【100】
【12】
「皆さん、来てくれてありがとうございます」
モニカは〈転移門〉で召喚したヴァスマイヤ村の人たちを前にして、挨拶した。
運の良かったことに、村はちょうど農閑期だったので、かなりの人が集まってくれた。
「どうせ、暇だしよう。気にすんなよー」
「よし、賭けしようぜ、賭け」
「いいぞ。賭けの対象は明日のメシな」
皆、ノリノリだった。どうも、祭りのような感覚らしい。酒を持ち込んでいるものすら居た。
……ま、いいか。
「やあ、姫さまやぁ!」
そんな中、野太い声で話しかけてくる男がいた。
「イラスさん、お待ちしてました」
それは、イラスという村人だった。ヒゲが濃く、ずんぐりむっくりしていて、背が低い、おっさんだ。村長の息子ルローによると、村人の中で一番土木に詳しい。彼は、今回の治水の指導をしてくれることになっている。
「あー、ちょっといいか!」
「何でしょう?」
「ここに、居住区を作りたいんだがな!」
……はい?
「な、何故ですか?」
「気に入った!」
「あ、いや、そうでなくて、ここの指導をしてくれるのでは?」
「それはもちろん!」
「そ、そうですか」
「何、気にすることはない! ルローがきちんとやってくれるさ!」
「……本当に、大丈夫ですか?」
どう見ても、住めるような環境ではない。日光は当たらないし、水も飲めるのか飲めないのかわかったものではない。
また〈風の精霊〉の属性も弱い。長期間長く居れば、息の病に倒れることは予想がつく。
「何というか、土が素晴らしいんだよ、これが! 終わった後も、通いたくってなあ!」
「……体を壊すかもしれませんよ?」
「ガハハ、そんな物!」
「……さいですか」
確かに、この洞窟の入り口に、素晴らしい水晶の泉があった。この近くも掘れば、良質の宝石が取れてもおかしくはない。
いやはや、世の中には、色んな人がいるものだ。
「いいですよ。ただ〈転移門〉が使えなくなった時の為に、出口は作っておいた方がいいかもしれません」
「承知だ!」
ヒゲの男は、嬉しそうにスキップしながら、戻っていった。
……本当に、色々な人がいるものだ。
「よっし、お前ら仕事始めるぞ!」
「おーっす」
作業が始まった。
その様子を見ていると、水路を作ってるグループと、貯水穴を掘っているグループに別れていた。
作業目的は単純だ。
地底湖に溜まっている水を他所に移すだけ。
ここでは、魔法を使わない。というのも、莫大な魔力が消費されることが見込まれる。モニカが魔力を絞り尽くしても、無理のように思われた。
クヴィラに頼んではみたものの、特に興味が沸かないらしく、動いてくれそうになかった。
それに、地底湖の底に溜まっている、大量の人骨が気になる。体力と魔力を温存しておきたい。
「ご主人様」
今度は、モニカの侍女リュミエラが話しかけてきた。身の回りの世話が主な役割だが、〈水の精霊〉も使える魔術師だ。今では、モニカの右腕である。
「どうかしましたか?」
「いえ、大したことではないのですが」
「?」
「時間がかかりそうなので、フルスベルグ村に中間報告が必要だと思われます。折を見て、私を村に送って頂けますか?」
なるほど、一理ある。
ただ〈転移門〉の使用には、細心の注意が必要だ。しかし、それを考慮しても、やる価値はありそうだ。
「分かりました。そのようにお願いします」
「はい、ありがとうございます」
リュミエラは、モニカのそばから離れていった。
【13】
治水作業を始めてから、一月の時が経った。
モニカはその間、作業中に事故が起きないかを警戒すべく、現場に留まった。
他にも「地底湖の人骨」に何か変化がないか、クヴィラが、村人たちとトラブルを起こさないか、などといった他の心配の種もある。
今のところ、大きなトラブルは起きていない。
逆に良かった事と言えば、イラスが作った居住区が、極めて過ごしやすかったことだ。洞窟の壁を慣らし、レンガで敷き詰め、どこぞの豪邸かと見間違えんばかりだった。
モニカは、その中でも特に上等な一室を使わせてもらっている。おかげで、屋敷に戻ることなく、村人たちやリュミエラ達の行動を監視できている。
