【98】
【5】
モニカ達は、フルスベルグ川に沿って、道無き道を徒歩で登って行く。
獣道すら見当たらない未開の地だ。岩が沢山転がっていて、馬を使うことすらできそうにない。場合によっては、大きく迂回することもある。それでも、この川を目印にしているので、今の所は迷わずに済んでいた。困った時は、川に沿って降りて行けば良い。
「姫さん! それで、どこまで、行けば、いいんだ!」
ルローは、転がっている岩と岩の上を飛び跳ねながら、先頭を突き進む。
「まだまだ、でしょう、か!」
モニカも列の後ろの方から、同じように声をかけながら、飛び跳ねて進む。
とはいうものの実際の所は、モニカには何を目指せば良いのか、まだ分かっていなかった。今回は水害を防ぐ、という曖昧な〈依頼〉だ。
幾つかは対策は考えてはみたものの、どれも確実性が薄い。いっその事、山の一部を吹き飛ばすことも考えたが、もしも川が枯れたら、目も当てられない。
クヴィラも、色々考えてはいるようだったが、二人の結論として、実際に目で見ないと何とも言えない、ということになった。
「ヒントはありそうなんですけどね……」
モニカは、フルスベルグ川を横目に眺めた。魔力のこもった目で見ると、妙に〈水の精霊〉がざわめいている。
「どう思いますか?」
すぐ後ろにいるはずのクヴィラに尋ねた。
モニカと同等以上の知識を持っているのは、クヴィラしかいない。侍女のリュミエラは〈水の精霊〉を扱えるが、その理までは把握できておらず、この場面では役に立たない。
「さあてな……」
クヴィラは川をチラリと横目に見ながら、意味深な発言をした。
彼は、自分の考えをあまり語ろうとはせず、孤独を好む。しかし、ふと気がつけば驚くような〈魔法具〉を作り上げる天才なのだ。
だから、あまり語りかけない方が良いだろう、と判断した。
「モニカお姉さま」
村人のシュティラが、ポニーテールを左右に揺らしながら、モニカの近くまでやってきた。
いつの間にか、呼び名がお姉さまになっている。
ただモニカは、兄弟姉妹の中ではどちらかといえば下の方だ。お姉さまと呼ばれると、背中がムズムズする。だが、訂正する気になれなかった。
彼女を否定すると、後が怖そうだ。
「シュティラ、何でしょう?」
「モニカお姉様に何があっても、私が命に変えてでもモニカお姉様を守りますからね!」
あの、すいません。
一体、何の話ですか?
と一瞬、素で口にしかけた。
シュティラは、後ろにいるクヴィラの様子を伺いながら、ヒソヒソと話しかけてきている。どうやら彼の事を疑っているらしい。
「モニカお姉様、何か弱みを握られているのでしたら、私が……!」
むしろ、彼女の方がヤバイ。
目が座っている。
「いえいえ、そ、そういうわけではありませんよ!」
「本当ですか……!」
「本当ですから、落ち着いて!」
モニカは、必死にシュティラを落ち着かせた。背後をチラッとのぞくと、クヴィラは自分の世界に入ってるらしく、聞いていない様子だった。
良かった。
「とにかく、彼は実力者なのです。私は彼の能力を高く買ってます。今回の件でも、力になってくれるはずです」
シュティラは、不満そうに口を尖らせた。
それでも、渋々とモニカのそばから離れようとして、足を止めた。再び近寄ってきて、モニカの腕に絡みついてくる。
「な、な、なにを……!」
「モニカお姉さま、ええ、離れませんとも。このままでいさせてください」
モニカの腕に、彼女の柔らかい胸が当たる。意外にでかい。
じゃなくて、暑苦しい。動きづらい。
「あの、動けないのですが……」
「いーえ、離しませんとも!」
「それは困るので、せめて手を繋ぐ、ぐらいに……」
その後の説得により、移動時はモニカのすぐ横に、平常時は手を繋ぐことで妥協することに成功した。
【6】
フルスベルグ川に沿って登りはじめてから、数日。
夜になれば〈転移門〉を使って屋敷に戻り、朝になれば、再び同じ場所から出発するという生活が続いた。
本来は夜襲を避ける為、夜通し交代で火の番をするのが普通なのだが、その必要がない。常に万全の体制で移動することができた。
「姫さん!」
先頭を歩くルローが、突如立ち止まり、叫んだ。
