「14」貫き翔ける光の咆哮。天を射貫く白い彗星の軌跡。
田所は進化した【能力】の力を理解し、[影怪人]を射程に収める為の測定を開始した。
[影怪人]と田所の距離。
階段1段の高さ「0.204m」。
階段の踏み面の長さ「0.2m」。
階段の段数合計27段。
階段下から踊り場まで「横 5.4m」。
踊り場の奥にいる[影怪人]の足先まで階段最上段から「2.1m」の直進。
2人を取り持つ距離「縦 5.5m」「横 7.5m」
【意識剥奪「衆」】最大射程「6.0m」
田所が階段を進んだ距離4段。
「縦 0.816m」「横 0.8m」。
田所の左腕と手の長さ。「腕 0.49m」「手 0.17m」
――「計 0.66m」
距離合計「1.46m」。
【意識剥奪:衆】の射程合算「7.46m」。
距離比較――「0.04m」の不足。
(……なら)
伸ばした華奢な右腕。鋭く尖らせた黒色の瞳に浮かんだ、荒れた水面に映る月影の如き様。
タンッと広がった色 溶けた音。
5段目への搭乗切符が切られ今、そこに意思が1つ乗った。
――対象「有効射程範囲内」
たった20cmばかりに乗った命を運ぶのは、たった20cmに満たない小さな指手。
【能力】と行使者が互いに足りない部分を補い完成させた、【能力】の行きつくべき形。
今汽笛く(きてく)、代償を顧みない明確な使用の意思。
(対象決定――)
対象の意識を無理矢理剥ぎ奪うその【能力】は、そして、対象の意思決定をにじり叩き踏みしめて、真っ暗な微睡へと突き落とす。
(――【意識剝奪:衆】)
田所の胸中で轟き響いた【能力】の名前。それが描いた5秒間の意識剥奪。
倒れ伏す[影人間]を眺める余裕と急向上した身体機能の感覚。田所は即時南雲を抱えようとしたその時、階段を駆け上ってきた陽介が2人をすぐさま脇に抱えて1階大エントランスへと疾走した。
火で焼いた熊の毛皮を腰に巻き付ける陽介に気が向くが深くは聞かない田所。
「よく持ちこたえてくれた。復帰戦だってのに、ありがとうな」
「……正直お礼を聞くには時期尚早ですよ」
「いーや、早くない。もう時期決着がつくからな」
大エントランス。
そこにあったはずの植木鉢や待合椅子らが全て壁に追いやられておりスッキリとしていた。
まるで何かのリングみたいだった。
「あの[影怪人」光を克服し始めているんです。超高出力光もない私たちがどうやって……」
「光の克服だーって言っても、雷の光とか、地上に届く太陽の光程度の話だろ」
「え、ええ。…いやっ! 地球に届く太陽の光よりも強い雷の光を直接当てて討伐できなかったんですよっ! どうするってんですか!!」
「どうするって。おいおい、忘れたかー?」
脇から2人を下ろした陽介は不敵な笑みを浮かべて言う。
「俺の能力は【降霊】だ」
【降霊】「効果」霊や怪異を乙とし、甲の魂の器に乙が入る事で肉体的特徴と【能力】を甲の肉体に反映する。
何れの場合でも甲は乙が提示する代価と気分に即する必要があり、甲に決定権は存在しない。
なお、肉体の意識は全て乙に帰属する。
「……私にできる事はありますか」
陽介の自信ありげな表情と、縋るしかない状況。
ここで食い止められるのならばそれ以上の事はないと判断し、田所は問うた。すると「【能力】は後何回使える」と問われた。
「後1回です。それと非接触でも発動できるようになりました」
「マジか」
「ただこの1回は使用限界の1回です。私は24時間気絶します。だから……」
田所が言葉を発すると同時、1階の階段方面で何かが壁に激突し瓦礫が爆ぜる音が轟いた。
陽介は田所の口ごもりの中で背中を伸ばし、言葉にかかった雲を晴らすように快活に言う。
「頼まれたっ」
「……」
