初対面
昼下がり。
外遊びの時間が終わって、教室に戻ってきた頃。
「ねえ、その髪さー」
一人の男の子が、茉白の後ろに立つ。
「なんか派手すぎじゃね?笑」
くすくす、と周りもつられて笑う。
茉白は一瞬きょとんとして——
すぐに、むっと眉を寄せた。
「べつにいいでしょ」
少し強めの声。
でも怒鳴るほどじゃない、我慢してる感じのトーン。
「だってさー、女の子ってもっと普通じゃん?」
「知らないし」
ぷいっと顔をそむける。
髪をいじられるのも、笑われるのも、好きじゃない。
それでも、泣くほどじゃない。
ただ、ちょっとだけ、胸の奥がざわっとする。
⸻
そのやり取りを、少し離れたところから見ていたのが海人だった。
「おい」
急に割って入る声。
「なんだよ」
「別にいいだろ、そのくらい」
軽い口調。でも、どこか引かない感じ。
「え、なに?かばってんの?」
「ちげーよ」
即答。
でも視線は、一瞬だけ茉白の方に向く。
「ただ、くだらねーって思っただけ」
男子は「は?」って顔をするけど、海人はもう興味なさそうに肩をすくめる。
「ほら、先生来るぞ」
そう言って、強引に話を終わらせる。
⸻
静かになったあと。
茉白はちらっと海人を見る。
(……なんなの)
助けられた、とは思ってない。
でも、さっきの空気が少しだけ変わったのはわかる。
海人はもう別の子と話していて、こっちなんて見ていない。
(変なやつ)
そう思って、また前を向く。
⸻
まだ名前も呼ばない距離。
ただ少しだけ、
「知らない誰か」から「ちょっと気になるやつ」になった瞬間。
午後のお昼寝の時間。
カーテンが少し閉められて、教室は薄暗い。
子どもたちは、それぞれの布団に入って、少しずつ静かになっていく。
茉白は仰向けで、ぼーっと天井を見ていた。
(ねむくない)
目を閉じても、なんだか落ち着かない。
さっきのことが、少しだけ残っている。
髪のことを言われたことよりも——
(……なんなの、あいつ)
あの男の子。
名前も知らない。
でも、声だけはやけに残ってる。
「別にいいだろ、そのくらい」
思い出して、少しだけ眉をひそめる。
助けられた、と認めるのはなんか違う。
でも、嫌な感じもしなかった。
(変なの)
小さく寝返りをうつ。
⸻
一方、少し離れた場所。
海人はうつ伏せのまま、全然寝る気配がなかった。
(ねみーけど、ねれねぇ)
ぼんやりしながら、視線を横に流す。
ふと見えたのは——
少し離れたところで寝返りを打つ、あの女の子。
(あいつ)
名前はまだ知らない。
でも、さっきの顔は覚えてる。
むっとした顔。
でも泣かなかった。
(ふーん)
それだけ思って、目を閉じる。
興味があるわけじゃない。
ただ、なんとなく印象に残ってるだけ。
⸻
静かな時間。
誰も喋らない。
でも、
同じ空間の中で、
少しだけ、お互いの存在が引っかかり始めている。
⸻
数分後。
「……ねぇ」
小さな声。
茉白の隣の子が、こそっと話しかけてくる。
「さっきの男の子、知ってる?」
「知らない」
即答。
「けっこう有名だよ、あの子」
「なんで?」
「すぐ走るし、よく怒られてるし」
くすっと笑う。
「あとね、なんか元気すぎる」
茉白は少しだけ黙る。
(……ああ、たしかに)
納得はする。
でもそれを口には出さない。
「ふーん」
興味なさそうに返して、目を閉じる。
⸻
でも、頭の中では、
“元気すぎるやつ”の顔が、ほんの少しだけ残っていた。
⸻
まだ名前も呼ばない。
まだ関わらない。
でも確実に、「ただの他人」ではなくなってきてる。




