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恋敵に黒魔術を掛けようとした悪役令嬢が失敗してオタクのおばさんになった件  作者: はるひん


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今日の夢は「悪役令嬢エカチェリーナ《回想編》」である。年表のごとくエカチェリーナの行動を追うのではなく、より内面を掘り下げた内容になっている。

机の上のバスケットに目をやると、人形は静かにしている。寝床になりそうな箱を探していたらメイドがバスケットを持ってきてくれた。それにソファのクッションを入れて寝床の完成である。


ストレス展開が苦手な私には結構疲れる内容の夢だった。朝からぐったりである。

殿下の嫁になるべく頑張っているのに、ぽっと出の女にかっ攫われた気分なんだろう。正直、このお嬢さんのやってることはどっちかと言うと就職(王妃)のための準備であって、殿下の気持ち云々とはジャンル違いの努力をしてるのだからしょうがない気もしなくもない。

しかし、恋の嫉妬に正論が通じないのも、人格を変えてしまうのも知っている。


推しキャラへの愛を楽しく呟いていたフォロワーさんが、原作のラストで推しがぽっと出の女と結婚したことにより壊れてしまったことがある。

いつも良識的であった彼女はSNSでぽっと出女への呪詛と毒をまき散らし、公式にまで攻撃を始めてしまった。もちろん界隈からボコボコに叩かれ大炎上してしまったのだが、それまでの彼女を知っている自分としては悲しい気持ちで見守っていた。

恋の嫉妬は人をそうまで変えてしまうのだ。


「もう単体推しはいい、箱推ししかしない」


正気に戻った彼女の言葉だ。今はアカウントもハンドルネームも変えて別ジャンルを楽しんでいるが、ここまで来るのに数年掛かったので大変である。


黒魔術にまで手を染めたこのお嬢さんが正気に戻るのに一体どれだけ掛かるのだろう。自業自得で人形になってしまっているのだから、正気に戻ったら発狂してしまうんじゃないだろうか。いっそこのままの方がいいのかもしれない。


『髪を整えなさい』


起きだした人形が命令してくる。メイドに人形の身支度を頼むのを忘れてしまったので、仕方なく今日も私がやる。


『今日はおかしなことをするのは許さなくてよ』

「はあ、大丈夫ですよ、そんなにおかしいことはしてませんし」

『何から何までおかしくてよ!』


元気いっぱいである。反省は終わったのだろうか。

自分と人形の身支度を終え、メイドと両親にレツモンTVの挨拶をする。レツモンが無いこの世界で、せめてこれだけは使っていきたい。昨日は気を使って両親にはやらなかった朝の挨拶だが、母は「まあ、朝から元気ね」と言っていたので受け入れられたと判断した。やはりこの母、後輩にいたら可愛がってしまう。


『おかしな挨拶はやめなさい!』

「断る」


学園へ向かう馬車の中で人形はドスドスと蹴りを入れてくるがノーダメージである。ガードすらいらない。

フラランちゃんへの謝罪イベントも終わったので、今日の私は忙しい。この世界は魔物が出る世界観だ。お嬢さんの年表映像を見ていると少ないながらもそんな情報も取得できた。この辺りにはいないが、国境辺りにはいるらしい。


レツモンがないなら、魔物を捕まえればいいじゃない。というわけで、私は新しい人生でリアル版レッツゴーモンスターをプレイすることにした。

レツモンはモンスターに向かってモンスターカードというアイテムを投げて捕まえる。モンスターのレベルが高かったり、弱らせないとカードの中に入れることはできない。

この世界は魔物と戦う一辺倒のようだけど、公爵令嬢の富と権力があればリアル版モンスターカードが作れるはずである。喋る人形を見ているので確信しかない。そのため、私は魔物の生態を知るために学園の図書室へ行くつもりだ。


「この世界って黒魔術はありますが、魔法って使うんですかね?」

『労働者階級は使うんじゃなくって?』


なるほど、そういう感じらしい。職人技みたいなものだろう。公爵令嬢が下々の技である黒魔術を使ったのだから恐れ入る。

前の世界の市立図書館よりずっと立派な学校の図書室までやってきた。潤沢な資金を伺わせる。受付にいるのだって図書委員ではなく専属の司書だ。


「魔物と魔法の本はどこでしょうか」

「試験対策でございますか?たしかグランバルド様は一般学科だったと記憶しておりますが」


司書のお姉さんに名前と学科を覚えられている。やはり公爵令嬢だけあって有名人だ。しかし、この学校にも魔物学科とか魔法学科があるというのか、いいことを聞いた。


「試験ではなく、初心者向けのとっつきやすいものがあればと思ったんですが。図鑑とか」


それなら、と司書が教えてくれた区画へ向かうと魔物の図鑑が並んでいるのが見えた。魔法の本はそこの更に奥になるようだが、魔物図鑑だけでもたくさんだ。欲張らずに少しずついこう。なんせ十代、時間はたっぷりある。