「えーそれだけじゃ不安かぁー? んーじゃあ俺は佐伯陽介31歳。歳に負けない肉体だけじゃなく名前には陽が入っちゃってる。それと君が敬愛して止まない佐伯雀の子供だ」
「あえ、いや、陽介さん養子でしたよね…」
「実質子供だろー。出会う前の記憶ないし。言葉も生活の仕方も雀ちゃんが全部教えてくれたし……ま、なんにしたって雀ちゃんからも新人くんと山葵ちゃんを絶対に守れって頼まれてる。俺という人間としても、その考えでずっと居る。だから今だけは全てを信じて任せてくれ」
土煙の風。
それを切り裂いて大エントランスへと歩き来た、黒い姿。
「はい」
小さくなったはずのその黒影は、けれど出会い頭以上の迫力を纏っていた。
「よーし、じゃ山葵ちゃんは俺の『今』って相図に合わせて【能力】を使ってくれ」
土煙のマントを脱ぎ去った[影怪人]は3人を一瞥 瞬間 南雲めがけて飛び掛かった。
その獰猛無比の猛進を見つめながら陽介は光の全てを飲み込む薄布を腕に巻き付け、唱えた。
(【降霊】)
その能力の行使と同時一瞬にして肉体はギュッと細く、筋肉が縮まっていった。
目元はくぼみ頬はこけた。
完全に衰えた肉体を身に纏う陽介。
その頼りない体が見せるは、しかし、華奢な体に見合わない豪快な一振り。
南雲から無理やり引き離された[影怪人]は頭に無い血管を浮かびあがらせ陽介に挑む。
しかし陽介は衰弱体でありながら繊細機敏な受け流しと回避の動きで[影怪人]を翻弄する。
その一挙手一投足全てに独楽の様な回転が宿っている。
そんな動きを眠気眼をこじ開けながら数秒見て、南雲は何かに気づいた。
「かねしろ……みつひこ…さん」
「え、誰」
「11ねんまえ…バトル、ブレイクダンス、にほんチャンピオンだった…かた、です」
南雲は「そっか、ここだったか」と思い耽った。
金城は重たげな体に苛まれながらも笑顔を浮かべていた。
彼は動く事、ダンスをする事、そしてバトルブレイクダンスを踊る事が大好きだった。
そしてそれを凄いと褒めてくれる妻と娘がそれ以上に大好きで、彼女らの為にも適正年齢を超えても踊り続けていた。
しかし心臓の病を患い、体を動かせなくなる前に遊びつくすなんて暇もなく入院。
ベッドに寝た切り。
自動販売機にある大好きなドクターペッパーを自力で買う事すらできなくなってしまっていた。
空が青く晴れているというのに家族と遠くに出かける事も敵わない。
動きたいのに動けない。
それはまさに生き地獄で、なにより家族が会う度に体調を悪くしている事が苦しかった。そんな彼がようやっと自由に体を動かす事が出来るようになった。
霊体と違って、体に風も、重力も、汗も、まとわりついてくる。
筋肉の質感と乳酸の重たさが彼の胸を焼き焦がす。
これだ、この感覚だと、真っ黒い目に久方ぶりの光を灯す。
スウェーに挑発、[影怪人]の正面でステップを踏んで旋回し後ろをとる。
同時[影怪人]は背面から顔面を生やして金城が伸ばす腕を噛み千切らんと首を振った。
それを金城は綺麗なステップで危なげなく回避し距離を取った。
衰弱体ではあるけれども、元の陽介の肉体強度のお陰で人並み以上には動く事が出来る。
なんだったら膨大なレベルアップがかかった体という、一般人では味わえない体の感覚。
それがキラキラと見せてくる想像自由性。
夢に想い描いていた動きをする事が出来るという実現力に金城は更に心を躍らせて、たった10秒の動きで完全に肉体感覚をものにする。
そして、天井に、空中に、大きく広く、この巨大なリングの耐久度を信じて駆け回る。
円形に吹き抜けたエントランスの各階層を守備するガラスでできた落下防止柵は瞬く間に粉々になり、外壁は荒れに荒れ、爆ぜ抉れ、床を何重と貫く場面も多々と起きた。
