第15話 勝利のガトーショコラと、森で見つけた甘い宝石
王宮魔導師団を(物理的に)洗い流して撃退した、その日の午後。
アストラの屋敷には、甘く濃厚な香りが漂っていた。
「……たまらん。この香りを嗅いでいるだけで、剣を振るう以上の活力が湧いてくる」
キッチンの入り口で、フレデリックさんが鼻をひくつかせている。
その隣で、アレクセイさんも真剣な眼差しでオーブン(石窯)を見つめていた。
「マリエル、あとどれくらいだ?」
「もうすぐですよ。焦らないでください」
私が作っているのは、トマスさんから仕入れたカカオと、森で採れた新鮮な卵をたっぷり使った特製ガトーショコラだ。
勝利のお祝いには、最高級のドルチェが相応しい。
「お二人にメレンゲを泡立ててもらったおかげで、最高の生地ができましたからね」
そう、今回一番の重労働である卵白の泡立ては、二人の騎士様に手伝ってもらった。彼らの超高速回転(人力)のおかげで、キメ細かくツヤのあるメレンゲが一瞬で完成したのだ。
文明の利器(ハンドミキサー)顔負けの性能である。
チーン!
私が魔導タイマー代わりにセットしていたベルが鳴った。
「焼き上がりました!」
厚手のミトンをはめて、石窯から型を取り出す。
ふわり、と湯気と共に広がるカカオの芳醇な香り。表面はひび割れてサクッとした質感、その隙間から覗く濃厚なチョコレート色。完璧だ。
「……ゴクリ」
背後で二人が同時に喉を鳴らした。
モコも「メアッ!」と足元に待機している。
「少し冷ましてから切り分けますね。その方が味が馴染んで美味しいんです」
おあずけを食らった大型犬たち(人間二名+聖獣一名)は、切なそうな顔でケーキを見守っていた。
***
三十分後。
リビングのテーブルに、粉砂糖で雪化粧をしたガトーショコラが並んだ。
添えてあるのは、泡立てた生クリームとミントの葉。
カフェ顔負けの盛り付けだ。
「では、我々の勝利と、アストラの平和に乾杯!」
「「 いただきます! 」」
二人はフォークを突き刺し、大きめの一口を口へ運んだ。
「……ッ!!」
瞬間、フレデリックさんが天を仰いだ。
「濃厚だ……! 口に入れた瞬間はしっかりとしたケーキなのに、舌の上で生チョコレートのように溶けていく! そしてこの苦味と甘味のバランス……まさに、貴婦人の微笑みのような上品さだ!」
「生クリームと一緒に食べると、また味が変わるな。まろやかになって、いくらでも入るぞ」
アレクセイさんも、幸せそうな顔でフォークを進めている。
甘いものが苦手な男性も多いけれど、この二人はどうやら筋金入りの隠れ甘党だったらしい。
カカオに含まれる成分が、戦いで疲れた脳を癒やしてくれているのだろう。
「マリエル、このケーキは危険だ」
完食したアレクセイさんが、真顔で言った。
「これを王都で売れば、戦争が起きるかもしれん。……俺たちだけの秘密にしておこう」
「ふふ、そうですね。アストラ限定の味にしておきましょう」
美味しいものを共有できる仲間がいる。
それだけで、ただのケーキが何倍も美味しく感じられた。
***
食後。
甘いものを食べてエネルギーが余った私たちは、腹ごなしに森の奥へ散歩に出かけることにした。
護衛は最強の騎士二人。これ以上ないほど安全なピクニックだ。
「そういえば、屋敷の北側ってまだ探索していませんでしたよね」
私が地図(自作)を見ながら言うと、先頭を歩くアレクセイさんが頷いた。
「ああ。魔物の気配は薄いが、植生が少し変わっているエリアだ。何か面白いものがあるかもしれん」
獣道を抜け、少し開けた場所に出た時だった。
風に乗って、甘酸っぱい香りが漂ってきた。
「ん? この匂い……」
私は鼻を動かし、香りの元へと走った。
藪をかき分けた先に広がっていたのは――。
「わぁ……っ!」
そこは、天然の「果樹園」だった。
鈴なりに実った赤い果実。
足元には、宝石のようなブルーベリーやラズベリーの茂み。
さらに奥には、黄色く熟した果物(アプリコットに似ている)の木々が並んでいる。
「すごい! フルーツの宝庫ですよ!」
私は駆け寄って、赤い実を一つ摘んで口に入れた。
プチッとした食感と、口いっぱいに広がる甘酸っぱい果汁。
野イチゴだ。しかも、王都で売られているものよりずっと味が濃い。
「これも食えるのか?」
アレクセイさんが黄色い実を不思議そうに見ている。
「それは『黄金桃』の一種ですね! 生で食べても美味しいですけど、コンポートやジャムにすると最高ですよ!」
「ジャム……?」
「はい! 果物を砂糖で煮詰めて、瓶に詰めるんです。そうすれば長持ちしますし、パンに塗ったり、紅茶に入れたり……」
「……じゅるり」
フレデリックさんが、想像しただけで涎を拭った。
「マリエル殿。提案があります。……ここにある果実、全て収穫しましょう」
「ええっ、全部ですか? 食べきれませんよ?」
「いえ、ジャムにするのです。瓶詰めにして保存すれば、冬の間もこの甘味を楽しめるのでしょう? ならば、備蓄は多いほうがいい。騎士団……いや、我が家の兵站維持のために!」
彼の目は本気だった。
どうやら、ガトーショコラですっかり「甘味の虜」になってしまったらしい。
「ふふ、わかりました。じゃあ、みんなで収穫しましょう!」
「メアッ!(ぼくもー!)」
私たちは夢中で果物を集めた。
アレクセイさんが高い枝の実を落とし、フレデリックさんが凄まじい速さでキャッチし、私が選別して、モコがつまみ食いをする。
完璧な連携プレーだ。
夕方、私たちは大量のフルーツを抱えて屋敷に戻った。
カゴいっぱいの苺、ブルーベリー、桃、そして林檎。
「よーし、明日は『ジャム作り』と『フルーツパイ』作りですね!」
「手伝おう。皮剥きなら任せてくれ」
「俺は瓶の煮沸消毒を担当しよう」
やる気満々の騎士たち。
王宮魔導師団を撃退したばかりだというのに、私たちの頭の中は、明日のオヤツのことでいっぱいだった。
アストラの森は、まだまだ美味しい秘密を隠していそうだ。
次はどんな素材が見つかるだろう?
そんなワクワクを胸に、今日もアストラの夜は更けていくのだった。




