「18」慰安旅行(2)
周囲で構える木造建築の街並みに見惚れながら歩みついた今日から3日間お世話になる旅の館。
かなり上等な旅館の様で、荘厳で鮮やかで美しい景観。
緑と石と木を巧みに絡めて作り上げられた内装に静流ちゃんと新人君は大盛り上がり。
そんな2人を宥めて手を引き、案内の方に簡単な挨拶をして荷物を受け渡す。
そうして俺たちはすぐに〈大分〉に繰り出でた。
朝ごはんを食べようにもまだお店が空いていない為観光地を練り歩く。色んな場所で撮影したり足湯に浸かってみたり、紅葉華やぐ山をゆっくり登って頂上から〈大分〉を眺めてみたり。
そんなこんなしていれば時刻は12時近くに差し掛かり、既に行列が出来ている店舗に向かい13時頃に山かけそばや地獄蒸し料理、とり天を楽しんだ。
それからまた観光名所を巡り巡って食べ歩いて、夕方頃。
「お姉ちゃん! 私明日の自由行動今日行ったとこより奥にあるお店行きたい!」
「うんうん、行こうねぇ。いっぱい食べようねぇ」
「山葵ちゃんも行こ!!」
「是非に付き添わせて下さい。効率よく巡回できるようマップ作っちゃいますよ」
「うぉー! 出来女!! たっよりになるぅー!」
女子組はとても盛り上がっているが、雀ちゃんはそんな空気から遠い所にあるベンチで1人豊後牛のカツサンドを小さい口で精一杯食べていた。
(あ、それとなくコートの中にいる[小影」に上げてる)
雀ちゃんは皆んなと何処かに行っても一度は1人で気ままに歩き回りたいタイプの人間で、だから明日は自由行動となっていた。
そんな彼女から目を離し前を向けばお土産屋さんが立ち並んでいて、なんとなしに店頭の品物に目を遣れば、アンブレイカーズトップだった赤井が右腕を空に掲げているキーホルダーと桃西監修の激甘かりんとう饅頭が目に映った。
他には置き物やジャム、お菓子と様々。
(なんで10年以上前の2人がモチーフのお土産が残ってるんだろ)
もうとっくに世代交代もしている。今のアンブレイカーズトップは確か……誰だっけ。
アンブレイカーズトップと言えば、赤色の仮面と、全身赤色のタイツに身を包んでいる赤井と……その次にそれを真似て桃色の全身タイツと仮面をつけていた桃西。
まぁ桃西は普通に顔出しをしていて、このお土産にもしっかり美人な顔が二次元の世界で生きているが。
(赤井……桃西)
この存在が近づくたびに俺の中にある錆びて埃に塗れた南京錠が、疼い、て……くる。
「――陽介どうした、腹下したか? 冷や汗凄いし表情が厳しいぞ」
「え? ぁ、あーや。昨日悪い夢見たのフラッシュバックしただけ」
「……そうか? 体調悪くなったら言ってくれな。静流の【能力】で緊急搬送だ」
「そこは鳳さんが担いでいくわけじゃないんですね……」
「病人相手だ、喉にサボテンがツッコまれようと適材適所で指示するさ」
信二くんのツッコミに指をピシッと指して答えた鳳に「すみませんでした」と頭を下げる彼。
「新人君ってば、そんな真剣に謝らなくていいよ。ボケに見えたんだろ。俺も見えたよしっかり。……てかそんな事よりもさ水持ってない? 喉乾いちゃってさ」
信二君からペットボトルの温泉水を貰って3人でもう少しブラブラしていれば夕ご飯の時間に。
信二…? 新人君はそれがとても楽しみだった様で静流ちゃんと和気藹々と飯の話をしてる。
飯の写真も撮りたいそうで写真が得意だという静流ちゃんはムキッと力拳を作って言った。
「おねぇーちゃんにまっかせなさーい! ……あ」
「お姉ちゃん、いつから信二くんの姉になったのさ」
「ご、ごめんねぇいつもの癖で」
「い、いえ。なんというかほんと、姉妹仲を感じれて素敵だなと思いましたよ」
「ほら、気を遣われてるよー」
「……面目ない…」
そんなこんなでやってきた食事はとても豪勢で、アンブレが護衛について取ったという海の幸がこれまた絶品。
酒も進んで大盛り上がり。
大盛況が包む温かい賑やかさは「お風呂行こー」という話題で一旦流され、今男衆でシャワーから1番遠い湯船を占有していた。
人3人寄れば姦しいという様に話題というのが尽きそうにない。一成がなんであそこまで雀ちゃんラブなのか。なんで新人君はこの前まで不真面目そうだったのか、など。
今回話した中で言えば新人くんの話は結構心にくるもので。
