【109】
【13】
転移門を抜けると、そこは倉庫だった。
ツボや絵画などの調度品が規則正しく並べられており、人の気配は全くない。
「リュミエラ?」
「はい。ここは私たち侍女がよく扱う道具をしまっておく所です」
なるほど。
戦闘状態においては武器庫や食料庫は人の出入りが激しい。調度品の倉庫は盲点になりやすく、うってつけの転移ポイントと思えた。
「敵が戦闘状態になる前に片をつけましょう。二手に分かれて、防衛チームと制圧チームに分かれます」
後ろから、ぞろぞろと仲間達が転移してきた。このままでは手狭になる。
モニカは兵士達に廊下を索敵させて、空間を確保するように命令した。
「リュミエラは防衛チームへ。ブローチを持って〈転移門〉を守護しなさい」
「はい」
「城下町内の〈転移門〉も含めて、どこか一つでも敵に落とされると、ほぼ負けです。場合によっては味方を置いてでも、門を閉じなさい」
「はい」
「それが私であっても同様です」
「……はい」
リュミエラはブローチを受け取って〈転移門〉の中に戻っていった。
「クヴィラは私と共に、ここの拠点を守りなさい。貴方のオリジナル魔法〈空気固化〉は防衛向きと思われます」
「……分かった」
クヴィラは少し不満そうにうなずいた。
彼は復讐の為にここまで来ている。どちらかといえば、制圧チームに加わりたいと考えているはずだ。
「敵が迎撃準備が済んだら、第二フェイズに移ります。王座を奪取しに行きますので、その時はお願いします」
「……」
クヴィラが黙っているのは、命令を了承したと解釈して良い。
モニカは話を進める。
「スコナとトリーネは制圧チームに加わり、王宮内の道案内を。効率よく敵を捕縛して〈転移門〉内に閉じ込めるように」
「分かりました」
「了解です」
「もし危険が伴うようになれば、撤退の合図です。その判断は二人の総意で行いなさい」
「はい」
「仰せのままに」
次。
ヴァスマイヤ村の人達については、あまり無茶はさせたくない。彼らは魔術師の血統の祖であるから。
かと言って、本人達が乗り気である以上、戦いに参加させないわけにはいかない。
すると結論は。
「ルローとタンコは伝令役を。二人の戦力はよく存じてますが、相手は殺し屋専門の兵士です。後方支援に回りなさい」
「ああ、分かった」
「は、はい」
タンコは出会った頃と比べて、落ち着いてきた。最初はひどく臆病だったのに、今ではここにいる。かなり成長した人間の一人だ。
生き残って欲しい。
最後にモニカは、自分の近衛隊に自身の護衛を命令を下す。
「それでは各自、編隊を組んで行動を!」
【14】
モニカは倉庫内に待機した。これから伝令を受け取る。
初めに連絡が来たのは制圧チーム。
スコナとトリーネが各部屋を回り、順調に縄で捕縛しているとの事。今のところ、大きな反抗はない。
非戦闘員の侍女や庭師、楽師に対しては、猿轡をして縛り、その場で放置しているそうだ。
王宮に仕える侍女たちは非戦闘員とはいえ、基本的に魔法が使える者を採用している。訓練はしていないとはいえ、攻撃に転用できる技術をもっているはず、との判断だろうが……。
「それでは不十分です」
口上なしで魔法を使える〈無詠唱という技能がある。誰がその術者かわからないので、全てモニカの元へ運ぶように指示した。
その一連の流れにクヴィラが反応した。
「それなら、少し時間をくれれば何とかする」
「何か案があるのですか?」
「魔法を使えない空間を作る魔法がある」
すごい。よく分からないが、すごい。
「では、その部屋を幾つか作って下さい。そして捕虜を閉じ込めて監視をつけること。その為の人手は防衛チームから引き抜くように。引き抜かれた者はクヴィラの指示に従いなさい」
あれこれ考えている暇はない。直ぐに命令を下す。
クヴィラと防衛チームの兵士達が慌ただしく動きだした。指示変更によって有機的に配置換えしていく。
「今の所、城下町の国民に被害は出ていません」
今度は外から攻める部隊からの伝令だ。
こちらの行動が迅速だったおかげで、敵の準備がまだ出来ていない。できる限り城下町には傷をつけないようには言ってある。だが戦闘が始まってしまっては、不幸な事故も起きかねない。
「了解しました。民には屋外に出ないで戸締りするように、と指示して下さい」
と命令してはみるものの、実際は難しいだろう。
特に商人。店じまいを強制すれば不満も出てくる。命令に従わない部分も出てきて不思議ではない。
「西から六百人規模の兵隊が接近中です。タイミングと速さからして、フィンク卿の私兵だと思われます」
「……ついに来ましたか」
フィンク卿は貴族の一人だ。
王都の西側に隣接する地区の領主である。性格はかなりの野心家で、前情報によれば反乱の功績により、かなり広い領土を奪取してきたとのこと。
この迅速さも、今後の政治を有利に持っていく為の政略と予想できる。そうなると、たいした戦略はなさそうだ。
「北の兵数は?」
「およそ三百です」
その差は二倍。
戦闘の勝敗は基本的に数で決まる。このまま戦略もなくぶつかれば無駄に戦力を失う。
功績が欲しいだけ、という仮定が正しければ、圧倒的な戦力差で威圧すれば敵は逃げていくと予想する。
「北の兵はフィンク兵が接近するまで、そのまま待機。王宮を攻めているエマニュエル隊以外の全勢力を〈転移門〉で北口に移動させよ」
モニカは一息置いて、迷いを断ち切る。
そして、
「全力で叩きなさい」