そして、その比較において、どちらが重いのかを判断する必要がある。


 たとえば、薬には効能がある。


 しかし、副作用が重すぎれば使えない。


 橋を架ければ便利になる。


 しかし、建設費や維持費、災害リスクが大きすぎれば見直す必要がある。


 道路を作れば交通は改善する。


 しかし、自然破壊や住民移転の負担が大きすぎれば、別の選択肢を考えるべきである。


 同じように、メガソーラーにも発電というメリットがある。


 しかし、そのメリットが、土地改変、災害リスク、保守負担、盗難リスク、廃棄責任、供給網依存を上回るかどうかは、別途検証しなければならない。


 さらに問題なのは、メガソーラーのメリットとデメリットが、同じ主体に発生しない場合があることだ。


 発電事業者は売電収入を得る。

 施工業者は建設で利益を得る。

 部材輸入業者は設備販売で利益を得る。

 土地所有者は賃料を得る。

 投資家は利回りを得る。

 一方で、地域住民は景観変化や災害不安を抱える。

 自治体はトラブル対応や将来の管理問題を抱える。

 将来世代は撤去や廃棄の負担を背負う可能性がある。

 社会全体は、供給網依存や防犯コスト、災害復旧リスクを抱える。


 このように、利益を得る者とリスクを負う者が一致しない場合、単純な「メリットがあります」という説明は危険である。


 誰にとってのメリットなのか。

 誰がデメリットを負うのか。

 利益は短期なのか長期なのか。

 負担は可逆的なのか不可逆的なのか。

 失敗した場合、誰が責任を取るのか。


 これらを問わないまま進められる事業は、社会全体にとって合理的とは言えない。


 メガソーラーの問題は、まさにここにある。


 発電というメリットは見えやすい。

 脱炭素という看板も掲げやすい。

 再エネ比率という数字も示しやすい。

 企業の環境対策としても説明しやすい。


 しかし、その裏側にある国土改変、保守労働、災害時の脆弱性、盗難対策、将来廃棄物、海外部材依存、利権構造は、見えにくい。


 見えにくいからこそ、意図的に見ないふりをされることもある。


 そして、見えにくい負担は、後になって現れる。


 設置時には美しい説明が並ぶ。


 だが、十年後にはパワーコンディショナーの交換が必要になる。


 二十年後にはパネルの劣化が問題になる。

 台風や火山灰や豪雨が来れば、清掃や修理や点検が必要になる。


 ケーブルが盗まれれば、発電は止まり、復旧費用が発生する。


 採算が悪化すれば、事業者が管理を怠る可能性もある。


 撤去費用が不足すれば、地域に設備だけが残される可能性もある。


 このとき初めて、設置時には見えなかったデメリットが表面化する。


 だから、メガソーラーを評価するなら、最初から出口まで見なければならない。


 設置した瞬間だけを見るのではなく、運用期間全体を見る。


 平時だけを見るのではなく、災害時を見る。


 発電している時期だけを見るのではなく、壊れた時と終わった後を見る。


 事業者の利益だけを見るのではなく、地域と将来世代の負担を見る。


 これが、本来の政策評価である。


「メリットがあるから進める」というのは、半分の議論でしかない。


 メリットがある。


 では、そのメリットは、どのデメリットを引き受けるだけの価値があるのか。と問うべきである。


 メガソーラーの場合、この問いへの答えは簡単ではない。


 日本は、国土が狭く、森林が多く、山地が多く、災害も多い。


 その環境で、広大な土地を必要とし、天候に左右され、保守と廃棄を必要とする発電設備を大量に置くことは、本当に合理的なのか。


 この問いに答えないまま、「再エネだから」「CO₂が少ないから」「メリットがあるから」と言って推進するのは、あまりに危うい。


 メリットは、正当化の材料にはなり得る。


 しかし、メリットの存在だけでは、正当化の証明にはならない。


 正当化には、比較が必要である。

 負担の検証が必要である。

 代替案との比較が必要である。

 失敗時の責任設計が必要である。

 将来の撤去と廃棄まで含めた評価が必要である。


 そこまで示して初めて、メガソーラーを進めるべきかどうかを語る資格が生まれる。


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