〈3A・4〉 男性を利用しよう・GIVE&GIVEという考え方
GIVE&TAKEという言葉はよく聞く。意味としては、「何かをしてもらったら、お返しをする」「何かをしてあげたら、お返しをしてもらう」ということになる。「与えること」と「もらうこと」の等価交換を基盤として、ビジネスの世界では当たり前のように行われている。
しかしながら、自分が望んだタイミングや内容でお返しが来なかった場合、「え?どうして?」と釈然としない濁った気持ちが自分の中に発生しまうことも多々ある。男女の関係では、口には出さないものの自然とGIVE&TAKEになりがちである。個人間のGIVE&TAKEでの失敗事例をひとつ紹介しよう。
(GIVE&TAKEの失敗事例)
男女の関係では、女性から男性へは精神的プレゼント(可愛さ、愛嬌、心配り)を贈って物質的プレゼント(服、靴、バッグ)をもらい、男性から女性へはこの逆の物質的GIVEを行い精神的TAKEをしてもらうということは、よくある話である。次の例もそんな事例のひとつだ。
ある30代後半の男性が、(風俗店で)アルバイトをしていた19歳の短大生の女性と知り合って付き合いはじめた。最初はお店の中で会うだけの関係だったが、次第に外で会うようになった。最初はふつうにデートしているだけだったが、会う回数を重ねるうちに、次第に彼女のほうから彼氏に物をおねだりするようになった。安くて小さいイヤリング、オシャレだがそれほど高価ではない下着から始まって、どんどん値段が上がっていき高額なCOACHのバッグのおねだりになったところで、彼氏は拒否反応をみせた。彼女は男女のあいだの駆け引きについて百戦錬磨というわけではなかったが、高価なおねだりには理由があった。彼女は彼氏と出会う以前、お金持ちの男性と付き合っていて、高額のプレゼントをもらうことに慣れており、それを当たり前のように受け取っていた。お金持ちの男性と別れた理由は、経済面は申し分なかったがあまりに身勝手すぎるので別れたという。彼氏と付き合うことにしたのは優しそうに見えたからだということだ。彼女の実家は、経済的には裕福で家にグランドピアノがある。週に一回ピアノの講師が家に来る。門限は厳格に定められており、お小遣いはない代わりに欲しいものがあるときは父親に言えば買ってもらえることになっている。(彼女は美少女で、男側・父親側の立場からすれば当たり前なのだが、娘への心配の気持ちから、)父親は彼女に家に早く帰ってこい、あれはするなこれはするな、ときおり娘への叱責をしたりで、彼女と父親のあいだには確執があった。子どものときからそんな調子なので、彼女は愛情に飢えていた。父親の愛情は彼女には伝わっていなかった。いつもどこかしら不安で精神的に満たされていない、つねに愛情の枯渇を感じている大人の女性になってしまった。
彼氏のほうから、自分はそんなにお金持ちではない、高額なプレゼントを与えつづけることはできないと伝えたら、彼女は、メインのバイト先である歯科クリニックのお医者さんは海外旅行に行ったら、歯科衛生士や受付事務など女性全員にブランド物のバッグを買ってきてくれる、通っている短大の友達の彼氏はお金持ちではないけれど、毎朝その友達を学校まで送迎しているというような話でやり返してきた。けっきょく、彼氏としては彼女が求めていることは、お金も時間も愛情もすべて彼女のみに注いでくれということであり、しかもそこまでやっても彼女が満たされることはないだろうと判断して、彼女とはそれ以降連絡を取らなくなった。
女性側からすればホレた女に男がすべてを注ぎ込むのは当然と思うかもしれないが、自分のやりたいことも投げ捨てて相手に尽くすことのみに全力を注ぐのは男にとってはつらい。したがって、この話における彼氏が判断した結果は妥当であるように思う。生まれてから思春期まで親に充分愛されて、なおかつ、自主的な勉強などの忍耐力と集中力を必要とする作業をしながら育った子どもは精神的安定性が強くあまり他人に依存せず、生じた問題は極力自分で解決しようとする。十分に愛されなかった子どもは、他者への依存が強くなったり、物事に取り組んでもすぐ投げ出したり、自我を保持するために虚構性の強い自己像をつくりあげたりする。簡単に言うと平然とウソをつく大人になりやすいともいえる。この事例においては、彼氏がとるべき行動としては、彼女をやさしく懐に抱きかかえる大きなクマのぬいぐるみのような存在、優しく包容力のある代理父親としての役割を演じ続ければよかったのかもしれないが、そのような結末には至らなかった。
