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第03話 緑と獣と鋼


 肌に感じる柔らかな風と、その風がカサカサとなにかを撫でる音や聴いたことのない綺麗な音、土の香りに意識が浮上する。

 ゆっくりと目を開けると顔の半分はなにかに埋もれているようで、左目は緑が一面を覆い、右目は空の青、草や木の緑がぼんやり見える。


 空の青? 木の緑?


 横たわる体をそのままに首を曲げ、頭だけを持ち上げる。

 両目に映る風景に、なにかしらの生物だろう鳴き声に、意識が急激に覚醒していく。


 一色では例えきれない緑の群と、日の光を浴び輝く湖と、穏やかな風に揺れる草花に、俺は目を見開いた。


 そこには、これでもか言うほど暴力的なまでに生命の色彩が溢れていた。


「……凄い」



 こんな星が本当にあっただなんて。


 ユージェニーの言うとおり、本当に緑の星に来れた。


 立ち上がることも忘れ、初めて見る景色に感動し見惚れていたが、視界の隅でゆらりと動くモフモフした物に気がつき、反射的にそのモフモフを両手で挟むように掴まえた。


「痛っ」


 腰辺りに鋭い痛みが走る。


 何者かからの攻撃だと瞬時に判断し、反撃しようと考えたが、モフモフを掴まえた手に目が釘付けになり、それ以外のことは考えられなくなった。


……これは、まさか俺の手なのか?


 灰色の毛が隙間なく手を覆っていた。


 動揺し震えた手からモフモフがするりと抜け出すと、攻撃だと判断した鋭い痛みも止まる。


「『亜人』? になるって、ユージェニーは言ってたが……これがそうなのか?」


 おそらく俺の体であろう白い毛や、灰色の毛に覆われた手以外の部位も、ちらちらと視界に入ってくる。


「代償で失った体を、動物で、補う……」


 痛みの正体も含めて凄く嫌な予感がする。早く確認したい。


 恐る恐る立ち上がるが、慣れない体のせいかバランスを取るのが難しくて歩けない。


 やはり、人間のそれと構造が違うように感じる。


「なんて立ちにくい体なんだ……」


 二足歩行を諦めて両手を地面に着けると、想像通りなんの問題もなく動くことができた。

 普通? に歩けることに、もうこの時点でほぼ体に起きた異変を確信してしまっているが、念のため湖に確認しに行く。


 湖面を覗き、映る自分の姿を見る。


 灰色と白色の毛に包まれた顔と体、金色に輝く瞳、本来の位置より高い位置にある三角形の耳、そして、さっき見たモフモフと痛みの正体である尻尾。


 この姿は過去にデータで見たことがある。


 額にある暗い紫色の石はなんなのかわからないが。


「まさか『猫』になるとは」


 あの白い空間での会話を思い出しながら、湖面に顔を近づけてみたり、立ち上がってみたりと、湖に映る姿を入念に確認してみたが、完全に猫だ。


 間違いなくユージェニーは亜人になると言っていたはずだが、なにか手違いでもあったのだろうか。


 一応、ユージェニーが言っていたもう一つの選択肢『記憶』の方は、ホタルとの思い出があるから消えてないと思う。

 大事なのはホタルと過ごした五年間で、他の記憶は正直あってもなくてもいい。


 とりあえず記憶があることに安堵のため息を吐き、記憶があるなら問題ないかと、とりあえず猫の体を受け入れることにした。


 受け入れたはいいが、ホタルはどこだ?


「……やっぱり騙されたか? ……いや、それはないか」


 予想外の姿になってしまったが、実際に俺は緑の星に来てるし記憶もある。それに、なんとなくだがユージェニーは悪い事はしないと思う。


 ホタルは別の場所に送られたのかもしれないし、探しに行くか。


 そうと決まれば善は急げと、振り返り一歩踏み出そうとして、目の前に緑色の妙なモノが二本生えてるのに気づいた。


 来るときはなかったはずと怪しく思い、緑色のそれを見上げていくとソイツと目があった。


「ゲキャ?」


――原住民だ。


 緑色の肌をしたソイツ――原住民の口には鋭いキバが並び、毛皮らしきボロボロの服を着て、手には木の棒を持っている。


 肌の色は恐らく緑が溢れる星ならではの擬態のためだろう。

 身長は今の俺から見ると十分に高いが、周囲の物と比較すると低く感じる。


 そんなふうにマジマジと観察していると、その原住民はいきなり木の棒を振り上げ、俺に叩き付けるように振り降ろしてきた。


 だが、もの凄く遅い。訓練もなにもしていないであろう、ぶれぶれの攻撃。

 余裕で回避できるが、武器は金属ですらないただの木の棒。当たってもたいしたダメージは無いだろう。


 大した脅威も感じず、攻撃は無意味だと理解してもらうためにわざと受けることにした。


 重い衝撃が頭を貫き、体ごと地面に打ちつけられる。


「うぐっ!!?」


 ただの木の棒で凄い威力だ。


 物凄く痛い。受けたのは失敗だった。


 ふらつきながら立ち上がるが、視界が歪む。


 揺れる視界の端に映る自分の足もとに、赤色の染みがポタポタと増える。


 それを見て、負傷したことに気づいた。


 たかが木の棒で殴られただけで動けなくなる程のダメージを負わされたのか?


