第14話 王宮魔導師団VS激流! 全自動スプリンクラーシステム
王都から魔導師団が来る。
その知らせを受けて、アストラの屋敷では緊急の「家族会議」が開かれていた。
「敵の戦力は、魔導師が五名。護衛の騎士が十名といったところか」
リビングのテーブルに地図を広げ、アレクセイさんが冷静に分析する。
その横で、フレデリックさんが剣を磨きながら唸る。
「正面からぶつかれば、我々の圧勝ですが……国を相手にするとなると、死体を転がすわけにはいきませんな」
「えっ、転がす前提なんですか?」
物騒な会話に私が突っ込むと、アレクセイさんはニヤリと笑った。
「安心しろマリエル。殺しはしない。……ただ、『二度とここに来たくない』と思わせる程度に、心をへし折ってやるだけだ」
「心をへし折る……」
「奴ら魔導師団は、プライドの塊だ。特に土木作業や生活魔法を見下している節がある。……そこを突く」
彼は私の目を真っ直ぐに見て言った。
「マリエル。君のDIYスキルで、奴らを歓迎してやってくれ。……この屋敷に一歩も入れさせないような、最高に愉快な仕掛けでな」
「なるほど……そういうことなら、お任せください!」
私の職人魂に火がついた。魔法を攻撃に使うなんて野蛮だ。
私の【創造】は、生活を豊かにするためのもの。
つまり――『不法侵入者を自動的に排除するセキュリティシステム』を作るだけのこと!
***
翌日の昼下がり。
アストラの森に、騒がしい足音が響いた。
「おい、まだ着かないのか! こんな泥だらけの道、歩かせおって!」
先頭を歩くのは、豪奢なローブを纏った中年男だ。
見覚えがある。王宮魔導師団の副団長、ブルーノだ。
彼はいつも、私の魔導具整備の仕事を地味な雑用と鼻で笑っていた嫌な上司だ。
「副団長、あそこに見えます! 廃屋……いや、屋敷です!」
部下の指差す先に、美しくリフォームされた我が家が見えてきた。
「ふん、廃屋暮らしと聞いていたが……小奇麗にしているようだな。だが所詮は追放された身、泣いて詫びれば連れ戻してやろう」
ブルーノたちは、無遠慮に敷地内へと足を踏み入れた。綺麗に整備された庭。色とりどりの花が咲く花壇。その中央を突っ切って、玄関へ向かおうとした――その時だった。
カチッ。
ブルーノの足が、地面に埋め込まれた小さなスイッチ(踏み板)を踏んだ。
「ん?」
次の瞬間。
シュババババババッ!!!
花壇の四隅から、猛烈な勢いで水柱が噴き上がった。
「うわぁっ!? な、なんだ!?」
「雨か!? いや、下から水が!」
それは、私が畑の水やり用に開発し、昨夜突貫工事で水圧を極限まで高めた『高圧洗浄スプリンクラー(迎撃モード)』だ。
井戸のポンプと直結し、アレクセイさんの馬鹿力で圧縮した空気をタンクに溜め込んである。その水圧は、岩の汚れすら吹き飛ばす威力!
「ぎゃあああ! ローブが! 濡れる!」
「目が! 水が入って前が見えん!」
魔導師たちはパニックに陥った。
彼らの詠唱(魔法を使うための呪文)は、集中力を必要とする。こんな豪雨の中では、まともに魔法なんて使えない。
「おのれ、小賢しい真似を! 風魔法で吹き飛ばしてやる!」
ブルーノが杖を構えようとする。
しかし、スプリンクラーの射程外へ逃げようと、彼が一歩後ろへ下がった場所は――。
ズルッ!!!
「ぶべっ!?」
ブルーノは派手に転倒し、後頭部を強打した。
「ふふふ……そこは『超・鏡面仕上げ』の石畳エリアですよ」
私は屋敷の二階、テラスからその様子を見下ろして解説した。
昨日、私が【創造】魔法で、ツルツルに磨き上げた石床だ。
さらに、トマスさんから貰った潤滑油(カカオバターの失敗作)を塗ってある。
氷の上よりも滑る、地獄のスケートリンクだ。
「副団長!!」
助け起こそうとした部下たちも、次々と足を取られて転んでいく。
ステーン! ズデーン!
偉そうな魔導師たちが、泥と水にまみれて団子状になって転がっていく様は、正直言って――最高に面白い。
「く、くそっ! なんだここは! マリエル! どこだマリエル!」
泥だらけになったブルーノが、半泣きで叫ぶ。
そこでようやく、役者が登場した。
「――騒がしいな。せっかくの昼寝が台無しだ」
玄関の扉が開き、アレクセイさんがゆっくりと姿を現した。
その背後には、鬼のような形相(演技)のフレデリックさんが控えている。
「な、なんだ貴様らは! 我々は王宮魔導師団だぞ! この屋敷に潜伏している犯罪者、マリエルを引き渡しに……」
「犯罪者?」
アレクセイさんの瞳から、ハイライトが消えた。
彼はゆっくりと、濡れて震えるブルーノの前まで歩み寄り、見下ろした。
「……マリエルは、このアストラの領主だ。正規の手続きで国から譲渡された土地で、静かに暮らしている。それを犯罪者呼ばわりとは……ガルガディア帝国への宣戦布告と受け取っていいのか?」
「て、帝国……? 貴様、ただの傭兵風情が何を……」
ブルーノが言い返そうとした時。
フレデリックさんが、スッ……と剣を抜いた。刀身がギラリと光る。
「私の主君を『傭兵風情』と呼んだな。……その舌、切り落としてくれる」
殺気。
本物の戦場を知る者だけが放てる、濃密な死の気配が場を支配した。
魔導師たちは、蛇に睨まれたカエルのように縮み上がった。
「ひぃっ……!」
「マリエルは渡さない。二度とこの地に足を踏み入れるな。……わかったら、失せろ」
アレクセイさんが低く、地を這うような声で告げた。
「わ、わかった! 帰る! 帰ればいいんだろう!」
ブルーノたちは這ほうほうの体で立ち上がり、何度も転びながら逃げ出した。
捨て台詞を吐く余裕すらない完敗だ。
***
「……ふぅ。片付いたな」
彼らの姿が見えなくなると、アレクセイさんはいつもの笑顔に戻って私を見上げた。
「マリエル! 見たか? あいつらの情けない顔!」
「はい! ばっちり見えました! スプリンクラーの水圧、最高でしたね!」
私はテラスから駆け下りて、二人の元へ飛びついた。
「ありがとうございます、お二人とも! すごくスカッとしました!」
「礼を言うのは俺の方だ。君の物理トラップのおかげで、剣を抜かずに済んだ」
アレクセイさんは私の頭をポンポンと撫でてくれる。
「しかし、あの床は凶悪ですな……。私も今度通る時は気をつけねば」
フレデリックさんも苦笑いだ。
こうして、王都からの最初の追手は、私のDIY(と彼らの威圧)によって撃退された。
これでしばらくは、静かな生活が戻ってくるはずだ。
「さて、運動したらお腹が空きましたね! 今日は勝利のお祝いに、トマスさんのカカオを使った新作スイーツにしましょうか!」
「おおっ! チョコか! それは楽しみだ!」
私たちは泥だらけの庭(あとで掃除しなきゃ)を背に、甘い香りの漂うキッチンへと戻っていった。
……一方その頃。
ずぶ濡れで王都へ逃げ帰ったブルーノたちは、「アストラの森には、水と氷を操る正体不明の大魔女がいる」というデタラメな報告をして、さらに王宮を混乱させることとなった。