『こんなの見てどうするんですの』


本の傍らに置いた人形がつまらなそうに呟いた。他の生徒たちは私を遠巻きにしているので近くには誰もいないのだ。


「かわいい魔物がいるかなって」

『はぁ…?』


ペラペラ図鑑を捲ってみると、写真ではなく絵が並ぶ。この世界には写真技術は無いようだ。


「恐竜属性とか闇属性っぽいのが多いな…これは水属性っぽいけど」


今一つピンとくる魔物がいない。最初の一冊目を閉じて、次の妖精図鑑を開く。


「んあ~~~~~~~!!!!」

『なんですの!!』


しまった、つい奇声を発してしまった。しかしこれは仕方あるまい。


「めっかわ」

『はぁ!?』

「めちゃくちゃかわいい…」


妖精図鑑に載ってる魔物は自分のストライクゾーンにドンピシャだ。


「んぁ…火の…火の妖精なのぉ…きゃわいいでちゅねえ…」

『ちょっと!本に向かって話しかけないで!』


人形が何か言っているがお構いなしだ。今日は妖精図鑑を持てるだけ借りて帰ろう。ていうかパッパにねだって買ってもらおう。


「エカチェリーナ様、こちらの区画の本をご覧になっているのですか?」


本に夢中で人の気配に全く気付かなかったが、顔を上げるとフラランちゃんがそこにいた。


「レッツ!おはモン!」

「ご機嫌よう、エカチェリーナ様」


笑顔で返事をしてくれるフラランちゃんは本当に良い子だ。未婚だが娘に欲しい。ふと人形を見ると憎々しげな顔はしているもののだんまりを決めていたのでよしとする。


「魔導学科以外の者でここに来るのは私くらいだと思っていました」


そういう彼女の手には図鑑よりも上級向けと思われる魔物の本がある。


「フランテール様も魔物に興味がおありですか?!」


つい早口で言ってしまう。可愛い妖精の話ができる友人ができれば儲けものだ。


「興味というか、私の実家が大農家で、魔物被害とは切っても切れない仲なのです」


なるほど、私のような浮ついた気持ちで魔物の本を所望しているわけではない。オタクの勢いを引っ込めなくては。


「本当は貴族ばかりが通う学校に入学するのは迷いました。だけど高等教育を受けて、実家の畑や果樹園のためになることを身に着けられたらと思って入学したんです」


志が眩しい。こんな子に意地悪するとは、よく反省しなさいと人形を見ると決まり悪そうに眼をそらした。


「そうですか…本当にごめんなさいね」


うちのバカ娘が、と言いたいのをぐっとこらえて再び謝る。


「エカチェリーナ様だけだったんです」

「本当に申し訳なく…」

「あの、いえ、誰がやったのかがわかるように、私にぶつかってきたのが」

「え?」

「他にもたくさん、教科書や他の私物がなくなったり、足を引っかけられることも毎日ですが、皆さん巧妙にわからないようにしてます。エカチェリーナ様だけは、本を奪うにしろ、ぶつかるにしろ、私の目の前でしていたので…辛くなかったと言えば嘘になりますが、姿の見えない悪意よりもまだマシでした」

