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アンブレイカーズ  作者: MRプロジェクト(詳しくはプロフィールにて)
第3章「カナヅチ」

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22/35

「22」大怪獣の大咆哮

[鏡の怪人]と戦ってから約半年ほど経った。この期間の親睦会では、肌が弱くカナヅチな俺の為に真夏の虫取りやビーチなどには行かず、その代わりと室内プールや美術館など室内を中心に色んな所に遊び場に行った。


他には、アンブレイクが回収できた1割ばかりの[小影]の素材で稼いだお金と残していた素材で武器や防具を慎重した。


「ほい、完成」

「佐伯社長ありがとうございます!」

「いーなぁ…山葵だけ」


そんな三月の羨望に「いいでしょー」とにこやかな笑顔を返す田所。雀はそうした光景を前にして足の指で三月の足首を指すと「三月にはミサンガ上げたじゃん」と言った。


「これは確かにめっちゃ嬉しかった」

「そういや三月ちゃんミサンガに何のおまじないしたの?」

「んー? 内緒ー。言ったら叶わなくなるって言うしー」

「じゃあ叶ったら教えてね」

「うんっ、そりゃ勿論っ…あ、どこ行くんすかしゃちょ。逃がさないっすよ」

「強情だなぁこの18の生娘は……。めんどくさいからもう作りませーん」

「ばーかばーか!!」


田所の新しい大太刀の柄には、邪魔にならない程度の大きさで作られた可愛いアクセサリーと共に翡翠色の布が巻き付けられていた。


「なんで山葵ちゃんに甘いんだ雀ちゃん」

「別に特別扱いじゃねーからな。三月も静流も同じように同じだけ可愛がってる」


[大怪獣]出現まで後3か月。


お金があるからと言って事務所を新設しよう、なんて話は出来ないでいる。


寧ろ来たる≪大怪獣災害≫に向けて守樹さん経由でアンブレイカーズから協力の招集がかかっていて建てる意味がなかった。


そしてそれに応える事はある意味で本望的であり、願ったり叶ったり。


≪大怪獣災害≫という今までの様な防衛の漏れを補う対応ではどうしようも無い規模の戦い。全体の速やかな連携が必要な場面故に勝手な行動は控えなくてはいけず、だからこそ正規の部隊として活躍できるならそれ以上の事はなかった。


しかしそれは同時にこのパーティーの指揮権がアンブレイカーズに譲渡される、という事でもある。俺たちが同じ場所に割り当てられる可能性はあまり高く無い。


だから一旦の送別会として今日パーティーを開いていた。



午前9時。


雀ちゃんが全員に前日から飯を抜くように指示をしてて、そのせいで腹の悲鳴がかなりヤバい。

朝5時に部屋の飾りつけを終えてからずっとキッチンを行き来している事もあって常に待てをくらっている拷問状態。


腹の虫が『もういっその事殺してくれ』と泡を吹いて泣いていた。


大きなテーブルの上にはコンビニピザをフライパンで焼いたもの、卵焼きや卵サラダ、トマトのカプレーゼ、ラザニア等々、和洋中。ご飯系からスイーツ系まで揃えられている。


トングと取り皿に箸を置き、前日から仕込んでいた角煮を並べる頃にはみんなが居て、それに合わせて料理を再加熱をしていればそれぞれがお酒やジュースを片手に持ち今か今かと待っていた。


雀ちゃんはそんな皆を見て自然な微笑みを零すと「よーし! 飯だ!!」と声を張った。



午前10時。


9月1日。

月初め。

いつも通りとカタカタ家が揺れ、家具が騒ぎ食器がステップを踏む。


俺の全身の肉皮を物ともせず買き、過ぎ去り、そして繰り返し穿ち穢す巨大な[大怪獣]の大咆哮。

目玉が破裂し、脳みそがひしゃげて辺り一帯に散り散りになってしまいそうな圧迫感。


気圧の変化のせいか聞こえる音の全てが篭っていく。


息も詰まって、肌が酷く寒くて、手足先が冷たくって、吐き気が強烈に込み上げてきて――


「――あ"…あああ…っああ!!!!!」


ヤバい。今日のやつはヤバい。


(苦しい――苦しいっ。息がっ、できないっ。目も体も頭も何もかもがっ……死ぬっ)


いつもの[大怪獣]の咆哮がいつも以上の苦痛を味わわせてくる。


死ぬ。


このまま俺は死んでしまう。


そんな予見に瞳を溺れさせる中で過ぎた蟹の怪異の記憶、九尾狐の怪異の記憶、唐傘の怪異の記憶。

金城と、それ以前の多くの人間達の記憶、そして赤井陽介の大きな記憶の片。

暗く寒い記憶の中、酷い脂汗を流し倒れ込む俺に駆け寄る皆を見て気づく。



この中で誰も、俺みたいに苦しんでいない事に。



俺は、唖然とした。して、もっと息が詰まった。


絶え間のない苦しみを感じさせない程に思考が停止した。


同時に全身が凍り付いた。


つむじから耳の裏。

うなじに鎖骨。

肩に背中に腹に手爪先までビッシリと、冷気が覆い被さっていた。まるで1人氷河の中に取り残されているかの様な絶対零度の凍てつきだった。

この感覚に思考が辿り着いた時、ヤケに冷静な頭で気づく。


(なんで俺はこんなに…寒がってるんだ)


