【99】
【9】
モニカ達は、洞窟に入って行った。
新しく作られただけあって、岩壁が荒く露出し、所々尖っている。穴の高さは、十分に立って歩けるほどで、横幅は五、六人が並んで歩けるほどの広さだった。
リュミエラとルローが先頭を歩き、真ん中は、タンコとシュティラが並んで歩く。後方では、モニカとクヴィラが歩いて行く。
「今の魔法は、どんな理だったのです?」
モニカには、このような魔法を見たことも聞いたこともない。魔術師の一人としても興味深く、どうしても聞かずにはいられなかった。
「クククク……今のはだな」
心なしか、クヴィラが嬉しそうだった。珍しく、饒舌になって話し始める。
「大地には穴を作らない、というのは理の一つではあるが、やはり例外はある。それはミミズやアリなど、地に巣を作る虫だ。ゆえに虫の名を表に出せば、反動をかなり抑えられる」
彼は、その後も歩きながら、丁寧に語ってくれた。内容もとてもわかりやすく、普段の様子からは、信じられないほどだった。
しかし、よく考えれば、当たり前なのかもしれない。彼は、元宮廷魔術師。ならば、魔術師の卵たちに、魔法を教えることもあったのかもしれない。少なくとも、モニカの師匠であるアルヴィスには、弟子が沢山いた。
「なるほど、そういう事だったのですね」
モニカは、最後まで話を聞いた。
彼の独自理論によって構築された〈迷宮生成〉の概略は、とても素晴らしかった。
ただ、ミミズやアリの巣を基本にするので、どうしても迷宮状になってしまうのが唯一の欠点とのこと。そこは、どうしても改善できなかったらしい。
「姫さん、もう大体回ったぜ! どうするよ!」
話し込んでいる内に、ルローの声が前から聞こえてきた。気がつかない間に、この階層は踏破してしまっていたようだ。
作られたばかりの洞窟だ。何かいるわけでもない。この層に何もなければ、目的地はもっと下なのだろう。
「じゃあ、さらに下に行きましょう」
【10】
再び、クヴィラが魔性石を消費して、さらに下の階層を作り上げた。
モニカ達は、できたばかりの下層へと降りて行く。
代わり映えのない景色が広がっている。
水晶のあった縦穴自体が、3階層ぐらいの深さだったから、地上から概算すれば、今は4階層目ぐらいだろうか。
「あの、貴方の故郷についてですけど」
「……」
「どんな所だったのですか?」
聞いてから後悔した。
ひょっとしたら、嫌な思い出しかないのかもしれない。あまり、人の過去には触れるべきではなかった。
「あ、いや、言いたくなければ言」
「まあ、たいしたことはない」
特に、不機嫌になった様子も見られなかった。
モニカは人知れず、胸を撫で下ろした。
「そうだな、今思えば、親からすらも嫌われていたな」
クヴィラは、自分の昔について語り出した。
彼の言によると、彼の親は特に魔法家系の人間ではなかった。しかし兄弟の中で、彼だけが小さい頃から精霊が見え、魔法を使いこなせたのだという。
それに対して、残念な事に、家族は魔法の理解が浅かった。
彼は、最初は褒められたい一心から、親に対して魔法を自慢した。その度に、親は気味が悪がった。そして、他の兄弟へより愛を注ぐようになったのだという。
「そうでしたか……」
モニカには、思い当たる節があった。
魔法が使えるかどうかは、基本的に血によって決まる。しかし、稀に突然変異で、魔法が使えるようになる人間がいるということを聞いた。そのような人間は、一般的な魔術師より、才能豊かである事が多い。
魔法は正しく使えば、人のためになる。周囲の理解が得られないばかりに、埋れてしまう魔術師がいることを知った。
そしてモニカの頭に、今までモヤモヤした考えが少しずつ形を成していく。
才能ある魔術師を発掘する為に、各地に魔術師を派遣したらどうだろうか。そして、突然変異によって生まれた魔術師の卵を、王都で保護するのだ。そうすれば、悲しい事は防げるかもしれない。
いや、それだけでは不十分だ。子供を保護するだけでなく、親にも、魔法はこういうものだと、教育しなくてはならない。そうなると、派遣だけでなく、教育が必要だ。つまり村ごとに〈教会〉を建ててみてはどうだろうか。
「それで、俺は早くから独立することになった」
クヴィラの話は、いつの間にか幼少期から思春期に移っていた。
えーと、とにかく、親に嫌われていたので、早くから独立しようとしていたらしい。
モニカは、話を聞いていた振りをしつつ、相槌を打つ。
よかった、ばれてない。
「あ、はい」
「……それで、俺は街に出た。だが、何もない俺が、生きるのは不可能に近かった。わずかにできることと言えば、魔法ぐらいしかなかった。しばらくは、それで食っていけた。だがそれも、すぐに限界が来た」