「ただ今、帰ってきました」
リュミエラが〈転移門〉から戻ってきた。フルスベルグ村に、近況を報告もらってきたのだ。
「ご苦労様です。報告をお願いします」
「はい……」
しかし彼女は、珍しく浮かない表情をしている。
何かあったのだろうか。
「どうかしましたか?」
「あ、いえ、大したことではないのですが……」
「迷ったのならば、報告して下さい。情報の選別は、私がします」
「あ、いえ、はい、失礼しました。それでは報告します。最近、フルスベルグでは、外から来る人間が増えているようです」
「外から? それは東からですか? 西からですか?」
「分かりません」
「どのような服装の人ですか?」
「あまり、見ない人たちでした」
「なるほど、それは気になります。別件で調査をお願いしていいですか?」
「はい」
「それでは、本来の報告をお願いします」
「はい。フルスベルグ村長に無事に会えました。そして、少々手こずってはいるが、なんとか上手く行きそうだと報告すると、大変喜んでおられました」
「それは良かったです」
それから、リュミエラはいくつかの簡単な報告を述べた後、部屋を退室した。
「さてと」
用が済んだモニカは、立ち上がる。そして、部屋の隅に置いてあったカゴを手にして、外に出た。
【14】
「失礼しますよ」
モニカは、クヴィラの部屋に立ち寄った。中を覗くと、彼はモニカに気を止めずに、机に向かって作業を続けている。
「〈魔法の行灯〉なら、そこに出来た物があるから、持っていけ」
アゴで指し示した方を見ると、数本の行灯が陳列していた。昼の太陽の光を吸収し、夜になると光り出すという〈魔法具〉だ。
これを作業場のあちこちに置いて、光を確保している。魔法では、持久力が持たない。火では、扱いも難しい上に、煙がこもると命に関わる。
洞窟の中では、極めて便利な道具だ。
「助かります」
モニカは〈魔法の行灯〉をよく眺めた後、カゴの中に押し込んだ。
彼の専門分野は〈付与魔術〉と言うだけあって、完成度が素晴らしい。材料はモニカが提供したものだ。
「……どうして手伝ってくれるのですか?」
ふとモニカの口から、自然に出た。彼の知識なら、一人であの水を抜く事は不可能ではないはずだ。しかし、それをやらない。かと言って、明かりを確保する手伝いはしてくれている。
「……さあな?」
やや沈黙した後に、返事が返ってきた。少々、不自然な気もした。
「今のは忘れてください。それでは、残りもお願いします」
返事はない。が、怒ってるわけではなく、いつもの事だ。
気にはなるが、彼は気まぐれ屋だ。あまり深く追及して、やる気をなくされても困る。
「では、失礼します」
モニカは、カゴを持って外に出た。
【15】
通路を歩いていると、イラスが現れた。というより、床にしゃがみ込んで、何かをやっていた。
「イラスさん?」
「ん?」
……この人、治水の指揮者だよね?
と、自分の記憶が間違いではない事を確認してから、彼に尋ねた。
「こんにちわ。何をやっているんですか?」
「や、姫さまや!」
彼は作業を中止して、話しかけてきた。よく見れば、何か細々とした小道具を持っている。
「これは、通路を整地してるんですわ!」
「整地……?」
治水と、よほどかけ離れた作業のように思える。この人は何やってるんだろうか。
「あの、綺麗にしてくれるのはありがたいのですが、水抜きの方を……」
「ガハハ、姫さまや! 面白いことを言いなさる!」
イラスは、モニカの言葉を遮って、腹を抱えて笑った。
少しムッとしたが、顔には出せない。
「居住区を作ったとて、水が流れ込んでしまっては意味がない。居住区に水が流れ込まないように、高低差をつけておるのですわ!」
言われてみれば、そうだ。部屋の中に、水がなだれ込んだら大変だ。
「そうだったのですか、失礼しました」
恥ずかしさをごまかそうと、視線を逸らす。すると、彼の持っている小道具が目に入った。
三又の小さなガラス管に、水が入っている。
何に使うんだろう?