(GIVE&GIVEの実行)
GIVE&GIVEというのは、簡単に言うと男女のあいだで贈りあう見返りを求めない愛情の注ぎあいである。お金持ちどうしのあいだではわりとよく行われていることでもあり、たとえば、あるお金持ちが一人の好感をもてる青年の才能を見いだし、経済的にバックアップしてあげたり、いろんな社交の場へ連れて行って青年を紹介することで人脈を広げてやったりすることである。この場合、青年側のGIVEは、援助してくれたお金持ちが喜ぶことをしたり、成功過程を見せたり利益を分配することが贈り物になる。
GIVE&GIVEは(直接的には)相手に見返りを求めない、贈り物をしたあとで何か良いレスポンスが返ってくるかは定かではない、ある意味ギャンブルでもある。つまるところ、お互いに賭け捨てしてもいいという心構えを指す。
男女間でのGIVE&GIVEで考えられる一例は、日々の生活そのものだろう。5歳の子どもが一人いる共働きの夫婦を思い浮かべてみよう。
仕事から帰って来た旦那が異様に疲れた様子を見せていたら、妻はうまく誘導して仕事上の悩みやグチを引き出し聞いてあげる。妻の体調がわるそうだから今日の夕食は旦那が作る。これらはたいてい見返りをもらえることを前提としていない。この方法を夫婦間全般に拡げて適用すればいい。そのような状態にもっていくには、お互いに忍耐力と理性が必要だ。お互いにGIVE&GIVEを呪文のように繰り返し唱えて相手の意識に刷り込む必要がある。具体的なGIVE&GIVEの項目を知りたい場合は、自分がしてほしいこと、相手にやってあげたいことを箇条書きに紙に書いて、それをもとに夫婦間で意見を出し合えば共同生活していくうえで本当に必要なことは何なのか見えてくるだろう。やってはいけない刷り込み項目としては、早く帰宅したほうが夕食をつくる、休日は必ず子どもを連れてお出かけする、といったことが該当するだろう。
ただし、離婚に直接つながりそうなことは別途紙に記して契約としておいたほうがいいように思う。共働きの場合、ふだんの預金口座はそれぞれの管理に分離しておいて、生活に必要なお金はお互いに一定額を出資して共同口座をつくっておく。じぶんたちの親と同居するかどうかは結婚前に決めておく、ということなどが該当するだろう。
GIVE&GIVEができなかった例としては、共働きの夫婦で早く帰宅したほうが晩ごはんの用意をするという取り決めをしていたケースがあったが最悪である。妻側は少々知恵を働かせて、たいした仕事がなくても残業をして帰宅を遅らせて、自分が料理しなくてもいいように工作した結果、離婚に至った。夫側の溜まりにたまった不満が爆発したのである。
「ありがとう。」と一声添えればたいていは上手くいく。お互いに。日本の場合、単一民族であり、ヨーロッパや中国などの大陸内の民族闘争の歴史を抱えてきた地域と比べれば、長い時間をかけてゆっくりと社会を形成・醸成してきた歴史があるから、多民族社会とはちがって、ある程度の共有されている社会通念が存在し、あまり言葉を交わさなくてもわかりあえる部分がある。
このようなやりかたに不安があるという人は、純粋なGIVE&GIVEにはならないが、お互いになにをGIVEしたかということをノートに記録して共有日誌にする方法が有効だろう。
(もっと根本的な解決策を探りたい人は、マルセル・モースの『贈与論』が良い参考書になります。)
付き合っていく過程で、少なくとも男性が深く愛するようになった一人の女性をキライになる気持ちというのはない。これは女性も同じではないだろうか。行動を共にするうちに相手のイヤな側面が見えたりイヤなことをされたという気持ちが海中のマリンスノーのように少しずつ底に溜まって堆積してひとつの心の層になる。好きか嫌いかではなく、こうした気持ちの積み重ねによって、嫌いではないが深く付き合っていくのは遠慮しておこうという気持ちに変化して別れていく。こうなる前に早めに手を打っておきたいですね。