何の後ろ盾のない青年が、一人で生きるのは不可能に近いだろう。それでも、少しでも食いつないだという話は驚異に値する。
国には、浮浪者や食えない者を保護するような施設があっても良いのかもしれない。
「そこで、俺は俺と似たような境遇の奴と出会った。そいつらは群れをなしていた。そして、盗み、タカリ、殺し、何でもやっていた。俺はその〈盗賊団〉に入った」
こんなに才能溢れる魔術師が、盗賊に身を落とすとは。
もしも、周りの理解があれば。
もしも、彼の力を認めてくれる師匠に出会えていれば。
歴史に名を残しうる魔術師になれるかもしれなかった。
モニカは、彼の境遇を哀れむと共に、少し悲しくなった。
「そこでは、俺は生きる為なら、どんな事でもやったよ。どんな事でもな」
彼の告解は続く。
感情を交えずに、淡々と出来事のみを話す様子は、まるで、心のどこかが壊れているかのようだった。
「だが、それも長くはもたなかった」
モニカの相槌を待たずに、話を進めていく。もはや彼は、どこも見ていない。
「俺たちは、裕福そうな家に忍び込んだ。そこで根こそぎ財産を奪う予定だった。憲兵など怖くなかった。しかし」
モニカは今、気がついたことがある。
さっきから、同じところをぐるぐる回っているのだ。ルローが気をきかせたのか、話かけづらいのか、とにかく、前の四人は黙って歩いている。
「そこに住んでいた男は、化け物だった。出会うなり、俺たちの半分は切り捨てられた。半分は逃げた。俺は捕まった」
「……それで……?」
「仲間だと思っていた。だが、あの時、あいつらは俺を盾にして、みんな逃げた」
わずかに声が曇った。
今気がついたことだが、彼はあるキーワードに対して、過敏に反応する。
それは〈裏切り〉だ。
「俺を捕まえたあいつは、俺を殺そうとはしなかった。むしろ、色々と話を聞いてきた。そして、話を聞き終えた後、あいつは仲間にならないか、と言ってきた」
モニカは少し驚いた。
が、納得はできた。彼には、なぜか保護欲を掻き立てられる。壊れて傷つきながらも、一人で孤高に生きようとしているからだろうか?
よく、わからない。
「俺は、あいつの行為が理解できなかった。が、殺されるよりはマシと思い、頷いた」
モニカは、さらに深く話を聞こうとする。その時、前からルローの声が聞こえてきた。
「この階層も探索が終わったぜ」
痺れを切らしたのか、これ以上話を聞くのが辛くなったのか、とにかく、話は中断された。
「じゃあ、さらに下に向かいましょうか」
【11】
クヴィラの〈迷宮生成〉により、さらに下の階層が作られた。また一つ、魔性石が消えた。
第五階層目は、上より少し趣が違った。壁がほんのり湿っている。
「そろそろだな」
クヴィラは壁をさすりつつ、つぶやいていた。
モニカも同じ感想を抱いた。ここの水や湿気にわずかに違和感を覚える。何か不純物が混じっているかのようだ。
「これは何でしょうか?」
「さて。何かが澱んではいるようだが」
先頭を歩くルローが、足を止めた。心配そうな顔でこちらを見つめている。
「何があるんだ? 心構えぐらいはさせてくれ」
「……そうだな。恐らく急に襲ってくる、ということはあるまい」
モニカには、どんなモノが待っているのか検討もつかない。口を出せなかった。
「……分かった」
ルローは再び歩き出した。
モニカ達一行は、第五階層を黙々と歩き続けた。何となくだが、変な臭いを感じる
「おっ」
しばらく歩き続けていると、広い空間に出た。
地底湖だ。
水面にわずかに波が立っているのが見える。どうやら〈迷宮生成〉の魔法が、地下の水溜まりに直撃したようだ。
「気をつけた方がいいぞ」
クヴィラが警告を飛ばした。
全員で恐る恐る、地底湖を近づこうとした。急激に腐臭が強くなった。
モニカは鼻をつまみながら、地底湖を覗く。
「これは……」
湖の底に、大量の骨が山のように積まれていた。それに、布切れが所々こびりついている。
恐らく人の骨だ。布切れは、服だったモノだろう。
「一体、なぜこんなところに……」
この洞窟は今、作ったばかりなのだ。ということは、人の手でここに集められたわけではないはずだ。
「さあ……」
誰かがつぶやいた。
気弱な木こりのタンコは、気持ち悪そうにうずくまってしまった。彼には刺激が強すぎたようだ。
彼以外にも、慣れていない村人組のシュティラとルローは、若干気分が悪そうにしている。
「これを、取り除けば良いのですか?」
「そうなるな」
クヴィラは返事をかえした。
モニカの目では、割りと重労働になりそうな気がした。まずは、水を取り除かなければならない。骨を拾い上げるのも大変だ。
屋敷から応援を呼ぶ必要がありそうだ。モニカは、ブローチを握りしめて〈転移門〉の召喚の準備に入った。
「分かりました。では、作業に入りましょう」