俺は。


「陽介。苦しい? 大丈夫?」


[小影]がそう言いながら俺に駆け近づいて、俺の肩を踏みつけて、俺の髪の毛を穢した。


両手を床に突き、目の前にできた水溜まりに映る自身の顔をみればとても蒼白で、醜悪で、一緒に映る[小影]の姿がとてもとても醜くて気持ち悪くて、嫌悪の意が膨れ上がってきて――


「――俺はお前じゃ無い!!!!」


俺は――俺は[小影]を、全力で払った。


熟れたトマトが激しく地面に叩きつけられた。

その比喩に準じたように激しく弾けた黒い塊のしょう

しかし[小影]は[影怪人]で、死ぬはずなんてなくって。


「悪い[怪人]は……倒さなきゃ…」


後退り、怯えながら体を取り戻していく[小影]。

俺はその小さな体を掴み、そして。


「陽介! なにしてんの!!」



――――  食べた  ――――



その瞬間、見えていた世界がガクンと下がった。


まるでギロチンで首を切り落とされたかのようにだ。


ギュンッと地に着いた頭は、けれどその高さで固定された。


いや、頭の高さだけじゃ無い。

体の力も弱々しくて、手も、小さい。

周りの家具も人も、大きくて、聞こえる音も大きくなってて。これじゃまるで――


「燕......」


――赤ちゃんみたいだ。


「なんで…」


雀ちゃんの顔は俺と似て真っ青だった。

酷い顔をしていて、間違いなく困惑していて、今にも逃げ出したそうな顔をしていた。


それでもと吐き出す声は嫌なほどに冷たく震えていて、その声を聞いて、俺の死んでいる心臓が死に急ぐ様に、怒鳴る様に、叫ぶ様に、唸り畝り歪み、震えた。冷や汗がポタタタタッと地面で弾けた。


「いぁいえ......いあいえ...おえを、みあいえ......」


見られている事への拒絶が、口から漏れ落ちる。遅れて、俺にはあまりにも大きすぎる服やズボンから抜け出して暴れ回って、壁に手を強く当て、出口を探すように叩きつけて、けれど階段はここじゃ無いことを思い出してただ怯えを壁に委ね重ねた。


「こぇはぁ、おれじゃなぃ…」


今の自分の姿を否定した  次の瞬間  グンッと一気に背が伸びて、見える世界が高くなった。それでも見覚えのない高さで、でも着こなしている衣服は見覚えのある物で。


「あ、赤井...さん......」


呆然とした声色で、上から下まで見つめ重ねて静流は繰り返す。「赤井さんだ」と。


一成はそんな静流の声を聞いて、いつもと違う俺を見て嫌な予想がついてしまった彼は言う。


「陽介、悪い冗談はやめろよ。そんな黒い体液全身からこぼして、それじゃあ【降霊】の能力でなってるんじゃなくて[怪人]。それも[影怪人]のそれじゃんか。笑えないって、はは」


そうじゃ無いことを願い、胸にある考えの全てを一成はわざとらしく並べ置いた。


俺は。…俺も、俺だって、否定したかった。冗談だって。


「かい、じん...」


でも、とても、しっくり…来たんだ。その言葉に。とても。


吃驚する位、気持ちがいい位、11年間悩んでいたパズルが完成した位、清々しい――訳がない。


そんな偽りの爽快感では塗り潰せない程に重厚な最悪な気分が――いやマジでなっ、何で本当の自分を見つけてこっ! こんな思いをっ!! こんな思いをっ……俺はっ、俺は[怪人]じゃ無いっ。俺は燕で――違う! 赤井陽介で――違う! じゃあ誰なんだ俺は!!


「俺は[怪人」じゃ無い!! 佐伯陽介だ!!!!!」

「違う!!!!」


その一喝は、俺の全ての拠り所を粉々に砕き割った。


「お前は[怪人]だ!!! 佐伯陽介じゃない!!!!」


俺の本当の名前を一蹴し否定したのは……その名付け親の、雀ちゃんだ。けど、俺はっ。


「俺は佐伯陽介だ!! [怪人」じゃない!!!」

「お前は[怪人]だ!!」

「違う!!!」

「なにも違わない!! その体も力も再生力も何もかも[怪人]の由来なんだろ!!!!」


その思い当たる節しかない根拠に俺は唖然とした。そして、俺は雀ちゃんに土下座をした。


「――あっあの! ほんともうお願いしますっ、もうやめてくださいっ。イヤっ、嫌なんだ。認めたくっ――いや、違う。そもそも俺は人間なんだ。本当なんだっ! 人間の佐伯陽介なんだっ! てか俺ずっと人として生きてきたんだよっ。てかてかもうもう人でいいじゃん! 人だろ!! 俺が人じゃなかったらお前ら全員人じゃなくなるんだぞ! いいのかよ!!!」


