聖女セレスは、期間限定のレイドボスです
ガメルから脅し取ったIDカードを使い、アルトは上層エリアの最奥――「防衛システム管理塔」へと侵入した。
エレベーターが上昇するにつれ、カジノの喧騒は遠ざかり、無機質な静寂が支配する。
チンッ。
最上階の扉が開く。
そこは、壁一面がサーバーラックで埋め尽くされた、巨大なドーム状の空間だった。
中央には、天井まで届く光の柱――「システム・コア」が鎮座している。
そして、その光の中に、彼女はいた。
「……セレス」
アルトが名を呼ぶ。
彼女は宙に浮き、無数のケーブルに繋がれていた。
だが、アルトが目を奪われたのは、彼女が纏っている「衣装」だった。
純白のレースと蒼玉で織り上げられた、あの「天女の羽衣」だ。
要塞も武器も削除されたはずなのに、そのドレスだけは無傷で残り、今はシステムと融合するための「幾何学的な装甲」へと変質して彼女を守っている。
「(……あのドレス、消されてねえのか?……そうか、『天女の羽衣』も元々はこの都市で作られた『古代遺産』。システムにとっては『純正品(正規ID持ち)』扱いってわけか。……5億払った甲斐があったぜ)」
アルトは口元を歪めた。
あの時、ケチってゴムスーツにしていたら、彼女は今頃初期アバターの服か、あるいはデータ分解されていたかもしれない。
投資は裏切らない。
『――侵入者、検知』
セレスが、機械のような声で呟く。
彼女はゆっくりとアルトの方を向き、右手を掲げた。
顔の半分は、無機質な「戦術バイザー」に覆われ、その奥で瞳が赤く明滅していた。
『対象ID:Unknown。……所持品の「資産価値」をスキャン』
『判定:不法所持。……これより、「強制徴収」を執行します』
カッ!!
セレスの手のひらから、紫色の怪光線が放たれた。
破壊光線ではない。物質をデータ分解し、強制的に収納(没収)する「資産没収光線」だ。
「うおっ!?」
アルトは反射的に横に飛んだ。
だが、光線にかすめた「軍用ブーツ(Ep.26の強奪品)」の片方が、瞬時にポリゴンとなって消滅した。
「なっ……!?靴が消えた!?」
『徴収完了。……次、ジャケット』
セレスは無慈悲に次弾を装填する。
この光線に当たれば、武器も防具も、パンツ一枚に至るまで全て剥ぎ取られる。
商売人にとって、死ぬよりも恐ろしい「全財産没収」の攻撃。
「チッ、えげつねえ攻撃しやがる!……セレス!俺だ!分からねえのか!」
アルトが叫ぶが、バイザー越しの瞳に感情の色はない。
彼女は今、都市防衛システム「アイギス」の生体コア――思考を持たない「レイドボス」として稼働しているのだ。
『問答無用。……全資産をドロップしなさい』
ビシュン、ビシュン、ビシュン!
光線が乱射される。
アルトは武器庫から奪った「電磁警棒」や「予備バッテリー」を盾にして、身代わり(デコイ)にしながら転げ回る。
光線が当たるたびに、せっかく集めたアイテムが消滅していく。
「クソッ、俺の在庫が減っていく!……近づけねえ!」
セレスの周囲には、鉄壁の「黄金の障壁(課金バリア)」が展開されている。
物理攻撃も魔法も弾く、絶対防御圏。
そのエネルギー源となっているのは、彼女の足元に設置された巨大な装置――「自動献金箱」だ。
信者たちが捧げた供物や、没収したアイテムがその箱に吸い込まれ、瞬時に魔力へと変換されてバリアを維持している。
「(……なるほどな。供物を食ってバリアにする『永久機関』ってわけか)」
アルトはサーバーラックの影に滑り込み、荒い息を吐きながら分析した。
あの箱がある限り、セレスのバリアは無尽蔵だ。
普通の攻撃では、エネルギー切れを待つこともできない。
「なら、食わせてやるよ。……とびきり『消化に悪い』やつをな!」
アルトは懐から、ずしりと重い「純金の延べ棒」を取り出した。
ガメルから「口止め料」として巻き上げた戦利品だ。
「悪党の金で悪党のシステムを壊す。……美しいリサイクルだ」
彼は手回し発電機と軍用バッテリーを直列に繋ぎ、即席の回路を組み始める。
だが、状況は最悪だ。
ビシュッ!ジュワッ!
隠れているサーバーラックが、セレスの光線によって端から削り取られていく。
遮蔽物がみるみるポリゴン化して消え、アルトの身体が露わになるまでのカウントダウンが進む。
「金は魔力伝導率が高く、電気抵抗が低い最高の導体だ。……システムにとって、こいつは『最高級のご馳走』に見えるはずだ」
アルトは金塊に銅線を巻き付け、コイル状に加工する。
焦りが指先を狂わせそうになるが、彼はそれを気合でねじ伏せた。
あと3秒で隠れる場所がなくなる。
「バッテリー全開!……『帯電』ッ!!」
彼はバッテリーの全電力を注ぎ込み、金塊自体に数百万ボルトの高圧電流を溜め込ませた。
バチチチチチッ……!!
金塊が青白くスパークし、唸りを上げる。
触れれば即死するレベルの電荷をまとった、黄金の塊。
「こいつは『毒入り饅頭』だ。……食った瞬間、腹の中で暴れるぞ!」
最後の壁が消滅した。
アルトは身を晒しながら飛び出し、重力制御(G-コントロール)を起動した。
彼は帯電した金塊を素手(絶縁グローブ)で鷲掴みにし、自身の体を中心とした重力フィールドを金塊へと収束させた。
「おい、集金係!……『特別ボーナス』だ、受け取れェッ!!」
ドォン!!
