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名もなき魔術師の一生  作者: きゅえる
【3章】
97/106

【100】

【12】


「皆さん、来てくれてありがとうございます」


 モニカは〈転移門〉で召喚したヴァスマイヤ村の人たちを前にして、挨拶した。

 運の良かったことに、村はちょうど農閑期だったので、かなりの人が集まってくれた。


「どうせ、暇だしよう。気にすんなよー」

「よし、賭けしようぜ、賭け」

「いいぞ。賭けの対象は明日のメシな」


 皆、ノリノリだった。どうも、祭りのような感覚らしい。酒を持ち込んでいるものすら居た。

 ……ま、いいか。


「やあ、姫さまやぁ!」


 そんな中、野太い声で話しかけてくる男がいた。


「イラスさん、お待ちしてました」


 それは、イラスという村人だった。ヒゲが濃く、ずんぐりむっくりしていて、背が低い、おっさんだ。村長の息子ルローによると、村人の中で一番土木に詳しい。彼は、今回の治水の指導をしてくれることになっている。


「あー、ちょっといいか!」

「何でしょう?」

「ここに、居住区を作りたいんだがな!」


 ……はい?


「な、何故ですか?」

「気に入った!」

「あ、いや、そうでなくて、ここの指導をしてくれるのでは?」

「それはもちろん!」

「そ、そうですか」

「何、気にすることはない! ルローがきちんとやってくれるさ!」

「……本当に、大丈夫ですか?」


 どう見ても、住めるような環境ではない。日光は当たらないし、水も飲めるのか飲めないのかわかったものではない。

 また〈風の精霊〉の属性も弱い。長期間長く居れば、息の病に倒れることは予想がつく。


「何というか、土が素晴らしいんだよ、これが! 終わった後も、通いたくってなあ!」

「……体を壊すかもしれませんよ?」

「ガハハ、そんな物!」

「……さいですか」


 確かに、この洞窟の入り口に、素晴らしい水晶の泉があった。この近くも掘れば、良質の宝石が取れてもおかしくはない。

 いやはや、世の中には、色んな人がいるものだ。


「いいですよ。ただ〈転移門〉が使えなくなった時の為に、出口は作っておいた方がいいかもしれません」

「承知だ!」


 ヒゲの男は、嬉しそうにスキップしながら、戻っていった。

 ……本当に、色々な人がいるものだ。


「よっし、お前ら仕事始めるぞ!」

「おーっす」


 作業が始まった。

 その様子を見ていると、水路を作ってるグループと、貯水穴を掘っているグループに別れていた。

 作業目的は単純だ。

 地底湖に溜まっている水を他所に移すだけ。

 ここでは、魔法を使わない。というのも、莫大な魔力が消費されることが見込まれる。モニカが魔力を絞り尽くしても、無理のように思われた。

 クヴィラに頼んではみたものの、特に興味が沸かないらしく、動いてくれそうになかった。

 それに、地底湖の底に溜まっている、大量の人骨が気になる。体力と魔力を温存しておきたい。


「ご主人様」


 今度は、モニカの侍女リュミエラが話しかけてきた。身の回りの世話が主な役割だが、〈水の精霊〉も使える魔術師だ。今では、モニカの右腕である。


「どうかしましたか?」

「いえ、大したことではないのですが」

「?」

「時間がかかりそうなので、フルスベルグ村に中間報告が必要だと思われます。折を見て、私を村に送って頂けますか?」


 なるほど、一理ある。

 ただ〈転移門〉の使用には、細心の注意が必要だ。しかし、それを考慮しても、やる価値はありそうだ。


「分かりました。そのようにお願いします」

「はい、ありがとうございます」


 リュミエラは、モニカのそばから離れていった。


【13】


 治水作業を始めてから、一月の時が経った。

 モニカはその間、作業中に事故が起きないかを警戒すべく、現場に留まった。

 他にも「地底湖の人骨」に何か変化がないか、クヴィラが、村人たちとトラブルを起こさないか、などといった他の心配の種もある。

 今のところ、大きなトラブルは起きていない。

 逆に良かった事と言えば、イラスが作った居住区が、極めて過ごしやすかったことだ。洞窟の壁を慣らし、レンガで敷き詰め、どこぞの豪邸かと見間違えんばかりだった。