そう言って顔を上げて、周囲に振りまいた視線が得た情報は、全員の逸らし顔。


「……なんでだよ。……なぁ一成。また俺とゲームしようよ。お互い徹夜するつもりだったのに起きてられなかったあの時のリベンジをしようよ」

「……」

「なぁ静流ちゃん。またマッサージしてよ。またあの時みたいに痛みで泣かせてくれよ」

「………」

「っ――なぁ!! 信二!! 山葵!! 三月!!! なんか言ってやってくれよ!! 俺の言葉じゃあ聞く耳を持ってくれない!! 俺の代わりにお願いだ!!!」


3人もまた、目を逸らして……俯いた。


「嘘だろ……もうやめてくれ。俺の思い出を……奪わないでくれ…嫌だ…イヤだっ!!!」


沈黙の否定を重ねられる程に消失していく佐伯陽介と言う人間の形。11年間の記憶の積層。笑いと怒りと悲しみと楽しさが混じり合う、幸せだった時間達が、俺の中から…消えていく。


「――死ねぇえええ!!!」


いつの間にか持ってきてた薙刀を俺に向かって雀ちゃんが掲げていた。その切先は真っ白く光っていて、まるで太陽を見つめているような眩しさで、見ているだけで体が溶けていく。


(......きれい)


その煌めきに見惚れて、俺はそのまま飲み込まれてしまって――


「――雀落ち着け!!!」


「っ触んな!!!!!」


雀ちゃんの一振りが届く刹那、男が雀ちゃんを羽交締めにし俺から引き剥がす――瞬間男が地面に叩きつけられていた。


静かに息をしていた空気が死んだ。


雀ちゃんが無理やり男の襟を持ち上げたかと思えば右手で顔面を殴打し即座に肘を打ち付け手甲で側頭部を強く弾く。その顔面に間髪入れずと振り込まれた右の足。

男が白目を剥く中で更に腹に打ち込まれた左足の一閃。


手加減されていながらもあまりにもの威力に男は吹き飛びテーブルと共に壁に触れた。


雀の顔は、もう、覚悟が半ば決まった様な……いや、何も整理がついていないままの顔だ。俺はそれを知っている。


ただ本当に、この時の雀ちゃんはひたすらに酷い顔をするんだ。


「雀……そんな顔、しないで…」

「その名をお前が! [影怪人]が呼ぶな!! 気持ち悪い!!!!!」


心配する気持ちも、彼女にはやはり……届かない。


(雀……雀ちゃん…すずめ…。……呼んじゃ、ダメ…)

『え? あー、私は佐伯雀』

(俺の名前は………)

『もう少し付き合い長くなりそうだし名前持っとけ。て事で今日からお前は……陽介な。使わなかった割には良い名前だから、仮の名前に上げる。まぁ貰う側的にキモいモノかもだけど』


(俺は……佐伯陽介じゃ、ない…)


そんなの………いやだ。


俺は、悪くない。


そもそも燕を食べた記憶なんてない。


違うんだ


「違う…俺は……くって、ない。人違いだ。……ちがう」


そう言えば、間髪入った雀の轟。


「じゃあなんで今お前はアタシの知ってる子供の姿になってんの! なんで写真じゃ見えないホクロがおんなじ場所におんなじ数あるんだよ!! お前は食った人間の体に化ける[影怪人]なんだよ!! 佐伯陽介なんかじゃねぇんだよ!!! 人間じゃねぇんだよ!!!」


そんな目で、見て欲しくなかった。


見られるなんて、思ってもいなかった。


佐伯陽介なら、こんなこと、なかった。


だからきっと俺は本当に……佐伯陽介じゃ………。俺は、佐伯陽介じゃ、ないんだ。


俺は……人間じゃないんだ。


じゃあ俺は何なんだ。


じゃあ俺は誰なんだ。



――――  [怪人]だ  ――――



俺の耳に届くのは、この空腹感すらも食ってしまう、母親からの呼び声だけ。


全身を穿つ大咆哮が、母さんが、力を分け与えてくれている。[怪人]として。

いや、[怪獣]として強くなれと、背中を押してくれている。……何れ人間を滅ぼし[大怪獣]の世界を作る為に。


「あ”ぁああああぁああ!!!!!!!!」


[怪獣]になる為にはこの空腹を満たさなくてはいけない。そして誰にも見つからず眠らなくてはいけない。だから獲物を探しに――いや居るじゃないか目の前に。上質な獲物が、沢山。


(……たく、さ…ん………)


何も思い出せない。もう今さっきのことばかりなのに、あいつが誰でどんな奴なのか、なにも、今も昔も思い出せない。なのに、どうしても……手が。手が、出せない。


「ァアアア”アアァアアァ”ァ”ァァアアァアアァ”ァアアアア”ア”ア”!!!!!!」


兎に角この場所から逃げないと。ただひたすら遠くへ、いくんだ……どこまでも、遠くへ。


何故なら俺は[怪人]だから。



人間……じゃない…から。



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