「僕の家族はおじいちゃんを除いて11年前の大怪獣災害でいなくなりました。おじいちゃん、家族が居なくなる前はとても頼もしくて、面白くて、かっこいい人だったんです。でも家族を失ってから認知症が急に進んじゃって、初めは単なる物忘れだったんですけど、3年もする頃には僕の事をすっかり忘れちゃって。罵詈雑言、暴力、通報もよくされました」
彼が語り始めれば俺たちが会話に入る余裕がないほどにツラツラと言葉が立ち尽くしていく。
理解のあったご近所さんも限界でいつしか早く出ていってと毎日嫌がらせを受けるものの、この冬に家を手放せば野宿しかなかったり。都外合同支援により家賃生活補助を受けていたとはいえワンルーム21.8万円の出費が大きく食費や雑費を勘案すれば休みなく毎日働くしかなかったり。
休みも、休む場所もない空間のせいで鬱になったり。
我慢の限界で祖父に暴力を振るった際このままでは殺してしまうと考えて消費者金融の協力を経て介護施設に入居させたり。
その後色々あってアンブレの高給を売りに消費者金融と話してアンブレへ。そうして返済や生活に余裕が生まれて、そしたら今まで抑圧してきたものが一気に爆発して。
初めはちょっとしたやけ食い。ゲームや書籍の大量購入。ゲームの課金。
でももっと刺激が欲しくなってギャンブルへ。
日に日に増していく刺激に対する欲求は仕事の中でも影響し、頭の中は賭け事と遊びの事まみれ。
いつしかバレたら終わりの賭け麻雀やポーカーをするようになり、気づいた頃には素行不良の繰り返しによりクビに。
露頭に迷っていたところに雀ちゃんが家を訪ね、半ば正気に戻されヒーローになりたい初心を思い返してここにきた。
けれどやはり根っこがまだ治りきっておらず、研修中に喜んでパチをやっていた、と。
「でもこの前の[影怪人」との戦闘を経て少しずつ変われそうな気がしてて。というか、変わりたい。佐伯先輩や田所先輩みたいにかっこいいヒーローになりたいって、思えた、ので…」
「……陽介がニヤけてるの久しぶりに見た」
「おっさんのニヤけ顔に価値はないからいつも隠してんだよ」
「じゃあ今も隠せよ」
「無理。嬉し過ぎて戻せない…って事で――」
俺は信二くんの背中を軽く叩いて言う。
「――まぁ大変だったな。勿論不真面目だった時期を肯定する気はさらさらないけど、頑張ってきたのは伝わってきたから。お疲れ様だよほんと」
そういうと信二くんは途端顔を伏せて押し黙った。少しすれば、鼻を啜る音が聞こえてきた。頬を垂れるのは汗か涙か。分からない。分からないが取り敢えず気に留めるものじゃないな、と俺と一成は石のへりに大きく背を預け湯気の形を楽しんだ。
――――
湯上がり。
火照る体。
沸々とした脳の揺らぎ。
穏やかな心の中、そこにぶちこむ旅館内の売店で買った特製ミックスジュース。
脳天に直撃する澄み切った甘味。
こぉれがまぁじで美味い。
キンキンに冷えてるってのも良いんだけど砂糖の甘さよりも果物本来の甘さがギュッと詰まっていて香りもとても高い。
何より果肉がゴロゴロしてていっぱい入ってるから飲み物なのに食べ物みたいでとても美味しい。
そうして飲みながら売店を見渡していれば、やはり赤井と桃西のお土産が目に映る。
ここでは赤井と桃西のお面が売ってあった。
目の部分に小さな穴が空いてる子供向けのプラスチックでできた普通のお面だ…いやなんかハチマキ付いてる。
真ん中には半円の上に湯気をモチーフにした波線が3本。それを中心に意匠を凝らしたマークがある。
〈大分〉の都市マークだ。
あくまでこのお面は〈大分〉限定のお土産、という事か。
「にしても。赤井に。桃西……――っ」
痛烈な痛み。パチンコの画面を見続ける景色。子供の声。
『赤井仮面取れば良いのに』
『ヒーローは目立たないと意味がないんだ。んで俺は普通の顔だから取らないの』
『ふーん。…あ、これ確変入ったんじゃない?』
『おー正解。君もパチカスに一歩近づこうとしてるね』
『なんかそう言われるとイヤだ…』
全ての歴史が無残に崩れ去っていく光景。仮面を取る桃西とそれを焦燥した表情で見る赤井。
『赤井くんみたいになりたかったんだけどなぁ』
『桃西さんやめてくださいっ。まだ、まだなんとかなります!!』
『だって君の【能力】が通用しないし適応もされてるんだよ。だとしたらこれしかない。こうしないともう誰もあの[大怪獣」を止められない。…きっとこういう運命だったんだよ』
『じゃあ! 僕もあなたと一緒に戦います!! それなら!』
