第十六話 昨日の敵は今日の友、それは逆も然り
無駄な描写をだいぶ削りました。
いつもより少し長いぐらいでサクサクと読めると思います。
六月四日、南近江で再起を図っていた六角承禎・義治親子が、柴田勝家様と佐久間信盛様を中心とした鎮圧軍によって撃退された。信長様は、今撃退したところで、しばらくしたらすぐに復活するだろうと言っていたから、今後も六角家との戦いは続くのだろう。
★竹中半兵衛
新しい火縄銃を完成させたという一番弟子、前田孫四郎の様子を見に、岐阜城に登城した。先日の金ヶ崎でも顔を会わせているから、久しぶりというわけではないが、日に日に成長していると感じるのは歳のせいだろうか。
練習している鍛錬場に到着してしばらくしても彼は私の存在に気づいていない。集中しているのだろう。古い防具立てを狙って、引き金を引いた。火縄銃からは六発ほど、弾が次々発射していった。防具立てを見てみると、心臓のあたりに全て命中していた。噂には聞いていたがここまでの才能があるとは。思わず、手を叩いてしまった。ようやく気付いたのか、彼は驚いた表情をしながら話しかけてきた。
「ん、先生?来ていたんですか?」
「お見事。孫四郎は鉄砲の使い方が上手ですね」
「そ、それほどでもないですよ。まだ、触れてから二ヶ月も経っていませんし…」
相変わらず、謙虚だな。
「それより、僕に会いに来たということは、何か相談事でも?」
「秀吉殿が、浅井家家臣を調略するように命じられたんだけど、最近忙しそうだから、代わりに私が行おうかと思ったんだけど……」
「いいじゃないですか。先生は浅井家にも仕えていたことがあるのですから、秀吉様より先生の方が上手くいきそうな気がしますよ?」
「そう言ってもらえるのは嬉しいけど……そうじゃなくて、その調略相手が中々曲者でね」
「曲者?浅井家にそんな曲者いましたっけ?」
「君が思っている曲者とは少し違うかな。対象となる一人は、堀秀村という青年で、彼は特に疑うべきところは何もない。問題は、樋口直房という秀村君の家臣で、彼は兵法をよく知っている近江でも一番頭が冴えていると言われているんだ。ただ、そんな彼には良くない噂もあって」
「浅井長政殿からの待遇があまりよろしくなくて不満を持っている御方でしたっけ?信長様も、あのような者は信用ならんが、敵としても戦いたくはないと言っていましたね」
「そう。だから、彼を味方に付けたところで何を保証すればいいのかという―」
「天下布武のためだったら、消すというのも一つの手では無いのでしょうか?」
驚いた、あの孫四郎がそんなことを言うようになるとは。でも、私もそう思っていた。
「先日の戦で、今のこの世の中で、綺麗事だけを言っていれば、いつか理想の世が来るという甘い希望は崩れました。だけど、戦になったら多くの人が犠牲になってしまう。そうなる前に、消すというのは僕たちからしたら悪いことではないのではと」
「とても九つとは思えない発言だ。一体、誰がこんな子に育てたのやら」
私か、と心の中で突っ込んでおく。この子は将来、私を超える存在になるかもしれない。この時代の善悪をこの歳で理解しているのが、味方ながら恐ろしい。ただ、彼の手で乱世の終わりも近づくのだろうなとどこかで感じる。
「ありがとう、君のおかげで憂いが無くなったよ」
「もう行くのですか?」
「もうすぐ戦が始まるからね。早めに動き始めないと」
「そうですか。お気をつけて」
そう言って、彼はまた射撃の練習の準備を行う。新たな軍師の流儀とはまさに彼のことを指すのかもしれない。
★浅井長政
六月十五日、援軍に来てくれた朝倉軍を見送った直後だった。
「申し上げます!長比城主、堀次郎秀村が寝返り!」
「樋口直房殿も何者かによって討たれた模様!」
馬鹿なと思った。直房はともかく、秀村にはあれほど織田に気を付けろと言ったが、こんな簡単に裏切られるなんてな。直房が討たれたということは、浅井家の事情もよく知っている者……半兵衛の仕業か。こうなることを予想できなかった俺が憎い。あの時は、織田家と上手くやっていけると思っていたのだがな。
「殿、いかがしますか?」
「どうするもこうするも今、取り返しに行ってもそれこそ信長の思う壺だ。今はまだ待て」
「はっ…」
「そんな臆病でどうするのだ!新九郎、金ヶ崎での失態を取り返すのは今しかないぞ。これ以上、儂らを失望させるでないぞ」
戦下手な父の言葉など誰の心にも響かない。
その夜、妻の市と少し今後について話をした。
「すまぬな、俺には戦を止めることは難しかった」
「どうして、長政様は兄上と戦うことを避けるのですか?私がいるから?」
「天下に一番近いのは、義兄上だからだよ。こうなってしまった以上、俺は決して義兄上に許されることはないだろう。だからといって、簡単に負けるわけにもいかない。浅井家の名を落としたら、一生懸命戦っている皆に示しがつかないからね。最後まで付いてきてくれる皆のためにも、俺は義兄上……信長に次の戦で覚悟を見せようと思う」
「覚悟?」
俺はこくりと頷く。そして、続ける。
「義兄上がそうだったように、浅井家も何度でも立ち上がること。そして、絶対に諦めないことを見せつけてやる」
「……無理はしないで下さい。市も最後まで貴方と一緒にいるつもりですから…!」
「分かった。必ず、生きて帰ってくるよ」
姉川の戦い。どんな戦いかはわからないが、史実では浅井と朝倉は織田・徳川連合に大敗したと記されていたはず。それでも、浅井家は……俺は、簡単には負けられない。守るべき家族や仲間がいるんだ。皆を悲しませるわけにはいかない…!
