【81】過去の記憶
【1】
王宮の上層には、王家の人間たちが住む部屋がある。
モニカはその一室で、机に頬杖をつきながら読書をしていた。柔らかな日差しがうなじに降り注ぎ、心地よい温かさを伝えてくる。
窓の外に目を配れば、真っ青な空と城下町が見受けられる。城内では、要所要所に王宮騎士が配備され、退屈そうな様子で見回っている。
「あふ……」
モニカは無意識に、口に手を当てながら欠伸をした。
今、目を通している書物は、来週の儀式に関する物だ。全くもって退屈極まりないが、内容を全て把握しなけれはならない。
思わず部屋の中央にある天蓋のベッドに目を配る。
眠い。
つまらない本を放り出して、あのシーツの海に飛び込みたい。きっと、安らかな寝心地を約束してくれるだろう。ベッドを見るたびに、眠りを司る〈砂の精霊〉の誘惑が頭をもたげてくる。
いやいや、それはダメだ。王女としての最低限の義務をこなさないと、またお兄様に叱られてしまう。
モニカは頭をブンブンと横に振って、眠気を吹き飛ばした。そして再び、本に目を通す。
それにしても、眠い。
【2】
はっ。
気がつけば、モニカは机に突っ伏していた。ガバッと跳ね起き、慌てて周囲を見渡す。
良かった。部屋には誰もいない。
王女とは私室であっても、いつも一人以上の侍女と近衛がついて回るものだが、今日はたまたま一人だった。なお、部屋の外には二人の近衛兵がいる。
改めて目の前の書物を見ると、ヨダレでベトベトになっていた。とっさに手の甲で口をぬぐう。書物をよく見ると、ヨダレでインクがにじみ、紙もヨレヨレになっていた。
……しまった。
モニカはとっさに立ち上がって、ぬぐう物を探す。
ちょうどその時、誰かが廊下を走る音が聞こえた。随分と慌てているようだ。そう言えば、さっき凄い物音が聞こえたような気がする。
間もなく、外にいる近衛兵と押し問答が始まった。通せだの、通さないだのと聞こえるが、その声には緊迫感がにじみ出ている。
モニカはとりあえず書物のことは諦めて、ゴミカゴに投げ入れた。そして、部屋の扉を開ける。
「何ですか? 騒々しい」
扉を開けると、二人の近衛兵に両脇を抱えられた一人の兵士と目が合った。とても青ざめた顔をしている。
「モ、モニカ姫! ここは危険です! 今すぐ逃げて下さい」
冗談ではなさそうだ。モニカは二人の近衛兵に指示をする。兵士は一歩下がり、絨毯に膝をつけてかしこまった。
「……一体、何があったのですか?」
「貴女のお兄様が……シャリオット王子が……国王陛下を殺害なされました!」
モニカは、兵士の言葉が頭に入らなかった。
全くもって何を言っているのだろう。本当に、意味が分からない。
「何を言うのです。あの優しいシャリオお兄様が、そんな事をするはずはないでしょう」
「ですが、実際に起きたのです! そしてその後すぐに、シャリオット王子はその剣を自分の腹に刺し、自害されました!」
モニカだけでなく、二人の近衛兵士にも動揺が走った。
「その後、革新派の貴族が一斉に武力蜂起し、王宮内は混乱に包まれています。ここまで戦火が及ぶのも時間の問題です! 今のうちに避難を!」
モニカは、すぐに自分の部屋に戻り、窓辺に駆け寄る。すると、確かに先ほどまでノンビリしていた兵士たちが何処かに走って行く様子が見られた。
「わかりました。避難しましょう」
その言葉に反応して、二人の近衛兵が動き出した。モニカ担当の近衛兵や侍女に連絡しに行ったのだろう。さすが王宮に仕えるエリート達なだけはある。
「はい、避難経路はある程度予測を立てていますが、戦場は千変万化します! 敵と遭遇しましても、我らが身を持って姫の身を守らせて頂きます!」
「では、案内をお願いします」
兵士は立ち上がった。
間もなく、近衛兵たちが戻ってきた。モニカの周りの世話をしている3人の侍女と、残りの4人の近衛兵が後ろについている。
合計10人が、モニカを王宮から脱出させるために動き出した。
【3】
先頭に立つ兵士が、慎重に周囲を見渡しながら、廊下を駆け足で歩いていく。その後ろを、モニカを中心として、侍女と近衛兵たちが円陣を組んで歩く。
確かに、周囲から剣戟の音が聞こえる。
「すいません、戦場から避け切れません! ここは突っ切って下さい」
先導の兵士が廊下を左に曲がる直前に剣を抜きはなった。モニカ周囲の護衛も、戦闘体制に入る。
モニカが廊下に曲がると、二組の小部隊が小競り合いをしていた。どちらも貴族に仕える騎士たちだ。鎧につけた紋章によって、区別がつけられている。
「王女だ!」
誰かが声を上げた。その場の騎士全員が、一斉に反応する。
モニカ達は、その集団の中に飛び込んでいった。近衛兵士が、集団の中に斬り込んでいく。ちょうど、革新派の騎士たちは、保守派の騎士たちと、モニカ達の集団に挟まれるような形となる。
「〈水の精霊〉よ! その身を仲間の体内に宿し、回避補助をしなさい!」
侍女の一人が水の魔法を唱える。精霊を体内に宿させ、敵の動きを波紋で伝えることで敵の攻撃を回避しやすくなる〈察知〉という魔法だ。
「〈火の精霊〉よ! 仲間たちの剣に宿れ!」
もう一人の侍女が、火の魔法を唱えた。精霊は、近衛兵士達の剣に宿り、炎の剣を形作った。〈火属性付与〉という魔法で、斬ると同時に火を吹いて敵を焼くことができる。
「〈風の精霊〉よ! 仲間たちの足に宿り、動きを加速させよ!」
最後の一人が、風の魔法を唱えた。仲間の動きを加速させる〈加速〉という魔法だ。
侍女からフル支援を受けた近衛兵たちは、敵を次々と斬り伏せていく。間もなく敵騎士の集団は壊滅した。
後には、味方の騎士団が生き残った。
モニカは、少しでも状況を理解しようと、彼らに質問する。
「一体、これは何事なんですか?」
騎士団の小隊長らしき人物が、前に出てきて言った。
「これはモニカ姫。戦闘中にて、礼儀作法は省略させていただきます。シャリオット王子が、陛下を殺害なされたことを受けて、王族は気狂いの性質を持つとして、クーデターが起きたのです」
初めの兵士たちが言った事は本当だったらしい。
「それではモニカ姫。我らは王宮内の反乱を鎮圧しなければなりません。どうかご武運を!」
騎士団たちはその場から立ち去っていった。




