21
あれこれ無駄に悩んで授業をまともに聞いていなかったエナは、慌てて黒板の文字をノートに写す。
小心者のエナは、「まだ消さないで」と言えるはずもなく、かと言って、友達にノートを見せてもらうことも頼めそうになかったので、素早く写す他ない。
正直、読めない字になっていて、後で見てエナ自身でも読解出来るのかは不明だ。
クラスメイトの少年が黒板に向かって歩いていき、とうとう黒板が消されそうになっている。
更にエナは急いでいるが、とても間に合いそうにない。
(待って! 後少し!)
もう消される。
エナが諦めそうになった時——
「ジュラット! ストップ! 俺まだ写してない」
「分かった〜」
(た、助かった……)
声の主はホユンだ。
ホッとしたエナがホユンの方を見ると、ホユンもエナの方を見ていた。
ホユンはエナに向かって軽くウインクした後、ノートに向き直る。
(私のために止めてくれた……?)
エナは、少しの間ホユンの方を見たまま思考停止していたが、慌ててペンを走らせた。
ホユンのおかげでノートを書き終えたエナはホユンにお礼を言いに行く。
陽キャの彼の所に行くだけでかなりしんどいのだが、お礼を言わないわけにはいかない。
マリアも一緒にいるのが心強い。
「あの、その、ありがとう……」
「ああ! 別に俺も写してなかったから!」
「あんたはいつも写していないでしょう」
「それは言わないお約束でしょう〜」
マリアとホユンがいつもの幼馴染特有の掛け合いを見せる。
エナは思わず「二人って本当に仲良いよね。幼馴染っていいな」と言葉をこぼした。
「そーか? 幼馴染っていうか、マリアは兄様の婚約者だから昔からよく家に来てたんだよ。
だから将来の義姉ってわけ」
婚約者——あまりにもタイムリーな言葉にエナはわずかに目を見開く。
(婚約者がいるのって割と普通なのかも?)
マリアにも婚約者がいることを知ったエナは、自身が殿下の婚約者と知れ渡ってもそんなに影響ないのかもしれないと愚考する。
もちろんそんなわけないのだが。
長子や有力な貴族のみ幼い頃から婚約者を決められていることが多いが、それ以外は社交界に出て自分で探す人が多い。
エナも殿下も今までいなかったのがおかしいくらいの有力な貴族、殿下に至っては王族であるため、かなり注目されるのは必至だった。
エナは振り返ってマリアの顔を見る。
「あ、そ、そうなんです。ホユンが同い年なのに弟っておかしいでしょう?」
マリアは明るく答えたが、一瞬顔色が曇ったように見えた。
すぐにそんな雰囲気は離散し、またホユンと軽口を叩いているが、エナ妙に気にかかる。
(気のせい?)
声をかけようと思案していたが、よく通る声に遮られた。
「エナ・サフィール嬢いる?」
空気が一瞬で変わる。
教室のドア付近にいたのは、輝く金髪を肩辺りで緩く結んで垂らした神に愛されたかのような美くしさを持つ少年。
しかしエナだけは、絶対に彼が神に愛されてなどいないことを知っている。
なぜなら彼の周りには精霊が一切寄り付かないから——
「で、殿下!?」
一気に周りが騒がしくなる。
「殿下が何の用事なのかしら」「エナ様とお知り合いでしたの?」などの声が耳に入る。
人々の目が突き刺さるのをエナははっきりと感じた。
「あ、いた。君がエナ・サフィール、旋風の魔術師だろう?」
「あ、えと……左様でございます」
(その名で呼ばないでほしいな……)
「やっと会えたね」
殿下は軽やかにウインクした。
「「第二王子殿下の婚約者!?」」
話を聞いたマリアとホユンは驚愕で口を開けたまま固まっている。
あまりの驚きようを見てこちらの方がびっくりしてしまう。
「エナ様凄い……驚いてしまいましたわ」
「そ、そんなに?」
「当たり前ですわ!? あの翡翠の君の婚約者なのよ!?」
「翡翠の君?」
「殿下のことですわ。ご存じありませんの?」
翡翠の君——
殿下の瞳が翡翠のような美しいエメラルドグリーンの色合いをしていることから付けられた名である。
第一王子殿下もエメラルドグリーンの瞳をしているのだが、散々述べた通り、第二王子殿下は桁外れの美貌の持ち主であるがために、彼を讃える意味でこの呼び名が通るようになった。
その美しさは、無条件で人々から寵愛される。
学園中、いや、国中の人々は彼を愛している。
それこそ王位継承権が第一王子殿下に簡単に定まらない程に……
(あれ? 思ったより遥かに殿下の婚約者になったことって大事?)
マリアから殿下について耳だこができる程説明を受けたエナは、今更事態の大きさを理解する。
常にナナリと一緒にいるエナは、人馴れしていないくせに、謎にイケメン耐性はできてしまっていたようで、
殿下を見ても『めちゃくちゃカッコいいなぁ』で済んでしまっていた。
今やエナは、皆の殿下を独り占めするポジションについてしまっているのだ。
「それで、殿下は何の用だったんだ?」
「あ、えっと婚約が正式に決まったのに会う予定がなかなかつかなかったから顔見せにって。
後、今度の公休日に学園通りでランチすることになった」
殿下はエナが同じ学園の魔術理論科の生徒と知って、この講義室までわざわざ足を運んでくださったようだ。
エナがセレナの妹ともちろん知っているので、『セレナ嬢はお元気かい? ご病気で伏せっておられると聞いたが』と仰っていた。
セレナは世間では病気になっているのだ。
侯爵の誤魔化し方はワンパターンしかないのかと、エナは顔をひきつらせながらも、何とか殿下に返事をしたのだ。
これではサフィール家は病弱姉妹ではないか。
「デートの約束じゃないの」
「デートだな」
「……デート?」
「公休日にランチに誘われたのでしょう? 完璧にデートじゃない」
デートとは、恋人やそれに準ずる関係の男女が二人で出かけるというあのデートのことだろうか。
ナナリに振り回されるだけだったデートもどきではなく本物のデート——
「待って、エナ様。そのデートの話、その場でしたのよね? 多くの生徒がいる講義室前の廊下で」
「うん。そうだよ」
マリアとホユンは顔を見合わせる。
「あちゃーそりゃあ参ったなあ」
「殿下のファンが黙ってないわ。今頃殿下がデートする話が広まってるだろうね。
今度の公休日学園通りうろうろする女の子多そう……恨まれないようにね」
「ファン? 恨まれる?」
「殿下ってあの美貌で王子様だしファンクラブがあるんです。王子ということを感じさせないくらい誰とでも親しく接してくださるから、中には夢見ちゃってる過激な子もいるみたい」
(め、めんどくさい……)
自分がこんな恋愛騒動に巻き込まれるとは思わなかったエナは、目を回して思考を放棄した。
タイトルまた変わるかもです笑