☆
先生の調略と暗殺が成功したことを知った信長様は、六月十九日に岐阜を出立し、先生と堀秀村殿が待つ長比城に向かった。二十一日には、浅井長政殿の居城である小谷城の城下町を焼き払ったが、事前に長政殿がそれを知っていたのか、城下町には誰もいなかったので、人的被害は防ぐことが出来た。翌二十二日には、特に戦火を上げることが出来なかったので虎御前山に退いたが、二日後の二十四日に小谷城の南にある横山城という支城を包囲した。その日のうちに、徳川家康様も援軍に駆けつけて両軍は竜ヶ鼻と呼ばれる場所で合流した。
そんな中、信長様に、徳川家の皆と顔合わせをして来いと言われたので、戦の前にご挨拶をすることにした。
「お初にお目にかかります。織田家家臣、前田孫四郎利長と申します」
「金ヶ崎では、本当に世話になりましたな。徳川家当主、次郎三郎家康にござる」
初めて会った時も感じたが、後世で言われるほど威厳を感じないのは何でだろう。家臣の皆さんも、にこやかに僕らを見守っているからかな。
「家康様も、秀吉殿や光秀殿と共に浅井の猛攻を食い止めたとのこと。本当に素晴らしい活躍だったと聞いております」
「孫四郎殿も、最近は火縄銃を改良しているとか。いずれ、誰でも使いやすい火縄銃が出来た時には徳川家にも譲っていただきたい」
「私個人では決められないので、信長様に要相談が必要ですが、その時は多分許可を得られると思います」
「誠か!いつか、其方と共に戦場を駆け抜ける日が来るといいですな」
僕は好んで戦いに行くわけでは無いのですが、と言ったらムードを壊しかねないので話を変えることにする。
「そちらの、鹿のような兜を被っている方は、もしかして本多忠勝殿ですか?」
「俺の名前を知っているのか?その通り、本多平八郎忠勝と申す!孫四郎と言ったな。以後よろしくな!」
「やはりですか!信長様に聞いたことがあるのですが、これまで一度も戦場で傷を負ったことないのは誠ですか?」
「うむ!常に自分の身を大切にしながら、殿をお守りしておるからな!孫四郎も、俺みたいに活躍したかったらまずは自分の身を大事にすることだな!」
「は、はい。肝に銘じておきます。……その横の方は?」
「榊原小平太康政と申す。何故、平八は名前は憶えられているのに俺は―」
「ヤスはまだまだってことだな!」
「平八…!まあ、その代わり俺は平八とは違い、頭も使えるからな」
「何だと!?」
「これこれ、二人とも。孫四郎殿の前で喧嘩するでない!」
「「これは、失礼いたしました」」
家康様は、お爺ちゃんの雰囲気を感じるのかもしれない。なるほど、常に落ち着いているから、居心地がいいんだ。
「孫四郎殿、見苦しいところをお見せしてしまい申し訳ない」
「いえ、話を振ったのは私ですし……それに、喧嘩するほど仲が良いというではございませんか」
「そうとも!俺たちはこれからもずっと一緒だよな、ヤス!」
「平八……まあ、そうだな。これからもよろしくな」
「さっきまで、あんなにいがみ合っていたのにたった一言で仲直りさせるとは。流石、信長様に認められた軍師殿ですな」
「軍師なんてとんでもない!私は、信長様のただの小姓でございます」
「謙遜しなくとも、数年後には日ノ本中に前田孫四郎の名が広がることを儂は予感しておりますぞ。信長様の天下布武のために、これからも共に頑張りましょうぞ」
「はい!」
後の江戸幕府の将軍様に褒められて何だか、いい気分だ。これこそ、褒め殺しという奴かな?今のうちに名前を覚えてもらったから、前田家を江戸時代まで残すことが出来そうで良かった。
本多忠勝と榊原康政を早めに出しました。この二人は、物語終盤まで活躍する予定なので、これからも忘れないようにチョコチョコと出していく予定です。
樋口直房は、この先のことを考えて史実より四年早く退場させました。マイナーな武将なので、主人公は歴史を変えたことに気づいていません。
次回、姉川の戦いです。




