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名もなき魔術師の一生  作者: きゅえる
【3章】
76/106

【79】25歳モニカ、目覚める日 (2)


「貴族……え?」


 モニカは呆気に取られた。

 ただの貴族ではなく、北部の〈冒険者組合〉の長だという。本来なら何の接点もない相手だ。どうしてここまでして、一般人ともいえるモニカと会おうとしたのか、理解できない。


「理解できないと言った顔ですな」


 心を読まれたモニカは、慌てて顔を触る。もちろん、顔に出ていたかなんて分からない。


「それでは何故かをお教えしましょう」


 ジークフリートは微苦笑しながら、モニカの〈身分証明板〉の鎖を握りしめた。チャリと微かな音が鳴った。


「貴女に見せてもらったこの紋章は、王家の証。つまり貴女は王族の人間なのです」


 は……い?


「そして、我々フルスベルグの人間は、王家の人間である貴女に、従わなければならない古き盟約があるのです」


 ……。


「ちょっと、何を言っているのかわかりませんが」


 モニカは後ろを振り返り、カールの顔を見た。真剣そのものだった。冗談ではないらしい。

 手が震える。気がつけば、口元に人差し指を当てていた。慌てて、手を振り払う。


「それでは、順を追って話をしましょうか」


 ジークフリートは、この国の歴史を話し始めた。


【4】


 約千年前、フルスベルグ周辺は〈精霊の国〉と呼ばれる国の土地だった。

 その国民は、多かれ少なかれ誰しも魔法が使えた。特に強力に魔法が使える族は、国の王となり、全てを支配した。

 しかし、魔法は誰にでも使える物ではなく、その血筋に大きく影響する。その為に、王家は近親婚を繰り返した。だが、世代を経るにつれ、その血も劣化していく。徐々に、魔法の弱体化、狂気の芽生えが見られた。

 そこで数百年前に、三つの族に限り外部から血を受け入れていくことになった。古代の血を色深く残すその御三家を、ファルケンマイヤ族、アーレルスマイヤ族、ヴァスマイヤ族という。

 三つの族から血を受け入れる事で、王家の血は安定したかのように見えた。しかし、およそ二百年前に政変が起きる。

 王子が狂い、王を切り伏せたのだ。その後、自殺。

 何者かが、王子の精神を操った痕跡があった。犯人を探し始めるが見つからなかった。疑念が疑念を生み、ついに国は二つに割れた。そして戦乱のさなか、二人の王女を残して皆死んでしまう。その王女たちの消息も不明。わずかな〈侍従〉と共に、逃げ回ったのではないかとされている。


「この紋章は、特殊な魔法回路が組み込まれていましてな。王家の血に反応して光る、と言われています。どうか、血をつけて頂けますか?」

「は、はい」


 ジークフリートは〈身分証明板〉をモニカに返した。

 モニカは懐から短剣を取り出し、自分の指に傷をつけ、血をなすりつけてみた。


「あ……」


 紋章が淡く赤い光を放ちはじめた。


「やはり、間違いありません」


 モニカはじっと、手の中の光っている紋章を見つめる。よく見ると、意匠の中にさらに小さな紋章が三つ含まれていた。その内の一つが、特に明るく光っている。


「これは……?」


 モニカはジークフリートに尋ねた。


「一際強く光っているのは、御三家のどの血を、強く残しているかを示す物です。今光っているのは……ヴァスマイヤ族の血です」


 モニカは戸惑った。

 アーレルスマイヤの〈族名〉は村に置かれてから、付けられた物だ。

 母親は本来の〈族名〉を教えてくれなかった。そして、そのままモニカを置いて、どこかに行ってしまった。


「母親は、私を捨てて行った……」


 自然と涙が頬を伝っていくのを感じた。モニカは手で涙をすくう。どうして涙が出たのかわからない。

 確かにモニカの〈身分証明板〉は、母親から預かった物だと村長から聞いていたのだが。そんな秘密が隠れているとは、思いもしなかった。


「……それはどうでしょうか」


 ジークフリートは、モニカの思考を遮った。


「昔の王家を再興しようとする勢力は、今回の件でも明らかのように、根強く残っていたようです。利用されないように、貴女の為を思って、血筋を隠そうとしたのかもしれません」

「でも……」

「ですから、先祖から受け継がれてきた〈身分証明板〉ならば、何らかの伝言が残されている可能性があります」

「いや……でも……」


 〈身分証明板〉をじっと見つめる。

 今まで普通に使ってきたが、そんな気配は全くなかった。この板の奥底に何かが隠されているのだろうか。


「〈身分証明板〉の機能はご存知ですか?」

「……ある程度は」


 〈身分証明板〉とは本来、ただ単純に情報や文字を入れられるだけの、金属の板切れだ。一定の手順で魔力を注入すると、法則に従って情報が浮き出てくる。

 冒険者たちは、首にかけて様々な情報を収納していた。汎用性は極めて高く、名前や出身と言った個人情報だけでなく、伝言や財産の記録すら行っていた。

 その情報の記録の仕方、取り出し方は柔軟かつ多機能に渡る。特定の暗号が必要な情報や、閲覧だけできる情報、特定の人物にしか見えない情報というように、条件をつけられる。

 だから、母親からの伝言も入っている可能性もあるだろう。だが、引き出し方がわからない。


「でも、キーワードがわかりません」

「ふむ、ではいろいろ試してみては」


 モニカは魔力を注入しながら、色んな言葉を発してみた。しかし全く変化がなく、段々と疲れてくる。


「まあ、時間がある時に試してみれば良いでしょう」


 ジークフリートがたしなめる。

 モニカはついにあきらめて、服の中に〈身分証明板〉しまった。


「そして……モニカ姫と呼ばせていただきましょう。モニカ姫には、やっていただきたい事があります」

「……何でしょう」


 モニカは、背中がかゆくなるのを感じた。

 王家の血筋だと言われても、何の気持ちもわかない。心に刺さっているのは、母親が居なくなり、アーレルスマイヤ村に取り残されたという事。エリーがいなければ、きっと立ち直れなかっただろう。そういったことの方が重要だ。


「モニカ王女として名乗りをあげて、フルスベルグ中枢に乗り込んで欲しいのです」


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