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第31話 出来心

今回は、セイラがピンチ回です。


ゆるく読んで頂けると嬉しいです

魔王城の廊下。

見回りの魔物が二人、声を落として歩いていた。


「なぁゴブリン……魔王様、最近ちょっと変じゃないか」


隣のゴブリンにマミーは囁いた。


「あぁ。人間が来てからだ。妙に穏やかというか……らしくない」

「このままだと、魔王軍が心配だよ」

「……ひょっとしたら」

ゴブリンが、ほんの少しだけ間を置いた。

「……あの女、人間側のスパイなんじゃないか?」

「……ただでさえ、人間が関わると碌なことがないしな」


そのときだった。背後から軽い足音が近づいてきた。

二人が口をつぐむより早く、明るい声が割り込む。


「ゴブリンさんとマミーさんちょっといいかな?」

「……あぁ、セイラか。どうかしたのか?」

「うん、ちょっとあの人……魔王様のお部屋を模様替えしたくて」

「それで?」

「どこか、きれいなお花が咲いている場所知らないかしら?飾りたいの」

「……それなら、そうだな。あそこがいい。魔王城を西に向かうと森があるだろ?そこを超えると、たくさんの花が咲く丘がある。そこに行ってみるといい」

「……お前、あそこは……」


ゴブリンが、次に発しようとする言葉を飲み込んだ。


「そんなところがあるのね」

「ああ…そこまで遠くない。散歩がてら行ってみてはどうだ?城に籠りっきりなのだろ?」

「そうね…今日はまだ掃除があるから明日行ってみるわ!親切にありがとう…あっ、このことは内緒にしておいてね!あの人を驚かせたいから」


そう言い残すと、セイラは駆け足で去っていった。


「……お前、あの森は…」

「……魔王軍のためだ…仕方がない」



翌日――

前日と同じように魔王城を見回る二人の魔物の姿があった。


「…今日だな」

「あぁ…」


二人が神妙な面持ちで歩いていると、前方からきょろきょろと周りを見回しながら悪魔魔道士が歩いてきた。


「悪魔魔道士さんおはようございます」

「あっ、あなたたち探しましたよ。」

「俺たちをですか?」

「はい。これを渡そうと思って」


そう言うと悪魔魔道士は包みを取り出した。

「なんですか、これは?」


悪魔魔道士は笑いながら答えた


「≪魔饅頭≫です」

「は、はぁ…」

「セイラさんからあなた達にとのことです。それからこれ…」


悪魔魔道士は、袖の下から一通の手紙を取り出した。その手紙にはこうあった。


『いつもお城の見回りありがとう。親切な魔物さん』


その手紙を、二人は深刻な顔で見つめていた。


「自分で、渡しなさいといったんですが…恥ずかしいから…らしいです。私のこと召使いかなにかと勘違いしているんですかね?ははは」

「…………」

「…………」

「んっ?どうしたんですか?」

「あっあの、悪魔魔道士さん…実は…」


見回りの魔物は前日の出来事を悪魔魔道士に打ち明けた。


「あの森はマンイーターの巣窟…君達は何てことを…」

「俺たちは……魔王様が穏やかになっていくのが怖くて……人間に絆されたんじゃないかと思って…」

「…本当『馬鹿』ですね…魔王様にこのことを知らせます。処分は後から考えますから」

「……はい」

「……すみません…如何なる処分も甘んじて……」


悪魔魔道士は固まった表情のまま、踵を返した。

「……間に合えばいいですが」


その頃――

セイラは、花の咲く丘に向かうため森を歩いていた。

それが危険な森であることを知らずに。

魔王城に連れて来られる前なら、きっと足を踏み入れなかっただろう。

魔王城での暮らしが、彼女の肩から少しずつ警戒をほどいてしまっていた。


「フンフンフーン…お花喜んでくれるかしら」


セイラは軽やかな足取りで歩を進めた。

鼻歌交じりの独り言は、森に吸い込まれていく。

セイラは気が付くと、鳥のさえずりが聞こえない、木漏れ日の届かない場所を歩いていた。


「…ちょっと怖いかも…でもここを超えたら花の咲く丘よ」


セイラは自分を奮い立たせ、少しの恐怖を忘れるように歩を進めた。


ぴちゃり。


生々しい音だった。朝露ではなく、少し粘り気のある粘液が垂れたような。その音にセイラは生理的に嫌悪感を覚える。


「…何?」


セイラは立ち止まり、周りを見回す。

先ほどまでの森の静寂はどこかに消え、木々がざわめき始めた。

光が途切れ、森の色が一段暗くなった。

セイラは思い出す、ここが魔領域だったことに。


ちゃり…ぴちゃり。


「…近づいてくる?」


次の瞬間、生ぬるい何かがセイラの頬に触れた。


「……っ」


とっさに振り向くとそこにいた。木漏れ日の届かない闇の中で蠢く生物とも植物ともわからない何かが。


(…逃げなきゃ)


その思いとは裏腹に、セイラの足はすくんで動かなかった。


…ぴちゃ。ぴちゃり。ぴちゃ。


魔物が唾液を糸のように垂らしながら、じりじりと迫ってくる。

距離が詰まるたび、セイラの頭の中は恐怖で白く濁っていった。

魔物は目の前でぴたりと止まり、わざとらしい沈黙を置く。

表情のないはずの顔が――なぜだか、笑っているように見えた。

怯えそのものを、舐め回すように。

魔物は余韻を残しながら、セイラの恐怖まで飲み込むため、その大口をゆっくりと開けた。


「いや…私、もう一度…」


ざわめいていた木々が沈黙した。森の空気が凍る。木漏れ日の入らない森に、さらに深い影がその姿を表した。


「――初めてわしに会った時の威勢はどうした?」


その声は、淡々として尊大だった。

魔物は魔王の姿を捉え、その動きが止まる。開けた大口から絶え間なく滴っていた唾液は枯れ果てたように止まっていた。魔王は、恐怖で固まる魔物に一言だけ告げる。


「去れ」


魔物は森に溶けるように存在感を消し、セイラからじりじりと離れていった。


膝から力が抜けた。セイラの倒れかけた体を正面から魔王が受け止める。

セイラは身を預け、魔王は支えた。

二人は、抱きしめあいながら言葉を交わした。


「心配かけおって」

「……もっと早く来てほしかったな」

「はは、その意気だ」

「……ごめんなさい」

「謝ることはない。わしを喜ばせたかったのだろ?」

「…うん」

二人の間に心地よい沈黙が流れた――


魔王は短く告げる。

「行くぞ。わしから離れるでない」

「うん。離れない」

風が膨らみ、木々の隙間から光が降ってきた。

木漏れ日が一枚の幕のように視界を覆い――

瞬きの間に景色が変わっていた。


「……泉?」

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。第2章は終盤です。



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