そうして一転、金城は廊下を見つめるとその方面へと駆け走った。
その影を追い走る[影怪人]は度々と出現する曲がり角を疎ましく思いながら半ば減速せずに走り続ける。
対して金城は動きに回転と慣性を取り入れスピードを維持したまま走り続けた。
「っは――っは――っは――」
病院の廊下は長い。
それは1部屋1部屋の面積が広い事と病院内戦闘の為の法律に倣ったものによるものである。
ぶっちぎりの100m走。
間もなくやってくるラスト2回のコーナーダッシュ。
それを目前にした時、ある音を耳にする。
その音はまるで急沸騰したヤカンが鳴らすような音色。
「ふぅっ”ー」
更にギアを上げ、脚部の残像を描く金城。
弓矢が空気を斬り絶つ音色を奏でた[影怪人]。
両者のストレート走力戦は――
「ぉらぁっしゃ”ぁ”!!」
――[影怪人]の壁への激突で決着がついた。
8秒程度で大エントランスに戻ってきた金城は浅いステップを刻み減速しながら廊下の出入り口で[影怪人]を待つ。そしてその姿が見えると同時に壁を伝い、15m先の天井に座った。
「…ふぅ…………」
ダランと落ちる黒髪と、下方向へと引っ張られる頬の肉。
汗が豪雨の時の傘上のような勢いで駆け落ちる。
生の実感に金城は死んでいた心臓を激しく叩き起こす。
そんな金城を[影怪人]は見るや否や全身を大太刀に模し、刹那、一足飛びの高速跳躍 その中間地点 [影怪人]と笑みを浮かべた金城の瞳が交錯――両者、天と地を穿ち踏みしめ今、もう一度見つめ合う。
次の瞬間。
真っ赤に染まった黒き大刃。
天にて吹き荒れる黒煙の導べ。
例え闇に紛れようと光のように正体を解き明かす、金切り煌めく眩い音色。
「今!!!」
黒雲を尾に引く墜落せし黒緋の彗星。
空に描かれた瞬きを捉える事はしかし目を開けていても不可能に等しい。
だが、田所はその軌跡の1コマ全てを脳に焼き刻んでいる。
60秒間の大幅な身体機能向上はそんな不可能を可能にさせた。
(【意識剥奪「衆」】)
黒と緋の彗星に差す仄かな黄という淡い色。
グニャッと失われた、太刀を模した全身の形状。
それを捉える陽介の瞳。
【降霊】による肉体の貸与は乙の許諾なくありえない。それが全身なのか半身なのかは甲ではなく乙が決定する。
ただし、互いに談が成立したのであれば、ある種の甲の意向に沿った肉体の貸与が実現する。
そして、陽介の目は数十km離れたビルの清掃員を見れる程に優れた瞳。純粋なレベルアップによる効果もあるが、彼本来の純粋な目の良さに起因する。
そして、その目だからこそ、彗星の軌跡を見紛う事無く完璧に捉える事が出来る。
(さぁ、決着だ[影怪人])
ついに右腕に巻き付けられていた闇の衣が脱ぎ剥がされた。
(猫騙しの為に推定10億円するお前の体素材を贅沢に使って隠した、暴走させた能力の一撃――)
今まで薄布の影に隠されていた物は、なによりも明るい閃光を放つ光の煌めき。
その眩さは雷の光でも、太陽の直視でも太刀打ちできない程の純粋なる光の鳴動。
この暗い大エントランスを一瞬にして真っ白に変えた光そのものの、自然で、不自然な眩さ。
(――とくと召し上がってくれや!!!)
妖しさも逞しさも暗さもなにもない。
白の極致という情報のみを有する千手連なる光の束々は、世界の全てを裏から表へと染め上げさんざめく。
「ぅ”ぉ”おおおぉ”ら”ぁあ”あああぁあ”!!!!!」
急降下し、慣性のままに陽介に突撃する[影怪人]。
優秀な瞳と脳で計算し修正し構え、完璧な位置から振り上げられた皮と肉の大拳骨。
それらが一つに重なった時――
――黒は、白に溶けた。
貫き翔ける光の咆哮。天を射貫く白い彗星の軌跡。
天を穿った一撃は極光となりて瞬き爆ぜり、この廃病棟の全てを白く塗り上げた。




