第02話 ライトニング
「ライト、だいすき」
ホタルの最後の言葉だった。
「ホタル、愛してる」
俺に寄り添い、座ったままの姿で動かなくなったホタルに囁き、その小さな肩に優しく触れる。
そのままホタルを胸に引き込み、この世界から守るように、隠すように抱きしめた。
俺の声は届いただろうか?
ホタルの無機質な表情からは、もう、感情が抜け落ちていて、わからない。
ホタルは死んだ。
いや、「死んだ」というのは正確に言えば違う。
怪我もしない、病にも侵されない、寿命もない。
ホタルは『アンドロイド』だから。
ならば故障かというと、これも違う。
ただの「エネルギー切れ」だ。
エネルギーさえあれば、ホタルは再び動く。
乾く大地と瓦礫以外なにも無い、荒廃した茶色い星に。
砂塵混じりの大気に覆われ、昼夜を問わず薄暗い星に。
無数のデブリに囲まれ、脱出することも叶わない星に。
戦争と汚染被害で、あらゆる資源と生命が消えた星に。
この『滅んだ星』に、残存するエネルギーがあればの話だが。
そんなモノは無いと知ってる。
だから、ホタルが目覚めることは二度とない。
それは死と同じだ。
ホタルと違ってそのままの意味で、『サイボーグ』の俺も、もうすぐエネルギーが切れて死ぬ。
ホタルには俺のエネルギーを半分与えていた。だから、ホタルと俺は同時に死ぬ。
その予定だった。
だけど、俺はまだ生きている。
俺がホタルを騙したからだ。
最後のエネルギー調整時に「等分した」と偽って、俺の方が少しだけ多くなるように調整した。
それが正解だったと今でも、いや、今だからこそ思う。
俺は、一人でいることが、気が狂いそうなほど淋しく悲しいことだと知ってる。
もし、俺の方が先に死んでしまったら?
たとえ、ほんのわずかな時間だったとしても、俺が先に死んでしまったら、ホタルがこの淋しさと悲しみに耐えなければならない。
それだけは許せなかった。嫌だった。拒みたかった。避けたかった。
だからこの時間は、ホタルが気にしなくていいくらい些細な、俺の勝手なわがままから産まれた、ただの誤差だ。
そのことを謝るように機嫌をとるようにホタルの頭を優しく撫でると、超合金製の無機質な表情がやわらいだような気がした。
その顔を見てると、俺の心も悲観的なものから穏やかなものへと変わっていくのがわかる。
顔を上げて、ついさっきまで二人で見ていた、俺とホタルの出逢いの地を眺める。
滅んだ世界のなかでも特に異様な、大地の内部から爆撃したとしか言い様がない巨大な穴。
そう、五年前この場所で出逢った。
偶然ではなく、運命だと俺は思う。
俺は、任務のためだけに探査特化型サイボーグとして、世界の人口が残り三十を切る頃に、その生存者達が暮らす統一国最後の防衛施設で、産み出され『ライトニング』と名付けられた。
五年もの間、成長促進剤と学習装置を使用した培養槽で孤独に過ごし、
一年かけて、頭部以外のサイボーグ化手術を、機械だけの部屋で行い、
一年間、部隊長として探査任務行うが部下は残存する兵器に全滅した。
一人で残りの探査を終えて戻ったが、防衛施設の生存者は誰もいなく、俺はこの星の最後の生存者になっていた。
世界は俺だけを残して滅んだ。
それでも、産み出された意味を存在意義だと信じることで探査任務を続けたが、孤独に五年過ごした頃、この任務が無駄で無意味なものだと気づく。
絶望した俺は自ら死ぬことを選択して、唯一の生体部である頭部を破壊しようと手を上げたが、そのとき爆発反応を感知した。
確かめるべくその場所へと向かったが、今改めて考えてみると、ホタルに出逢うのに必要な要素が全て揃っていたように思う。