何かを見つけた感じの、そんな声だった。
「どうかしましたか?」
「これを見てくれ」
ルローが指差す方向を見ると、大きな縦穴が広がっていた。軽く近寄って、中を覗いてみる。かなり深い。奥には湖があるようだ。
「ん?」
モニカは湖をよく観察した。
〈水の精霊〉の様子が、川のそれと違う。水面は鏡のように、波しぶき一つ立てていなかった。
「当たり、だな」
いつの間にか、クヴィラが背後に近づいていた。
どうやら、同じことを考えていたようだ。
川の〈水の精霊〉の動きは、何かに怯え、逃げているかのようだった。つまり、一刻も速く河口に逃げたい、と。
しかし、ここの湖にはそれがない。
つまり、川にあって湖にはない何かが、原因となって、洪水を引き起こしている事になる。
「降りますか?」
「もちろん」
彼は即答だった。その間、一瞬たりとも、湖から目を離さない。
モニカは、背後に向かって全員に指示を飛ばす。
「今から、ここを降りていきます。各自、ザイルロープを用意してください」
「お、おう」
各々が戸惑いつつも〈背嚢〉を降ろした。荷物をあさり、中から頑丈なロープを取り出す。
モニカは二本のロープを取り出して、クヴィラに一本差し出した。
「クヴィラさん、貴方も」
「必要ない」
「え?」
彼は縦穴に向かって、足を一歩、踏み出した。
「クヴィラさん!」
しかし、様子がおかしい。彼が穴の上にいるのに、落ちる様子はない。
「え? え?」
モニカは混乱した。
今の彼の状態に、該当する魔法が思い当たらなかった。
近いのは〈浮遊〉ぐらいか。地面から、わずかに浮かび上がる魔法だ。しかし、あくまで地面から少し浮かび上がる程度で、空を飛ぶことはできない。
逆に、空を飛ぶ魔法が〈飛翔〉である。しかし、一人用の魔法である上に、飛行時には、周りに強烈な暴風や爆音を伴う。室内だったり、街の中、あるいは仲間がいる時には、使用が不可能だ。できるかもしれないが、周りを吹き飛ばすことになる為、意図的にやることはない。
「一体、どうやって……」
モニカのつぶやきを無視して、クヴィラは見えない階段を降りていく。
「早く来い」
そう言い残して、彼の姿は見えなくなると、モニカは、ようやく我に帰った。慌てて近くの木にロープを括り付け、穴を下ろうとする時には、既に他の全員は準備が出来ていた。
「お待たせしました」
クヴィラを除いた5人は、各々のロープを使って、縦穴を下って行った。
【7】
何事もなく、縦穴の底に到着することができた。
「うわあ……」
誰かが、感嘆の溜め息を漏らした。
モニカにも、その気持ちがよく分かる。
「綺麗ですね」
中央には、波しぶき一つない湖が鎮座していた。
その周りのあちこちには、水晶が析出している。その透明な石が、空からの太陽光を受けて、虹色に光っていた。とても幻想的な風景だ。
「さて……」
先に降りてきていたクヴィラは、その景色には興味なさそうだ。代わりに周囲の岩壁に沿って、何かを調べていた。
「何か、ありそうですか?」
モニカは、思い切って尋ねてみた。
しかし予想通り、反応はなかった。ただ、何かを掴んでいるようだ。後になれば、教えてくれるだろう。
軽く溜め息をついてから、湖の方に目を移す。目が点になった。
「……何をやってるんですか?」
ヴァスマイヤ村の男組のルローとタンコは、一番大きい水晶石の上によじ登ろうとしていた。
一方、女組のシュティラとリュミエラは、ブーツを脱いで、湖に足を漬けようとしている。
「やあ、姫さん! いい眺めだぞ?」
ルローは、水晶石の頂点に立って、まぶしい笑顔で笑いかけてきた。
今度は、ふう、と大きい溜め息をつく。
ちょっと、連れてくる人選を間違えたかもしれない。
「子供じゃあるまいし、何でそんな高い所に登るんですか!」
「だってなあ?」
彼は、タンコに話を振った。
なんて、無茶振りな。
「あ、いや、うん、おいらは……」
もじゃもじゃ頭をしきりに掻きながら、しどろもどろになって、下を向いてしまった。そこをルローが、背中を後ろからバンバンと叩いていたりする。
モニカはあきれて、追求するのを諦めた。代わりに、今度は女組の方に歩み寄って行く。
