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「へぇデートねぇ〜いいじゃん行ってきたら?」



ナナリの許可がなくとも、殿下の誘いを断る権利なんぞ持っているわけもないので行くのだが、

なぜかナナリに殿下と出掛ける事をなかなか言い出せずにいた。

したがって、当日ギリギリに言うことになった訳であるが、ナナリは特に気にしていないようで、窓辺で外を見て頬杖をついていた。

ナナリに嫉妬されたかった訳ではないが、肩透かしを食らった気分になる。



「精霊が避ける殿下だけど大丈夫なの?」


「別に大丈夫だろ、よかったじゃん」



精霊に嫌われている殿下を大丈夫というナナリ。

本当に興味がないようで、瞼が落ちかかり首がコクリと揺れた。

予想外の反応にモヤモヤする。



「エナ様そろそろお時間でございます」



ラナに急かされエナは慌てて部屋を出た。

ナナリがいないことが心細かったが、殿下をお待たせするわけにはいかない。




「あれ? 早いね。待った?」


「あっいえ、今来たところです」


「ならよかった。行こうか」



二人並んで歩き出す。


殿下とは学園門前で待ち合わせた。

休みの日だというのにそれなりに人がいて、エナは視線を集めていた。

表彰式で壇上に上がった時よりも注目されており、殿下の異次元さを実感する。



(流石は翡翠の君……視線で穴が開きそう……)



一緒にいることが早くも苦痛になるエナ。

護衛の方もいて二人きりでないのが唯一の救いだった。



学園から真っ直ぐに伸びる大通り。

石畳の整備された道に、等間隔に並んだお青々とした木々。

もう少し行った先にはちょっとした広場があり、色とりどりの花々と噴水がある。

全体が白で統一されており、ベンチも木ではなく金属製のもので白く塗装されている。

大通りの両脇には、有名シェフの料理店や、世界的ブランドのブティックばかり立ち並んでおり、エナの地元の街と比べて遥かにオシャレである。

街ゆく人々も、華やかにドレスアップしていて、普段着の人はいない。


要するにエナとは縁遠い場所なのだ。

学園に通う生徒なのにも関わらずエナは入学時に通ったっきり一度も来たことが無かった。



(あれはもしかして、クラスの方が話していたパン屋さん?)



そこそこの行列ができている店舗がある。

ただのパン屋ではない。

勿論スタンダードな食パンやクロワッサンもあるのだが、ワッフルが売りらしい。

チョコやシナモンなどの甘いのもあれば、卵やハム、チーズなどのご飯っぽいものまであるらしい。

フルーツが挟まったのが特に人気だと聞いていた。


『聞いていた』と言っても友人に教えてもらった訳ではない。

エナはパン屋が好きなので、わざわざ耳を傾けて盗み聞きしたのだ。

断じて、クラスメイトと和やかに談笑した上で勝ち取った情報ではない。


ワッフルばかりが大量に並んでいるのをエナは通り抜けざまに確認する。

色とりどりで美しかった。


ああ、あれが、とエナは可愛らしいポップに目線を残す。

そこには『数組限定!アフタヌーンティーと記載があり、3段になったお皿にワッフルや軽食の“写真”が載っていた。



(なるほどこれが写真映えとやら……)



最近誕生した、『写真』というものがある。

空間魔術と時間魔術の二つを原理とした、時空魔術。

それをさらに応用し、転写の魔術を組み込んだ『転写機』という魔道具で写真は作られる。


転写機はとにかく高度な魔術が必要なためかなりの高級品だ。

馬車よりも高価だとエナは聞いていた。こちらの盗み聞きである。


その転写機を使っていかに映える写真を作るかが貴族令嬢の間で流行っていた。

貴族令嬢と言っても、高位貴族でないと手に入れることすら難しいだろう。

転写の魔術が使える魔術師はかなり少ない故に数も少ないのだ。

お金があっても伝手がないと転写機を買うことはできない。

つまりは貴族特有の遊びである。


店内も映えの流行を意識した煌びやかな空間になっているようだ。

エナがあそこに入れる日は来るのだろうか。



「何か気になるのかい?」



エナの歩くペースが遅くなった為殿下が声をかける。



「あ、いやえっと」



エナが皆をいう前に殿下はエナの視線をたどり答えを見つける。



「ああ、あれか。最近開店したばかりらしいね。すごい行列だ」


「あ、なるほど、ハハハ……」



先ほど脳内で考えていたワッフルや写真の流行を話したら多少は会話になるというのに、エナの口は乾いた笑いしか出せない。

自分の考えていることや好み、意見など、とにかく自分のことを話すことがエナにはできない。

コミュ障なのに加えて、エナは殿下を警戒している。

精霊に嫌われているからだ。


精霊はそこら中にいる。

エナはナナリと離れて街にでることはほぼない為、他の精霊と交流したことはない。

というのも、皆、エナとナナリを見かけたら深々と頭を地面に擦り付け、通り過ぎるまで顔を見せることはないのだ。

ナナリが偉い精霊というのは多分本当のことなのだろう。

もしくは聖女である自分に敬意を払ってくれている……のかもしれない。 


今日はほぼ初めてナナリ無しで街に出た。

精霊は雑踏とした街の中によくいる。

薄暗い裏路地の方が好きみたいだが、勿論この学園通りにはそんなところはない。

それでもまあ多くの精霊を見かけた。


だが——



(精霊が逃げてく?)



