〈3B・2〉 女性はなぜ自分にウソをつくのか、あるいは 思い込みの力
多くの男性は、男性よりも女性のほうがより多くウソをつくことを経験から実感していることだろう。まったくのウソではなくとも話を盛ったり、逆にわざと事実を言わずに隠すケースでも同様である。ゲーム「人狼」は、どれだけ上手に周囲を騙すかの駆け引きゲームだが、男性よりも女性のほうが好んでこのゲームをやりたがることを併せて想起してほしい。裁判でも、被告人が男性よりも女性の場合のほうが裁判を進行しにくく、示された事実や罪を認めないことが多いと言われる。
ここでは他人にウソをつくことよりも自分自身にウソをつくことに話の焦点をしぼろう。男性よりも女性のほうが現実というものをよく把握している。心理学でよく出てくる話として、標準的な(あるいは健全な)人間であれば、その人は近い未来に対して、つねに期待をもっている。これがあるから、たいていの人間は現実把握にゆがみが生じていることが多い。うつ病の人はこの期待をもっていないので、現実を正確に認識することに関してはふつうの人よりも優れていると言われている。
こういう意味では、女性は男性に比べてごく軽いうつ状態になりやすい体質といってよい。しかし、このうつ状態を回避する術を持っていないと、ほんとうに病気になってしまう。そこで登場するのが、「他人の評価に関わらず、ほんとうのところ、じぶんは優れている人間だ」という自分自身を肯定的に持ち上げる術を使うことであったり、逆に、じぶんを取り巻く環境のほうを変えて見る方法として「じぶんの目に映っているより、世界はずっと美しいはずだ。」と思い込むことだ。
他の女性と比較されて客観的事実を提示されることをきらうのも、ネイルすることで気分があがるのも、名刺にカタカナ表記された肩書きや横文字の名称を用いたがるのも「世の中は実際の見かけよりも、じぶんという女性にとって過ごしやすい場になっているはずである」という思い込みと捉えることができる。言葉を美化することでつらい現実認識を和らげようとする試みでもあり、わるい言い方をすれば自分自身にウソをつくということでもある。思い込みは悪い面もあるが、世の中のあらゆる方向から飛んでくる雑多でネガティブな感情を振り払うのに役立つ。じぶんが他者よりも劣っているという悪感情から身を守る手段としても有効である。男性よりも人間関係の機微を繊細に感じとる女性たちにとって、突きつけられた現実をダイレクトに受け止めることを回避する手段でもある。具体例としては、自分自身と友人の女性を比べられて気分が落ち込む結果を突きつけられたくないので、比較されること自体を嫌がる。学校の成績表で他者と比較することが容易になる5段階評定、10段階評定の通知を受けとりたくないのも同様の理由である。女性は女性間の順位づけをきらう。(奇妙なことに、女性は、じぶんたちが比較されるのはいやがるが、男性たちを比較することは好んで行う。)女性にとっては、客観的事実よりも主観的事実のほうが重要である場合が多い。
これに対する男性側の対処としては、この女性の性質を逆手にとってヨイショしてあげることが主軸になる。相手が少しでも良いことしたらホメる、男性側が嬉しいと思うことをしたらとにかくホメる。なにか社会通念上よろしくないことをしたときは、相手の心が落ち着いているときを見計らってゆっくり理論的に説明して叱る。子育てや部下の育成と同じである。男性によっては、「そんなことやってられるか!」と思うかもしれないが、女性というのは本質的にメンドクサイ生き物だということを前提に接してみれば、女性に対する見方も変わってくるのではないでしょうか。どのみち世の中に出ればメンドクサイ事象にいろいろぶつかるし、「女性というのはけったいな生き物だ。」とあらかじめ飲み込んでおけば、世の中も少しは生きやすくなるのではないでしょうか。