アルトが腕を振り抜き、金塊を全力で投擲した。
手から離れた瞬間、纏っていた重力が爆発的な推進力へと変わり、金塊を音速の弾丸へと加速させる。
狙うは、セレスの足元にある「献金箱」の投入口。
セレスのシステムが反応する。
『検知。高純度貴金属。……「極上の供物」と認定』
『バリア、透過承認。……受領します』
予想通り、システムは金を「攻撃」ではなく「献金」と判断した。
バリアの一部が開き、金塊を迎え入れる。
金塊が吸入口に飛び込み、コンバーター内部の解析センサーが、その価値を査定しようと回路を開いた――
その瞬間。
カッッッッッ!!!!
金塊に封じ込められていた致死量の電流が、一気に解放された。
内部回路へ侵入した電流は、解析センサーを焼き切り、魔力変換回路を逆流し、システム全体に過剰な負荷を叩き込む。
『ピ、ガガガガッ!?警告!警告!』
『過電流検知!解析回路、焼失!』
『エラァァァァァァッ!!』
ドガァァァァァン!!!
献金箱が内側から爆発した。
制御を失った膨大なエネルギーが奔流となって逆流し、セレスを守っていた「黄金の障壁」へと衝突する。
バリバリバリッ!!
障壁は内側からの衝撃を食い止める盾となり――その負荷に耐えきれず、爆風と共に相殺(対消滅)して砕け散った。
「……ッ!」
アルトが爆風に耐える。
煙が晴れると、そこにはバリアを失い、糸が切れたようにぐったりと浮遊するセレスの姿があった。
破壊されたのは、セレスを守る「インターナル・ファイアウォール」のみ。
計算通りの「精密爆撃」。
「……セレス!」
アルトは駆け寄り、落下してくる彼女を受け止めた。
バイザーの光が消え、彼女は静かな寝息を立てている。
「悪いな。……少し乱暴に起こしちまった」
アルトは安堵し、彼女のバイザーに手をかけた。
物理的な鍵は壊した。あとは、この「洗脳マスク」を外して、彼女の意識(自我)を叩き起こすだけだ。
「起きろ、副社長。……まだ仕事は終わってねえぞ」
アルトが懐から「義眼」を取り出し、バイザーの接続端子にケーブルを差し込む。
魂の復元。
数秒後、バイザーのインジケーターが赤から緑へと変わった。
「う……ん……」
セレスが目を開ける。
そこには、心配そうに(と彼女には見えた)覗き込むアルトの顔があった。
「……しゃ、ちょう……?」
「よう。おはよう、寝坊助」
「私……どうして……」
「システムに食われてたんだよ。……ったく、手間かけさせやがって」
アルトは乱暴にバイザーを外して放り投げた。
そして、焦げた金塊の残骸を指差した。
「見ろ。あそこで溶けてる金塊、いくらすると思ってる?……お前を助けるために、また『特別損失』を計上しちまった」
アルトは、いつものようにコストの愚痴をこぼした。
「5億のドレスに続いて、今度は純金の延べ棒だ。……お前一人のために、どれだけ投資すれば気が済むんだ?割に合わねえにも程があるぞ」
いつもの彼なら、ここで「だから死ぬまで働いて返せ」と続けるはずだった。
だが、セレスは知っていた。
彼が、自分のために危険を顧みず、全財産(金塊)を爆弾に変えてまで飛び込んできてくれたことを。
そして、その動機が「金」だけではないことも、薄々気づき始めていた。
でも、彼は絶対にそれを認めない。
「損得」という鎧を着ていないと、人と関われない不器用な人だから。
セレスは、ふわりと微笑んだ。
それは、以前のような「盲信的な勘違い」の笑顔ではなかった。
彼の本質(強欲で、優しくて、最低な人間性)をすべて理解し、受け入れた上での、聖母のような微笑み。
「……社長」
「あ?」
「社長は、本当に……最低ですね(満面の笑み)」
「……は?」
アルトが固まる。
罵倒されたはずなのに、なぜか感謝されているような、奇妙な感覚。
「お金のことばかりで、口も悪くて、乱暴で……。本当に、どうしようもない人です」
セレスは、アルトの胸に手を当てた。
「だから、私が支えてあげなきゃいけませんね」
彼女の瞳に、強い光が宿る。
それは、守られるだけの者の目ではなかった。
このどうしようもない男と一緒に、地獄の底まで付き合う覚悟を決めた、「共犯者」の目だった。
「これからも、たくさん損をさせますよ?……覚悟してくださいね、パートナー?」
「……ッ」
アルトは、バツが悪そうに顔を背けた。
ガスマスクの下で、耳が赤くなっているのが見えなくても分かった。
「……ケッ。利益が出なきゃクビだ」
「ふふっ。頑張ります」
二人の間に、新しい契約が結ばれた。
雇用関係を超えた、運命共同体としての契約が。
ザザッ……ザザザッ……。
その時、周囲の空間がノイズに包まれた。
破壊されたはずの「自動献金箱」が、巻き戻される映像のように修復されていく。
『――やれやれ。少し目を離した隙に、随分と派手に散らかしてくれたね』
鈴を転がすような声が降ってくる。
教皇メサイアの登場だ。
だが、今の二人にはもう、迷いはなかった。