『私は【能力】を暴走させる。暴走させたらどうなるのか、わかるの。だから君を【霊界転移】で連れていけない。それに君には[大怪獣」に乗じて侵入をしている[怪人]共の討伐、都民の避難警護がある。象徴として皆の光になる必要がある。だから、だから。私1人でいいの。…頑張るから。私の背中を押して。アンブレイカーズ最上位トップ1、ヒーロ赤井陽介君』
――俺は、ヒーローなのに。全ての人を……助けられなかった。
赤井と桃西の記憶が、ふと目の前の光景の不可解さに疑問を持たせる。 俺は一成に何故未だに赤井と桃西のお土産を置いているのか聞いた。
「あー、そりゃ俺らの平和の象徴だからなトップ6の中でも特にこの2人は」
「あと、かなり性格が穏やかでキャラが立っている所とかもあります。実際そうでしたから」
そう言葉を添えたのは山葵ちゃんだった。
山葵ちゃんの後には女衆3人。
山葵ちゃん含め浴衣を着ていてみんな可愛い。
そう伝えれば「本当子供みたいな下心のない褒め言葉を言うの得意よね陽介くん」と静流ちゃんが言う。
そんな俺と反対に色気のある髪のはためきに釣られる一成は雀ちゃんの元へ。信二君は皆から目を逸らして、それを見つけた三月にいじられていた。
「山葵ちゃん赤井達と面識とかあったりしたんだ」
「ええ。上位上層にもなってくると最上位とお話する機会が出てくるので。その中でやっぱりこのお2人はとても話しやすかったです。桃西さんおもしろいんですよ。アンブレイカーズの隊員待機室前廊下を逆立ちで飛び跳ねながら歩行したりうどんを打ってたりするんですから」
すると「奇行が過ぎない?」と途中から話を聞いていた三月ちゃんがつっこんできた。
「とっても甘党であり辛党でもありまして、おそばには山盛りの七味、シュークリームには持参した三温糖を詰め込んでじゃりじゃりと」
「もしかして桃西のイメージ下げようとしてる?」
「赤井さんはパチンコのお話ばかりでしたが声色が楽しそうで、あ、声色で判断するしかなかったんですよね赤井さん。いっつも赤色のインナータイツと仮面をつけていたので」
「あれって待機室とかでも脱がないんだ……赤井って実は変質者とか特殊性癖だった……?」
「いやぁ、まぁでもいい人でしたよ。子供が好きみたいで、いつも行くパチンコ屋で出会った子のお話をしてる声色がとても楽しそうでした」
「パチンコに入り浸るヒーローと子供ってどうなってんのよ、親御さん割って入ってよ」
「公認だったそうです」
「親御さん英才教育がすぎるよ…。…えぇ……」
静流ちゃんはそうした話を受け「私も会ったことあるよっ」と凄く聞いてほしそうに言った。
「私赤井さんの仮面の下見せてもらった事あるんだっ」
一成は「まじかよ、どういう流れで」と催促した。
「んーとね、上位に上がる隊員に向かってトップ6が挨拶してくれるでしょ? その後会食が始まるんだけどそそくさと帰る赤井さんを見つけて後を追ったの。それで話を聞いて、どうしても見たい! ってお願いしたら見せて貰えたの。すっごいね、普通の顔だった」
「赤井さんが報われねぇよ。そんな言われよう」
「でも赤井さん自身がそう言ってたんだもん。嘘は嫌いだよ私」
「だとしてお前……まぁでも普通なら普通としか言えないな」
「でしょ? 赤井さん曰く『俺がイケメンだったらこんなのつけてない。それくらいかっこいい姿にはかっこいい顔も大事なんだ。だから俺は一生この顔を隠し通す』って事なんだって」
そうしたみんなの話を聞いて俺は山葵ちゃん以外も上位の人間な事を思い出し確認をする。
「そそ。俺と田所ちゃんが上位上層。ちんちくりんが上位下層。三月は番付け外」
「あー。まぁそう考えたらとんでもないパーティーだなアンブレイクって」
すると雀ちゃんがリンゴジュースを飲みながら「私がそういう人選したからな」と言った。その内容については売店でお土産を買ってからとなり、部屋の戸を閉めて漸く雀ちゃんは言う。
「訳アリだったり今のアンブレの体制に不満があったり、もっと壁外の人間を救いたいとか、想いの本質を見極めて声かけてる。だから私たちはアンブレではないが、正義でいられる」
なるほど、と頷くと同時に1つ疑問が湧いた。
「静流ちゃんの【能力】って有用な【転移能力】じゃん? どうやってアンブレ辞めたの?」
「あ、それはねぇー、私の事が好き過ぎる人が居たせい、かなっ!!」
「陽介、その話はやめろ。……聞いても面白い話にはならない」
一成の真剣な言葉に俺は静流ちゃんに謝罪をした。




