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アンブレイカーズ  作者: MRプロジェクト(詳しくはプロフィールにて)
第2章「強敵」

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「9」[怪奇的人超越種]

太陽を遮るように翳された右の腕。元の5倍程に膨れ上がった腕の厚みと、肉体の表面を覆った不透明な分厚い甲殻装甲により一太刀は阻まれていた。


そうして脚の再生が半ば万全となった今、その者は膝を起こし、足を地につけ[影怪人]を強く薙ぎ払った。影怪人はサッカーボールの様に床を激しく転がり壁面に顔面を打ち付ける。


(大お蟹様!! よろしくお願い致します!!!)


不透明だった甲殻装甲の色の移ろいが、今、3m80cmの体長と共に朱の名乗りを上げた。


「ヴゥ”ォ”ォオオオオォオオオオオ!!!!」


厳めしい蟹の顔を頭部に宿し、少しばかり刺々しい甲羅に包まれた2本の極太な人脚と、極太な蟹の鋏を持つ肉体。蟹の怪異。立ち上がる[影怪人]は轟く威嚇を前に歩みを止める。


二対の巨体が見つめ合って再び訪れたさんざめく静寂の轟。南雲はこの状況を前にどう援護するべきか田所に問えば「まだ動かなくていい」といわれた。だが悠長でいい訳ではない。


[影怪人]との戦闘は陽が落ちるほどに不利になる。

その為、11月の今、彼らが渡り合える限界時刻は18時前後。


「ゥ”ォ”オオオ”ァ”アアア!!!!」


可能であるならば早期決着をつけなければいけない。例え増援が来ても、アンブレイカーズが緊急出動した場合も同じだ。[怪人]と出会した時点で陽介ら3人は[怪人]から逃げてはいけない。倒せるか死ぬまで帰ってはいけない。それが[怪人]と遭遇した人間の末路だ。


巨大な蟹の怪異は地面を激しく揺らす1歩を踏んだ。


[影怪人]の胴を覆う、開かれた左の鋏。閉ざされ、爆発に近い重たい音を鳴らした蟹鋏。押し潰され断たれ、地に落ちていく黒いの体。

それに狙いを定め、右の鋏を折り畳みながら肘を引く蟹の怪異  刹那  痛烈な破裂音と共に[影怪人]の上半身が爆ぜ、肉片が周囲に飛び散った。


一帯に吹き込む突風が田所達の後ろ髪を揺らした――その時だった。[影怪人]は瞬く間で結合し、蟹の怪異の左腕を模すと撃鉄一発、蟹の怪異の顔面に打ち込んだ。


乾いた音が強く、鳴った。


しかし、蟹の怪異の甲殻に罅は愚かその表情に無を宿らせていた。瞬転[影怪人]の背中を大きく焼いた南雲の雷電。

蒸発音と煙を放ち振り返った[影怪人]――同時、左の蟹の手から高速射出された水の塊に[影怪人]は下半身の大部分を失った。

そうして宙を落ちる[影怪人]の頭に降りつくは、隕石の様を得た、更に肥大化し真っ赤に染まった蟹の大豪腕。


[影怪人]は頭上に堕ちた圧倒的な破壊力を前に、跡形もなく散り消えた。


勝機を認識させない圧倒的な力の差。

それを前に[影怪人]は撤退する。

陽介らは無事戦闘を終えて帰ることができる――それで終われば[怪人]は[怪人]と呼ばれない。


[怪人]らの生まれは個体によっては自然発生的であり、[大怪獣]に生み落とされていたりする。だがそのどちらもに共通した特徴がある。それこそが[怪人]が[怪人]たる所以。


それは、一度敵対した相手が何処に行こうとも姿を現し襲い続けるという、絶対的な執着性。


狩られる側で終われないという、生き物の理性が破綻していながらもある意味で突き抜けていると言える、生まれながらの強者であり無類に座す極限生物。

人間と同じかそれ以上の知性を有しているのにも関わらず、道理を超えた固執欲を持つ生物。それは、あるいは人類が辿るはずだった姿。人とは別のベクトルで進化を重ねた種族の名を[怪奇的人超越種(かいきてき ヒト ちょうえつしゅ)]。


――別名[怪人]


