教皇は、無慈悲なゲームマスターです
『――やれやれ。少し目を離した隙に、随分と派手に散らかしてくれたね』
鈴を転がすような声が降ってくる。
完全に修復されたホールの虚空に、一人の少年が浮いていた。
透き通るような白髪。宝石のような瞳。
背中には、天使の羽ではなく、無数の「モニター」が後光のように展開されている。
アガルタの支配者。教皇メサイア。
「貴様が……教皇か」
アルトは鉄パイプを突きつけた。
だが、メサイアの反応は予想外だった。
彼は空中で気だるげに胡座をかき、モニターの一つを指先で弾いた。
「あー、はいはい。……『侵入者検知』のアラートね。確認しましたー」
抑揚のない、マニュアルを読み上げているような声。
神の威厳など欠片もない。そこにあるのは、深夜のコンビニバイトのような「ダルそうな」雰囲気だけだった。
「システム・オールグリーン。……損壊エリアの『再構築』完了っと。……あー、めんどくさ」
「……は?」
アルトが眉をひそめる。
「おい、何とか言えよ。俺たちはここを……」
「あー、お客様ー。困りますー」
メサイアが、棒読みで遮った。
「現在、このエリアは『関係者以外立入禁止』となっておりましてー。許可なき侵入は『利用規約(EULA)』違反なんですよー」
「あぁ!?規約だァ!?」
「はいー。お客様のIDは既に『凍結(BAN)』されておりますのでー、速やかにご退場くださーい」
ピロン♪
空中に【AccessDenied】のウィンドウが表示される。
完全に、話の通じない「カスタマーサポート(サポセン)」の対応だ。
「ふざけんな!こっちは世界を救いに来たんだぞ!話を通せ!」
「あー、そのご要望につきましてはー」
メサイアは、虚空から分厚いファイル(マニュアル)を取り出し、パラパラとめくった。
「……えーっと、『世界を救いたい』、と。……はい、検索結果が出ました」
彼はニッコリと、営業スマイル(貼り付けたような笑顔)を浮かべた。
「大変申し訳ございませんが、そのご要望は現在のバージョンの『仕様外』でしてー。サポート対象外となりますー」
「仕様外……だと……?」
「はいー。世界の滅亡は『確定事項(仕様)』ですのでー。変更をご希望の場合は、次回の『天地創造』をお待ちくださーい。……あ、予定は未定ですけど」
あまりの塩対応。
人類の存亡を、アプリのバグ報告くらいにしか思っていない。
「この……役立たず運営がァッ!!」
アルトの堪忍袋の緒が切れた。
彼は鉄パイプを振りかぶり、メサイアに向かって投げつけた。
ヒュンッ!!
鉄パイプがメサイアの顔面を捉える――直前で、ピタリと止まった。
見えない壁に阻まれたのではない。メサイアが「カーソル」を合わせて、鉄パイプを摘まんだのだ。
「おや?……削除できない?」
メサイアが首をかしげる。
彼のナノマシンは、この世界の「設計図」にあるもの全てを管理・消去できるはずだ。
だが、アルトが投げた鉄パイプは、スラムのゴミ山から拾ったガラクタ。
設計図に載っていない「管理外のゴミ」だ。
「ふうん。……『未登録アイテム(バグ)』か」
メサイアは興味深そうに鉄パイプを眺め、そしてポイ捨てした。
「ま、いっか。バグ報告として処理しときますねー。……修正パッチが当たるまで、放置でーす」
「放置すんな!仕事しろ!」
「あー、お客様ー。大声を出されますと『威力業務妨害』で通報しますよー?」
暖簾に腕押し。糠に釘。
アルトは頭を抱えた。こいつはラスボスじゃない。
もっと厄介な、「思考停止したマニュアル人間(AI)」だ。
「……社長。会話が成立していません」
「ああ、分かったよ。……こいつには『言葉』も『理屈』も通じねえ」
アルトは、鉄パイプを拾い直し、冷徹な目でメサイアを見据えた。
クレーマーの魂に火がついた。
「おい、サポセン。……責任者を呼べ」
「えー?私が最高管理者ですけどー?」
「なら、お前の『本体』はどこだ?……電話じゃラチが明かねえ。本社(中枢タワー)に乗り込んで、直接クレーム(物理)を入れてやる」
アルトの殺気に、メサイアが初めて反応した。
営業スマイルが消え、少しだけ人間らしい、意地悪な笑みが浮かぶ。
「……へえ。面白いクレーマーだね」
メサイアは指を鳴らした。
すると、床の一部が透過し、奈落へと続く巨大な穴が出現した。
【Invitation:TheDungeon(処刑場への招待)】
「本来、正規ルート(エレベーター)はIDがないと動かないんですがー。……特別に『裏口』をご案内しますー」
メサイアは穴を指差した。
「これは『廃棄ルート』。……いわゆるデバッグ用のダンジョンです。ここを通れば、私の中枢(本社)まで直通ですよ?」
彼は悪びれもせず、事務的に付け加えた。
「まあ、死亡率は99.9%ですけどー。そこで死んでいただければ、この案件も『解決済み(クローズ)』として処理できるんで、どっちでもいいでーす」
正規の手順がダメなら、裏技を使えという挑発。
そして、死ねば事務処理が楽になるという、究極のお役所仕事。
「……上等だ。案内ご苦労」
アルトはセレスの手を引いた。
「行くぞセレス!……このふざけた運営に、『詫び石(賠償金)』を吐かせてやる!」
「はいっ!……あの方、接客態度がなっていませんね(怒)」
ヒュンッ。
メサイアが指を弾くと、二人の足元が消失した。
転送。
光の粒子となって吸い込まれていく中、最後にメサイアのダルそうな声が聞こえた。
『あ、アンケートへのご協力お願いしまーす。……星、一つかなぁ』