殿下との距離が近づく前に精霊はそっと離れていく。

エナに頭を下げるものはいなかった。



「さあ、ここだよ。どうぞ」



殿下がお店のドアを開けてエナをエスコートしてくれる。

女の子扱いに慣れていないエナは、頭をヘコヘコと小刻みに下げお店の中に入った。


挙動不審なエナに何も言わす微笑みを崩さない殿下は、そのままスマートに椅子も引いてくれた。

ナナリといるとドアを開けるのも、お支払いも何もかもエナの役目だったので新鮮だった。


食事は事前に頼んでいたようで、何も注文しなくても色々出てきた。


カヒス産オマール海老の白ワインブレゼクリームソース添え。

国産特選フィレ肉のパイ包み焼き。

ハンモス産フォアグラのテリーヌ季節の野菜ジャム仕立て——


流石は第二王子御用達のお店。

いかにも高級そうな料理が、一つずつ食べ方まで説明されながら出される。


だがエナは店員から説明を受けてもいまいち何なのか分からなかった。

料理名が難解すぎるのだ。

見た目からして、エナが普段食べている料理とあまりにも違い、雰囲気に呑まれる。

エナも貴族——しかも歴史ある名家の御令嬢なのだが、幼い頃から屋台の串焼きや、街角のパン屋の菓子パンなどを食べてきているものだから、高級料理や、そういった場に縁がない。


殿下は優雅に料理を召し上がっており、エナも最近覚えたばかりのテーブルマナーで応戦しているがやはり優雅さが全然違う。

デーブルマナー歴三ヶ月のエナと、十数年やってきて体に染み付いている殿下では雲泥の差があるのは当然ではあるが、どうしても比べてしまいエナはひっそり落ち込む。


エナは頭に詰め込む系の貴族のお勉強はできても、実技系はいまいちなのだ。

ちゃんとやらなきゃと思えば思うほど、ナイフを持つ手に力が入り、どんどんぎこちなくなっていく気がした。



食事もひと段落つき、デザートが運ばれてくる。

口元をクロスで拭う殿下のふっくらとした薔薇のような唇に自然と目がいく。

殿下の所作はいちいち人の視線を集める力がある。



「急に決まって驚いたよね。僕は何となくサフィール家の令嬢になりそうだとは思ってたけどね」



なんてことない風に言う殿下。

もしかして殿下はセレナから変わったことは知らないのだろうか。

もしそうであれば、気まずい思いをしなくて良くなるのでエナにとっては大変有り難い。

セレナの方が良かったと比べられては、エナの豆腐メンタルは形を保てそうにない。



「僕の勢力が強まると色々不都合なんだよ。だからと言って爵位の低い子を当てれば良いというわけでもない。

その点サフィール家は古くから続いている名家ではあるけれど、魔術師の名家で政治ではさほど大きな力を持っていないし、何より派閥に入ってない中間派。ちょうどいいんだよ」


「なるほど」



貴族のお勉強効果で、エナもこれは理解出来ていた。

今代の政治は、王様の寵愛度が偏っている故に生まれる問題が溢れている。

もっと言うと王様の寵愛は、王子様方のそれぞれ違う母君の代から始まった問題である。

だからこそ息子たちが頑張ったところで今さらどうこうなる問題でもないのだ。


エナは不敬にも、一国の王であるのに情けないと思っているが、王も人間である以上仕方がないのだろうか。

エナにはどうも理解できない。


殿下が皿を下げる給仕に軽く手をあげ感謝の意を示す。

しなやかで長い指、健康的な色艶で形のよい爪、男らしい血管の浮き出た手。

本当に神様は殿下の体の隅々まで丁寧に作り上げたらしい。



「まあ決まったからにはさ、君と良い関係を築いていきたいと思っている。

僕のことはアルって呼んでよ。親しい人はそう呼んでる。後、堅苦しい敬語もなしでね」


「はい……」


「君のことはエナって呼んで良いかな」


「ど、どうぞ」


「ありがとう」



ちっとも態度の変わらないエナに微笑みかけてくれる殿下。

エナはか細い声で返事をするのが精一杯だった。


護衛に見守られながらの重苦しい食事。

話題をエナが提供できるはずもなく、殿下が話かけ、それに応えるという、面接のような質疑応答の時間が続いた。



(か、帰りたい……)



殿下につまらない人だと思われていそうだ。

婚約を破棄したいこちらとしてはむしろそれで良いのだが小心者のエナは小さなことを気にしてしまう。


殿下は良い人だ。

何も邪悪な点が見当たらない。

それなのに、今日もやっぱり精霊の様子がおかしかった。


殿下には、本当は裏の顔があり、精霊に嫌われるほど嫌なやつなのではないかとエナは納得したかったが、殿下と関わってみて本当にそうなのか疑念を抱く。

殿下は、エナがいくらつまらなくても、会話を繋げてくれて、エナを知ろうとしてくれる出来たお人なのだ。



(なんで殿下は精霊に嫌われているの?)



小さな違和感がエナの心に居座った。







精霊……?




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