何度と立ち上がる[影怪人]は、けれどその度に振り込まれる一撃一撃に耐える事は出来ていない。悉く無様な塵芥となり、蟹の怪異に見下され続けている。

それでも何度も何度も[影怪人]は立ち上がる。

その度に蟹の怪異の動きを模倣し、模倣を読まれて躱わされて、反撃を食らう。

更には南雲の雷電の援護。

そして田所によって照らされる懐中電灯6本の光の雨によって[影怪人]の動きは頗る鈍く、常に黒煙を撒き散らしながら背を縮ませている状況にあった。


そうして[影怪人]の全力を封じ、陽介らは優位を維持して時間稼ぎを。あわよくば討伐を。

それを胸に鈍足ながらも破壊力に満ちた殴撃を。

重ね。

重ね。

重ね。

重ねて。


そして――


「――”ンゥ”ッ」


恐らく、20秒の攻防。繰り返した応酬は100を裕に超えている。


そして100回以上の攻撃で修正を重ねた[影怪人]の一撃は、堅牢頑強を誇る蟹の怪異の甲殻に亀裂を生み、破片を撒き散らせた。


――蟹の怪異の脳天にドバッと血が昇った。


絡み手は通用する。

投げ技も通用する。

急増する技の種類。

増していく技の威力、一撃の速度。

本来の蟹の怪異の実力に触れ始める中、けれどそれはすぐに相手の手札となりその手札はどんどんと進化を重ねる。

鈍かった動きにキレが生まれ、威力は増し続け、振りの速さは初めの面影すら感じられない。

ついには優勢を築いていた蟹の怪異が地に押さえつけられる事態に。


「……………」

「………」


向かい合う蟹の顔と熊の顔。


――一転、[影怪人]の頭部がマイナス方向に振り抜けた。


顔面が陥没し天井に後頭部が触れた。

頭部が模すその幾本もの獣牙から垂れる黒い液体は捕食寸前の熊と瓜二つ  そして  その顔面は蟹の怪異の顔面を食い千切った、はずだった。


(間近で喰らえよ)


陽介の進言により大口を開けた蟹の怪異。

その口元から照射される強烈な光の束に声にならない叫びを上げて後退る。

筋肉繊維を自由自在に動かしベルトから持って咥えた3本の懐中電灯。

こう言う時のベルトだと陽介は心の中でガッツする。


そうしてたじろいだ[影怪人]。

蟹の怪異はその無防備な体を鋏で切り裂くと下半身を爆散させない程度の力で蹴り飛ばした。

その肉体は宙を泳いだ。

そして行きついた先は、渡り廊下。


田所達の前。


「南雲くん陽介さんと切り離すように雷の壁を立てて」

「はいっ……」


早口で捲したてられる言葉に南雲は顔を顰めながらも従い、渡り廊下と「西棟」5階を切り分けた。

立ち上がった[影怪人]は体を探して前後左右を見渡し、雷の壁を腰で強く叩いた。


「南雲くん顔色悪くないですか」

「顔色に関して田所先輩が言います?」

「言います」

「言っちゃうんだ……」

「酔い止め飲みます?」

「これは【能力】の反動じゃなくて…まぁ嫌な思い出のせいです」

「トラウマですね」

「トラウマです」

「じゃあ今日から私達トラウマ仲間ですね」


雷の壁の突破を諦めた[影怪人]は体をグニャグニャと変形させて、人型をベースに成人男性程度の体長を得ると2人に鋭い目を向けた。


「作戦は」

「[影怪人]を小分けに。都度南雲君が雷で焼却。倒しきれなかったとしても増援まで耐久」

「切り分けた奴まとめて焼くのはダメなんですか」

「光の攻撃と雷の直撃の反応を見て多少光に強い個体なのかもしれない。まとめて焼くには体が大きい。大きさは強さ。雷で包んだとしても多少の耐性と単純な強さで脱出される可能性があるなら小分けにして少しずつ倒す方が討伐可能性は高い」


活舌よく早口で両者共意思疎通ができるのは元アンブレイカーズ故か。懐中電灯を受け取った南雲は肺に貯まった嫌な空気と「わかりました」の言葉を等価交換し、[影怪人]を見た。


噛みつき合う視線  一転  体色を赤く染め上げていく[影怪人]。やかんの悲鳴の如き甲高い響き。沸騰した水が器から漏れだすように激しく吹き出す黒い煙の蠢き。


――を見聞きするよりも先に南雲にバックパックを渡して指示を出した田所。


「南雲君のみ「東棟」に移動。雷の壁で一面を覆いつつ移動に合わせて動かし「東棟」到着と同時に渡り廊下を封鎖。注意、雷の壁の右側に160cmの縦穴を作る事」


15mで保たれていた影怪人と田所達の距離。


狙いに悩んでいた[影怪人]は南雲に目を向け脚に力を更に強く込めた。


南雲を選んだ理由。それは単純な推察。


【遠隔能力】保有者は後方に下がりがちで、手を指先まで伸ばしがち。それは以前別の[怪人]と交戦していたアンブレイカーズの戦闘を見て得た知見。

そして実際南雲は手を指先まで伸ばしてステップを踏み、その上背後に走り出した。


この知見の裏付けは南雲を殺す事で力強く証明される――[影怪人]はそして、赤熱した高速の異音黒塊として南雲に肉薄する  寸前  [影怪人]の半身が崩れ落ちた、否、隣立つ田所がその肉体の殆どを断ち斬った。


同時、宙を舞っていた赤黒い塊の高速結合。

それを遮った田所の蹴りと殴打の連撃。

弾き飛ばされた掌大の肉片達は、疎らに散らばってほぼ同時に「西棟」側の雷の壁に激突した。


(人気の焼き肉屋みたいな音っ。帰ったら三月ちゃん達誘って焼肉いこっ)


前面から鳴り止まない焦げ煙る音色の層。

田所はそしてコロコロと地面に落ちる肉片の再生を待って剣の長さを変化させ、今、大太刀を手に対峙する。[影怪人]に南雲への執着はない。


今あるのは。


「…………」

「………」


田所山葵を殺す事。それだけである。

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