「リュミエラ、遊びに来たのではないのですよ?」
「ご主人様、だって、こんな綺麗な水は見たことがありませんよ。冷たくて気持ちいいですし」
「モニカお姉さまも、一緒にいかがですか?」
近くの水晶に腰掛けて、足をバタバタさせたり、手を湖の中でかき回したりして、水しぶきを楽しんでいる。
そのまま見ていると、とうとう二人で水しぶきを掛け合い始めた。よく見れば、二人の服は膝の辺りまでズブ濡れだ。
全く遠慮がない。〈水の精霊〉を使えば、直ぐに乾燥させることができるからこその行為なのだろう。
「えい☆」
シュティラの投げた水しぶきが、たまたまモニカの服にかかった。
もう、我慢の限界だ。
「いーかげんにしなさい!」
モニカは、珍しく大きな声を上げた。
【8】
「それで、どうでしたか?」
「原因は、この地下にあるはずだ」
モニカとクヴィラは、湖の周囲を調べながら、話し合っていた。
ちなみに女組みの二人は、罰として全員分の荷物を持たせて、兵士立ちさせている。兵士立ちというのは、カカトをつけ、背筋を伸ばし、胸を張って、アゴを締めた上で、少しも動かしてはいけない姿勢のことだ。維持するのが、かなり大変な姿勢でもある。
「どういうことですか?」
「この下に、水が避けるような何かがある。それによって、本来は地下を流れる水、つまり地下水が地表に流れるようになってしまっている。洪水になりやすいのは、その為だ」
「ということは、その原因を取り除けば、フルスベルグは水害に悩まされなくなるのですか」
「フルスベルグ? クククク。まあ、そうだな」
「それで、対策はありますか?」
はるか地下となると、少々大変だ。
〈地の精霊〉は、自然の法則に従って、山を突き崩すのは簡単だが、深い穴を掘るのは苦手だ。
無理に魔法を使用すると、自然に反する存在と見なされ、二度と〈地の精霊〉を使った魔法が使えなくなってしまう。
特殊な機具を使った方が、遥かに簡単かつ有効ではある。だが、こんな山奥ではそれを持ち込んでくるのも難しい。
「まあ、あるにはある」
「本当ですか?」
「そうだ。これを使う」
そう言って、彼の懐から緑色の宝石を取り出した。透き通った石の中心に、何やら白い点が輝いて見える。とてもこの世の中にあるものとは思えない。
「それは……?」
「〈魔性石〉だ。この中に〈地の精霊〉の純粋な魔力が封じ込められている」
話に聞いたことがある。
まず前提として、宝石には、精霊を閉じ込める力がある。それによって、砂漠の真ん中で〈水の精霊〉を呼びたしたりすることができる。
モニカの身につけている装飾品にも、幾つか散りばめられている。
しかし、ある特殊な宝石は、魔力そのものを閉じ込めるのだという。他にも、精神や魂を閉じ込めるものもあるらしい。
「ということは、その宝石で?」
「そうだ。これならば、術者に対するペナルティなく、穴を掘ることができる」
なんてことだ。
彼は、自然の法則ですら捻じ曲げることができるという。
その能力に、モニカはわずかに身震いした。
「では今回、その宝石を?」
「ああ。だが、少々手間取る。離れていろ」
言われるままにクヴィラから離れる。
すると彼は、そのまま魔法の詠唱をしはじめた。さらに岩壁に魔法陣を描く。
視界の片隅に、リュミエラとシュティラの恨めしそうな視線を感じたが、無視する。
「〈地の上位精霊〉よ。大地に住む、偉大なる精霊よ。全ての土台として君臨する精霊よ。我は、汝の眷属なり。ミミズの信念を受け継ぎ、大地に迷宮を作らんと欲す。代わりに、ジルコンに納められしモノを捧げる。地にミミズの痕跡を作りたまえ」
クヴィラの浪々とした呪文が響き渡る。
その声に応じて、魔法陣の淡い光が明滅しはじめた。パラパラと岩壁から小石が落ち、石の割れる音が聞こえる。
そして爆発音と共に、魔法陣のあった位置に大きな穴が空いた。
「くっ……」
腕で爆風から顔を隠しながら、モニカはその様子を見続ける。
クヴィラの握っていた宝石は、砂となって手からこぼれ落ちていった。それから、何事もなかったように、モニカの方を振り向く。
「さあ、行くぞ」
彼は嬉しそうに口を歪めながら、そう言った。