「それは何ですか?」
「ん、これか!」
イラスは、手にもっている小さなガラス管を見せびらかしながら、答えた。
「これは〈水平器〉と言ってな! 中に入っている気泡で、地面が水平かどうかを調べるんだ!」
「へえ」
よく見ると、他にも杭やヒモなどが散らばっていた。治水に必要な道具らしい。
「そっちは何ですか?」
「ん! ああ、こっちはだな!」
それから、様々な道具の説明を受けた。
簡単に言えば、ヒモと杭で正確に角度を測り、削ったり埋めたりするのだそうだ。他にも、やたら難しい話をされたが、モニカには理解できなかった。
「お取り込み中、すいませんでした」
「いいってことよ! それより、姫さまも、何かやることがあったのではないかね!」
「あ、そうでした」
カゴに入った〈魔法の行灯〉を作業場に持っていかなければならなかった。気がつけば、すっかり話し込んでしまった。
「それでは、失礼します」
「ガハハ、適度にサボるのは、健康の秘訣ですわ!」
失礼な。
モニカは、あわてて作業場へと走って行った。
【16】
作業場では、ルローが陣頭指揮をとっていた。
「や、姫さんじゃないか」
「はー、はー、お待たせしました」
話し込んでしまった時間を、少しでも取り返そうとしたのが間違いだった。現場にたどり着いた時には、息が上がってしまっていた。
「おいおい、大丈夫か?」
「ええ、大丈夫ですとも」
作業は上手くいっているようだ。何本かの水路が完成し、水をすくい上げる滑車が備え付けられようとしていた。
「〈魔法の行灯〉を持ってきましたよ」
「おー、すまないな」
モニカは、カゴを彼に手渡した。
すると、彼は中から〈魔法の行灯〉を取り出した。それから既に使い終わっている行灯をカゴの中に入れる。
「この明かりのお陰で、本当に助かってるよ」
「いえいえ、こちらからお願いした事ですし」
妙な沈黙が訪れた。仕方なしに作業の方を見る。
どうやら、滑車が取り付け終わったようだ。カラカラと音を立てて滑車を回し試している。
その時、ルローの方から話しかけてきた。
「この調子なら、明日にでも水を引けそうだ」
「速いですね」
「イラスのおっさんのおかげだ」
先ほどの様子を思い出して、モニカは苦笑した。
「サボリ魔ですけどね」
「違いない」
ルローも苦笑した。
「他に何か、必要な物はありますか?」
彼は、少し考える素振りを見せてから、答えた。
「いや、特に何もないな。何かあったら姫さんを呼ぶから、休んでいてくれ」
「ええ。では言葉に甘えて」
モニカは、使い終わった〈魔法の行灯〉が入ったカゴを手に取った。
「それでは失礼します」
そう言い残して、作業場を後にした。
【17】
モニカはカゴを持って、今度は3階層の水晶の泉へと向かう。
「あ、モニカお姉様」
水晶の泉では、シュティラが水汲みをしていた。その縦穴からは、太陽の光が差し込んでいて、泉が光り輝いていた。
ここの水は、非常に綺麗で、飲める水だった。だからこうして、適度に水の補給をすることになっている。
「あら、シュティラも来ていたのですか」
「はい」
モニカは、カゴの中から〈魔法の行灯〉を取り出した。ここならば、日光が当たるので、光の補充ができる。
「お姉様、ここは気持ちいいですよね」
「そうね」
今までジメジメした洞窟から、柔らかい日光が降ってくる、清々しい縦穴に来たのだ。それに春が過ぎ、夏に向かいつつある。日光の強さも程よい。
〈魔法の行灯〉を日の当たる場に置きつつ、ふと縦穴の片隅に見ると、洗濯物が干してあった。
「何だか、一気に所帯じみてきましたね……」
モニカはジト目で呟く。幻想的な雰囲気が台無しだ。
「まあ、必要な物ですし……」
シュティラが苦笑しながら、返事をした。
一応〈転移門〉を通れば、直ぐにヴァスマイヤ村に戻ることができる。だが、いちいちモニカに、お伺いを立てるのが面倒なのだろう。
男衆は、幾つか生活用具を持ち込んで来ている様子だった。
「モニカお姉様?」
「ん?」
モニカは手を止めて、シュティラの方を見た。
組んだ水を空き瓶に詰め込んでいる。ポニーテールが右に左に揺れていて、忙しそうだ。
「ここの水晶は、手をつけないでおいて欲しいのです」
モニカは、シュティラの気持ちがよく分かる。
ここは、実際に水晶があるせいなのか、妙に明るい。その水晶を取り尽くすと、この清浄さが失われるかもしれない。それに綺麗だ。
「それは、私も思っていました」
「本当ですか?」
「ええ。男どもには、手をつけないように言い含めておきましょう」
「……」
わずかの沈黙の後。
どちらからともなく、クスクスと笑い始めた。
「ええ、あの人たち、掘りそうですものね」
「確かに」
モニカは、丁度〈魔法の行灯〉を並び終えた。
「私は戻りますが、シュティラはどうしますか?」
「あ、もう少しやっていきます」
「分かりました。無理はしないでくださいね」
「はい、お姉様」
モニカは、シュティラと別れた。