 モニカは、その中でも特に上等な一室を使わせてもらっている。おかげで、屋敷に戻ることなく、村人たちやリュミエラ達の行動を監視できている。


「ただ今、帰ってきました」


 リュミエラが〈転移門〉から戻ってきた。フルスベルグ村に、近況を報告もらってきたのだ。


「ご苦労様です。報告をお願いします」

「はい……」


 しかし彼女は、珍しく浮かない表情をしている。

 何かあったのだろうか。


「どうかしましたか?」

「あ、いえ、大したことではないのですが……」

「迷ったのならば、報告して下さい。情報の選別は、私がします」

「あ、いえ、はい、失礼しました。それでは報告します。最近、フルスベルグでは、外から来る人間が増えているようです」

「外から? それは東からですか? 西からですか?」

「分かりません」

「どのような服装の人ですか?」

「あまり、見ない人たちでした」

「なるほど、それは気になります。別件で調査をお願いしていいですか?」

「はい」

「それでは、本来の報告をお願いします」

「はい。フルスベルグ村長に無事に会えました。そして、少々手こずってはいるが、なんとか上手く行きそうだと報告すると、大変喜んでおられました」

「それは良かったです」


 それから、リュミエラはいくつかの簡単な報告を述べた後、部屋を退室した。


「さてと」


 用が済んだモニカは、立ち上がる。そして、部屋の隅に置いてあったカゴを手にして、外に出た。


【14】


「失礼しますよ」


 モニカは、クヴィラの部屋に立ち寄った。中を覗くと、彼はモニカに気を止めずに、机に向かって作業を続けている。


「〈魔法の行灯(マジックランプ)〉なら、そこに出来た物があるから、持っていけ」


 アゴで指し示した方を見ると、数本の行灯が陳列していた。昼の太陽の光を吸収し、夜になると光り出すという〈魔法具〉だ。

 これを作業場のあちこちに置いて、光を確保している。魔法では、持久力が持たない。火では、扱いも難しい上に、煙がこもると命に関わる。

 洞窟の中では、極めて便利な道具だ。


「助かります」


 モニカは〈魔法の行灯〉をよく眺めた後、カゴの中に押し込んだ。

  彼の専門分野は〈付与魔術〉と言うだけあって、完成度が素晴らしい。材料はモニカが提供したものだ。


「……どうして手伝ってくれるのですか?」


 ふとモニカの口から、自然に出た。彼の知識なら、一人であの水を抜く事は不可能ではないはずだ。しかし、それをやらない。かと言って、明かりを確保する手伝いはしてくれている。


「……さあな?」


 やや沈黙した後に、返事が返ってきた。少々、不自然な気もした。


「今のは忘れてください。それでは、残りもお願いします」


 返事はない。が、怒ってるわけではなく、いつもの事だ。

 気にはなるが、彼は気まぐれ屋だ。あまり深く追及して、やる気をなくされても困る。


「では、失礼します」


 モニカは、カゴを持って外に出た。


【15】


 通路を歩いていると、イラスが現れた。というより、床にしゃがみ込んで、何かをやっていた。


「イラスさん?」

「ん?」


 ……この人、治水の指揮者だよね?

 と、自分の記憶が間違いではない事を確認してから、彼に尋ねた。


「こんにちわ。何をやっているんですか?」

「や、姫さまや!」


 彼は作業を中止して、話しかけてきた。よく見れば、何か細々とした小道具を持っている。


「これは、通路を整地してるんですわ!」

「整地……?」


 治水と、よほどかけ離れた作業のように思える。この人は何やってるんだろうか。


「あの、綺麗にしてくれるのはありがたいのですが、水抜きの方を……」

「ガハハ、姫さまや! 面白いことを言いなさる!」


 イラスは、モニカの言葉を遮って、腹を抱えて笑った。

 少しムッとしたが、顔には出せない。


「居住区を作ったとて、水が流れ込んでしまっては意味がない。居住区に水が流れ込まないように、高低差をつけておるのですわ!」


 言われてみれば、そうだ。部屋の中に、水がなだれ込んだら大変だ。


「そうだったのですか、失礼しました」


 恥ずかしさをごまかそうと、視線を逸らす。すると、彼の持っている小道具が目に入った。

 三又の小さなガラス管に、水が入っている。

 何に使うんだろう?