爆発反応があった場所は地形が変わり、クレーターと呼ぶには異様でいびつな穴が開かれ、その穴の中に円柱状の地下施設を発見した。
そこで『人工生命体製造計画報告書』を見つけ、俺は『アンドロイド』と『チャージャーポット』の存在を知る。
状況からチャージャーポットが地形を変えるほどの爆発を起こし、巨大な穴を作ったと判断したが、なぜ起動したのかは未だに謎のままだ。
その後、アンドロイドを瓦礫の中から見つけだした。
チャージャーポットがアンドロイドへのエネルギー供給手段だったらしいが、もう存在しないため、俺の持つ残り十年分のエネルギーの半分を与え、『ホタル』と名付けて行動を共にした。
共に過ごすうちに、プログラムされたモノだとはとても思えない妙に人間味のあるホタルの行動に、俺の心は癒され惹かれていった。
ホタルも、俺に「出逢ったときから好きでした」的な告白をしてきたが、出逢って最初にホタルが発した言葉は「おなかすいた」だったことを俺は覚えている。
ただ、互いに想い、愛し合うのに時間はかからなかった。
エネルギーが切れるまでの五年間、任務を放棄し、二人だけの世界で気の向くままに生きてきた。
優しく、嬉しく、楽しく、愛しく。
だから俺は、こんな滅んだ世界でも幸せになれた。
それでも俺は、こんな滅んだ世界にホタルをのみ込まれないように抱きしめている。
でも、そんな世界に対する俺の悲観的な感情も、ホタルのおかげでどこかに消えた。
今はただ、この世界に産まれて、ホタルに逢えて良かったと心から思える。
もう、エネルギーが切れる。
最後の力を絞り出し、ホタルを強く抱きしめた。
俺は任務を達成できなかった。放棄した。可能性も皆無だった。仕方がないだろう。ホタルに嘘もついた。もし、悪いことをした人間が死んだ後に行く場所があるなら、俺はそこに行くのかもしれない。
でも、ホタルには、自然豊かな緑の、命溢れる星に、行ってほしい。
「『緑の星』に……」
視界が闇に染まる中で、声が聞こえた気がした。
《ライト、わたしもあいしてる》
閉じた瞼の向こうから光を感じる。
意識がある。そう思い、瞼を上げると、白い。
今まで抱いていたはずのホタルの身体も、風景もなにも無い。
「エネルギー確認」
エネルギー残量を確認したが、無い。
無いのに意識がある。
いったい、なにが起きたんだ?
思わず立ち上がり辺りを見渡すが、なにも無い真っ白な空間。
「……ここは?」
「こんにちは、ライトニングさん」
背後から不意に名前を呼ばれて振り向くと、いつの間に近づいたのか、どこか可憐で上品な年老いた女性がいた。
人間の、それも身体をサイボーグ実装する前の旧人類で、白く綺麗な髪と、白くゆったりとした服が、この白い空間に溶け込んでいるように見える。
その女性は、穏やかに微笑みを浮かべながら俺を見つめている。
俺の持つセンサーに感知されずに現れるという突然の事態に口を開くも、様々な疑問が喉で詰まって出てこない。
眺めることしかできずにいると、女性はそんな俺の様子に気づいたのか話を続けた。
「うふふ、混乱してるのね? 大丈夫よ、落ち着いて。これは実際の身体ではないの。人間をイメージして作り出してみたのだけれど。どうかしら?」
言い終わると女性はその場でくるっと回り、子供のような笑顔を見せた。
その姿に、俺はなんとか冷静さを取り戻しつつ聞き返す。
「人間じゃ、ないのか?」
「ええ、残念だけど。ライトニングさんの任務の目的である存在でもないわ」
なんで任務内容を知ってるんだ?