 その衝撃の事実に焦りと驚きが込み上がる。


 この星に来る前は、サイボーグ化して鋼鉄の身体を持っていたが、頭部は改造しておらず生体部だった。それでも、あの凶悪な兵器との戦闘で負傷したことなんて一度もない。


 そこまで考えて一つの可能性に思い当たる。


「……まさか、この体が弱いのか?」


 ふらつきながらも次の攻撃に備えて、なんとか回避できるように姿勢を低く構えるが、原住民は何体もいたらしい。顔を上げたときには既に囲まれていた。


 後ろは湖、目の前には四体の原住民、そのさらに後ろの森にも何体か潜んでいるのを感じる。


 原住民の持つ木の棒が一斉に上がっていくのを見て、死が脳裏をよぎる。


 夢にまで見た憧れの緑の星に来たのに、こんなにあっさりと終わるなんて嫌だ。それに、まだホタルを見つけていない。


 ダメージは抜けていないが、なんとかして逃げなければ。そう覚悟を決めて動こうとしたそのとき、抑揚の無い機械的な音声が響き渡った。



《チャージャーポット起動》



 突然現れた第三者の声、それもかなりの音量に俺も原住民もびくっと固まり、この場にいる全員が声の発生源に顔を向ける。


 この星に来て目覚めた場所に、人より少し大きいサイズのソレは立っていた。


 自然溢れる緑の大地に不自然な、光沢のある白い卵形の物体。


「なんでここにチャージャーポットが? ――まさかっ!」


 実物を見たことはないが良く知るその姿を見て、この危機的状況なんかより、それよりも、そんな些細なことよりもと、良い意味で想定外の事態に期待し、ふらつく足をチャージャーポットの方へと向ける。


 また、音声が響き渡る。



《空圧射出開始》



「「ギッ?」」「「ギギャ!」」

「うわッ!」


 音声が止むと同時にチャージャーポットの下部から凄い勢いで空気が吹き出し、その風圧に飛ばされゴロゴロと地面を転がされる。


 気を抜くのが早かったと後悔しつつ、地面に爪をたててなんとか転がる体を止め、吹き荒れる強風に目を細めて空に昇るチャージャーポットを見る。


 原住民も顔の前で腕を交差させ、強風に耐えながら必死にチャージャーポットを見ているが、もう一段あることを彼等は知らない。


 顔を伏せ、より低い姿勢を取る。ぺしゃんこに潰れているように見えるであろう格好で、より深く地面に爪を刺す。



《点火》



 上昇し続けるチャージャーポットから三度目の音声が響き、次いで爆発音なのか雷にも似た轟音が大地を震わせた。


 熱を追加した風圧がより一層激しくなる中、負傷していることなど忘れ、その場から飛ばされまいと目を瞑り歯を食い縛り、必死に地面にしがみつく。


 轟音が遠くへ過ぎ去るのを待ち、恐る恐る目を開けるが煙と砂塵でなにも見えない。


 耳鳴りもまだ続いているがそこまで酷くない。原住民の叫び声が少し離れた場所から聞こえる。


 偶然か本能なのかはわからないが、原住民はそこまで吹き飛ばされていないようだ。だが、今はそんなこと気にしてる場合じゃない。


 なにも見えない煙の中で、チャージャーポットがあったであろう場所を目を細めて必死に探していると、チャージャーポットの機械的な音声とはまったく別の、聞き慣れた優しい声が耳に届いた。


「……てんかい。……エネルギーじゅしん、しました」


 ホタルの声。


 チャージャーポットを見て、エネルギー供給装置があればもしかしてと期待したが、思った通りだった。


 俺はただ、エネルギー切れで停止したホタルを荒廃した星に残すのが嫌だった。だから、自然豊かなこの星に寝かせてあげたいと考えていた。


 それだけのために望んだ願いだった。


 風が煙と砂埃を運び徐々に視界は開けていき、ホタルの姿が現れる。


 日に照らされ白銀に輝く、超合金で覆われた外装。

 可動部や各パーツの繋ぎ目に通る漆黒のライン。

 そのラインが緩やかにつつましい弧を描く胸部。

 少女型特有のしなやかさを感じさせる身体。


 そして、凛々と明緑色に輝く眼。


 俺が愛する『アンドロイド』はそこにいた。


 ホタルと視線が絡む。


 自分の姿が猫だということも忘れ、俺は喜び叫んでいた。


「ホタルッ!」


 その叫びと同時より、やや先にホタルは甲高い音を身体から発しながらブレた。そして、俺の視界から消えた。


 音を追い掛けるように視線を動かすと、次々と破裂する原住民に視界が赤黒く染まる。



 躊躇うことも容赦することもなく四体の原住民を一瞬のうちに液体に変えたあと、音が最後に移動した場所は俺の目の前だった。


 音が鳴り止むとホタルは地に両膝をつき、手を伸ばし俺を掴むと、もの凄い力で抱きしめてきた。


「お、おい、ホタル? 痛いッ!」


 俺の声を無視して、ホタルは締め上げる力を強めていく。拘束から逃れている手でホタルの顔をペシペシ叩くが全く効果がない。


 猫になった俺に気づいていないのか?


「……死ぬッ!」


 その俺の言葉を理解したのか拘束が少し弱まる。だが、まだ抜け出せない。


 もがく力がついに無くなり、諦めてホタルの顔を見上げると、無機質な顔が泣いているように見えた。


 ホタルに宿るその感情を、なんて呼べばいいか俺にはわからない。


 大人しく抱き締められ続けて、ホタルが落ち着くのを待ち、声をかける。


「ホタル、俺がライトニングだと分かるか?」


 ホタルは声を出さず、ただコクコクと何度も頷いていた。


 きっと、今のホタルの感情は俺と同じだ。









 肉球で頭をポンポンと撫でた。

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