「それは何ですか?」

「ん、これか!」


 イラスは、手にもっている小さなガラス管を見せびらかしながら、答えた。


「これは〈水平器〉と言ってな! 中に入っている気泡で、地面が水平かどうかを調べるんだ!」

「へえ」


 よく見ると、他にも杭やヒモなどが散らばっていた。治水に必要な道具らしい。


「そっちは何ですか?」

「ん! ああ、こっちはだな!」


 それから、様々な道具の説明を受けた。

 簡単に言えば、ヒモと杭で正確に角度を測り、削ったり埋めたりするのだそうだ。他にも、やたら難しい話をされたが、モニカには理解できなかった。


「お取り込み中、すいませんでした」

「いいってことよ! それより、姫さまも、何かやることがあったのではないかね!」

「あ、そうでした」


 カゴに入った〈魔法の行灯〉を作業場に持っていかなければならなかった。気がつけば、すっかり話し込んでしまった。


「それでは、失礼します」

「ガハハ、適度にサボるのは、健康の秘訣ですわ!」


 失礼な。

 モニカは、あわてて作業場へと走って行った。


【16】


 作業場では、ルローが陣頭指揮をとっていた。


「や、姫さんじゃないか」

「はー、はー、お待たせしました」


 話し込んでしまった時間を、少しでも取り返そうとしたのが間違いだった。現場にたどり着いた時には、息が上がってしまっていた。


「おいおい、大丈夫か?」

「ええ、大丈夫ですとも」


 作業は上手くいっているようだ。何本かの水路が完成し、水をすくい上げる滑車が備え付けられようとしていた。


「〈魔法の行灯〉を持ってきましたよ」

「おー、すまないな」


 モニカは、カゴを彼に手渡した。

 すると、彼は中から〈魔法の行灯〉を取り出した。それから既に使い終わっている行灯をカゴの中に入れる。


「この明かりのお陰で、本当に助かってるよ」

「いえいえ、こちらからお願いした事ですし」


 妙な沈黙が訪れた。仕方なしに作業の方を見る。

 どうやら、滑車が取り付け終わったようだ。カラカラと音を立てて滑車を回し試している。

 その時、ルローの方から話しかけてきた。


「この調子なら、明日にでも水を引けそうだ」

「速いですね」

「イラスのおっさんのおかげだ」


 先ほどの様子を思い出して、モニカは苦笑した。


「サボリ魔ですけどね」

「違いない」


 ルローも苦笑した。


「他に何か、必要な物はありますか?」


 彼は、少し考える素振りを見せてから、答えた。


「いや、特に何もないな。何かあったら姫さんを呼ぶから、休んでいてくれ」

「ええ。では言葉に甘えて」


 モニカは、使い終わった〈魔法の行灯〉が入ったカゴを手に取った。


「それでは失礼します」


 そう言い残して、作業場を後にした。


【17】


 モニカはカゴを持って、今度は3階層の水晶の泉へと向かう。


「あ、モニカお姉様」


 水晶の泉では、シュティラが水汲みをしていた。その縦穴からは、太陽の光が差し込んでいて、泉が光り輝いていた。

 ここの水は、非常に綺麗で、飲める水だった。だからこうして、適度に水の補給をすることになっている。


「あら、シュティラも来ていたのですか」

「はい」


 モニカは、カゴの中から〈魔法の行灯〉を取り出した。ここならば、日光が当たるので、光の補充ができる。


「お姉様、ここは気持ちいいですよね」

「そうね」


 今までジメジメした洞窟から、柔らかい日光が降ってくる、清々しい縦穴に来たのだ。それに春が過ぎ、夏に向かいつつある。日光の強さも程よい。

 〈魔法の行灯〉を日の当たる場に置きつつ、ふと縦穴の片隅に見ると、洗濯物が干してあった。


「何だか、一気に所帯じみてきましたね……」


 モニカはジト目で呟く。幻想的な雰囲気が台無しだ。


「まあ、必要な物ですし……」


 シュティラが苦笑しながら、返事をした。

 一応〈転移門〉を通れば、直ぐにヴァスマイヤ村に戻ることができる。だが、いちいちモニカに、お伺いを立てるのが面倒なのだろう。

 男衆は、幾つか生活用具を持ち込んで来ている様子だった。


「モニカお姉様?」

「ん?」


 モニカは手を止めて、シュティラの方を見た。

 組んだ水を空き瓶に詰め込んでいる。ポニーテールが右に左に揺れていて、忙しそうだ。


「ここの水晶は、手をつけないでおいて欲しいのです」


 モニカは、シュティラの気持ちがよく分かる。

 ここは、実際に水晶があるせいなのか、妙に明るい。その水晶を取り尽くすと、この清浄さが失われるかもしれない。それに綺麗だ。


「それは、私も思っていました」

「本当ですか?」

「ええ。男どもには、手をつけないように言い含めておきましょう」

「……」


 わずかの沈黙の後。

 どちらからともなく、クスクスと笑い始めた。


「ええ、あの人たち、掘りそうですものね」

「確かに」


 モニカは、丁度〈魔法の行灯〉を並び終えた。


「私は戻りますが、シュティラはどうしますか?」

「あ、もう少しやっていきます」

「分かりました。無理はしないでくださいね」

「はい、お姉様」


 モニカは、シュティラと別れた。

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