↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
11/14

怒ってみようかな

日記には、歴代の『器』が収容されてきた地下独房の場所が記されていた。

ここに行ったら私は、聖女ではなく犯罪者になるかもしれない。


それでも、カインを救うと決めたんだ。


私は翌日から機会をうかがった。

数日かけて見張りの交代時間を調べた。

そして、困っているふりをして呼び出して、見張りには睡眠薬で眠ってもらった。


よし、時間は多くない。


早くカインを助けなきゃ。


***


独房に囚われてどのくらいの日が経ったのだろうか。窓もないこの場所は、時間の感覚さえ奪っていく。

気づけば、彼女のことばかり考えていた。


最後に見た顔。怯えた目。


僕を許すはずがないのに。


ガチャリ、と鉄扉の開く音がした。見張りの交代にしては、少し早い。


「カイン!私よ!良かった、まだ生きてて……」


何故か、息を切らした彼女がいた。


「……どうして、ここに?」


「詳しい話はあと!カイン、ここから逃げるわよ!」


「逃げる?」


「貴方のご先祖様は何も悪くなかったの。初代聖女の本当の記録を見つけたのよ」


「……何?」


彼女は息を切らしながら、図書室で見つけた日記の内容を語ってくれた。

初代聖女の本当の歴史を。

僕の先祖は、何も悪いことをしていなかったと。


だけど……、


「今更それを聞いて、僕にどうしろっていうの?」


「え?」


「君に見せただろ?僕の身体はもう、人間じゃない。それに、本当だったとして、僕が逃げたらその後は?なんにも解決せず、一族の別のやつが担うだけだろ」


別に、他のやつに押し付けるのは嫌ではない。あいつらは、昔から嫌いだ。僕のことを選ばれし者だ何だと持ち上げておきながら、内心では自分は人間のままでいられるとほくそ笑んでた。


「君もそれは本意ではないでしょ。……って、何その顔?」


彼女は、まるで怒りを我慢しているような顔になっていた。


「何?僕の反応が思ってたのと違った?僕の先祖は罪人じゃなかったと喜ぶとでも?」


「ああ、それとも口調?もう君に敬語を使う必要がないからね」


「君も覚えているだろう。あの時のことを」


僕は彼女の頬に爪を突き立てた。


ほら、顔が引きつってるじゃないか。

だから、早く僕のことは忘れてさっさと逃げてくれ。

君を見ていると、内側から湧き出る黒い感情を抑えられなくなる。


「……カイン、ごめんね」


「は?」


彼女は、僕の手を包み込むように握りしめた。


やめろ、この手に触れないでくれ。

……でも、久々に、温かくて、気持ちいい。


「私、カインの苦しみに全く気づいてなかった。カインはこんなになるまで苦しんでたのに、ごめんね」


「……」


彼女は一体、何を言っているんだろう。何故、謝罪してるんだ。


僕は彼女の手を振りほどこうと思ったが、何故かできなかった。


「ねえカイン。今からでも私に、カインの苦しみに寄り添うチャンスをもらえないかな?」


「……ねえ、僕のこと、まだ怖いんじゃないの?」


言葉とは裏腹に、彼女の手は震えていた。


そりゃそうだ、僕は君に手をかけようとした。今だっていつ襲うか分からない。

だからさ、もう放っておいてくれ。


「……怖い。けど、怖いからって、貴方から、カインから逃げていい理由にはならないでしょう。カインがどうしたいか教えてほしいな」


僕は唾を飲み込んだ。


そして、何故か急に昔のことを思い出した。

僕の父は、5年前怪物になりきる前に自害した。

葬式はなかった。

でも、一族の人たちは皆、父親は立派に使命を果たした、と、父のことを褒めていた。


口の中が、とても、乾く。


僕が次の器に選ばれたときも、皆、口を揃えて選ばれし者だ、と僕を褒め称えていた。

でも、そう言ってる顔は、安堵の表情を浮かべていた。

誰も、僕のことなんて気にしてない。考えてない。

表面上しか見てない。


息が、詰まりそうだ。


誰か、誰か――


「死なせてくれ……」


本当は捕まったとき、少し安堵したんだ。だって、すぐに殺してくれると思ったから。

身体は変わっても、心だけは人間のものが残っているうちに。


僕は、持っていないはずの短剣を探した。


もう、僕は楽になりたい。


「カイン、逃げることは私が許さない」


僕は、彼女に抱きしめられていた。


背中には触れてほしくないはずなのに。

急に、呼吸がしやすくなった。


「貴方の苦しみも、悲しみも、私には全部理解なんてできない」


「でも、それでも、一緒に生きていたい」


彼女の腕の力は、より強くなった。


「貴方はどうしてすぐに逃げるの?偶には、理不尽に立ち向かってみなさいよ」


「立ち、向かう……?」


「そうよ、貴方は怒っていいはずよ。だって、とても理不尽な目に遭わされてるのだから」


「かく言う私は、すごく怒ってる。貴方の一族をこんな目に遭わせた王宮も、貴方にも!」


「は?僕?」


彼女は僕からそっと離れた。


「当たり前でしょ、殺されかけたのよ!?なのに、それを謝らずに死にたいなんて、そんなの、そんなの私に失礼よ!」


ああ、なるほど。

彼女の本音を聞いて、少しだけ心がすっと軽くなった。


「でも、怒るなんて意味ないことじゃない?」


怒ったところで、僕の使命は変わらない。だったら、何もせず、流れに身を任せたほうが楽だ。


……楽?


「そうやって自分の気持ちに蓋をするから、爆発するんでしょ。常日頃から発散させるのよそういうのは!」


「いい、カイン。貴方は器である前に、一人の人間なのよ!」


「ははっ……」


思わず笑ってしまった。


この目の前の女は、相変わらず能天気なのか馬鹿なのかは分からないが、殺されかけた僕のためにこんなに怒っているのか。


「笑わないでよ!」


「いやだって、そんなに僕に発破をかけて、怒りに任せてまた君に手をかけたらどうするの?」


「……考えてなかった」


……ただの能天気だったか。

なんだか、色々考えてる僕のほうが馬鹿みたいだ。


「はぁー、もういいよ。……僕もちょっと怒ってみようかな」


「それって」


「僕自身だけどさ、さっきの感じだと、僕の一族も救ってくれるんでしょ?それ、僕にも手伝わせてよ」


別に、絆されたわけじゃない。

ただ、僕自身楽な方に逃げているんじゃないかっていう思いがあったからだ。

僕が怒って本当に何か変わるのか、ちょっと見てみたくなっただけだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。