「マイナス100よりマイナス50の方がマシだと思うのは危険ですよ」


前向きすぎて、これはこれで心配になる。しかし人形のお嬢さんは嫌がらせをするにも詰めが甘かったらしい。黒魔術を自分でひっかぶるのも納得だ。


「エカチェリーナ様って面白いんですね」


面白い…おそらくレツモンTVの挨拶がウケたのだろうか。レツモンお兄さんに深く感謝する。


「フランテール様、魔法はどうですか?」

「私は才能無です。できれば良かったのですが…。魔法陣テストを受けましたがキラリともしませんでした」


魔法陣テストというものがあるらしい。

魔法陣と言えば、人形のお嬢さんが黒魔術を行った時に描いたものだ。案外この体は魔法の才能があるんじゃないか。ファンタジーの世界に転生したのならこうでなくては。


「エカチェリーナ、またフランテールに言いがかりを付けてるんじゃないだろうな」


背後から唐突に声を掛けられ振り向くと、眉間にしわを寄せたイケメンが見下ろしていた。悪役令嬢エカチェリーナのレギュラー、殿下だ。


「違いますアリオン殿下!エカチェリーナ様がお勉強されている所に私がお邪魔したんです!」


フラランちゃんが慌てて否定をする。本当にいい子だ。


「ところでフランテール、ダンスパーティーのパートナーの件だが、受けてくれるか?」

「えっと…その…」


言いがかりを付けてきた殿下はそれ以上は何も言わず、かと言って謝りもせずにフランテールに聞いた。まるでエカチェリーナはいないかの如しだ。

フラランちゃんは返事を迷っている。こちらをちらりと見るが、そりゃそうだ。公式な婚約者の前で「行きま~す!」などと言えるフラランちゃんではない。


人形が俯いた。小さな動きだったけどそれは気づいた。


「えーっと…アリオン殿下、あなたの婚約者は誰かおわかりですかね?」


口出しはしないでおこうと思ったが、ついそんな言葉が出た。いくらフラランちゃんが可愛いとはいえ、他のパートナーを誘いたいのであれば婚約者であるエカチェリーナに一言あっていいはずだ。


「それについては、お前に言いたいことがある」

「どうぞ」

「お前との婚約を解消したい」

「私一人で決められることではないので、頭出しということで伺っておきます」

「お前のフランテールへの態度を見て、やっていけるとは思えなくなった」


人形はぴくりとも動かない。自業自得である。

自業自得ではあるんだけども、お嬢さん一人だけが全部悪いのかね?


「そりゃあ、フランテール様への態度は悪かったと思うけどさ、殿下も筋を通すべきだったんじゃないですかね?王妃に迎えるために婚約はしたけど、エカチェリーナとは恋はできないと先に言っておけばよかったじゃないですか。想いは知っていたでしょう?殿下への恋心を支えに小さい時から頑張ってたっていうのに、急に他の女の子しか目に入らなくなったのを目の当たりしたら発狂もしますよ」


悪役令嬢エカチェリーナの本編を見て思った感想を言ってみた。青春劇なので心の振り幅が大きいのはしょうがないにしろ、事前に調整なり何なりしておけばこうまで大事にはなってないのではないか。


「フランテール様」

「は、はい!」


急に話に入れられて慌てふためいている。そりゃそうだ、いきなり目の前で修羅場が始まったのだからたまったもんじゃない。


「殿下のこと、好き?」

「ええっと…良い友人としてお付き合いしていただいております」


慌ててはいるが、はっきりと伝えてきた。若いのにしっかり自分の意思がある子だ。


「それでは、殿下がフランテールに好意を持っていることと、私の性格が悪すぎて王妃に迎えるのに不安を持ったので婚約解消をしたいことは、別件として対応するってことでいいですね?殿下」

「その…もちろん…」

「それと、婚約者の目の前で他の女性をパートナーに誘うのも無礼極まりないと思いますよ。もちろん私が嫌なので無礼を承知の上でやったんだと思いますけど」


殿下は俯いて唇を噛んでいる。大好きなフラランちゃんをいじめたからお嬢さんに攻撃的になってしまったんだろう。アンチに噛みつくファンもそれもまた問題なのだ。

イケメンだけど、とんだボクちゃんだ。悪役令嬢エカチェリーナ《回想編》で「守ってあげなきゃ」と言っていたけど、そうか。ボクちゃんタイプが好みだったか。これも私なら攻略しない。


「婚約解消の件はパッパ…父上殿に話しておきます。ダンスパーティーの件は婚約解消とは関係なく、お二人の気持ちで決めてください。せっかくのイベントですから、心置きなく過ごせるように調整してくださいね」


私は小脇に妖精の図鑑3冊と、反対側に人形を抱えて退場する。

修羅場をやってしまったとはいえ、イベントには楽しく参加してほしい。私だってレツモンカフェや公式イベントがある時は嫌なことは全て済ませてから参加したいタイプだ。

家に帰ると本を読みたいという理由で誰も来ないよう言った。部屋の扉を閉めると人形は急いで布団にもぐり、悲鳴のような声を上げて泣き出した。


女の子がこんな風に泣くのは、なかなかに胸が痛い。


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