聞くことが増えてしまったと、またなにも喋れず黙っていると、女性は雰囲気をガラリと変え真剣な眼差しを俺に向けて、頭を下げた。
「ライトニングさん、貴方の願いを叶えさせて」
「願い?」
頭を上げた女性は雰囲気をやわらかなものに戻し、俺の目を見ると、指を一つ立てて愉しげに説明を始めた。
「そう、お願い。この星の最後の一人。その貴方が望んでいた『緑の星』そこに送ってあげる。それが私の願いでもあるから」
その言葉に身体が固まる。
「緑の星に、本当に……」
その言葉の意味に驚き呟いた俺に、女性は力強く頷きを返し、もう一つ二つと指を立てながら続ける。
「それに、そこで生きやすくなるように会話もできるようにするし、貴方の望む力を一つあげる。なんでもいいわよ? そうね、例えば空間を跳躍するだとか、視るだけでモノの本質を理解できるとか。あぁ、電気を操るなんてどうかしら?」
考える時間も無いままに次々と投げかけられる言葉に、既に理解は追いついていないが、引っかかる言葉があった。
俺が望む力?
「緑の星に行って、そこで貴方が必要とする力。なにを望むのかを私に教えてちょうだい」
女性は言い終わると、俺が答えるのを待つように口を閉ざし微笑みを浮かべた。
俺が必要とする力。
力しか望んじゃいけないのか?
緑の星に行けるなら。
考えるまでもない、俺に必要な、俺が望むのは。
「ホタルを連れて行きたい」
こんな荒廃した星に愛しいホタルを独り放置して行くなんて俺にはできない。この星で、見ることも触れることもできなかった自然の中に寝かせてあげたい。
そう思い、決意と懇願の入り混じる目で女性の瞳を睨む。
俺の視線を受けとめると、女性は眉を寄せ悲しそうな、なにかを耐えるような表情を浮かべたが、すぐに笑顔を見せた。しかし、笑顔というには困惑の色が強い表情で話し始めた。
「貴方の願いは私の願いでもあるの、駄目だとは言えないわ。でも、そうね、う~ん。できなくはないけれど、私の力だけだと足りないから、貴方の記憶か身体を代償にしないといけないわ」
記憶はだめだ、俺はホタルを忘れたくない。
「できれば記憶は残したい。身体はどうなるんだ?」
「今の身体が多少変わってしまうかも、亜人ってわかるかしら? 動物と人間が融合した見た目になるわ。貴方が代償として失う身体を他の生物で補うようにね」
良かった。そんなことでいいなら問題ない。
「ホタルを連れて行けるなら構わない、やってくれ」
俺の言葉を聞き、女性は俺の胸に手を当て目を閉じた。
見た目に変化は無いが、確かに俺の身体からなにかが吸い取られてるのを感じる。
それは十秒とかからず、すぐに止まった。
「えぇ、ありがとう。これで大丈夫よ。後はその扉を開いて進むだけでいいわ」
そう微笑みながら俺の胸から手を離すと、そのまま背後を指差した。
振り向くと白く大きな扉がある。
なぜ? いつの間に? それよりこの女性は? なぜ、俺の名前を? なぜ、俺は疑問を口にしなかった?
一気に疑問が溢れだす。
溢れる疑問が口からでるより先に、身体が勝手に扉へと吸い寄せられるかのように動きだした。
扉に手をかけたが、これだけは聞かないといけない。そう思い、なんとか気合いで振り返る。
「まだ、名前を聞いてない」
いろんな疑問が浮かぶなかで、なぜかその言葉を口にしていた。
女性は少し驚いたようだったが、今までで一番の笑顔を見せた。
「うふふ、そうねぇ、私の名前はユージェニー。呼び捨てでもかまわないわ。ジェニーおばあちゃんでもいいわよ。さぁ、それより早く行きなさい」
「ありがとう。ユージェニー」
お礼を言い、俺は扉を開けた。
扉を開け光に包まれていくその姿を見送ると同時に白い世界は荒廃した世界に戻る。
自身をユージェニーと名乗る年老いた女性は、足もとの壊れて砕け散った機械の破片を拾うと、それを撫でながら笑顔で呟いた。
《信じていた。やっぱり素直でとってもいい子。ライトニング君もホタルちゃんも、幸せを祈っているわ。貴方達ならきっと私の願いも……私も……覚…………を》
大地に、世界に、無数の亀裂が入る。
悲しみ嘆き叫ぶ声にも似た轟音と共に、その亀裂は取り返しのつかない程、深く、広く。
それは、まるで――
《……貴方達に……全て……た……せ……》




